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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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砥047 拉げる豪腕


「はいストップ」


 一歩踏み出した時、ヒューゴの手が目の前を遮っていた。

 邪魔だ。


「おいロッカ」

「向こうで何かあったんだ」

「団長でしょ、落ち着いてくれよ」

「……」


 そう言われ、大きく息を吸い、吐く。……うん、良し。

 私は落ち着いている。……はずだ。


「ごめん、ちょっとやらかしかけた」


 私の踏み出した一歩が物騒だったからか、他のメンバーは心配そうな目でこちらを見ている。

 ……いや。私だけでなく、皆もさっきの声を聞けばそれなりに動揺するのか。


 聞こえた悲鳴はボウマのものだった。ライカンの安否を気遣うような、そんな叫びだった。

 ……ボウマとライカンは同じチームだ。ライカンが不意を突かれるなんてあんまり想像できないけど、ここじゃ何が起こるかはわからない。


 何かあったはずだ。すぐにでも助けにいきたい。

 というのが、さっきの衝動。でもそれは今、私がやるべきことではない。


「……二階の魔道士を先に仕留めちゃおう。ここまできて放置するのは時間の無駄になる。さっき私が言ったように、そうだね。上に穴掘って、水を流して感電させる方法でいこう」


 方針を伝えると、皆がそれぞれ短い返事を返してくれた。

 その中で、ダルナドフだけは渋い顔をしている。


「なあ、良いのか。さっきの声、君の仲間なんだろう。呼んでたライカンって人も」

「そうだよ」

「駆けつけて……助けてやる必要はないのかね。僕は反対しないが」

「いや。私が……私達が今すぐ行っても意味はないから」


 ちょっと冷淡に聞こえただろうか。ダルナドフの切れ長の目が不機嫌に細まった。

 ……少し誤解されてるか。しっかり伝えておかないとな。


「今ここで声が聞こえたとこに走っても良いことなんてひとつも()ぇんだよ。知らない道を横切っていくにも神経を使うし、焦って奇襲されたら元も子もない。すぐそこにいる魔道士を捨て置くのも無駄が多い。何より、ライカンが怪我してたとして私達じゃどうしようもない」

「……わかった。それは道理だ。従おう」


 冷静になって考えてみれば、それしかない。私達は班ごとに、各々の役目を果たしていかなくちゃ駄目なんだ。

 ちょっと手違いでどこかが声を上げたからって、その都度駆けつけてるようじゃ仕事にならない。実際、無力なのは事実だし。


 ……全機人の怪我といえば、命の別状は……無い。場合が多い。

 腕とか脚がもげても大丈夫っちゃ大丈夫。何せ血が出ないから、出血死ってものがないんだ。そういう点で見れば私の右腕含め、機人は便利と言える。


 ただ、深手を負うと痛い。それはもう地獄のように痛い。

 普通の人間の身体じゃありえないような“抉れ”とか“曲がり”とか、そういう負傷をすると地獄を見ることになる。

 私はそれほど大きな怪我を負ったことはないけど、デムピックを格納する時に間違えて手のひらを……あーもう思い出したくもない。


「魔道士を捕まえたら、一度石碑まで戻る。それで、可能ならライカンたちの班と合流しよう」

「わかったよ。僕もそろそろ他の地図をすり合わせをしたいところだったからね」




 二階の窓際に潜んでいた魔道士は、例によって簡単に対処できた。

 やり方は同じで、私達が直上の階に穴を掘り、水を流し、感電させる方式だ。安全で確実なら馬鹿の一つ覚えだろうがなんだろうが使えるだけ使えばいい。


 一連の作業は特に語ることもなかった。

 ただ、さすがに私ものんびりとはせず、かなり本気で掘削作業をしてたけど。


 気絶させた魔道士の詳細については……正直私の頭にはあまり入ってこなかった。

 確認しておかなきゃいけないこともわかってる。一人一人と向き合うべきだとも。


 それでもおろそかにしちゃったり、どうしても急いでしまうのは……やっぱり、仲間が心配だったからなんだろう。




『おお、ロッカ。ヒューゴ。そっちは全員無事のようだな』


 女魔導士を担いで石碑に戻ると、そこにはライカンたちが居た。

 ライカンは二本の脚でしっかり立ち、声色も普通に聞けばいつもと変わらないように感じる。


 でも。


「……腕、と顔。やられたのか」

『うむ』


 彼は全く、無事というわけではなかった。

 狼を模した長い顔は、その長い鼻と顎の装甲が拉げ、パーツの一部が失われている。顔はカルク特有のトカゲじみた素体が露出しており、……長らく付き合ってきた私としては、見てられないくらいには痛ましい。


 ……いや、けどそれも右腕と比べれば随分とマシな方なんだろうな。


『鉄魔術が飛んできてな。名前はわからんが、錨……か、それに似た術だった。普通のものよりちと刺々しくてな。俺の身体強化をもってしても、受け流せず直撃したのでは、まぁ、こうなるようだ』


 ライカンの腕は千切れていた。肘よりちょっと上のところから先が無く、自分の千切れた右腕を左手で持っている。

 モヘニアとダルナドフが息を飲む音が聞こえた。……生身の人間だったら、どうなっていたことか。


「あいつがトロかったから、ライカンが庇って」

『ボウマ。もう黙れ』


 ライカンの傍で、ボウマは明らかに気が立っていた。目元は見えない。でも口元は鋭い歯をむき出しにして、憎悪を隠そうともしていない。

 彼女の怒りの矛先は多分……いや間違いなく、少し後ろで泣きじゃくっている少年に向けられたものなんだろう。

 彼の二つ名は確か、“情熱のモルト”だったはず。


「……ライカンは悪くなかった。あたしも。けど」

『ボウマ』

「……」


 何があったのか。それは、もう彼らの班では何度も振り返ったのだろう。この辛気臭い状況を見れば想像はつく。


 ライカンは不意を突かれるような奴じゃない。突かれたとしても、どうにかできてしまうくらいの実力者だ。多分本気を出して戦えば私なんて一瞬でぶっ飛ばせるだろうし、クラインだって怪しいところだ。それほど、彼の気術の腕前は図抜けている。


 だから多分、彼は……庇ったんだろう。後ろで泣きじゃくっているモルトを守るために。それはライカンが身を呈して、きっとそれくらいじゃないと取り返しがつかないような状況だったのだ。


「ボウマ。とりあえず落ち着け。ここは私が取り持つから。いいな?」

「……」

「返事」

「……うん」

「良し」


 歯を食いしばるボウマの頭を、右手でガシガシと撫でてやる。

 するとさすがに少しは力が抜けたのか、こめかみ辺りから緊張した気配が和らぐのがわかった。


 ……ボウマは間近で見ていたから、モルトの失敗を責めたかったんだろう。

 そりゃそうだよな、ライカンとは仲良しなんだ。親子や兄妹みたいな二人だ。それが誰かの失敗で大怪我なんてしたら、感情的にもなる。

 特にボウマはそういうの抑えられないタイプだ。咄嗟に手を出さなかった辺り、随分大人になったと思う。


「そっちの地図係は誰だい? ひとまず僕の地図と照らし合わせておこう」

「モルトさん。ヒューゴさんがお呼びですよ」

「うぐっ……はっ、はい……すみません……これです……」


 ヒューゴはお互いの班の記録をすり合わせるために、泣きじゃくるモルトと一緒に作業に入った。

 班が合流してやることのメインはそれになる。後は……まぁ、それよりも先に、だな。


「……ライカン。私は半機人だから、全機人とは感覚が違うのかもしれないけどさ。それ……よく普通に喋れるな」


 顔が半壊し、腕がもげた。私だったら痛すぎて何も出来ない状態だ。少なくとも、自分の腕が千切れる感覚はよく知っている。


『顔の方は問題ない。もともと感覚は“狼の部分”にまで延長していないからな。だが生身で言う鼻のところが酷く痛む。腕は……見ての通りだな。相応に痛んではいる。……なに、全機人になった時ほどのものではないがね』


 よく聞けば彼の電子音声には、声色そのものには心配させる気配がないものの、少しザラついているように聞こえる。……平気なように見せているけど、痛みに耐えているんだ。


「あの。“クランブル・ロッカ”さん。貴女は半機人なので、少しはお詳しいかと思うのですが」


 ライカンの陰から、リュミネが控えめに顔を出した。


「こういった場合の修理、いえ治療の心得などは……」

「ごめんリュミネ。私にはそういうのはできない」

「……そうですか」

「これは本職の技師さんや、着床師さんがいないと無理。……治療は、戻らないとできない」


 機人の治療は専門技術だ。何より難しいのが、機械人形が組めるからといって治せるというものでもないという点か。

 だからゴーレムを組み上げられる人がここにいたとしても、多分ライカンの治療は無理。見た目だけをどうにかできても意味はない。プラプラと揺れて動かない、無駄に傷口に触れて痛むだけの出来栄えになるだろう。


『うむ……さすがにこれでは戦えん。バランスも取れんし、集中もきかんからな。だが隻腕でも、荷物運びくらいならできる』

「……その痛みに耐えてまでやる仕事じゃねえだろ」


 確かにアンタならできるんだろうな。片腕でも人の一人や二人は軽く担げるんだろうよ。

 背嚢だっていくつでも背負えるかもな。でもよ。


『俺は機人だ。腕が無くなったところで死ぬわけではない』

「ライカン」


 それでも私は見過ごせない。


「私はその痛みを他の皆に押し付けられないし、押し付けたくない」

『……』

「眼光、眩しすぎだぞ。ライカン」


 どれだけやせ我慢していても、顔が半壊していても、穏やかそうな声を作っていても、機人の表情は表に出る。

 ライカンの強く山吹色に輝き続ける眼光ランプは、どう見てもまともなそれではない。


『……団長命令、というやつか』

「ああ、そうだよ。今の私は、団長のロッカ様だ。……お願いだから、やめてくれ」

『……ふ。大団長様の命令じゃ、しょうがないな』


 ライカンが私の目元を指差し、優しく笑う。

 私は自分の頬に流れかけた涙を擦って、なかったことにした。



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