楔023 居残る対価
私はついさっきまで自分の身に降り掛かっていた災難について、覚えている限り最初から順序立てて話していった。
聞き手の人数が多いので、途中で口を挟まれたらえらい時間がかかってしまいそうだ。が、幸い聞き手が優秀なのか、私の話し方が奇跡的に上手かったのか、最後まで根掘り葉掘りされることなく、わりと短時間で話し終えることが叶った。
まず、果ての見えない平坦な場所に出たこと。
そこから地面を掘り抜いてレンガ造りの場所に出たこと。
イズヴェルをはじめとした魔道士たちが大勢いて、碑文での脱出方法を知ったこと。
……その脱出方法が私には使えなかったこと。
そして……スキラー・ブライオンが現れたこと。
隠し立てするようなこともないので、変な嘘もつかずに全て話してやった。
「カーン君の証言と一致しますね。彼女の言葉は真実として取り扱っても良いでしょう」
私の話を聞き終えた後、ジェーン将軍がそのようにまとめた。
目線を合わせて、グリンダさんや他の偉い人達も小さく頷いている。
「やはりこの事件はスキラー・ブライオンによるものってわけかい……おい、そこの役人さんや」
グリンダさんは三角帽子の広いつばに留まっている飾りを指で鳴らし、ザイキの注意を引いた。
「私に何か」
「この場にいるあんたは陰五国の特使だったね」
「そのような役目も帯びている。もちろん、水国の執政官としての役目も兼ねているが」
「陰五国としては今回の事件、どういう立場で接するつもりだい。協力でもしてくれるのかい」
「ふむ。末端の私がそれを判断するのはやや尚早と言えるが、その質問には否と答えなければならないだろう」
ザイキは少しも勿体ぶることなく、きっぱりと言い放った。
「これまでの前例に倣うのであれば、陰五国が今回の事件に口を挟むことはない」
「ほーう。金も人もよこさんってわけか。それがあんたらの出した決定なのかね」
「今のところは」
「ふ、止しなよ。耳聡い連中だろう? “スキラー・ブライオン”。その名は既に伝わってるんだろうよ。それでも何も要求してこないってことは、“向こう”は概ね敵の正体を知っているんだろう」
ザイキは口の端を釣り上げた、人でいう笑っているような表情のまま、曖昧に両手を重ねるだけだった。
「特使、いえ。執政官殿」
「私に何か、ジェーン将軍」
「水の国の執政官としては、どうされるおつもりですか?」
「ふむ。その問いであれば、また答えは変わります。執政官としての我々はこの事件を最大級の危難と見なし、事態の収束を目指してゆきます。ひとまずは先程の、ロッカ=ウィルコークスらの証言にもあった魔道士達の解放。これを急がねばなりません」
手は貸さないと言ったり全力で当たると言ったり、ザイキは複雑な立場にあるようだ。
幸い水の国の役人としては頑張ってくれるみたいなので、一安心というべきか。……どう考えてもこれから忙しくなりそうだもんな。
「ウィルコークスさんはじめまして。私は雷国の将軍、ジェーンと申します」
「あ、ど、どうも。はじめまして。デムハムド……じゃなくてえっと、特異科のロッカです」
突然ジェーン将軍から自己紹介をされて、私も思わず慣れない挨拶をしてしまった。
自己紹介が拙くて少し恥ずかしかったけど、向こうはそんなことを気にしていないらしい。実直そうな青い目は私と同じくらいの高さにあった。
「貴女の話を聞く限り、“横たわる永遠の聖櫃”という空間、あるいは魔術は……我々が想定していたよりもずっと規模の大きなものであることがわかりました」
「はあ……」
まあ規模が大きな空間ってのは、身をもって知ったしわかってるつもりだけど……。
「ふむ。ロッカ君には詳しく知ってもらう必要があるからね。ジェーンさんにかわって私が説明しよう」
リゲルさんは私が理解していないことに気付いたのか、いつも通りの笑顔で椅子を前にずらした。
「“ジック・ヴァール・ダート”。スキラー・ブライオンがフィールドで発動したこの魔術は、影属性の召喚魔術だ。不特定多数の魔道士が消失していることから強制召喚である可能性も疑われたけど、カーン君やロッカ君の証言を聞く限り、契約を交わした者にだけ作用する召喚魔術である可能性が高い」
「契約……? は、してないんですけど、私……」
「私が思うに、ロッカ君の契約は意図せず成ったものだろうね。契約に必要な手順の一部を偶然こなしてしまったとか、あるいは魔力伝導率の高いもので“縁”を作ってしまったか」
魔力伝導率の高いもの。
……といえば間違いなく、私の右腕の中にあるこのデムピックのことだろう。
これで……あの夜、スキラー・ブライオンの碑文をぶっ壊したから、ややこしいことに巻き込まれることになってしまったのか。
「召喚された魔道士達は、“聖櫃”という場所に送られる。だがロッカ君の話を聞く限り、その広さや構造の複雑さは凄まじいもののようだね。私は空間を生み出す影魔術にそこまで詳しくないけど、専門家であるマッキンリィさんやゲルーム導師が言うには、個人の力で生み出すのは不可能なものだそうだよ」
「多層構造の異空間。ロッカのお嬢ちゃんから聞いた話では広い場所とレンガ造りの場所、二階層だってことだけど……ねぇ。二つあるなら三つや四つあっても不思議じゃあない」
「レンガ造りの上に存在したという広大な空間が中途半端な契約によって送られた“浅層”であるとするならば、より深い契約を交わした者は下の階層に閉ざされている……という発想は自然だな。とはいえ、儂はそのような規模の魔術など、おとぎ話でもなければ心当たりはないのだが」
……いや、私も思ってはいたよ。
あのレンガ造りの場所でも、下に向かって掘り進めば別の空間があるんじゃないかってことは。
偉い人達もそう思ってるってことは、やっぱあるのかなぁ。あの下にも……。
「ああ、そうそう。言い忘れていたね。スキラー・ブライオンという人物についてだけど、実はこの男は指名手配犯なんだよね」
「えっ」
犯罪者かよ。いや見るからに怪しい格好してるし、やらかしてることは誘拐だから意外でもなんでもないけど。
まさか手配されてるなんて。
「ただ手配書といっても、百年以上前の古い手配書にあった程度しか情報は集まらなかった。もちろん、今の統合されたネムシシ手帳には載っていない。クレナイさんが絢華団の支部で色々と調べてくれてね。ギルドに辛うじて古い手配があって、今は時効扱いになったそうだよ」
「はい。ミネオマルタ支部の資料庫を探させたところ、百五十年近く前のものですが、スキラー・ブライオンと思わしき人物の手配書が見つかりました。つい先程、届けられたばかりですけどね」
絢華団の団長であるケンカさんが、一枚の古い紙をひらひらと揺らしている。
そこには霞んだ文字で、確かに“スキラー・ブライオン”と書かれていた。
……百五十年前の手配書。そこに書かれている人物が、未だに生きている。
それもまた衝撃的な情報なんだけど。
「ただし、罪状は“禁術の漏洩”。賞金も低く、討伐危険指数は黄……今でいうところのBにあたりますね」
こっちのほうが私からすれば違和感があった。
B。昔の基準は知らないけど、Bならわかる。バムレンやバハモスと同じくらいってことだ。
ただ、私が戦ったことのある灼鉱竜ラスターヘッグや盲竜レトケンオルムなどは討伐危険指数がAであり、Bよりも一つ上だ。
……これは私の直感に過ぎないんだけど、あの怪人がB程度で収まるような奴とは思えない。
実際、ここで将軍さんや腕の立つ人達が揃いも揃って足踏みをしているくらいなんだ。
そんな犯罪者がB程度の枠に収まるか? 絶対に違うだろう。
「百五十年前のお尋ね者が現代に蘇り、多数の魔道士を異空間に攫う。……おとぎ話のような荒唐無稽さだが、これが今の現状だよ」
グリンダさんがそう纏め、私はようやく一息つくことができた。
……本当に色々と情報がてんこ盛りで、頭が大変だ。一介のしがない素人魔道士には、なにがなにやらって感じなんだけど。
「で、ロッカのお嬢ちゃん。お疲れのところ実に言い辛いんだがね」
おっと、嫌な予感がする。
「お嬢ちゃんにはもうしばらくの間、このラリマ競技場にいてもらいたい」
「ごめんなさいね。今の話を聞く限り、安易にこの捜査本部から離すべきではないと思うんです」
「これはロッカ君のためでもある。もう少しの間、この施設に留まってほしい」
あーーーまじかよお。
「あの、私、疲れてるんですけど……休みたいんですけど……お腹も空いたし肉食べてないしピザも食べてないし……」
泣き言かもしれないけど、偽らざる本音だ。……いや、わかる、すごい大変なことになってるってのはわかるんだ。大規模過ぎる事件だもんな。
けど私は、既に魔術戦で精魂尽き果てるまで戦って、変な空間に攫われて生きるか死ぬかの瀬戸際に長時間立たされてたわけで。
もうピリピリしたところに居るの、無理っていうかさ……。
「ロッカの言う通りです。皆さんが事件解決のために尽力されているというのはわかりますが、彼女の体力面や精神面も顧みてください。これ以上負担になるようなこと、させないでください」
「ソーニャ……」
助け舟を出したのは、今まで後ろでじっと話を聞いていたソーニャだった。
彼女は鋭い目でリゲル導師を見据えている。
……そうだ。二人には確執があるんだっけ。こうして同じ部屋に集まるということも、もしかしたら私が見る限り初めてかもしれない。
「もちろん、ロッカ君のケアを欠かすつもりはない。とても大変な思いをしたんだ。ミネオマルタで最高級の宿泊施設と同程度の待遇になるよう、寝具から何までここに取り揃えるつもりだよ。なんなら私が自腹を切っても良い」
「ゾディアトス導師、それは困る。捜査に関わる宿泊、それも公的施設内ということであれば基本的には水国が負担しなくてはならない。手配はともかく、財布の紐を開けるのはこちらだ」
「では絢華団から早急に一式手配させましょう。執政官殿、発注先は私達で構わないかしら?」
「最大規模のギルドによる迅速な手配となれば、水国としては異論はない」
な、なんだなんだ。なんだか話がまた凄い方向に転がってる気がするぞ。
「ウィルコークスさん」
「は、はい」
話の勢いに追いつけていない私に、ジェーン将軍が優しく微笑んだ。
「好きな食べ物ってあります?」
「え……肉。コビンのもも肉……とか。肉のたくさんあるピザとか……」
また自己紹介でもするつもりなのだろうか。
「ふふ、食べ盛りね。じゃあ、他の友達の皆さんも、何か食べたいものがあればおっしゃってください。もし皆さんもここに残るのであれば、一緒に食べられるように一通り取り揃えられますから。もちろん、水国の奢りだから遠慮はいらないわ。ね? 執政官さん?」
「ええ、構いません。そちらの予算も織り込み済みです」
国からの奢り。
その甘美な響きに、私達は思わずどよめくのだった。




