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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 見果てぬ悪夢

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楔027 囚われた人名

「あ、どうも」

「あら? お目覚めですか?」

「はい。少し休んだんですけど、目が醒めちゃって」


 部屋の外には人がいた。子供みたいに背の低い女性魔道士である。

 警備を買って出てくれた人なんだろう。交代はあるんだろうけど、廊下で長時間じっと寝ずの番をしているのは大変そうだ。


「私、出歩いてても大丈夫ですか」

「はい、平気ですよ。今は巡回や定位置の警備はどこも厳重ですから。明日になれば、もう少し違ってくるかもしれませんが……」

「え、まだ警備の人って大勢起きてるんですか」

「非常事態ですもの。警備だけでなく、責任者の方々も調整や対策に奔走されているところですよ」


 どうやらまだまだ厳戒態勢は続いているらしい。

 寝ぼけた頭でのろのろ起き出してきたのがちょっと恥ずかしくなってきた。


「あー……ロッカさん、でしたか」

「は、はい」


 小さな女性は杖を握り直し、真面目そうな碧眼でじっと私を捉えた。


「貴女は学徒で、参加者で、被害者なのです。軍人でも公職者でも仕事を請け負った傭兵でもないのです。だから、今回のことについて責任を感じることはないのです。……休むことを過度に気負わないでいいのよ」

「……はい」

「……ああごめんなさい、説教臭くなっちゃって。あの、貴女の行動を阻害しようと思ったわけではなくてですね? ただ、もしも責任感に押し潰されそうだったりしたら大変だから、そう伝えようとしたの」

「は、はあ」


 なんか一人でバタバタしてら。

 大人なんだろうけど、見た目通り子供っぽい落ち着きの無さがある人だった。


 けどなんとなく言わんとしてることはわかる。要は無理するなってことなんだろう。


「ありがとうございます」

「……どういたしまして。疲れたな、眠いなって思ったらすぐに戻ってきて良いんですからね。ここはしばらく休憩室として使えますから」

「はい。お気遣い、嬉しいです。どうもです」

「気をつけてね」


 私は小さな女性魔道士に見送られながら、薄暗い廊下を歩いていった。




 髪を下ろしたまま人前に出るのは久々だ。

 普段はずっと髪を括っているし、今のこんなローブなんて寝間着扱いでほとんど着ないもんだから、人目が気になってしまうのが正直なところだった。


『もっと影魔術の範囲を広げて見てはどうだ』

「今やってるが、これ以上は現実的じゃない。外の混雑をどれだけ外に弾いて封鎖すればいいと思ってる」

「匂いを追跡しているが、どちらも上手くいってないねぇ。隠れ潜むような奴なら、独特な臭気がありそうなものだが……」

『人が多すぎるんだよ。これじゃあ埒が明かない』


 けどそれは私の自意識が過剰なだけで、周りはそれどころじゃなかった。

 捜査本部の大部屋は私が去った時と殆ど変わらない多忙さと賑やかさが健在で、機人も魔道士も眠そうな顔でバタバタと駆けずり回っている。私の姿を見て変だなと思うよりもまず、私の存在に誰も気づかないほど、状況は切羽詰まっているようなのだ。


『おっと、そこにいるのはもしやロッカ=ウィルコークスさんでは』

「あ、はい」


 入り口近くで所在なくおろおろしていると、機人警官の一人が声をかけてくれた。

 そしてあれよあれよという間に他の人からも注目が集まり、一気に部屋の中央へと案内される。


『飲み物は何が良いかな? 大したものは出せないが』

「あ、なんでも……じゃあお茶とかください」

『うむ。皆、ここらで一度休憩にしよう。寝たいやつは仕切りの向こうで転がってな』


 忙しいものの、私の来訪が丁度いい風にでもなったのか、どうやら歓迎されているようだった。

 こっちはただの一般人なんだけどな。


「あの。事件、解決は……」

「していないさ。“スキラー・ブライオン”の行方は今も不明。競技場内は今もまだ将軍様たちが厳戒態勢を整えているが、そちらも尻尾を出す様子はない。“影魔術は消えた場所から現れる”というのが一つの鉄則ではあるんだが……そう簡単にはいかない犯人のようだ。新聞記者の前では言えないが、正直言って弱音しか出てこない状況だよ」


 杖士隊の人らしい男性は、真っ黒なコーヒーを啜りながら丸眼鏡を曇らせた。

 他の警官達も水分を補給したり、上の空な様子でぼーっと天井を眺めたりと、思い思いに脱力している。

 捜査はどん詰まりの様子だ。悪いことを聞いちゃったかな。


 ……それでもまだこの時間も将軍さんたちが競技場にいるってのは凄い。

 鉄のレドラル将軍と風のアックス将軍の二人、まだ起きてるんだろうか。一体何時間起き続けてるんだろう……。


「監督席の方々も積極的に協力してくださっているから、これ以上無いほど力は入ってるんだけどね。しかし……今も尚、旧貴族の子を含めた現役の学徒たちが魔術空間に拉致されたというのは……あまりにも厳しい」

「……私の後、戻ってきた人とかは」

「いない」


 間髪入れない断言だった。……そうか。生還者は無しか。


「……一応、拉致されたと思われる学徒や魔道士達の名簿が出来上がってきた。いくつか誤認で斜線が引いてあるが、それ以外はほぼ確定だと思われている。……ロッカ=ウィルコークス君、見てみるかい。君の友達の名前が入っているかどうか、確認してほしい」

「……!」


 何気なく渡された紙には、たくさんの人名がびっしりと書き込まれていた。

 十や二十できく数ではない。本当に沢山の名前が羅列している……。


「……見て良いんですか」

「構わないよ」

『持ち出しは厳禁だから、この場で頼みます』


 ……知り合いの名前が中にあったらどうしよう。

 そう考えると読むのも怖かったけど、読まないで時間を過ごすのはもっと恐ろしく感じられた。


「見ます」


 私は素早く決心を固め、名前のリストに目を通し始めた。


 ……中には見覚えのあるものも、ある。あるにはある。

 けど友達というわけではないし、知り合いというほどでもない。顔も印象に残っていない。きっと対戦表で見ただけの人が多いんだろう。既視感を覚える度に心臓がキュッと締まる思いがよぎるが、そんな反応とは裏腹にいつまでリストを眺めていても、“友達”と呼べるほどのものは出てこなかった。


 ――ただ一人。


 最後の方にぽつんと表記されていた“ベロウズ=ビスマロイド”という名前を見るまでは。



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