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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 見果てぬ悪夢

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楔006 牽制する飛翔体


 アンドルギンを肩にひっかけながら、腕を組んで歩く。

 耳にやかましいはずの大観衆の声は、不思議と今は気にならなかった。

 さっきまでベロウズから投げかけられていた言葉について、頭を悩ませていたから。


 先を歩くのは、そのベロウズだ。彼のマントは心なしか苛立たしげに揺れているように見える。



 ――ぼくはきみのような凄い人がさ、もう、うんざりなんだよ。嫌いなんだよ



 ……嫌い、か。面と向かってそう言われるのも、そうそうあることじゃないな。

 職業柄、蔑まれることはある。余所者からは特にそうだ。鉱夫ってのはそれだけで下罪人扱いされちまう。半分間違っていないから始末も悪い。だからそういう悪態は言われ慣れているつもりだ。

 しかし、羨ましいとか、凄いとか。そういった表現で、褒められた上で嫌われるっていうのは、初めての経験かもしれない。




「それでは位置について、石板に魔力を登録してください」

「はい」


 結局、フィールドに到着した直後にベロウズと言葉を交わすことはなかった。

 いつもだったら試合前の最後の時間ということで、二言三言でも言い合ったりするものなんだけど。どうやら彼は無駄口を叩かずに私との雌雄を決したいらしい。

 私は係員に言われるまま、所定の位置について魔力を石板にかざす。


 ……向かい側には、ベロウズが立っている。

 距離三十メートル。こうして実際に見てみると、長く感じるな。石をベロウズの頭目掛けてぶん投げて、しっかり額に当たるかどうかってところだが……。

 火の投擲をかいくぐりつつ、ベロウズにアンドルギンを叩き込む。さて、上手くいくかな。上手いこと運ぶようにどうにかするのが、私の今日の仕事なわけだけど……。


 ……おっと。どうやら隣のフィールドではクラインの試合も始まるようだ。

 クラインともう一人の、誰かは知らないけど確か旧貴族の末っ子だかそんな感じの魔道士が向かい合っている。まだ石板に魔力を登録してないようだから、開始はこっちより後になる感じかな。


 せっかくだし観戦したかったけど仕方ない。私の試合……よりはきっとクラインの方が早いんだろうな。残念だ。あいつの試合を見るのは明日だな。


「これより“クランブル・ロッカ”および“整備人のベロウズ”による、マルタ魔道闘技大会本戦二日目第十一試合を開始する!」


 さて、仕事の時間だ。切り替えていこう。

 ベロウズ。ベロウズ=ビスマロイド。

 色々と接点や関わりの多い人ではあるけど……今はそこらへんの情報はひとまず、ナシだ。知り合いだろうが友達だろうが、試合中には容赦も手加減もしない。


 だから、ベロウズ。アンタは私のことを嫌いとか好きとか、色々思っているのかもしれないけどさ。

 悪いけど私は、試合は試合として、魔道士らしく挑ませてもらうよ。


「いくぞ、ベロウズ」


 アンドルギンを握り、腰を低く落とす。

 対するベロウズはロッドの先を低めに落とし、防御を捨てた投擲一辺倒の構えを作った。見るからにこちらの投擲を恐れていない立ち姿だ。

 ……ああ、魔術投擲できないのがバレてると、やり辛いよなぁ。やっぱ。


「試合、開始ッ!」


 しかし嘆いてもいられない。

 私にできるのは悪態をつくことでも地団駄を踏むことでもない。


 ひたすら前に! いつも通りのこれしかねえ!


「“イアノ(火球よ)テルス(放たれよ)”!」


 ベロウズがスパナロッドを横振りし、大きな火球を空に打ち上げた。

 でかい。目算直径三メートルか。前に屋外演習場で見た時より……いや、ぼーっとしてる暇はない!


「ふッ……!」


 幸い、まだまだ距離はある。この程度の距離なら私を直接狙うコースで撃ってきたとしても、余裕で走りながら回避できるだろう。

 実際少しばかし横に迂回するように走っただけで、火球は狙いを外して白壇上にぶちまけられた。

 ただ、火の魔術は外しても火の環境になる。決して無駄打ちとは限らないし、これを基点に魔術を展開される恐れだってある。布石をばら撒かれているようなものだ。決して油断のできる状況ではない。


「“イアノ(火球よ)テルス(放たれよ)”!」

「何よりッ……怖いんだよなぁ……!」


 そして恐ろしいのが、距離感だ。

 私は普段、相手の投擲や飛翔体をギリギリのところで回避している。当たるコースのものは障害物で防御といった具合だ。今までの実績もあるし、きっとその動き自体は悪くはないんだろうと思う。

 けどベロウズはマルタ杯の予選で、投げ放った後の火球を膨らませるという凶悪な技を見せつけてきた。

 一度撃った後の火球が二倍にも三倍にも膨らむ。かもしれない。そんな火球をギリギリで回避するなんて、とてもではないがやる勇気はない。


「避けられる間合いにも限度がある……」


 余裕を持って回避するには、それなりの距離が必要だ。

 もちろん身体強化はあるし少しくらいは融通もきくが、安全に詰められて相対距離二十メートルがいいところだろう。それ以降は相手の様子を注視したり、障害物で防御したりでないと難しくなる。


「“スティ(鉄よ)ラギロール(地を覆え)”」

「!」


 ということで、これが私の答えだ。

 十分な間合いを保った状態でラギロールを発動させ、地面に岩を敷く。

 そしてその壁面を軽くアンドルギンで小突き、幾つかの石を砕いてやれば……。


「投擲物の完成、ってわけだ」


 小さいが、まあ良し。思い切り投げて当たれば、血が滲む程度の傷にはなるだろう。


「出た、ロッカの投擲……身体強化にも恵まれているなんてね……」


 私がいくつかの石を左手の中に遊ばせていると、棒立ちの固定砲台だったベロウズが姿勢を変えた。

 その場に居続けてはならない。動かなければまずい。それをようやく悟った動きだった。


 ……わかるぜ。詠唱している最中に石を投げられたらどうしようもないもんな。

 仮にベロウズが火球を放って、私の近くにきた時に膨らませようとしても……この石さえあれば、その膨張を防ぐことができるかもしれない。少なくともベロウズへの牽制にはなるだろう。

 こっちはただ火攻めされるだけの獲物じゃない。その気になれば反撃にも出られる。それを見せつけるための、ラギロールによる()の補充だった。

 そして床に生成したラギロールの岩も、環境を抑止する役目を担ってくれるだろう。繰り返していけば、更に効果は上がるかもしれない。


「厄介だよ。本当に。きみは……」

「さて、こっからどうしようかな……」


 私は左手の石とアンドルギンを構え、慎重に近付いてゆく。

 ベロウズはスパナロッドを水平に持ち、横に動きながらこちらを見据えている。


 試合は、緩やかな立ち上がりで始まった。



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