爪016 歓待するクリス
「これがクモノスかぁー……」
クラカトア家とかいう旧貴族が用意してくれた馬車は、幌が無く外が見やすいものだった。
おかげで道行く人がジロジロ視線を向けてくるけど、こちらもこちらで街中の様子がよく見える。
「建物の背はちょっと低いにぇ」
『二階建てがせいぜいだな。まあ、ミネオマルタが特別高いんだろう。十分都会らしいさ』
建物はどれも背が低い。いや、ミネオマルタより低いってだけで、特別低いわけじゃあないんだけども。
「やっぱり道は曲がってるねえ。メインストリートでもこの調子だと、奥まった場所はどうなっているのやら……まぁ、島と平地じゃ勝手も違うのかな?」
「そうですね。ノムエルくんの言う通り、真っ直ぐな道を作るのは難しかったのだと思いますよ。むしろこうして斜面に合わせて曲げているおかげで、坂が無く馬車が走りやすいのでしょう」
「あ、見てロッカ。こっち側は坂の上まで家がびっしり生えてる」
「おー」
驚いたのは斜面に立てられた家の数だ。
普通はこんな斜面に家なんか建てないで木々が生い茂っているもんだけど、クモノスでは何故か土地を奪い合うように家々が並んでいる。
家と家の隙間には時折水路も通っていて、水車がゆったりと回っているのが見える。
馬車の通るメインストリートは広めで宿屋や飲食店のようなお店も多いんだけど、斜面にある建物はほとんどが住宅など民家のようだ。てことは水車は生活用の動力なのか。それとも揚水車なのか。
「ここは一応はトロードス家管轄の住宅地兼商業地だ。といっても、メインストリート沿いの土地はクモノスの各級貴族がほぼ均等になるように利用しているから、トロードス家が幅を聞かせているわけではないがな。連中らしいものといえば、動力水車を用いた小規模工房くらいのものか」
「また新しい家の名前が出てきたな……なあクライン。クモノスの旧貴族っていくつくらいあるんだよ」
「既に一度馬車の中で説明したはずだが……? はあ。だからオレは現地でまた言うことになるからとあの時……」
「わ、悪かったって。ちょっとど忘れしてたんだよ、ど忘れ」
そっか、既に聞いてたやつだったか。
でも私だって二度聞けばほとんどのことは忘れねえよ、多分。
「……クモノスに存在する主な旧貴族は五つだ。実際は小さな家も多いが存在感が薄いので無視していい」
「かわいそうだじぇ」
「ユノボイド家、ススガレ家、クラカトア家、トロードス家、クラレンス家の五つだ。クラカトアは正確に言えば旧貴族というよりもまた違う組織とも言えるがね」
『これから会うのはクラカトア家の者だったな。どんな家なんだ?』
「クラカトアの連中は、ここクモノスの周辺に点在するクラカトア諸島を本領とする旧貴族だな。クモノスの顔役というわけでもないが、それぞれの家の仲を取り持つ緩衝役として名乗りをあげることが多い。……今回もそれぞれの家の思惑が衝突するのを避けるために最初の挨拶役を買って出たのだろう」
「それだけ聞くと結構いい人らじゃねえか」
「おおらかではある。それ故に本島の人間とは気風が合わない事も多いがね」
学園の馬車がしばらくトコトコと進んでいくと、そのままメインストリート沿いにある広い敷地へと入っていった。
白い石レンガの塀、黒っぽい広く大きな門扉。
独特の網目模様のタイルが敷き詰められた庭には二対の大噴水がドーンと鎮座し、轟々と水を噴き上げている。
その奥にはこれまた豪奢な白煉瓦のお屋敷。いかにも旧貴族が持ってそうな家だ。
私達学園の人々を乗せた馬車は屋敷のすぐ近くで停車し、そこで全員が降ろされた。
「あぁーっ……つっ、かれたぁ……」
「お疲れ、ソーニャ。多分もうちょっとだ」
「ロッカ、降りる時エスコートして」
「よいしょ」
「うぐっ、ちょっと、猫みたいな持ち方しないでよ」
「ええ……首の後ろなんて持ってないけど」
「猫をそういう持ち方しちゃダメよ。そうじゃなくて、もっとこう、手をスッと出すような。紳士がするようなのが見たかったの!」
「知らないって」
「なんだかんだソーニャは元気だなぁ……僕はもうさっさと宿で一眠りしたいよ」
「ヒューゴ起きろぉ」
「起きてるよ。いてててっ。抓るな、痛いだろ」
屋敷の敷地内の至るところで灼灯が灯されているので、薄暗い今の時間帯でも皆の顔がよく見える。
「あらっ」
「おー」
当然、私達特異科と同じように馬車から降りてきた他の水専攻三年の面々の姿もあった。
宿場町では何度か眼にすることはあったけど、こうして水専攻三年全員を一括で眼にするのは初めてかもしれない。
彼らは合計で四十人ほどもいるのだろうか? 私達特異科は一年から六年全部ひっくるめても六人だってのに、水専攻の三年だけで六……七倍? くらい違うもんな。属性科の層の厚さを改めて実感する。
またもちろん、彼らの中にはミスイの姿もあったんだけど、向こうは目を合わせようともしなかった。
というより、水専攻もほとんどが旅の疲れではしゃげる感じでもなさそうだ。
お互いにさっさと休みたいというのが本音だろう。
屋敷に入ってエントランスにほど近い大広間には、既に私達を歓待するための席が設けられていた。
革張りの柔らかな椅子だ。小さな個人用ソファーと表現するのが近いだろう。それが贅沢にもいくつも並べられており、学園の講義室のような形で数列の横並びで挨拶を受けるようだった。
正直、柔らかく座り心地の良い椅子がありがたい。これだけでもう眠くなってくるもんな。隣のボウマなんか既に船漕ぎそうになってるし。
「ようこそ、首都より来られた若き魔道士諸君! 私はクラカトア領を治める首長、スコルピオである!」
私達を歓迎してくれたのはクラカトア家の首長さん。名前はスコルピオというらしい。
やけに色鮮やかなローブを着込み、フードを被っている。
手には年季の入ったロングメイスが握られている。波打つように曲がった銅の刃を先端にあしらった、風変わりなバトルメイスだ。
長というだけあってそこそこ歳はとっているようで、年齢は顔を見た感じだと六十くらいだろうか。ちょっとだけ見える前髪は薄水色なので、多分彩佳系。
体格が歳の割にがっしりとしており、フードの奥から覗ける肌は健康的に日に焼けている。
私達が全員疲れ切っているせいもあるんだろうか。私達のどんよりした目よりも、スコルピオさんの薄灰色の目はギラギラと活力に溢れているように感じた。
「ミネオマルタからクモノスまでさぞ長く退屈な旅であったことだろう! 実際こうした距離的な問題もあり、首都から諸君らのような学徒が来ることはなかなか無くてな! 諸君らミネオマルタの優秀な学徒を迎え入れられたこと、我々クモノスの首長一同は心より嬉しく思っているぞ!」
声がデカい。しかも遠回しな言葉を使わない、水の国にしては珍しいタイプの人だ。
クラインの言う通り、確かにクラカトアの人はちょっと浮いてるのかもしれない。私としては付き合いやすそうで良いと思うけどね。
「だが……ここ干満街クモノスは永きに渡って悪しき魔族軍と闘い、連中の侵攻を阻み続けてきた、いわば魔道士の聖地である! 魔術の実戦において我々クモノスの魔道士は決して諸君ら首都の人間に引けを取らないという自負がある!」
が、物をはっきり言うこと全てが良いということはない。
首都よりもクモノスが上。そう取れるスコルピオさんの発言に、眠りこけそうになっていた水専攻の背筋が音もなくスッと正された。
“どっちが強い”という論争が始まりそうになるとすぐこうなるんだよな属性科って。それだけ自信と誇りがあるんだろうけども。
「この修学旅行の期間中、我々は諸君ら首都の魔道士から大いに学ぼう! 同時に、諸君らも我々クモノスより大いに学んでくれ! クモノスは実践主義である! 短い間ではあろうが、積極的に互いの信念を、技術を、誇りをぶつけあっていこうではないか! 別れの時にはお互いの良さを受け入れ、認め合い、切磋琢磨の喜びを分かち合えるように願っているぞ!」
ああ、でもやっぱり良い人だわスコルピオさん。
クモノスっていうとクラインとミスイのイメージが強いから気難しい連中ばかりかと思ってたけど、こういう人たちもいるんだな。いや、だからこそ緩衝役になることが多いのか……。
「今日のところは諸君らも疲れているだろうからな。老いぼれの長ったらしい挨拶はこのくらいにしておくとしよう! ……ああ、それとだ。歓迎の品と言っては些細なものだが、諸君らの在留中に役立つであろう観光案内の冊子や特別金券をまとめたものを用意してある。修行も勉学もいいが、まあ、諸君らも本音を言えばそれだけでは退屈であろう? ……うむ、幾人か笑ったな。それでいい! クモノスの街と文化を是非楽しんでいってくれたまえ!」
最後に明るく笑いながら、スコルピオさんは退室していった。なかなか愉快な爺さんである。
「えー……以上が首長からのご挨拶となります」
それと交代するように私達の前に現れたのは、同じく鮮やかなローブを着込んでフードを被った女性だ。
「これから皆様に歓迎の品をお渡しして、この場は解散となります。各自旧貴族の邸宅にてお休みいただき、以降は現地の方々と日程を調整してください。それとここクラカトア迎賓館は臨時の総合会議場となっておりますので、修学旅行全体に関して問題等があった場合、ここを訪ねていただければ対応致します」
ああ、導師さん向けの説明か。じゃあいいや。
後はクモノスの旧貴族が用意してくれた家だか宿に泊まって疲れを癒やすばかりってことか。
腹減ったなぁ……私は寝るよりも先に腹いっぱい飯を食いたい気分だよ。
「ぐぉー……」
「っておい、ボウマ。こんなとこで寝るなよ」
「ふがっ」
あとちょっとだぞ。頑張れ。




