砥045 口付ける霊魂
やることは簡単だ。
まず階下の部屋に繋がるように、細めの穴を掘る。
そうしたら穴から魔術で水を注いで、それを伝うように雷属性術を発動させるだけ。
階下の魔道士はあっというまに感電して気絶ってわけだ。
そんなわけで、早速作業の方に移ることにした。
時間は有限なのだ。助けるべき人はまだまだいるし、さっさと済ませて次にいこう。
とはいえ急いで足場をぶち抜いたりだとかして、下手を踏むわけにはいかない。
焦らず安全第一で掘っていこう。
「ウキギチ~ 揺れてらァ~ 被りゃあいたたホイホイ」
「何だいロッカ、その歌」
「ん、キリサガリ歌」
「……作業する時の歌ってことかな?」
「そうそう」
人が近くにいて、一緒に同じ作業をする時なんかはよく歌ったりする。
お互い眠くなったりしないように、サボらないようにって意味もあると思うけど、まぁ歌いたいからみんな歌ってるんだろう。皆の使う道具が歌に合わせてカンカン鳴るので、作業してる時の地道さが紛れて結構楽しい。
「変な歌だけど、上手なのね」
「ホイホイ」
いや私は多分そうでもないぞ。山じゃ他に上手い人多かったからね。でもありがとうモヘニア。
作業中の歌だから、まぁ……独特なのはさすがに私もわかる。少なくとも式典とか劇場で聞けるものとは違うわな。
「まぁ、こんなとこか」
「……早いな。経験者か?」
「今更何言ってるんだよダルナドフ。本業だっての」
出来上がった穴は、お椀型に広く掘り下げてあり、底の部分には細めの穴が斜めに伸びている。先っぽが斜めに折れ曲がった漏斗みたいな形と言えばわかりやすいか。
深さはおよそ四十センチ弱。道具無しで下へ開通させるには少し手間が掛かりそうだけど、アンドルギンとデムピックさえあればなんのことはない。
この下へ続く穴が斜めになっているのは、万が一階下の魔道士が術を放ってきても穴越しに直撃しないようにっていう工夫だ。
しかし穴を開通させても下の魔道士がその場から動く様子は……多分ない。
「“キュート”」
お椀状の穴にモヘニアの水魔術が注がれる。
ゴブレット型のロッドから溢れ出る水はたちまちお椀を満たし、ゴボゴボと音を立てながら下へ落ちてゆく。
「あ、なんか下で暴れてる……?」
「“イグジム”」
魔道士が攻撃に気づいたか。まぁ上から水ぶっかけられたら誰だって気付くし慌てるのは当然だろう。
しかしモヘニアは水が下に落ちたと見るや容赦なく雷気を水へと流し込んだ。
バチバチと音を立てて明滅する水面。水がお椀から抜けきる数秒間、モヘニアはずっと雷を流し続けていた。
「聞こえた? 今の音」
「ああ。無事に効いたみたいだね」
雷の術が終わる直前、人が倒れ伏すような音が聞こえた。
皆で下の階へ移動し、念の為に私が強化を込めつつ部屋の様子を見に行くと……。
「大丈夫。完璧」
そこにはずぶ濡れで倒れている男性魔道士の姿があった。
彼はエクトリアの理学校に通う魔道士で、属性科に所属する学徒だった。
年齢は二十二。得意魔術は火属性のみ。杖はワンド。これといって……特徴はない。
大会の成績は初戦敗退。……大会参加者の半分。その中の一人だ。
平凡な魔道士に見える。けど……彼の内心は、どうだったんだろうか。
彼は疲れた顔のまま語らず、静かに眠っている。
「まずは運び出して石碑で送還させようか。ロッカ、お願いできるかな」
「よし、私が持つよ」
「持つって……大丈夫なのか? その男はかなり重いんじゃないのか?」
他の人でも大丈夫かもしれないけど、まあ私の場合は慣れてるから問題ない。下手に二人で分担しても持ちにくいから余計に疲れるだろうし、一人で抱える方が楽だ。
「本当に軽々抱えてるな……」
「……力持ちね」
「余裕余裕」
「ロッカが彼を抱えている間は僕が他の荷物を持つから。ダルナドフとモヘニアは念の為に周囲の警戒を頼んだよ」
長時間強化込めての作業は慣れてるし、得意分野みたいなもんだ。
魔術使える人は魔術を、強化使える人は強化を。役割を上手く分担してやっていこう。
「なあロッカ、このメイスかなり重いんだけど。僕のロッドの何倍あるんだいこれ」
「良いでしょ」
「いや、わからない……」
気絶させた魔道士が持っていた物資を失敬し、手紙を彼のポケットに入れて、あとは石碑に放り込んでおいた。
彼が持っていた物資はポーチに入っていた飴と……酒水筒。
水分補給にはならないし、むしろ酒を飲む分余計に喉が乾いてしまう。
でも傷に注げば薬の代わりにはなるかもってことで、借りることにしたのだ。
……ポーチからスキットルが出てきたのを見つけた時のモヘニアの目が怖すぎて、その勢いに押し切られたところはあるけどね。
「今は飲まない。今は飲まない。飲んでは駄目……今は緊急事態だから……お預け……全て終わってから……」
さすがにモヘニアも分別はついているのか、スキットルを手にとってはいるものの、開けようとはしていない。辛うじて。
「……飲みたかったら飲めばいいのに」
「誘惑するのはやめて」
「あ、うん。ごめん……」
割と本気な声出された。……ま、まぁでも無理しすぎても辛いだけだから、限界だと思ったら飲んだら良いんじゃないかな。
モヘニア自身も飲んでたほうが調子良いって言ってたし。判断は任せるわ……。
「あの建造物も踏破したから、次はこっちの路地を進んでいくのだね?」
「多分そうなるかな。周りを囲まれてるし、狙われる危険が高めだけどね……」
ダルナドフとヒューゴは地図を見ながら打ち合わせ中。今後行く道をじっくり選定しているようだ。
もちろん歩きながらである。人を倒す度に石碑のある地点を往復することになるけど、人数を割いて行動するのはやはり危ないので、固まっての行動だ。
「……ねえ、ロッカさん」
「ん? なに、モヘニア」
「スキラー・ブライオンに唆された魔道士たちは、どうして彼に縋ったのかしら……」
モヘニアは蓋を開けていないスキットルをまじまじと見つめたまま、私に訊ねてきた。
「スキラー・ブライオン。大会議室で現れた姿を見たけど……あんな見るからに怪しい姿なのに、どうして縋ってしまったのかしら」
「……まあ、怪しいよな。私もそこのところはちょっとよくわからないや」
あんな筋骨隆々で怪しさ満点の怪人に縋り付くなんて、本当によくわからん。今でも全然わからん。
「けど……怪しいと思っていても、魅力的だったんだろうね」
「……力や、強い術が?」
「うん。きっとね」
思い出すのは、大会で何度か言葉を交わしたベロウズのことだ。
あいつは……スキラー・ブライオンから力を貰っていた。その力で、私は試合に負けたんだ。
正直なところ納得はいかない。けど、貰い物の力でも力は力だ。それを上手く扱うベロウズの技術は本物だったし、貰い物と言ってしまえば私のアンドルギンだって貰い物みたいなものだ。
誰だってアンドルギンが貰えるなら欲しい。ベロウズが力を求めたのは、そういうことなんだろう。自分に照らし合わせて考えてみれば、ちょっとは共感できる。
「けど……まあ、納得はいかねーな」
「……?」
「大会では負けたけど……次やる時は絶対負けねえ」
色々言われて、負けて……そのままベロウズはこの“聖櫃”に閉じ込められた。
彼がこのまま戻らなかったらどうなる? 私は二度と彼を打ち負かすことができなくなるのか?
そいつは、全く気持ちのいい話じゃない。
私は別に自分が一番強いだとか、間違ってもそんな勘違いはしていない。してはいないけどよ……負けっぱなしってのは、むしゃくしゃするんだよ。
「……ふふ。そういうの、ロッカさんらしくていいと思うわ」
「私らしいかぁ。へへ、そう言われると……ってモヘニア?」
「え? ……あっ」
話していたら、いつの間にかモヘニアが手元の酒に口をつけていた。
あまりにも自然な動きでキャップを開けて、談笑中にそっと一口。洗練された酒飲みの仕草だった。
「……の、飲んじゃった」
「……だね」
しかも無意識でやってるってのが凄い。本人は悪気もなかったんだろうけど、愕然としている様子だ。
「……でも、ロッカさん」
「……おう」
「これ……とっても美味しいグラッパだわ?」
「……良かったね?」
「ふふっ、ええ。とっても」
ちょっとしたアクシデントはあったけど、モヘニアの元気が出てきたから良しということにしておこう。




