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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 刻む鉄楔

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爪025 挫けない模範生


 アルト=ユノボイド。

 クラインの父さんの弟の息子で、つまり従兄弟の関係にあたる。

 歳は私やクラインのひとつ下。ほとんど同い年で住む街も同じ親類ともなれば、よく顔を合わせたのだという。


 が、ユノボイド家は魔道士の名門。普通の家庭とは違って、子供同士で単純に遊ぶ仲というわけでもなかったらしい。

 ユノボイド家では小さい頃から理学教育を始め、基礎を徹底的に叩き込まれるのだという。クモノスの旧貴族たちは腕利きの家庭教師を雇って子供に英才教育を施すのだ。


 そんな理学中心の子供時代を送っていると、子供同士で会っても話す内容は理学に偏りがちなのだそうで。

 互いに優秀な魔道士になるという覚悟や誇り、自負もあって、遊びというには少しバチバチとした競い合いも絶えなかったようなのだ。


「だがそれも十もしない辺りで格付けが固まっている。その頃から一度もオレはアルトに敗北していないからな」

「今度こそ勝つと言ってるんですが!?」

「いつもこう言っている奴だ。つまり馬鹿でな」

「はっ! 馬鹿と言ったほうが馬鹿なのですよ! クライン!」


 どうやら同じユノボイド家でも、家庭教師から受けた教育の質も量もクラインの方が高かったらしい。というか、クラインもクリームさんも両方すごかったらしい。

 本人の才覚もあってかクラインの伸びは凄まじいものがあったそうで、子供同士の争いはすぐさま隔絶した実力差によって終了した。

 喧嘩も同じくらいの力の奴同士じゃないと一方的にボコボコにされるからな。クラインもそんな一方的に勝てる試合は好きじゃないだろうし、なんというかまぁ……相手が悪かったってやつなのだろう。


「確かにクライン、君は強い! しかしたかが光属性術を修め全属性術士(アストラルマスター)になっただけ! 僕はここ一年で実戦を繰り返し、更に強くなったのです! もう一度僕と戦ってみせなさい、クライン! もう一度だけでいいですから!」

「……ちなみにこの強弁は毎回同じだ。事あるごとに挑んでくるので面倒極まりない。その上今年は特に見苦しい」


 “全属性術士(アストラルマスター)になっただけ”ってなんだよ。よくそんな自信有り気な顔でそんな言葉吐けるなコイツ。

 けど陰湿な奴よりはずっと物をはっきり言うタイプに見えるし、そういう意味じゃわりと嫌いじゃない。


「あー、息子がすまんね。こらアルト、彼らは客人だし、修学旅行で来ているんだ。それはクラインも同じ。特別扱いはしていない。私情で引っ張り回すんじゃないぞ」

「ぐぬぬぬぬ……」


 口元がギュッと山型になるのが見てて面白い。不機嫌というか人相の悪い雰囲気が少しクラインと似ているから不思議な感じだ。


「ロアさん、私達はこの後どちらに向かいましょう? こちらで一泊する予定とは聞きましたが、まだ時間はありますよね?」

「ああ、先生。これからは宿まで案内しますんで、それ以降は朝まで自由にしてもらおうかと。町中をうろつくも良し、宿の部屋で休んでいるも良し。ただ、さっきも言いましたが出歩くときは念の為複数人でよろしくおねがいします。先生もね」

「あらっ、ふふふ……」


 砦の見学はこのくらいで終わるようだ。

 遠目とはいえ生で危険な魔獣も見れたし、魔道士が港町でどのように働いているのかも少しは勉強できた。結構貴重な経験ができた気がする。


「魔獣、大きかったわねぇ。グレーター・グマランだっけ」

「捌いたら肉と脂が凄いことになりそうだったね」

「あれ町に来たらやばそうだじぇ……」

『魔術の遠距離攻撃でどうにか追い返す、しかないのだろうなぁ。海の魔獣は対処が難しそうだ』

「砦に大砲があるのも納得だね。海賊船よりずっと危険だ」

「維持費が馬鹿にならないらしいがな」


 さて、砦見学は面白かった。あとは一旦宿見てから自由時間だ。色々見て回ろうっと。


「ちょっとちょっと! クライン! 何故僕を無視するのです!」

「どけ副長。オレは忙しい」

「久々に会ったのですよ!? もう少し僕に構うべきではないですか!? あなた方もです!」

「なんだじぇこいつ」

「アルト=ユノボイドです!」

「ほんとおもしれーなこいつ」


 狭い砦をそろそろと一列になって出ても、まだアルトはクラインのそばにくっついていた。


「君たちは皆ミネオマルタから来たのでしょう!?ならばここクモノスの洗練された魔術に興味があるはずです! 特にユノボイド領の魔道士たちの妙技を見ずに帰るなどとんでもない!」

『妙技かぁ。まぁ、町の様子も気にはなるが、そっちも興味はあるな』

「でしょう!?」

「おいライカン、こいつの誘いは面倒だぞ。それにラガブルよりも内地の方がずっと魔道士の質も……」

『まぁいいじゃないか。従兄弟なんだろう? 話だけでも聞けば良いじゃないか』

「そうですよ!」


 しつこくクラインにくっついてくるアルトはまるで弟のようである。

 なんとなく故郷(デムハムド)のチビたちを思い出すな。


「いいですか皆さん。クモノスは魔道士の街! そしてユノボイド領は特に魔道士育成に力を入れている領でもあります! ラガブルにはそんな魔道士たちの演習拠点がありまして、そこで魔術を使った模擬試合が行えるのです!」

「ミネオマルタでもいくらでもできる。施設も多い」

「ぐっ……そりゃあ首都ですもの施設は多いでしょう! ですがこのラガブルには実戦経験豊富な優秀な魔道士が駐留しています! 彼らの演習を見学する価値はあるでしょう!?」


 そう言われてようやく、クラインのむすっとした顔が少しだけ和らいだ。


「……立ち入りは制限されている場所だが」

「僕を誰だとお思いで! 副長権限もありますし、父上だってクラインや皆さんの視察は許可してくれますよ!」

「おいおい、人の権限を勝手に前借りするんじゃないアルト。まぁ、別に否とは言わんが」


 ふーん、なるほど。この港町にも闘技演習場みたいな施設があるってことか。

 ミネオマルタにいると色々な施設があって麻痺するけど、そういう試合ができる場所って絶対に金掛かってるんだよな……きっとこういう街にあるのはかなり珍しいことなんだろう。


「どうするソーニャ? 私もちょっと興味あるんだけど」

「ついていくわよ。一人で知らない街を歩くのも怖いしね」

「あたしもー」

「気になるし僕も行くよ。というか、全員だねこれは」


 ラガブルの魔道士がどんなもんなのかはちょっと見てみたいしな。私達は若い学徒の魔道士はよく見るけど、大人の魔道士の試合はそんなに目にしていない。これを機に社会に出た魔道士の実力ってのを見させてもらおうじゃないか。


「ふふ、よしよし……これで後はどうにかしてクラインを模擬試合を引きずり込むだけ……」

「……オレはお前との闘いは飽きたよ」


 しかしあのクラインが“闘いたくない”って珍しいな。

 相当普段からしつこく絡まれ続けているんだろうなぁ……。




「宿はここ。受付で名前を言えば部屋に案内してくれる。全員個室なんで安心してくれ」


 案内された宿屋は極普通の宿屋で、豪華とも貧相とも言えない外観だった。

 観光地というわけでもないが、無いは無いで不便なので一応ある。そんな宿なのだろう。


「そんなわけで、今日の俺の案内はここまでだ。あとはラガブルを好きに楽しんでくれ。明日の朝、向こうにある邸宅で帰りの馬車を待たせておく。その時がひとまずのお別れってことになりそうだな」


 ロアさんは人相は悪人っぽいけど、話してみると終始良い人だった。裏もないしただただ良い人。

 色々なお店や町の特徴を教えてもらえたし、充実した一日を過ごせた気がする。


「今日はありがとうございました」

「構わねえよ。これも仕事みたいなもんだしな。じゃアルト、お客様方に迷惑をかけないようにな」

「かけてませんよ! 僕は案内役を買って出ているだけです!」

「だといいが。クラインも、まぁ……友達を優先してやれな」

「ええ、もちろんです」


 クラインにとっては叔父だが、気安いやりとりは親子のようにも見える。

 こういう大人が居てどうしてクラインみたいなひん曲がった性根の奴が育っちまうんだろうな。不思議だ。


「ロッカ、オレを見て何か変なことを考えてないか」

「いや別に悪口とかじゃないし」

「……オレが一体何をしたというのか……?」


 何やら真剣に考え込んで背筋を丸めたクラインをよそに、アルトは勝ち誇った顔を浮かべていた。


「さて、首都の特異科魔道士の皆さん! これから向かうのは我々ラガブル精鋭の魔道士達が集う場所ですが、向かう前に飲み物を買いたければさっさと今のうちに準備しておいてくださいね! 演習場近くの飲み物屋は少々値が張るのです!」


 お前やっぱり結構優しいな。



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