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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 見果てぬ悪夢

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楔007 急造する門扉


 ベロウズが放った火球を膨らませるタイミングはわかりやすい。

 つまり、火球が私を掠めるような位置にある時だ。

 それはベロウズが魔術を放った直後になるし、となれば当たり前のことだけど、火球を放った直後に詠唱を始めなければ間に合わない。また、火球を膨らませる魔術は投擲ではなく杖を差し向けるようにして発動するので、見た目にも大きく違いが出てくる。


 火球を射出した直後に杖を差し向けてきた時。その際に火球が私のすぐ傍に迫っているならば、それが危険の兆候だ。


 あー……いや……けど火とか水も杖を振らなくても魔術を射出できたりするんだよな。それが連撃として二発目に来たら区別がつかないな……。


 ……なるべく、石を投げて牽制するしかない。

 見極めは難しいけど……畜生、こういうのは後手に回る方の辛いところだ。

 いっそのこと強引に突っ込んでやれば楽かもしれないが、さすがにベロウズが飛ばしてくるデカさの火球の直撃を食らったら防げないしな……前もって考えていたように動くしかなさそうだ。


「“イア・ノワール(小さな噴火)”!」

「!」


 ベロウズの握るロッドの先から、火炎が水のように溢れ出した。

 遠くに飛んだり押し寄せたりするだけの勢いはない。足元に炎を吐き散らすだけの魔術だ。

 しかし、それを放置すれば火の環境が広がり続けることを私は知っている。そして、同時にこれは前へ躍り出る好機だということも。


「ふッ」


 走る。

 自分の足場を炎で固めようってんなら願ったりだ。それは土俵を自分の手前に限定してくれるってことだから。

 牽制の炎も吐き出さずにまごつく分には、私が有利になる!


 炎で自身の周囲に円を描くベロウズは、まだ投擲する様子もない。

 これで距離は残り十七メートル。……そろそろだ。もうそろそろ……私の体感だが、ここらへんで。


「“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”!」

「“イアノ(火球よ)テルス(放たれよ)”……!?」


 私とベロウズが魔術を発動させたのは、ほぼ同時。

 “ここでなら仕留められる”。そう直感したタイミングが、両者ともに同じ程度だったという証拠だ。

 私は足元をアンドルギンで小突き、大きく傾いた岩壁を出現させた。対するベロウズは火球を放った。射出したそれをすぐに膨らませれば、私が回避できないと考えていたのだろう。

 ベロウズの考えは正しい。これ以上接近した状態で膨らむ火球を使われていれば、こっちも対処できないだろうから。


 だから、その前に私が壁を出した。

 ベロウズの膨らむ火球の脅威は十分にわかっている。

 ロビナとの試合では、壁よりも上に火をぶん投げ、膨らませることで防御をすり抜けてみせた。

 けど私は急角度で壁を出すことにより、上からの膨張に対策している。たとえ火球を膨らませようとも私に直撃することはない。


「どうだこの防御――」

「――“ロゥガス(風よ)”」


 壁の裏側に密着してやり過ごそうとしていた私の横目に、赤い輝きが映り込む。

 明るく熱の大きな、炎の気配。そして真か幻聴か、微かに聞こえてきたベロウズの詠唱。


「“イオニオ(嵩増せ)”――」


 目に映る全てが酷くゆっくりになる。観客の声が消え失せる。

 かわりにジリジリと耳に響いてくるのは、空気を焦がし、歪ませながらこちらに突き進んでくる火炎の音。

 傍らを見れば、そこには“壁の真横”をすり抜けるようにして飛んできた火球。


 ――上からじゃなくて、真横だと!


「“イオニアル(溢れ出せ)”ッ!」


 火球が膨張する。壁の斜度など関係ないとばかりに、真横を通りかけた火炎が急速に成長する。

 熱波が襲いかかる。呑まれれば終わる……!


「ッオラァッ」


 咄嗟の判断だった。

 私は火炎が顔を出した方とは反対の方へ走り、斜めの岩壁の丁度ど真ん中をアンドルギンで――思い切り殴り下ろした。

 背後からは輝きを増した火球が、急速にその体積を膨れ上がらせているが。しかし――。


「なっ……!? 壁が割れ……いや!?」


 壁のド真ん中、そこからやや下にかけて抉り込むような破壊痕。

 それは壁を縦に真っ二つにしつつ、下部には大穴とも呼ぶべき広範囲の欠損を生み出した。


 壁は左右が泣き別れし、ともに足一本だけで支えるだけの不安定な状態に成り下がる。

 その上、足の位置が偏っているからどうしてもバランスが崩れてしまい――壁はその面の角度を九十度変えるようにして、倒れ込む。


 ここだ。予想通りの動き。ここが正念場!


「うおおッ!」


 半分に分かたれた壁の断面にアンドルギンの刃先を引っ掛け、力任せに引き込む。

 不安定な壁は、火炎に向かって歪な障害物へと昇華した。あとはこれを押さえつけるだけ。


 壁の面積は狭く、不格好に斜めに傾いており、何よりボロボロ。不完全だらけの防御壁だ。

 隙間も多いし高さも無いしで、良いところなんて全くない。


「うっ……!」


 しかしその不完全な壁は、この急場で唯一与えられた役目を果たしてくれた。

 急速に膨張する火炎のほとんどをどうにか押さえ込んで、全身を強化した私が“まあ熱くはない”程度のところまで余波を防いでくれたのだ。


「なんだよそれ……!」


 炎が晴れる。防御に使った半分の壁は跡形もなく消滅したけど、相手の魔術とほとんど相殺だったのだろう。私は無傷でここに立っていた。


 超重量の岩を一発で上手い形に加工して、ずらして、防御面を変更する。まさかこうも上手くできるとはね。

 自分で生み出した壁や柱をアンドルギンで何度も何度もぶち壊した経験が、こんな所で活きてきた。


「さあて……とッ!」


 私は手の中に握り込んでいた石片を、ベロウズの顔面目掛けて全力でぶん投げた。

 この距離なら外すことはない。


「くっ!?」


 当然ベロウズは防ぐ。唐突な投石に驚いたか、彼は魔術を使うことなくスパナでそれを防御した。

 それは身体強化の早さだった。意外なくらいに動きが良い。が、強化なら負ける気はしない!


「いくぞオラァッ!」


 足の甲で壁の破片を拾って跳ね上げ、掴み、即座に投げる。


「うっ、また……!」


 更に幾つかを手の中にキープして、走り出す。


 ベロウズは連続して飛来する投石を防ぐのに気を取られ、距離を詰める私への対応が致命的に遅れてしまった。


 残り五メートル。

 もはや火球を放ってからの膨張などという繊細な芸当が間に合わない距離にまで入り込めた。


「さあ、ここからだぞ!」


 ここからは投擲なんてお上品なものは役に立たない鉄火場だ。

 そっちのスパナと私のアンドルギンのどちらが殴り合いに向いてるか、試してみようじゃんかよ。


「させ、ないッ! “イアノギア(熾火よ唸れ)イアラムズ(噴き上がれ)”!」

「うおっ!?」


 突っこみかけたが、その場でアンドルギンをブレーキに急停止する。

 眼の前では、ベロウズが撒き散らしていた炎が勢いよく真上に噴き上げ、ちょっとした壁を作り上げていたのだ。

 これでは突っ込めない。仮に突っ込めたとしても、この炎の壁にどれほどの火力があるのかはわからない。見た限りでは、下から上への勢いが凄まじいので強行突破は無理そうだ。


「危なかった。きみと接近戦はしたくないからね……!」

「チッ……くしょう!」


 ならばと、手に持った石を思い切り炎の壁へとぶん投げてみる。

 石はほんの一瞬だけ下からの炎を割ってみせ、向こう側の景色をごくごく限られた範囲で見せてくれた。


「当たらないよっ……!」


 既にベロウズは何歩か後退し、杖を構えている。

 距離を取りやがった。しかも反撃まで!


「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”!」

「“イアノス(発火)”!」


 咄嗟に石柱を生成し、細身の障害物を生み出す。

 ベロウズは人の頭程度の火をぶん投げてきたようで、小さなそれはどうにかアブロームでも防御できた。


 けど、このままだとまずい。こっちが防御して向こうが自由に動き回れたんじゃいつまで経っても私が不利だ。

 そしてそれが長期戦になったとしたら、私に不利な環境がそこら中に蔓延した状態での闘いを余儀なくされる。


 今でさえ床に巻かれた炎のせいで手を拱いたってのに、これ以上動きにくくなったら最悪だ。


「面倒な展開に持っていかれる前に、追い詰めてぶん殴ってやる……!」


 ベロウズは後退しながら炎を撒ける。でも、フィールドの範囲は無限じゃない。よほど頑張って回り込もうとしない限りは有限だし、すぐに終わりがやってくる。

 基本的に追う者と逃げる者とでは追う方が有利だ。追う側は逃げた相手の大きな動きに対して、軌道修正する最小限の距離で追い詰められるのだから。よほど私が悲惨な足止めを受けていなければ、ベロウズが私の周囲を回るように逃げることなど不可能だろう。


「“イア・ノワール(小さな噴火)”……!」


 問題は、追う側の私がベロウズの振り撒く炎を掻い潜れるかどうかだ。


「“スティ(鉄よ)ラギロール(地を覆え)”……!」


 掻い潜ってどうにか接近戦に持ち込めるか。

 その前に炎に炙られて敗北するか。


 段々と、試合の色が見えてきた。



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