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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦019 思い出す二つ名

 準備は整い、用も済ませた。

 もう何の気兼ねも、恐怖もない。

 先ほどの震えは武者震いだったのかも。そう思えるほどに、今の私は気分が良い。や、あれは絶対に武者震いだ。

 さっさと敵が待つ壇上へと登り、ドヤでもガヤでも受けたい気分だった。


「よ」

「ああ」


 会場へと続く廊下にて、壁に背を預けるクラインと出会った。

 彼を過ぎて階段を降りれば、そこはもう、大勢の観客で埋め尽くされたステージだ。

 ただその前に、彼と話しておかなければならないだろう。

 ここが、ナタリーとの決戦前の最後の打ち合わせとなるのだから。


「“円鉄のレドリア”と“水碑のリタ”の闘いが終われば、次は君の番だ、ウィルコークス君」

「わかってるよ、準備はできてる」


 右拳で軽く壁をどつくと、ガチンと大きな音がした。

 思った通りこの建物は、中身の詰まった良い石材を使っているらしい。そんな他愛無いことを考えるくらいの余裕がある。


「ねえ。ちなみに今やってる試合、クラインの目から見て、どっちが勝つと思う?」

「さあな。オレとしては、他人の闘技演習は最後まで何が起こるか解らないと言いたいところだが……従来通りの仕上がりなら、よほどの事がない限りはレドリアが勝つだろう」

「へえ」


 控室ではあれほど勝つと豪語していた彼女が負けてしまうらしい。

 それがクラインの予想であった。


「水碑のリタが弱いわけではない。相手が悪いな。相性から予想を立てるなら、このカードの結果は見え透いている」

「……クラインは、やっぱり詳しいんだね」

「何がだ」

「こういうのだよ」


 彼がいてくれたおかげで、私はここまで本格的な戦略を得られたのだ。

 性格に難こそあるけれど、クラインには頭が上がらない。


 ……そういえば、私はまだクラインの手伝いとやらをしていない。

 思えば十日の特訓期間中、彼はずっと私のために動いてばかりだった。

 私が彼にしたという事は、些細なものはあれど、大きな仕事は一度もない。


「なあ、クライン。私もあんたの色々なことを手伝うって約束だったけど、まだ……」

「今は気にしなくていい。それよりも君自身の闘いに集中しろ。オレの手伝いに関しては後々要求するから、その時には頼む」

「……うん、わかった」


 今はナタリーとの闘いにだけ精神を傾けておけってことか。

 確かに、考え事だけでもよそ見している余裕はないからね。


 そんな話をしている間に、階段の向こうから大きな歓声が聞こえてきた。

 どうやら、あちらの決着がついたようである。

 果たして勝ったのは鉄か、水か。

 私にとってはどうでもいいことであるが……。


「じゃあクライン、行ってくるぜ」

「ああ」


 私は光満ちる階段を下ってゆく。


「そうだ、ウィルコークス君」

「ん?」


 クラインは壁に背を預けたまま私を呼び止めた。

 

「オレは観覧席と治療室前、どちらで待っているべきかな」

「決まってんだろ、観覧席だよ。花火でも用意して座っておけ」

「ふん、良いだろう。楽しみにしている」


 私はクラインの笑顔を見た。

 どこかひねくれた、悪人っぽい笑みだ。

 でもそんなニヒルな顔で送り出されるのも良いものだと、私は微笑みを隠しながら階段を降りてゆく。




 煌灯の眩しい光で照らされた広い空間に一歩踏み出すと、私は今まで聞いたこともないような大歓声に包まれた。


 広い円形の空間。

 丸いドームの天井。

 すり鉢状の観覧席。

 四角く広い白の石壇。


 闘技演習場。ここは私の人生ではダントツで一番の、だだっぴろい屋内空間だ。

 だけどこんなにも広いのに、四方から浴びせられる無数の声は、空間の隅にいる私の方まで詰め寄って、びりびりと全身を痺れさせる。


「……」

「……」


 私と反対側の階段下には、トゲ付きのメイスを肩に預けるナタリーの姿があった。

 チビのくせに、いつかと同じ見下すような目で私の姿を捉えている。


「ロッカちゃん、一発は一発だしねぇ。借りは、返させてもらうぜ」

「ナタリー、覚悟しておけよ」


 四十メートル以上離れた遠距離では、小さくつぶやく言葉はお互いに聞き取れなかった。

 しかし二人同時に動いた唇は、きっと同じような言葉を紡いだのだと思う。


 私とナタリーの板挟みにあった壇上の女は、ここでようやく会場の異様な盛り上がりに気づいたか、今先ほどの闘いの勝者であるにも関わらず、そそくさと縮こまって退散していった。

 黒髪の後ろ姿を見るに、彼女はリタではないようだ。

 つまり、リタは負けて場外へ転送されたということである。

 クラインの予想通りである。勝ったのは鉄の女か。


「クライン。特訓の成果、信じてるからな」


 私はポケットに両手を突っ込んだまま歩き出し、壇上へと足を掛ける。

 白い石の上に登ると、会場はまた一段と大きな声に包まれた。


 さあ、私。もう逃げられないぞ。

 これから本当に始まるんだ。ナタリーとの闘いが。




「ロッカぁー! んな野郎ぶっとばせー!」

『ロッカ! こっちで見てるぞー!』


 私に叫ぶ級友の声が、沸き立つ会場の騒ぎの一つとして聞こえてくる。

 だが。


「ナタリーさぁん! やっちまってくださいよぉおお!」

「特異科相手だぞ! 時間かけてやってくれよなぁ!」

「ナタリー! 今日も楽しませてくれぇ!」

「瞬殺すんじゃねえぞぉおお!」


 ナタリーを後押しする乱暴な声援は、私の友人の声などは隅へと追いやっていた。

 味方の声を辿ろうと耳を澄ませるほどに、私に向けられた罵倒や、これから始まる物騒な闘いを期待する声は大きく聞こえる。

 ライカンとボウマの叫びに近い声は群衆の中で目立ってはいたけれど、渦中の私には小さなものの一つにしか聞こえなかった。


 やれやれ。想像はしていたけど、とんでもない場所に立ってしまったものだ。

 今更になって、この場所や目の前の奴に怖気づくわけでもないけどさ。


「久しぶり、って感じだなぁ、おい。ロッカ」

「だね」


 試合開始前の一時。

 破損した白い壇上の修復を待つ、僅かな時間。

 私はナタリーと向かい合い、言葉を交わしていた。

 この会話は会場の誰に聞かれることもない、私達二人だけの会話である。


「まさか大舞台が用意されたからって、勘違いしてねえよなぁ? アタシと対等に戦えるだとか、良い線まではヤれる、だとか……なぁ?」


 ナタリーは前髪を留める三角形のヘアピンを指で二度叩き、地べたを這いずる死にかけの幼竜を嗤うかのような目で私を見た。


「アタシはてめーをズタズタにするためにココに来てンだよ。闘技演習だとか、決闘だとか、そんな大それた理由で足を運んだわけじゃねーの」

「は?」

「わからない? だよねぇ、特異科の頭じゃわからないよねぇ。そういうもんだよ。いや、アンタ自身はいいんだ、別に、そういう考えでいてもさ」


 床の上に溶けかかった石壇の小石を蹴っ飛ばし、ナタリーは笑う。

 小さな白い石は私のつま先にぶつかって、足元の壇に同化し、沈んでいった。


「この闘技演習はショーなんだ。アンタにとっちゃ、持てる力を振り絞って臨む決闘なのかもしんねーが……アタシら他の奴らにとっては、ま、ただの娯楽さ」

「娯楽だと」

「そう。無駄に頑張っちゃうアンタがズタズタにされていく、血有り、叫び有りの、スリルに溢れたデスマッチさ」


 鉄製のメイスが空を二回切り、刺々しい鉄飾りに守られた先石が私へ向けられる。


「特異科のてめーを穴だらけの酷ったらしい姿に変えてやれば、今度はあのクラインが食いついてくるだろうよ」

「クラインだって? あいつに何の関係がある」

「だから、アンタにゃ関係ないって。アンタは良いんだよ。ただ血を流して、叫んで、絶望するまで抗ってくれりゃいいんだ」

「……」


 ルウナやリタといい、こいつといい、属性科っていうのは、人の心を逆撫でするのが得意らしい。

 私はここにいるのに、私を見ていない。

 予定表には入っていても、まるで価値の無い、目をやる意味のない、決まりきったつまらないものであるかのように。


「ナタリー、謝らなくていい」

「は?」


 試合前の大事なこの時、私の右手に膨大な魔力が流れこむ。右手には今日の決闘には一切関係のない、渾身の身体強化がかけられていた。

 その右掌を思い切り、勢い良く閉じる。


 ただ片手を握るだけの単純な動作が、人知を超えた力と速さによって、耳を劈く大きな金属音と、空中に眩い火花を閃かせる。

 その一瞬で、会場はわずかばかり、静かになった。

 ナタリーもちょっとだけ驚いたような顔を見せた。


「訂正もしなくていい。ただ……ぶっとばす。それだけは言っておくからな」

「……クク、クククク! 良いねェ! 挑発の仕方ってのを心得てるじゃないの、ロッカちゃん……!」




 殺気立つ私達の間に入り込むようにして、ローブ姿の導師が壇上へやってきた。

 上級保護の調整は済んだらしい。

 やってきた壮年の彼は、この闘技演習の試合を預かる審判役のようである。

 必要のない乾いた咳払いの後に、私達二人に事務的な説明を始めた。


「これから行われるのは、上級保護の危険な闘技演習だ。そのため、万全を期すためあらかじめ説明をさせてもらう」

「アタシは知ってるからいーよ、あの田舎者に教えてやってくれ」


 田舎者。今こいつ私の事を田舎者って言いやがった。

 私が言い返す前に、導師は立ちはだかるように私の前に歩み寄ってきた。

 導師の後ろでは、ナタリーがニタニタと笑っている。

 むかつく。


「ロッカ=ウィルコークス、君はここの闘技演習は初めてだね」

「ええ、はい」

「上級保護による演習は、術者の怪我が避けられない危険な魔術戦だ。敗北判定はかなり厳しく取られている。わかっているね」

「わかってます」


 壮年の導師は心の底から私の気遣うような、憐れむような表情をしていた。


「いつでも棄権はできる。今からでも遅くはない、本当に闘うつもりかね」

「だからここに立ってるんです」

「……学徒の意思が全てだ。国の法でもある。無理強いはしないがね。だが途中からでも“参った”、“参りました”と言えば棄権できる。これは覚えておくように、いいね」

「はい」


 絶対に使わない言葉だと思うから、話半分で聞くようにした。

 聞いて損することでもないけど、聞かないことにしたのである。これは私の、私でもよくわからない意地だった。


「よし、では君の二つ名を教えてもらおうか」

「え? 二つ名って……あいつの“パイク・ナタリー”とか、そういう……?」

「魔術戦では誰もが二つ名で闘うものだ。君は魔術戦の二つ名を持っていないのか?」


 闘技演習をする学徒はみんな二つ名を持っているらしい。これは初耳だった。

 まだ戦った経験のない私にも、そんな仰々しいものがついてしまうのか。


「持っていないならば今すぐ考えてくれ。人からそう呼ばれている、というものでも構わない」

「え、えー……」


 決闘の直前になって、とんだハプニングだ。

 まさか名前なんて付けることになるとは。


 今まで聞いたことのある、“流星のアイオ”とか、“ストーミィ・ルウナ”とか。そんな、ちょっと格好良い名前が二つ名である。

 が、私自身にそんなものが似合うとは思えない。

 ここへきても、まだまだ私は魔道士としての自覚が薄いのだ。


 語られぬ法則として、自分の得意な魔術を二つ名とするのであれば、パッと咄嗟に思い浮かぶものは“石柱のロッカ”といったところだろうか。

 しかし安直に考えてみたこれだけでも、自分から名乗るにはちょっとこそばゆい。

 私はたった5メートル程度の、細めの柱しか出せないっていうのに。名折れというやつだ。石柱が折れては困る。


「どうした、無いのかね」

「う、うう……ロッカ=ウィルコークスじゃ、駄目なんですか」

「本名はいけない」

「なんでですか」

「そういうものだ」


 顔が赤くなるのを感じる。

 “石柱のロッカ”。“岩石のロッカ”。

 思い浮かぶのはどれも悪くはない的を得た名前のはずなのに、どこか恥ずかしくて躊躇ってしまう。

 石柱だの岩石だのなんて、そんな格好つけたものでもないのに。


「あ」


 しかし他に案もない。

 私がなるべく落ち着いていて、魔道士らしい名前を口に出そうとしたその時。

 ふと、思い出した。


 私には昔から、二つ名があったことを。

 あれならば、自ら名乗ってちっとも恥ずかしくない。

 あれならば、堂々と胸を張って名乗れる気がした。


「“クランブル”」

「え?」


 その名を聞き返されても私は動じない。

 導師のブルーの瞳を真っ直ぐに見据えて、はっきりと、もう一度言う。


「“クランブル・ロッカ”で」

「ほう、“クランブル・ロッカ”、か……わかった。二つ名はそれで良いのだね。その名で、闘技演習を進めさせてもらうよ」

「はい」


 頷くと、導師は会場の奥へと走っていった。

 私の二つ名を新たに記録したりだとか、そういった手続きもあるのだろう。

 単に審判役とはいっても、やることは多そうだ。




 クランブル。

 それはデムハムドの鉱山での、私の役目。

 后山の主な仕事たる単純な運搬作業者には名前が付けられていないが、時々手がける掘削作業に従事した際には、そんな役職名がつけられたものだ。


 打ち砕く者(クランブル)

 父さんや、そして亡くなった母さんと同じ、誇り高い花型役職である。




「それでは……これより、“パイク・ナタリー”および“クランブル・ロッカ”による、上級保護の闘技演習を行う!」


 導師の声が会場に響く。


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