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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦027 治療する秘薬

 大歓声に応えて腕を上げる前に、燃料切れはやってきた。


「あ」


 ガクンと膝が折れ曲がり、砂利だらけの床へうつ伏せに倒れこむ。

 受け身を取ることもできない。

 ついに私の身体が限界を迎えたのだ。


「やば……」


 体中が傷を負っている。擦り傷、切り傷、裂傷、なんでもござれだ。

 こうまで身体を傷めつけた経験も、私の人生でそう数はない。

 流れ過ぎた血液を気力で埋めて無理矢理に動かし、その気力も尽きた今、私の頭は暗黒の煙で満たされていた。

 もうろくに物を考えることも出来ない。漠然と、“このままだと死ぬんだろうな”という思いしかなかった。


 全身が痛い。それでも、私は今、満足だ。

 ぶっ飛ばしたい奴をぶっ飛ばすことができたのだ。

 指一つ動かせない死にかけの身ながらも、それに苦悶しないほどの全能感に包まれていた。

 瞼は自然と閉じて、大きな歓声も段々と遠のき、意識は闇の中に沈んでゆく。


「ロッカぁー! 死ぬなぁー!」

『おおおおおおいぃ! ロッカァアア!』


 ボウマとライカンの声が近づいてくる。

 うるさすぎる声は頭にかかるヴェールを容赦なく突き破り、朦朧とする私を死の淵から叩き起こした。

 かといって、活力の無い身体が起き上がることはない。


「ようしライカン! 担げ!」

『おう!』


 私の身体が勢い良く持ち上げられ、厚手の服のような扱いでライカンの背に乗せられた。


「あたしは壊れた杖をもってくじぇ!」

『任せたぞ!』


 ボウマの持つ分だけやたらと軽いな、おい。

 とはいえ私を運ぶのは大男のライカン一人で充分である。


 身体強化込みの駆鳥のような大股で、私は風を切りながら治療室へと運ばれていった。

 壇上から去る際にも歓声は送られており、彼らの声のひとつひとつを拾い上げることは叶わなかったが、どれも好意的なものなのだと思う。

 ちょっと格好悪い凱旋だけど、まぁ、そこそこ良い気分だ。




「ロッカ! ひどい怪我……!」

「おいロッカ、意識はあるか!? 治療室も既に準備は出来てるぞ!」


 ソーニャとヒューゴの声も聞こえてきた。

 会場にひしめく何十、何百人の歓声よりも、ずっと嬉しい声たちだ。


「だい、じょう……」


 私は薄く笑いながら親指でも立ててやろうかと思ったが、顔が引き攣って、震える手が少しだけ浮いた後に、力尽きてだらりと下がっただけであった。


「ぶ……」

「ロッカぁー!? 死なないでー!」


 そんな見た目でも私は生きている。心配は無用だ。

 こんな良い学園の治療室に送られたのだから、傷で死ぬこともないだろう。どの程度の血を流したら人が死んでしまうのかは、だいたいわかっているつもりだ。


 しかし、自分が負った数々の生傷、致命傷。これらが完治するのは、相当後になりそうだ。

 これからは寮の階段を登るのも辛い生活が始まるだろう。

 手痛い勝利だが、いいや、勝てただけでも良い方なのだ。

 傷を勲章だと思って、しばらくは我慢するとしよう。




「勝利を祝福しよう。おめでとう、ウィルコークス君」

「! ……クライン、か……?」


 クラインも私の闘いを見ていてくれたのだろうか。

 聞いてみたかったが、私の口が動くことはなかった。

 全身が悲鳴をあげ、そんな余裕もなかったのだ。


「無理して動くな、残り少ない血が流れるぞ」

「ああ、血が足りねえよ……」

「そんな時はこの薬だ、ウィルコークス君」

「薬……?」


 クラインは腰につけたポーチの中から、何かを取り出しているらしかった。


「なによそれ、本当に薬なんでしょうね」

「あらゆる傷を瞬時に治してしまう、医者の手にすらなかなか渡らないほどの高級特効薬だ」


 高級特効薬。ツキミソウの実とは段違いなんだろうなと、ぼんやり思った。


「クラインの私物かい?」

「ああ、オレの自作ではあるが、成分は同じのはずだ。効能もそれなりにあるだろう」


 同じ、はず……?

 ある、だろう……?


『毒でなければ構わない。クライン、ロッカにそれを使ってやってくれないか』

「もちろんそのつもりだ。調合の成果を試す良い機会だしな」

「い、良い機会……?」


 次々にクラインの口から飛び出してくる物騒な言葉に、私は固く閉じた瞼を開いた。


「……!」


 そして背筋が凍った。

 クラインの手の中に握られていたその小さな青い小瓶は、以前に彼の研究室で見た、“うごめく何か”が入っていたものなのだから。


「やっ、いや、それ、なに……!」

「心配するな、一般的なリノベクション(万能組織蘇生薬)と内容物は同じだからな」

「リノベクションってなんだぁ?」

「亜竜の新鮮な痰、レトケンオルムの骨髄、クラヴァの輝く肋骨、ツキミラセンイの煎じた根、ヒヨケ草……傷口を焼くような痛みが襲うが、どんな重傷も簡単に直してしまう秘薬でな」

「ま、待って!普通に治すから、そんな高級そうなの、いいから……!」


 そんなわけのわからないものが沢山つめ込まれた、しかもクライン自作のものを使いたくはない。

 クラインの持つ瓶の中でビチビチと蠢く何かの影が、ひたすら私に恐怖を与えていた。


「まぁそう言うなウィルコークス君。オレの手伝いをしてくれるんだろう」

「え……!」

「傷も治る……かもしれないのなら、一石二鳥じゃないか」


 まさか、クラインが今日までずっと私に手伝いをさせなかったのって。

 まさか……この時の、薬を試す時のために……。


「ね、ねぇやめよう? 私は普通の包帯とか、そういうので良いからさぁ……」

「治療を始めるぞ。ライカン、ボウマ、暴れると危険だから彼女を拘束したまえ」

『任せろ! 大丈夫だロッカ、クラインのやることは大体正しいぞ!』

「だいたい……!?」

「薬ならなんだって平気だよ! ちょっとの辛抱だぞ、ロッカぁ!」

「ひっ……」


 両手両足が二人の手により、治療室のベッドの上にはりつけられる。

 クラインは無防備な私の肩口へとその手を近づけた。


 瓶の中で蠢く物体が、もうすぐそこに迫る。


「やめ、やめろぉ……!」

「どれ、まずは一滴」

「やぁあああああぁあっ!」




 その日、私はこの世のものとは思えない、焼けるような、凍てつくような激痛を体験した。

 この非人道的な治療行為によって発せられた私の叫び声は遠くまで響き、人の耳に入ってきたという。

 傍らのヒューゴの目は本気で哀れんでいて、ソーニャは半分以上泣いていた。

 何人かはまともなクラスメイトがいてくれた。それだけが、私にとっての心の救いである。


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