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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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砥043 目隠す火酒


 建物をひとつひとつ調べつつ、終わったら出入り口に印をつけて、地図にも描き示す。

 先頭を行くのは身体強化ができて体力もある私だ。やることは単純で、建物の中に入った後内部を虱潰しに探すだけでいい。

 扉が無いので開閉の手間とかは無いんだけど、いかんせん階数があるし部屋数もそこそこだ。これを私一人でやるのは時間がかかるし、体力的にもさすがに無理がある。なので内部の探索は二人一組で行っている。


 ヒューゴはダルナドフとペアを組み、私はモヘニアとペアだ。

 しかしここでひとつ問題が発生する。


「はあ、はあ……」


 終わりの見えない階段の上り下りに、モヘニアの体力が警鐘を鳴らしつつあるのだ。


「大丈夫? モヘニア」

「はあ、はあ……だ、大丈夫……では、ないわ……」


 私達の班が行動を開始してから一時間は経つだろうけど、未だ敵とは出会っていない。

 外からは他の班のものであろう戦闘音や声が聞こえるので人は潜んでいるだろうに、まだ私達の成果はなかった。

 最初にあった緊張はまだ私の中に残っているものの、モヘニアはきっとそれどころじゃないだろう。


「水飲む?」

「まだ、あるから……」

「少しこっちの部屋で休んでおこう。壁にもたれておけば少しは楽だよ」

「……ええ……」


 これはきっとモヘニアが特別虚弱だからというわけではない。魔道士なら多分、みんなこのくらいでバテるものなんだろう。

 ソーニャも上の階行く時よく私に“引っ張って”って言うし。


 けどまぁ、休憩は大事だ。私も少しだけバターなんとかを食べたら、隣の部屋の探索に入るとしよう。

 主食というには強烈すぎる塩辛さと、舌に粘りつくようなクドすぎる甘さ。バターを更に煮詰めたようなこの携行食の尖った味を、私はそこそこ気に入っている。


「……足手まとい、かしら」

「ん?」


 モヘニアがぽつんと零したのを、私は聞き逃さなかった。

 彼女はどこか慌てたように薄いショールで口元を隠したけど、それで聞かなかったことになるはずもない。


「モヘニアのことだったら、私はそうは思わないけど」

「……私、そんなに。身体が強いわけでもないわ」

「そう? 強化できない都会の人だったら普通くらいなんじゃない?知らないけど」

「いいえ。前の班でもそうだったもの。今回もそう。班を組んでも、連携が取れない……意思疎通もできない……人と上手く話せないのよ、私……お酒が、ないから」


 憂いを帯びた目と、小さな笑い。

 私は彼女のそんな姿がちょっとだけ危うく見えて、すぐ隣に腰を下ろした。


「お酒か。そういえばモヘニアって、お酒がないと雰囲気が違うよね」

「……これが私なの。お酒がないと何もできない私……」


 モヘニアは自分の手をじっと見つめている。その手は酒のせいなのかそういうわけではないのか、少しだけ震えているように見えた。


「馬鹿みたいでしょう。お酒がないと外にも出られない。人とも話せない。……いえ、でもひょっとすると、お酒を飲んでるせいで人と話せている気になっているだけなのかもね……」


 自嘲。きっとそういう笑い方なんだろう。

 でもなんだろうな。不思議とモヘニアの不思議そうな雰囲気と、そんな笑い方も似合ってるんだよな。

 私やボウマがやっても多分“感じが悪い”くらいで終わるんだろうけどよ。


「大丈夫だよ、モヘニア。今もこうしてモヘニア喋れてるじゃん」

「そう、見えるでしょう。けど、心の中はいっぱいいっぱいなの……」

「私がデムハムドの鉱山で仕事してた時は仕事中も(グログ)かっ喰らってるようなすごい爺さんたくさんいたけど、あの人達と比べたらモヘニアは全然平気だよ」

「デム……え?」


 思い出すのは懐かしの故郷だ。

 ああ、鉱山といえばそれはもうガラの悪い男連中と酒と相場が決まっている。

 そこにいる連中と比べたらモヘニアなんて真人間もいいところだ。


「坑道に水筒と一緒に酒水筒(スキットル)持ち込んでるような連中はごまんといるし、酒が足りないせいで燃料用のよくわからん液を水で割って飲んで死んだおっさんも知ってる。いつもだったら酔っ払ってないんだって人も沢山ね。モヘニアはまだ一緒に居てウッってなるような匂いしないし全然大丈夫だよ」


 手の震えだってマシだ。こっちの酷い男は逆にどうしたらそんな大きく手をガタつかせることができるんだって奴も多いしね。

 酒持ってきた商人に殴りかかろうとする間抜けだって何人もいる。だいたい同じ作業場の真面目な人達に囲まれてボコボコにされてるけど。


「……それは……」


 モヘニアは私の話を聞いて、言い淀んだ。


「…………そういう人達と比べられると、さすがに傷ついちゃうわ」

「あははは、ごめんごめん」


 拗ねられてしまった。まぁ確かに言ってて途中で“若い女と比べる手合いじゃないな”とは思ったんだけどさ。


「……けど、私のことを励ましてくれたのは嬉しい。……ありがとうね」

「うん。ちょっと元気が出たなら、良かったよ」


 私の馬鹿話でも少しは気が晴れたなら何よりだ。

 だけど馬鹿話だからって、嘘は言って無いんだな。作り話じゃないってのがデムハムドの悲しいところだ。

 特に燃料用の液体で酒を作ろうとした奴は複数人のグループだったし、自業自得とはいえ三人以上が死んでいる。ちょろまかされた燃料もそこそこの量があって、色々と大変な事件だった。それでも新聞に載らなかったんだからひでえ話だよ。




「それじゃ、私は奥の部屋を探索するね。モヘニアはまだそこで休んでて。次は上の階だし」

「ええ、わかったわ。……すぐに出発できるようにするから」


 人それぞれに気負う心があるのはわかる。それが少しでも和らいだのなら、良かった。

 仕事をする時くらい、鼻歌の一つもできる程度に気楽じゃなけりゃ参っちゃうからね。


「さて。モヘニアは休憩に入るし、せっかくだしゆっくり見て回るか」


 せっかく身体を休めているのに急かすのもかわいそうだ。

 少しゆっくりめに部屋を見回して時間潰しするのもありだろう。


 そう思って次の部屋を覗いたその瞬間。


「“エイグ(火竜よ)ラギルヘテル(跳ねろ)”」


 部屋の奥では、見知らぬ男が杖を構えていた。

 もちろん、こちらに。杖の先は妖しく光り輝いている。


「ッ……ぶねぇ!?」


 魔光を見た瞬間、強張りかけた身体はすぐさま反応した。魔光を見たらすぐに避ける。

 そんな日々の習慣がこの瞬間にいち早く作動してくれたのだ。

 私はどうにか火竜に貫かれる前に、部屋の入口から大きく飛び退くことができた。


「ロッカさん!? 今の音は……!?」


 火炎は入り口から廊下の壁にぶち当たり、大きく爆ぜた。壁が僅かに抉れ、焦げている。

 その衝撃音が聞こえたのだろう。近くの部屋からはモヘニアの心配する声が聞こえた。


「敵だ! 魔道士がいた!」


 私は未だに熱気を放つ廊下から更に距離を取り、モヘニアの部屋にまで戻る。

 ……敵が追いかけてくる足音は……聞こえない。術を更に放つ詠唱も、気配もない。


「ロッカさん、背嚢の表面が少し焦げてる。“キュート(顕水)”」

「えッ!? あ、ありがとう」


 知らぬ間に少し掠っていたようだ。……けっこうだぶついた背嚢だからな。ひらひらしたところに炎の竜が掠ったのか。


「モヘニア、私の髪とか焦げてない?」

「……うん。平気よ。きれいな髪」

「良かった。……どうしようか」

「……まず、相手と戦う前にヒューゴさんとダルナドフさんにも知らせるべき、だと思うわ」


 モヘニアは部屋の入り口にゴブレット型のロッドを差し向けて警戒を続けたまま、そう言った。


 ……とっさに私の荷物を消火して、現状維持もできて、冷静に判断もできる。


「モヘニア……あのさ、やっぱモヘニアはすごいと思うよ、私」

「……今、そういうこと言われると。なんかちょっと、その、調子狂うから……」

「あ、ごめん」


 変なタイミングで褒められたせいか、モヘニアの顔は複雑そうに歪んでいた。


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