爪026 上がり込む練兵場
演習場の近くにはほとんど民家が建っておらず、資材置場や倉庫、そして申し訳程度の耕作地があるばかりだった。
海からも町からも離れたそこにぽつんと、頑丈そうな石造りのフィールドが用意されている。
学園の闘技演習場は円形だったけど、ここは正方形の石舞台が観客席もなくドンと置かれているだけ。随分殺風景だなと思ったけど、訓練用なら観客がなくても関係ないと思えばまあ普通なのかな。
あとは兵舎とか倉庫とか、それとシモリライトらしき石材で組まれたいくつかの建物群があったりする。
「ようこそミネオマルタの魔道士諸君! ここが歴史あるラガブル練兵場です!」
先頭をキビキビと歩くアルトに連れられ、私達もこそこそと敷地内に入ってゆく。
敷地内には十人ほどの魔道士らしい男女たちがおり、入ってきた私達をジロジロと眺めている。
「アルト君か。何しに来たんだね」
「グノーブさん! おはようございます!」
「はい、おはよう。今日も元気そうだね。……後ろの方々は……おや、ひょっとしてクライン君かな?」
「……お久しぶりです。オレ達はミネオマルタから修学旅行に来た魔道士です。ロアさんから練兵場の見学許可を頂いたので、こちらの訓練風景を見せていただければと」
「そういうことです!」
「ははぁ、なるほどな。修学旅行か……ミネオマルタからなんて珍しい。もちろん構わないよ。連中も気は散るだろうがいい経験になるだろう。是非見ていってくれ」
グノーブと呼ばれたおじさんはこのラガブル練兵場の責任者らしい。
港町ラガブルを守る魔道士達を訓練し、実戦で活躍させるべく仕上げる。ほとんど軍人さんみたいな仕事のようだ。
「真ん中の白壇は演習用のものだ。我々の相手はほとんどが魔獣や魔族だが、対人で遅れを取るわけにもいかない。時々はここで魔術を使った試合を行い、腕を錆びつかせないようにしている」
今は壇上で闘っている人はいないが、三人くらいの魔道士さんたちがロッドを手にして組手を行っている。
杖術、というやつだろう。杖を使った魔道士のための戦闘術だ。
「遅いぞ、もっと打ち込め!」
「はい!」
「若者が見てるぞ、手を抜くな!」
「はいッ!」
硬い杖が打ち鳴らされてカンカンと音が鳴り、良く響く。
こうして見るとたかが杖とはいえ、結構迫力があるなぁ。ほとんど木剣での稽古に近い。
魔道士は強化が苦手で肉弾戦に弱いってイメージもあったけど、こう白熱した打ち合いを見ると明らかに素人ではどうしようもなさそうに見える。話が変わるのは強化持ち相手からだろう。
「向こうのシモリライトの建物たちは資材倉庫でもあるが……市街戦を想定した訓練場になっているんだ」
『ほー、なるほど。壊れないようにあの頑丈な石を使っているわけですな』
「本当だ、ドアもよく見ると鉄扉だね。これは丈夫そうだ」
シモリライトの建物たちは町中をイメージした倉庫の集合体で、路地での戦闘訓練をする場所らしい。
必要に応じて壊れた樽とか木箱だとかを配置して、屋根に登ったり降りたりもするのだという。
ちなみに倉庫の中には大したものは入っていないそうだ。万が一戦闘訓練中になにかあったら困るもんな。
「登れ! すぐに降りて駆け足!」
大声で飛ばされる指示に従い、魔道士たちが建築群の屋根を登り、その後すぐに降りて着地。再び全力疾走する。
ごろんと転がるような着地は体中に土をつけるような動きではあったけど、そんな汚れを気にする素振りもなく、魔道士たちは一心不乱に駆けてゆく。
何か、物取りの犯人を追いかける時の訓練でもしているのだろうか。けど実用的ではありそうだ。
いざという時こういう動きができるかできないかは大事だもんな。
「あとは外周を走らせたり、荷物を持って泳がせたり、シモリライトの壁に魔術を素早く投擲したり。そんな基礎の繰り返しだな。いくら魔術が使えても、棒立ちで撃つだけじゃ実戦では使い物にならない。いざという時に動けない魔道士はこの町にはいらん。そういう思いで訓練を施しているんだ」
「素晴らしいと思います! 基礎訓練は大事ですよね!」
「え? ああいや、ははは。学園の導師様にそう言われると嬉しいですな」
マコ導師は元杖士隊として感じ入るものがあったのか、ラガブル練兵場の訓練風景には好意的だった。
ライカンやボウマも興味深そうに辺りを見ては、訓練中の魔道士さんたちを落ち着かない顔にさせている。
「ほら、ラガブルの魔道士は素晴らしいでしょう! ミネオマルタの魔道士がどれほどのものか知りませんが、ユノボイド領の魔道士は皆このように厳しい訓練を積んでいるのです! それにクラインも知らないと思いますけど、僕もここで訓練をするようになったのですよ!」
「二ヶ月前からな。アルト君はもうちょっと体を鍛えてくれ」
「ですのでクライン。僕をこの前の僕とは思わないでいただきたい! 磨き抜いた僕の魔術で、君の連勝記録にヒビを入れてあげますよ!」
グノーブさんの苦笑している様子を見るに、アルトはいつもこんな感じなのだろう。
勝手に演習場を使おうとしたり好き勝手やってるように見えるけど、それでも可愛がられているのかもしれない。周囲で見守る魔道士さんたちの反応は微笑ましそうだった。
「……えー。グノーブさん。この馬鹿はそう言っていますが、よろしいのですか」
「僕は馬鹿ではないが? 訂正しなさい」
「ああ、一度だけなら構わんよ。黒魔石がちょっと値上がりしてるもんでな、頻繁には演習もできないんだが……アルトも一応はここの訓練生だ。相手がクライン君なら得る物もあるだろう。むしろこちらからお願いしたい」
するとクラインはどちらかといえば断ってほしかったような苦々しい顔になり、結局は頷くのだった。
本当にアルトとの試合は気が進まないらしい。
演習場で二人が向かい合っている。
クライン=ユノボイドとアルト=ユノボイド。
歳の近い従兄弟同士の対決であるが、互いの杖は大きく異なっている。
クラインの方はいつもの両手指輪。“メンフィニアの調停者”。
対するアルトの方はというと、一メートル以上はある細身のロッドだ。表面が艷やかに仕上げられているために材質はわからないけど、硬そうな良い木材を使っている。先石は飾りもないシンプルな丸形。それをクラインに差し向け、アルトは不敵な笑みを浮かべた。
「この演習場で負けた魔道士は向こうの建物の医務室前に転送されます。クライン、安心なさい。ここの医師の腕は確かですよ!」
「そうか、安心した。ならばこの後よろしく伝えておいてくれ」
「良いでしょう!」
“通じてないわね”と零すソーニャは私の隣。観客席がないので、演習場から離れた標的台の陰からの観戦だ。
一応真横から見る形なので、よほど立ち位置を変える乱戦にならない限りは流れ弾も飛んでくることはないだろう。
「クライン=ユノボイド……例の光属性術を修めたっていう、ウィスプ様のご子息だろう?」
「マルタ杯でもいい成績を残したみたいよ」
「いやー、マルタ杯は違うよな。あの上位は魔道士全体で見てもほとんど上澄みだ。勉強させてもらおう」
意外なことに、訓練していた魔道士さんたちの注目もかなり集まっている。
どうやら彼ら彼女らから見てもクラインの強さはかなりのものであるらしく、ほとんどがその評判を知っているようだった。
……私のことも誰か褒めたりしてないかな? してないか。
「それでは非公式なので口上は抜きとして……両者とも位置について! 試合、開始ッ!」
普段の闘技演習とは少し違う言葉によって、二人の闘いが始まった。




