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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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砥048 運び込む急患


 ライカン=ポールウッドは“横たわる永遠の聖櫃”を去り、多くの若者から惜しまれつつ現世へ戻った。

 “聖櫃”に残された若者たちの無事と安否が気になるばかりであるが、現時点では自身が一番に心配される立場だ。痛みを堪えるくらいならば決して不可能ではなかったが、実直で快活なクラスメイトが涙を流す姿を見ては、そんな虚勢も張りづらい。


 ――護衛対象に心配される護衛とは、二流もいいところだな


 味方を庇った名誉の負傷と言えば聞こえは良いが、全てをひっくるめた上で見れば自分のヘマであることには間違いない。

 極度の幻肢痛に苛まれ弱気になっているのは自覚としてわかっているが、ライカンはやりきれない気持ちを抱えていた。


 ともあれ、彼の捜索作業はこれで終わりだ。

 ライカンは託された荷物や文書を手に、帰還用の石碑に手を触れた。




『……ライカン=ポールウッド。ただいま戻りました』

「うわっ!?」


 現世に戻った彼が最初に見たのは、大げさに驚いた数人の魔道士達による出迎えだった。

 ライカンは彼らとの面識はあまりなかったが、見回せば部屋は大会議室のままであったし、慌ただしくしている人々にも見覚えがある。“スキラー・ブライオン”の審査に弾かれ、聖櫃に突入できなかった魔道士達だ。


「腕、それに顔……! 酷い怪我ではないですか!?」

「技師が向こうの部屋にいらっしゃいます! どうぞあちらで応急処置を!」


 ヒューゴが青褪め、ボウマが泣きわめき、ロッカが苦い顔をするくらいの怪我だ。自分の容態が悪いことは痛みとしてもよくわかる。報告したいことは山とあったが、彼はまず素直に患者になることとした。


 処置室は急造のものだった。普段は往診を担当しているらしい機人技師が部屋に招かれており、彼はいくつかの自前の道具を部屋のテーブルに広げ、即興の工房としているようだった。

 雇われたはいいが、まさか患者がやってくるとは思わなかったのだろう。ライカンが部屋に入ってくるのを見るや、技師は酷く驚いていた。


「ああ、なんて怪我だ。一体何があったんだね!?」

『う、うむ。いや、敵の鉄魔術の良いのが決まりましてな。不覚を取りました』

「痛かろうに、よく受け答えできるものだ……そこに座りなさい。ただちに応急処置に入るぞ」


 機人の応急処置は、幻肢痛をもたらしている部分の魂を後退させ感覚を失わせることにある。

 そうすれば腕が動かせなくはなるものの、痛みは感覚と共に完全に消失するのだ。

 全機人の欠損ともなればその痛みは計り知れない。技師としては痛みの対策こそが最優先目標である。


 ライカンが処置を受け始めていると、部屋の入り口から一台の古びた車椅子が入ってきた。


「おかえり、ライカン=ポールウッド。災難だったようだねぇ」

『む……貴女は』

「ああそのままでいい。話は処置をされながらにしようじゃないさ」


 やってきた人物は魔女会の長グリンダ=マッキンリィ。

 マルタ杯の監督者の一人であり、今回の事件の捜査を率いる中心人物でもある。

 ライカンも一対一で会話したことはなかったが、捜査に前向きであることはこれまでのやり取りを見て疑っていない。


「何か報告はあるかい? 急報があれば先に聞いておこう」

『急報……いえ、そういったものはおそらく無いでしょう。先に帰った者たちの報告や、手紙に書いてある通りです。現状は、ですが』

「そうか……」

『あ。石碑で返された被害者たちは? 無事に運び込まれてきましたか』

「心配はいらないよ。お前たちさんらが頑張ってくれたおかげで、既に五十一人が運び込まれてきた。皆怪我は様々だが、命に別状はないよ。皆別室で手厚ぅーく治療を受けているとこだ。大会中で良かったね。薬はいくらでもある」


 五十一人。その数を聞いて、ライカンは自分たちの行いの大きさを改めて実感した。


『……それはなによりですな』

「子供らに全てを託すようでバツが悪いがね……ああ、お前さんにはそこのところの配慮は無用か。幾つだっけね、お前さん」

『はあ、三十三ですが……』

「若い……」


 グリンダは赤い目を天井に向け、しみじみと紫煙を燻らせている。

 その姿は妙齢の美女なのだが、実年齢について訊ねるのが悪手であろうことはライカンにもわかっている。


「……あんたらが“聖櫃”に潜ってから、そろそろ五時間になるかね」

『なっ、五時間? 俺の感覚では……』

「時間の流れが違うって話はしただろう? だいたい六倍の開きはある。だからそっちは……一日半を過ごしたくらいの感覚なんだろうがね」


 現在は夕暮れ時。まだ大会が再開されてから日付けも変わっていない。

 ライカンにとっては随分と捜索に力をいれていたつもりだったのだが、いざ体感してみるとそのギャップは信じられないものがあった。


「最初の二時間は、次々に運び込まれるもんだから大変だったよ……そっちは班分けして各々石碑に放り込んでいたんだろうけど、こちらは次々やってくる急患を拘束したり治療したりで大忙しさ。学徒以外は突入できなかったが、逆にこちらの人員が多いおかげで収容や各種照会も楽にできてる。……所詮は蚊帳の外だがね。順調ではあるよ」

『先に帰還した魔道士たちは、どうですか』

「ああ……もう既にそいつらから話は聞いているよ。水飲んで、温かい飯を食べて、身体も清めた。しかし意外というか当然なのか……お嬢ちゃんお坊ちゃんばかりだね。どいつもこいつも先に風呂に入りたいだの言ってるよ」

『風呂……はは、なるほど。彼らは確かに、気にするでしょうな』

「軍に入るにしてもギルドに入るにしても、あれじゃあ相当苦労するだろうね。子供らにとっては慣れないことばかりだったんだろうが、魔道士としての仕事を始めたらそう綺麗な仕事は多くない」


 場馴れ。場数。それは実戦経験だけでなく、極限に近い状態の経験も重要だ。

 今回“聖櫃”に突入できた学徒らはそういった環境の違いに弱く、音を上げる者が多かったという。

 ライカンは長らく傭兵として流浪の旅を続けていたので経験も多いが、座学を続けてきた子供にとっては厳しい任務だったかもしれない。


「だが、皆それぞれが目的意識をもって任務に臨んでいた。それは間違いないし、評価してやりたいところだ。帰ってきた奴の何人かは“自分が情けない”だなんて涙を流していたけどね。私からしてみれば皆よくやったと思っているよ。もちろん、お前さんもね」

『……いえ、そんな。俺など』

「よし! どうですか、腕の調子は!」


 会話している最中に、処置も終わったようだ。

 気がつけばライカンの失われた腕からは煩わしい痛みが消え去っていた。決して生半可な痛みではなかったのだが、話している最中に痛みを忘れていたようである。


『ええ、痛みはなくなりました。ありがとうございます』

「……機体の換装は、さすがに部品を準備しなければどうにもなりません。破断した腕から流用できるものは見繕いますが……とにかく店にお越しいただいて、その際もう一度処置をしなければなりません。そちらの顔の方もね。……まさかその前面部分、感覚を通しているので……?」

『いや、狼の部分は飾りですよ。中身はカルクと同系統……だったかな?』

「ああそれなら良かった。であればガワを用意するだけで済むでしょう。お越しいただければ腕と一緒にさっさと処置でき……ああいや、さすがに前と同じ顔になれるかは保証できませんが……」

『ぬぅ』


 ライカンの狼を模した頭部は特注品で、小さな町工場で作っていた外装を付けたものだった。決してポピュラーな、量産されたものではない。

 全機人もそれぞれの個性を出すために様々な趣向を凝らしているが、それ故に全く同じ外装を見つけるのは困難であった。


「さて。痛みが引いたなら、ライカン=ポールウッドよ。お前さんも仲間を待ちたいだろう?」

『え? ええまあもちろん。よくお分かりに』

「わかるさ。この現実世界で待っていれば、深夜にならないうちに捜索隊は帰ってくるだろうからねえ。お前さんのように仲間を出迎えをしたいって子は多いのさ。……じゃ、大会議室に戻るよ」

『はい。治療、ありがとうございました』

「いえいえ」


 ひとりでに動く不思議な車椅子の後を追い、ライカンは廊下に出た。

 廊下には慌ただしく人が行き交い、その中には“聖櫃”で同じ捜索メンバーとして頑張っていた学徒の姿もある。

 先に帰還したものの、後続で来るはずの仲間が気になって仕方がない。しかしできることもないので立ち往生している。そんな姿だ。


「……こっちじゃ捜査の方も進めている。色々と進展があってね。今はスキラー・ブライオンの依代をどうにかしようと、皆で動いているのさ」

『ほう……根本的な解決を、ということですか』

「ああ。アックスの奴が色々な所に圧力をかけたり、魔女会(うちら)の中でも特に尋問が得意な奴がいるから、その子を使って裏を取ったりとかね。おおっぴらには言えないが、現状かなり良いところまで追い詰めているよ」


 グリンダは若々しい美貌をニヤリと歪め、笑う。


「さて、だ。そこでお前さんに質問してやろう。敵の弱点はもう既に目の前だ。そんな時……ライカン=ポールウッド。お前さんのやるべきことは一体なんだと思う?」


 自分のやるべきこと。そう言われると使命感が沸いてくるのが男というものである。


『無論、その手伝いを』

「はい不正解」

『えッ』

「休むことだよバァーカ。怪我人は無理せず椅子か寝台でだらだらしてるんだね。お前らが無理すればするほど、そういう姿を見せれば見せるほど、国の面子が潰れていくんだ。施設内で大人しくしてておくれ」

『……はい』


 結局、怪我人は怪我人らしくが一番ということである。


『……向こうとこちらで二度も言われるとは』

「安全第一、何よりじゃないか。そいつはリーダーの素質があるね。生き急いでも良いことないよ」

『ハハハ……』


 ライカンは苦笑しつつ、かつて誰かに言われた“お前はいつまで経っても図体がでかいだけのガキだな”という言葉を思い出していた。



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