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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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砥042 手放せない命綱


「ここが密集地帯……」

「話には聞いていたが、ほぼ市街地だな」


 私達は密集地帯にやってきた。

 そこは話に聞いていた通り、まるで街を模倣したかのような光景が広がっている。

 けどミネオマルタほど整然としているわけではない。レンガ造りの建築群は僅かな通行可能な通路を確保する以外はほとんど密集しており、都会の貧民街みたいに違法増築を繰り返したようにも見える。

 当然、今ここから立って眺めた程度で全てを見通せるはずもない。


 真っ直ぐ二百メートル先の家屋まで続く大通りと、その左右に幾つも枝分かれする路地が確認できるばかりだ。


『ふむ。上も油断はできんか』


 少し見上げれば、壁面には階段があることがわかる。

 単純な構造の手摺がついているものもあれば、柵も何もない段差だけの折返し階段もある。


「ライカンさんの言う通りだ。連中は上の階にもいるから、注意しろよ。とはいっても、こっちは確実に出遅れるんだけどよ」


 ガルハートの言葉に一同の顔が引き締まる。

 雰囲気も“いよいよ”って感じになってきた。アスメがいるとわかっている坑道にツルハシ一本で潜り込む前のような、試合前とは違った、血がざわつく感覚。


「手分けして出発だ。声掛けは欠かさないように進んでいこう」


 各々の返事を起点に、私達は班ごとに散開した。




 救助対象は残り二十六人。

 同時に、残存する敵の総数も同じ二十六人だ。

 どうにか助け出して涙ながらに抱きしめてやりたいところではあるんだけど、その前に私達は救助者にビクビクしながら警戒しなければならず、何本かの骨を折ってでも大人しくさせてやらなくてはならない。

 既に皆魔道士を相手にした実戦は経験しているし、そういう覚悟の点では心配いらないだろう。


 いや、そんな余裕はない。

 ちょっと都市を歩いてみて思ったけれど、手加減とか人相手とか考えていられる状況じゃない。


 いつどこから襲ってくるかもわからない潜伏者。

 私達はガルハートらが疲弊した理由を、開始そうそうに思い知っているところだった。


「……これは、キツいぞ」


 ダルナドフは傲岸だ。付き合いが長いわけでもないけど、彼は典型的な旧貴族のお坊ちゃまな魔道士だと思う。

 そんな彼が私達を気にすることなく、繕うこともせずに弱音を零した。


 からかってやることはできない。むしろからかってやれば少しは空気も安らぐのかもしれないが、冗談めかす余裕もない。

 私もモヘニアもヒューゴも、一様に参っている様子だった。


「……なるほどね。ガルハートのような軍人がああまで困憊する理由がよくわかるよ」

「そうね……」


 話には聞いてたし想像もしてた。それでも尚、実際に歩いてみるとこうも違うものなんだな。

 平地を歩いて魔道士をのんびり探すのとはわけが違う。あんなの空を見上げてぼんやり鳥を探すようなもんだ。今やってるのはすぐそこに潜んでいる凶暴な魔獣退治みたいなもの。

 常に張り巡らせる警戒が、こうも心にのしかかってくるとは。


「ヒューゴ、地図は今どんな感じ?」

「まだガルハートが明らかにした範囲内、半分もいってないよ。僕たちが探索する未踏破のエリアは、もう少し先だ」

「……おい。ヒューゴっていったか。本当に地図の読み方は合っているのだろうね?」

「もちろんさ、ダルナドフ。けどガルハートには申し訳ないが、これは彼が認めた地図だからね。もし不意の遭遇や間違いがあっても僕を恨まないでくれよな」

「……ああ、わかってる。今はそんなことしてる場合ではないしな……」


 ぽつぽつと零すような会話。地面を擦るような遅々とした歩み。

 今はまだ平気だけど……普段よりずっとトイレが近くなりそうだな……。


 ピリピリとした緊張感の中歩くこと暫し。

 その時、どこか遠くで破壊音が響き渡った。


「……!」


 脆い岩を砕くような音。いや、薄い壁を力任せにぶち抜いた音か。


「うわぁー!」


 それとほとんど同時に、遠くで叫び声が響き渡る。

 私達はとっさに各々の杖を握り、反射的に顔を見合わせ、その後周囲を睨み散らした。


「そこだっ! 上!」

「隠れろ!」


 ……耳をそばだてれば聞こえる、魔術の着弾音と人の声。


「……遠くの方で、遭遇戦があったようだね。向こうということは……ガルハートのいる三班かな」


 言いたいことは全てヒューゴが冷静に解説してくれた。

 離れた場所の戦闘だ。言われてみればその通りである。

 それでも私達は皆が皆、思わず反射的に身構えてしまったし、自分たちの周囲を警戒した。

 間抜けとは言うまい。この反応は私達がしっかり警戒してた証拠だ。

 同時に、それだけいつでも動けるように、全身と全神経を集中させていた証拠でもある。


「……長くは持たないぞ、ほんと。これ」

「よし、じゃあそろそろ休憩に入ろうか」


 歩き初めてそう長い時間が経ったわけでもない。だというのに、ヒューゴは休憩を提案した。

 皆の顔を見回してみると、確かに少し強張ってはいるけども、“まだいける”とでも言いたげに目を光らせている……ように見えた。


「いや、それでも僕は休憩にしといた方が良いと思うよ。だってここから少ししたら、ガルハートの地図にも載っていない未知の場所を進んでいくことになるんだからね」

「……う、うむ。それならば」

「少し……ええ、そう……休みたいわ」


 そう言われると、ここが最後の休憩地点のように思えてしまう。


「うん、ヒューゴの言う通り休もうか。休みながら……気分を入れ替えよう」


 大事な仕事だ。今のままだと力みすぎてて少し危なっかしい。

 私達は最寄りの構造物に入り、そこで少し休息を挟むことにした。




 ちょっと一息ついて、行動再開。

 それまでに一度だけ遠くの方でまた破壊音と、焦ったような“敵かー!?”というような叫び声が聞こえてきた。


 ほんの少しだけだけど、慣れたように思う。

 弛緩したというわけじゃないけど、この場の雰囲気にちょっとだけ適応できたというべきか。


「少し力みすぎてたみたいだね。私達は私達のペースでやっていこう」


 全員が頷くのを見て、歩き始める。神経はゴリゴリ削れていくけど、やっていくことは単調なもので、少し歩いては地図を埋めていく作業である。

 これがまた単純に聞こえるかもしれないが大変な仕事で、ヒューゴは必死に周囲を見回し、色々と考え込みながら線を引いたり、文字を書き込んでいる。


「な、なあ。平気か? あんまり無理はするなよ……」

「……いや、僕は平気だ。書いている間は、進まないでくれると助かるけどね……」

「ああ、もちろんさ。ゆっくり書いてくれ。急かしはしないさ……」


 ダルナドフはヒューゴの役目を簡単な仕事だと思いこんでいたのかもしれない。最初の最初こそ彼に対してちょっと棘のある言葉が見られたが、今では必死に地形を把握・図面化しようとしている彼に気遣うような声をかけていた。


 測量もせずに地図を描くのは、かなり難しい。出発地から目的地を目指すだけの地図なら誰にだって描けるが、ヒューゴのやっていることは地形をほとんど完璧に描き起こす作業だ。

 正直、無謀ではある。頑張ってはいるけど、満足な道具も身動きもできないこの状況では完璧を求めるのは酷すぎるというもんだ。不備があっても誰も文句は言うまい。

 それでも彼は自分の役目をこなそうと、班の先頭を歩く私なんかよりもずっと大変な作業を続けている。


「この地図は、他の誰かと合流した時に相手と照らし合わせることになるものだ。皆の命を背負っていると思えば、少しの手抜きもできないよ」


 そういう彼の眼に、普段ののんびりした爽やかさは無い。


 また遠くで、“敵かー!?”という叫び声がこだました。


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