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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦020 見下す観客席

「それでは……これより、“パイク・ナタリー”および“クランブル・ロッカ”による、上級保護の闘技演習を行う!」


 導師からの宣言が上がると、観覧席はドッと湧いた。

 今にも始まりそうな壇上の空気感に、待ちわびた観客達は立ち上がり、歓声をあげている。

 年に何度もお目にかかることのできない、上級保護の魔術戦である。

 それはいわば、死力を尽くした真剣勝負。賑わうのも納得であった。

 滅多にないお祭り騒ぎに、普段は静かな属性科の学徒らも物騒な熱気に包まれた様相であるが、その中で際立って、まさに“特異”なほどの盛り上がりを見せる席があった。


「ロッカァアア! そいつを殺せぇええ!」

『ロッカァアア! 気合だぁああ!』


 席から立ち上がる二メートル超え機人のライカン、その上に跨るボウマの声援は、試合前であるというのに全力全開であった。

 すぐ真後ろの席のソーニャはロッカが見えないと騒ぎ立てるし、ヒューゴはそれを宥めることに尽力している。


 とにかく賑やかであった。

 静かに眼鏡を手入れするクライン以外は騒がしい事この上なく、周りの学徒達の勢いを削ぐほどである。


「やれやれ、これだから馬鹿は困る」


 クラインは眼鏡のガラスを親指で押し砕き、鬱陶しそうな鼻息を鳴らしてみせる。

 隣のヒューゴにだけは聞こえたらしい。


「そう言ってやるなよ。というか、ここはボウマでもライカンでもない、クラインが声を張るべきところだぞ」

「外野が声を張ってどうなる」


 度数の上がった眼鏡をかけ直し、つるを押さえて視界を確認する。


「あとはウィルコークス君次第だ」

「でも、闘いはしっかり見守るんだね?」

「当然だ。オレは闘技演習はちゃんと見る」

「はは、そうか、いつも通りだったな」


 ヒューゴは朗らかに笑った。

 隣のクラインはピクリとも顔を動かしていなかったが。


「しかし、ロッカの二つ名はなんだろうね。“クランブル・ロッカ”って、さっきは言ってたけど」

「導師と長く話しているようだったからな。あの場で咄嗟に考えたんだろう」

「クランブル。“粉挽き”かな? けどまさか、そっちの意味じゃないよな。由来はなんだろう」

「二つ名に凝る必要などないだろう。あんなものは適当に決めればいいんだ」

「ははは、いや、でも今のロッカが周りに二つ名を求めると、ろくでもないものが付けられそうじゃない」


 興味の無い風なクラインだったが、少しだけ視線を上にあげて思案する。


「“馬鹿のロッカ”」

「君なら言うと思ったよクライン。被りすぎじゃないか、そのネーミングパターン」


 特異科が一角を占める観覧席では、そんな会話が繰り広げられていた。




「そろそろ始まりますな、セドミスト導師」

「……はい、そうですね」


 この日の闘技演習には、何人かの導師も立ち会っている。

 導師専用の見晴らしの良い席は学徒用の観覧席とは離れた場所にあり、座る間隔にも余裕があった。

 問題児ナタリーがこれから引き起こす事のあらましを見守るべく集まっていた導師の大多数は属性科担当だが、マコを含めた他の学科の導師もいくらか散見できた。

 導師席も穏やかな雰囲気ではなかったが、学徒とは違って沸き立つような賑わいではない。

 あくまで、今回の闘技演習を静観するだけのつもりらしい。

 当然の事なのだが、生き死にをかけた闘いに娯楽性を求める人物はここにはいない。


「闘技演習場は水国に定められた規定によって運営されています。ロッカ=ウィルコークスは規定により、自ら敗北宣言を発しない限りには、保護をすることも、治療をすることもできません」

「ええ、わかっています。私も、魔道士の端くれですから」


 闘技演習にドクターストップは無い。それは下級でも上級でも同じである。

 転送による決着か、どちらかが敗北の意志を示さない限りには、闘技演習は続行される。

 その間、第三者による途中介入は許されない。

 それがたとえ、自分の教え子が瀕死になろうともである。


「ウィルコークスさん……ご無事で。無茶は、しないで……」


 導師たるマコであっても、席から見守り、祈るしか無かった。




 そしてすり鉢状の席の最上段では、二人の学徒が石壇を見下ろしていた。

 彼らは声援を送るでもヤジを飛ばすでもなく、ただただ静かに座り、闘技演習の開始を待っている。


「ナタリー……特異科の学徒にまで手をかけるなんて。卑劣だ」


 浅黒い肌に映える白髪。

 “激昂のイズヴェル”。


「イズヴェル。闘技演習は途中棄権も認められています。相手のロッカが戦う意志を示す限り、この闘いは卑劣でもなんでもありませんよ」


 白磁の肌に垂れる紺髪。

 “冷徹のミスイ”。


 属性科三年Aクラスの火属性専攻と水属性専攻のトップ二人は、他者と比べてやや薄い関心でこの闘技演習を観覧している。

 イズヴェルはマグマのような赤い瞳で、試合の開始を睨むように待っていたが、ミスイの表情は平坦そのものだった。

 喧々たる会場にも、殺気立つ壇上にも興味が無いような、すぐ前に座る学徒の後頭部でもじっと眺めているような、つまらなそうな顔だった。


「ミスイ。なぜロッカという子は棄権しないんだ。なぜ誰も、あの子を止めてやらないんだ」

「さあ……私にもわかりませんが。ロッカ自身が闘うと言って聞かないから、ではないですか」


 イズヴェルは両手で口を覆い、悲壮感に顔を伏せた。


「無茶なことを……可哀想に。きっと彼女はナタリーによって、退くに退けない状況へと追い込まれてしまったんだね。きっと、無理矢理に……」

「それは邪推ですよ、イズヴェル」

「そうなのだろうか。ミスイ、しかし僕は……いや、すまない。そうだね、友を疑うのは、良くないよな」


 白髪の少年は右手で自分の頬を強く叩き、誰に言われるでもなく強く戒めた。


「友を疑うなんて最低だ。僕は……僕という奴は……」

「……」


 そんな彼の様子さえも冷めた目で眺めながら、ミスイは口を開く。


「でも、私もイズヴェルと同じですよ」

「? 何がだい、ミスイ」

「あのロッカという女、さっさと諦めればいいのにと思います」


 二十メートルの遠間を置いて埋め込まれた黒い石版の上で、二人の女性魔道士が向かい合う。


 ミスイの見下す目が、冷徹に細められる。


「特異科は特異科らしくしていれば良いのに……」


「闘技演習、開始!」


 導師の声が上がった。

 決闘が始まった。


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