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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 見果てぬ悪夢

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楔013 崩落する表層


 私は未知の異空間に放り込まれた。

 何故かもどこかもわからない。

 試合に負けた後の重くて気だるい気分に、これだ。


 ……負けるかもしれないとは思ってたよ。試合は勝つか負けるかしかないんだ。そんな想像だってする。

 でも、こんなのわかりっこないだろ。試合が終わって、会場に戻ってみたら魔道士たちが何かゴチャゴチャやってて。そこで詠唱と強い光を見たと思ったら、こうだ。なんなんだよ一体。


 ポケットに手を突っ込んで歩いてはいるものの、これは頭の中を巡る苛立ちと不安をどうにかするために足を動かしているにすぎない。

 もう何分も前に歩いている。遠くの昏い景色も、足元の細かなタイルも何ひとつ変わることはない。

 なんとなく、この空間が果てしなくどこまでも続くんだろうってことを自覚しつつあった。

 今はただ気晴らしに歩いているだけ。きっとこうして一方向に進み続けることに意味なんてない。


「ちくしょう……」


 徒労に終わる。そう考えたら、歩く気力も失せてきた。

 けど、何もせずにいると気が狂いそうになる。辺りになにもない虚無の空間でじっとしているなんて、そんなのできるはずがない。


「ならいっそのこと、掘ってみるか」


 幸い、アンドルギンは手元にある。右腕に魔力を通せばデムピックが格納されているのもわかる。

 固いところを掘るのに必要な道具は問題なしってことだ。


「……足元砕いて、崩れ落ちるってことはないよな」


 まさかな。けど、こんな不思議な空間じゃ何が起こってもおかしくはないのかもしれない。

 ……なんて冷静に考えてはみても、結局やることはこれしかないんだ。


 アンドルギンを掲げる。足元には細かな四角いタイルの平坦な床。

 見た感じ、陶器かそれに近い材質だ。砕けないことはない、はず!


「オラァッ」


 腰を入れてそのまま下に叩き込む。

 案の定、アンドルギンの鋭い嘴はあっさりと床に食い込んで、奥深くまで入り込んだ。


「ふんっ」


 で、手前に引いて掻き砕く。タイルの下は鬆の入った脆そうなコンクリのような見た目で、ほとんど抵抗なく砕くことができた。材質はわからない。色は濃い灰色だけど……。


「少なくとも、掘ってはいけるんだな?」


 どうせ右も左もわからない空間なら、慣れた方向に突き進んでやろう。

 均質なタイル張りの上を行くよりも、無味な石目に囲まれていたほうがまだ落ち着くってもんだ。


「オラッ! 畜生!」


 掘り進む。下へ。斜め下へ。


「負けたんだぞ私はッ! だってのに、疲れてんのにッ!」


 石を掻き出し、石を突き破り、下へ。


「誰のせいだか知らねえが、反省会くらいさせやがれッ!」


 美味い料理と美味い酒。

 負けたってそのくらいのもんを求めても良いだろうがよ!


「オラァァアアアー……ああっ?」


 ばこん、と力強く叩きつけた一撃は、思いの外軽い当たりでもって、真下の深くへと突き抜けていった。


「あ、穴!?」


 掘り進めていった場所が薄かったのだろう。足元は一気に崩落し、私と一緒に落ちてゆく。

 気持ち悪い浮遊感。だけど、地面にギッシリと岩が詰まってるわけじゃない。下に何かが隠されていた。それを知れただけでも十分だった。


「だ、だけど、おい、これはさすがに……!」


 高くないか。まだ落ちてるぞ。

 下を見れば一面真っ黒な世界だ。ジャケットはバタバタとはためいているし、括り上げた髪も引っ張られているような感覚がある。まだまだ下にはついていない。


 ――このままだと落下死するんじゃないか。


 自分で掘った穴から落ちて転落死。まさかそんな馬鹿みたいな死に方をするなんて……。

 そんな風に考えていた時、私の体に異変が起きた。


「うお……?」


 落下速度が明らかにゆっくりと、遅くなったのだ。

 まるで空気が水のように重くなったかのよう。それまでの落下速度は完全に無害なものへと変わっている。


「……不気味だけど、これなら死ぬことはないか……!」


 そして眼下には地面も見えてきた。今度はタイル張りじゃない、もっと別の……白い煉瓦張りのような地面だ。

 他にも煉瓦造りの置物が色々とあるようで、そこは私がいた場所よりもずっとマトモそうに見える。

 なにより……。


「誰かいるな……」


 気になるのは、その煉瓦の世界でぽつぽつと見える人の姿だ。

 ……私はてっきりこの世界が、私だけのものなのだと思い込んでいたんだけど……どうにもそうではないようだ。


「うわおっ、と!?」


 煉瓦の世界がくっきりと見えてきた段階で、急に緩慢な落下速度が普通のものに変わる。

 ガクンと全身にかかる重力はそれなりのもので、固い地面への着地は両手も使った格好悪いものになってしまった。


「いてて……どこだよ、ここ」


 どうにか別の場所に移動することはできた。できたはいい……けど、ここもさっきと似たような場所でしかない。

 タイルだけの平坦な場所から、椅子とか柱とかがあるだけの赤煉瓦に変わっただけだ。


「……おーい」


 でも、上から見下ろしていた時に人の姿があったのは見えた。

 ちょっと歩いてみれば、人に会えるはずだ。

 そんで聞いてみよう。ここはどこなのかを。どうやって出られるのかを。

 ……相手が知っていたらの話だけど。


「あ」


 ちょっと歩いてみれば、すぐに人は見つかった。

 中型の障害物が点在しているだけの場所だ。その人影を遠目に捉えるのは難しいことではなかった。


「おーい、そこの……え?」


 小走りになって近付いてみて、異変に気付く。

 そしてつい、足を止めてしまった。

 煉瓦だらけの場所で見つけたその人物は、どうも見覚えのある相手だったから。


「……術……発動。魔力……状況……」


 ホレイシオ。そいつはクラインと対戦して負けた、“深海のホレイシオ”とかいう魔道士だった。

 こいつは確か、私がここにくる寸前に観客席にいたのを見ていたぞ。


 ……あの時、杖を掲げていたよな。


「……嫌な予感するし、避けておこう」


 杖を掲げた魔道士達。その中に混じっていたホレイシオが今、この奇妙な空間で佇んでいる。

 口元はブツブツとなにかをつぶやいていたが、そのまま動く様子はない。考え事をするならそこらに丁度良い高さの煉瓦椅子がいくらでもあるのだから、それにでも腰かければいいだろうに。明らかに普通な様子ではない。


「……辛気臭いっていうか、不気味っていうか……いよいよもって、気持ち悪い所になってきやがったな……」


 煉瓦の場所で出会うのは、どれも魔道士だった。ただし、誰もが虚ろな顔で、うわ言を呟いてる様子だったから、話しかけるのは躊躇われたけど。

 手には杖を握り、装いはケープやローブといったそれ。……しかも、中には試合で見たことのある人も、ちらほらと混じっている。


 間違いない。この空間にいるのはマルタ杯に出場していた人達だ。

 ……けど、どうして彼らがここに?

 わからない……けどもしかして、大会に出てた人がここにいるのだとすれば……クラインとかナタリーとか、モヘニアさんとかもここにはいるんじゃないだろうか。


「だとすると、探してみる価値はあ――」

「くぅ……頭が……でも、魔術……式を……」

「る……?」


 安心して話しかけられるくらいの顔なじみを探してみよう。

 そんで、見かけたらどうにかして目を覚まさせて、話を聞いてみよう。

 私がそのように考えながら歩いていた矢先、通り過ぎた煉瓦の壁の陰で、見覚えのある顔がうずくまっているのが見えた。


「でも、これは……今は……魔術の……」

「イズヴェル……お前もここにいたのかよ」


 浅黒い肌と白い髪。間違えるはずもない珍しい容姿だ。

 ここ最近ミスイの相談に乗ってやったりと色々話すことのあった彼と、まさかこんな場所で出会うなんて。


「……とりあえず目ェ覚ましてくれよ」

「うぐぇッ!?」

「あっ、ごめ、ちょっと強かった」


 腹をつま先で小突いてみたら本気で苦しそうな声をあげたけど、まぁ……許してくれ。

 多分今は、非常事態なんだよ。



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