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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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糲049 一致する素数


 ライカンが戦線から離脱した。本人はまだいけると言ってたけど、私が却下した。

 その判断を間違っているとは思わない。腕一本を失う痛みを堪えて荷物持ちを続けるなんて、そんな恐ろしい真似はさせたくなかったから。

 彼が石碑を潜り抜ける時の淋しげな後ろ姿が記憶に焼き付いている。でも、我慢できることがそのまま大丈夫ってことにはならない。だから、私は後悔しない。


 しないけど、引きずるものは引きずる。

 理性でも感情でも正しいことをしたと思ってるけど、ライカン本人の心を思うとどうしたって申し訳ないことをしたって気持ちが出てくるんだよな。


「はぁ……」


 今は休憩時間だ。というより、就寝時間である。

 “聖櫃”の中では太陽がなく、常に一定の明るさに保たれている。だからいまいち睡眠時間が把握できないんだけど、一日中を歩いたり戦ったりをしていればいつも以上に早く眠気がやってくる。

 まだまだ密集地帯の攻略はできていないけど、無理は禁物だ。小休止も大事だけど、日々の睡眠だって欠かしちゃいけない。


 寝床は構造物のひとつを利用している。

 あらかじめ全員に通達してある集合地点でもあり、多分そろそろ他の班も戻ってくるはずだ。

 男女別の建物に割り振っているので、身支度もできる。魔術で生成された水があって本当に良かった。飲めはしないけど身体を綺麗にできる清潔な水って本当に便利だ。早く乾くから服も洗えるしね。


「……ロッカ」

「おう」


 腕を組んだまま眠れずにいると、隣で寝ていたボウマが転がって身を寄せてきた。

 今ボウマはライカンが置いていってくれた背嚢を寝袋にしている。身体が小さいからこそできる変な寝方だった。


「ライカン……大丈夫かなぁ……」


 この気弱な問いかけも既に五回目だ。


「あいつは強いから平気だよ」

「……腕もげてるのに?」

「ライカンは腕より蹴りのが強いから大丈夫だよ」

「……そか。そだね……」


 私が前向きな言葉を返してやり、ボウマが安心して黙る。そんなやりとりが数分おきに続いている。

 ……いや、待てよ? 別に腕より脚が強いからってあんまり関係ねえなこれ。

 そんなことを考えているうち、私はついに眠気に抗えなくなって、眠りにおちた。


 久々に見た夢は、父さんの背中にしがみつく夢だった。




「おはよー、ロッカぁ」

「あ゛ーおはよ」


 身体から多少の疲れが取れて、魔力もほぼほぼ戻ってきた。酷いのは寝起きの声と変な折り目がついてしまったスカートくらいのものだろう。

 既にボウマは起きており、モヘニアと一緒に携帯食を食べていた。もう一人の女であるリュミネは……部屋の隅っこで投げ出されたシーツの如く、ひっそりと眠っている。一見すると本当に白い布の塊に見えるからびっくりする。


「おはよう、ロッカさん。お水は向こうの部屋にためておくから、それを使って頂戴ね?」

「うん、ありがとうモヘニア。助かるよ」

「それと……残りの二班も戻ってきてるみたいだから。身支度ができたら、外を出た広場のところに集まりましょうって。フレミィさんが」

「わかった」


 他の班も合流して、休みも取った。

 ……さて。ここからが正念場だな。




「ロッカか」

「おう」


 密集地帯には広場があって、その中央には噴水らしきものがある。

 しかしそれもただ煉瓦を組み上げて噴水のような形に仕立て上げただけの謎のオブジェでしかなく、当然水が溢れ出たりはしない。

 それでも噴水の石組みは椅子代わりにするのになかなか便利で、クラインはそこで一人腰掛けていた。

 彼は手の中で鈍色の長い針のようなものを持ち、観察しているようだった。

 よく見ればそれは、ライカンがたまーに使っていた鉄製のタクトらしい。


「ライカンの話は聞いた。このタクト含め、ライカンの荷物は分配し、班ごとに活用することになっている。とはいえ、この重い安物のタクトを使う者などいないようだったがな」


 鉄製のタクト。それは先端にほんの粒くらいの魔石が埋め込まれているだけの、杖というよりは刺して使うほうが向いていそうなタクトだった。実際、ライカンもこのタクトを使う時は磁力で弾き出すなどといった利用しかしていない。

 ライカンは石碑で帰還する直前に自分の私物含め様々なものを置いていったそうだ。この鉄製のタクトも、ひょっとしたらスペアとして活用される時がくる……かもしれない。


「もちろん、見ての通りこれは杖としては不良品だ。素手で発動させるのとどちらがマシか。手首を傷めない分、素手に軍配が上がるかもしれん」

「……言いたいことはわかるけどさ。ライカンの残していったものに辛辣すぎないか」

「だが事実だ。少なくともオレはこの道具を真っ当に評価しているつもりだが」


 そう言うと、彼は鉄製のタクトを私に投げ渡してきた。

 慌てて掴み取るが……うん。やっぱり重いなこれ。普通のタクトとは違って全然身軽に振れそうにない。指先で動かすのは相当辛いぞ。


「どうしても君がそれを使いたいというならば、投げるのが一番だろう。石よりも威力があるはずだ」

「いや、無理だよ」

「オレは人の気持を無責任に代弁したくはないが、ここにライカンがいたとすれば、同じような提案をするだろう」

「そうじゃなくて。私たぶん石じゃないと上手く投げられないよ」

「……そうなのか」


 こころなしかクラインの猫背がひどくなったように見えた。




 四班が集合し、地図係はそれぞれの情報を照らし合わせ、互いの地形情報を共有した。

 同時に昨日ぶっ倒した魔道士の情報も交換し、拉致された名簿に斜線を引いていく。


 そして最終的にはじき出された結果。

 私達が密集地帯に入って救出した魔道士は、十三人になるらしい。

 同時に、残りの救出すべき魔道士の人数もはっきりした。これもまた十三人だ。

 こうして具体的な数字を聞いた時、皆は救出が上手くいってることが可視化されて、少し暗かった様子がかなり上向いていたのが印象的だった。

 やっぱり他の班も精神を削る探索に相当参っていたようである。


 けど、無事ではいられなかった人もいた。

 もちろんライカンもその一人だったけど、他にも二人、負傷者が出た。

 クラインの班にいたクリスティーナって人と、ガルハートの班にいたシュェって人がそうだ。二人とも大事はないらしいけど、私が寝ているうちに二人はさっさと石碑で帰還してしまったようで、見送ることはできなかった。残されたのは手を付けることのなかった幾ばくかの水と食料、そして“ごめんなさい、後は任せました”という言伝だけ。


 そして奇妙なことに、彼ら彼女ら三人が離脱したことにより……私達探索班の人数も、残り十三人になっている。

 十三人助け出して、残すはあと十三人を、十三人で救い出す。……十三か。十三といえば……なんだっけ。奇数だよな……アレ……七とか十一とかと同じやつ……。


「水と食料も限界に近くなってきた。特に水は深刻だな。このままでは残り一日持つかどうかといったところだ」


 私が難しいことを考えていると、クラインが物資の状況につい提言した。


「地図を共有し照らし合わせたが、まだ所々に未探索箇所が点在している。今日もまだ班分けをしての捜索をやめるわけにはいかないだろう。だが、探索は今日が限界だ」


 そう、問題は水だ。水がない。

 身体を洗う水はいくらでも出せるんだけど、私達にはもう飲水が皆無だった。


「あー俺からも一言いいか。……一応これでも軍にいたからよ、こうして物資を担いで数日間遠征することもあったんだけどな……どんなにキツい部隊だとしても、普通だったらここで退却する。最後の飲水を飲みきってまで活動するような部隊は、断言するけど“無い”。不測の事態を睨むなら、ここで終わるのは悪かねえよ」


 ガルハートの言葉は軍属だったこともあって重さがある。

 ……確かに飲み水全てを使い果たすっていうのは、相当厳しいよな。ちょっとでも何かあったら……そう考えるだけで寒気がする。


 もちろん、私達だって反論はしたい。

 “じゃあ残りの十三人を見捨てるのか?”って。

 でも私達は皆、昨日の恐ろしい市街戦を経験している。そこで飲み物が尽きたら? ということだって当然考えもする。考えてしまうと、なかなか綺麗事は口から出てこない。


「……探索を続けるなら、三班に編成し直す必要がある……か。うーん……」


 地図の未探索箇所が、思っていた以上にバラバラだ。近い場所から虱潰しにやっていくだけでも時間はかかるだろう。期限はあと一日。昨日と同じくらいの面積を探索できるとしても、危険もあるし。


 ……いや。

 悩む必要なんてない。


「私はやるよ。まだまだ助け出さなきゃいけない人がいるんだ。自分の飲み水が尽きるまで、最後まで頑張る」


 私はこの探索隊のリーダーとしてここにいるんだ。囚われてる魔道士を助けたいって気持ちも嘘じゃない。

 危険なのは最初からわかってて飛び込んだんだ。色々あって少し弱気にはなってるけど、多分この落ち込みは私の中では気のせいだ。だから私はやってやる。


「オレもやろう。ああ、帰還したい者がいれば遠慮なく挙手をしてほしい。物資を振り分ければ少しは活動に余裕も出るからな。恨むことはない」

『私もまだ帰還しません』

「あたしもやる」

「さっきはああ言ったが、俺も帰らないぞ」


 広場に集まった皆が口々に自分の立場を表明する。

 言葉と共に顔も見て確認するけど……表情にも偽りはない。


「……やります。やらせてください」


 それは先日ライカンに庇われたモルトも同じだった。


 なんだ。へたすれば飲み物がなくなって大変かもしれないっていうのに、全員そのまま継続するのか。

 そこには、恐怖心を強がりで抑え込んでいる人だっているだろうけど……。

 ……それでも志を同じくしてくれる人が沢山いるっていうのは、なんだか嬉しくなるね。


「よし。じゃあみんな!」


 私は噴水の石段に立ち、皆に向き直った。


「最後の一日も頑張って、やっていこう!」


 右手を掲げ、声を張り上げる。

 仕事の唱和とは違う、ここ数日で私が身につけた“リーダーっぽい声かけ”だ。


 ……そのはず、なんだけど……みんなこっちを呆然と見たまま、何も言ってくれない。


「あの。何も無しだと恥ずかしいから復唱とか……」

「――弛まぬ努力。若者よ、素晴らしい心がけだ」

「ッ!? うっわぁああ!?」


 背後から投げかけられた重苦しい声に、私は思わず噴水から転げ落ちてしまった。

 受け身も取れず無様に地べたを転がったけど、咄嗟に身体を覆った強化の魔力が怪我を防いでくれたようだ。

 けど、バクバクと鳴る心臓はちっとも大丈夫そうではない。


「……スキラー・ブライオン……!」


 偽物の噴水の頂点に、いつの間にかスキラー・ブライオンが佇んでいた。


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