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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 注がれる光芒

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針014 顕現する魔腕


 クライン=ユノボイドは三十メートル先でロッドを構える相手を注視していた。

 同時に、相手――ホレイシオ=デイケンズの初動を考察する。


 体勢は、投擲飛距離を意識した逆横振りの構え。隠してもいないが、それは投擲により防御にも攻撃にも回れる自信の現れだろう。

 その場に環境を生み出す選択肢は最初から選んでいない。それならば縦振りか横振りの構えで始動するからだ。

 投擲物は水だ。今までの試合の傾向、生まれを過度に誇る歪んだ矜持からしてそれは間違いない。

 それは予め確認しておいたこれまでの戦闘記録からも読み取れることだ。


 投擲による大質量の水からフィールドの中程に環境を生み出し、中央から自陣を広げ制圧する……典型的かつ古典的な水魔道士の型。

 クラインにとっては何ら物珍しくもない、有り体に言って退屈なタイプの魔道士だった。


「試合、開始!」


 予定調和の試合が始まる。

 クラインの見立て通り、ホレイシオは逆横振りの投擲から動き始めた。


「“キュート(水よ)ディア(襲え)”!」


 増幅させた基本的な水魔術が発動し、中空に放り投げられる。

 クラインは打ち上げられた水塊を見やり、それがフィールド中央に落下することを予見した。

 投擲の初速は並。だが乱戦でもない開始直後の魔術にしては、その魔術の出来栄えは稚拙と評さざるを得ないだろう。

 ざっと見て、属性科でいうところのBクラス止まり。本戦に出場できたのが不思議な力量だと、クラインは鼻を鳴らす。


「さて――」


 相手が二度目の投擲姿勢――逆横振りからの返しの正横振り――に入ったところで、クラインは動き始めた。

 二連続投擲ということは風ではない。つまりそれは一度目の投擲物を氷結させる魔術を使用しないということであり、それは二度目に発動する魔術が中央に迫る水塊に干渉しないものであることを示していた。

 二度目の投擲物は鉄か、水か、火か。いずれにせよ絶好の隙である。


「“スティ・ラギロール(鉄よ地を覆え)”」

「“キュート(水よ)ディア(襲え)”!」


 クラインが発動したのは鉄の環境生成魔術、ラギロールだった。

 その場に手をついて鉄板の自陣を広げる事により、次にやってくる水魔術の床侵食を防ぐ狙いだ。

 もっとも、これは最善の魔術というわけではない。クラインはこの試合で、彼なりに試したい戦法があったのだ。


 対するホレイシオの二発目の投擲は、一発目と同じ“キュート・ディア”。

 二連続で放たれた水塊は続けざまに中央の床に着弾し、それは勢いを保ったまま前方へと流れ込む。

 が、水の勢いはクラインの生成した鉄の床に阻まれ、それ以上は進めない。

 鉄の環境は破壊しにくく、特に床は水で圧壊させるのは非常に難しいものであった。


「ふん、鉄など……! “キュールズ(瀑布よ)”……“ミドヘテル(渦巻き)”……!」


 ホレイシオが両腕でロッドを握り、集中した詠唱に入る。

 大規模な魔術を行使するつもりなのだろう。それは立ち姿からもわかりやすかったし、クラインは相手が中盤になると“霊柩の瀑布”を使うことを知っていた。

 とはいえ、このような中途半端な局面で考えなしに放つとは思っていなかったのだが。


「馬鹿め……“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「“ディア”……!? くぅっ!?」


 クラインは両者の間に何十メートルもの距離があるにも関わらず、正確無比な軌跡で鉄銛を投げ放ち、それを見事に相手にまで届かせてみせた。

 それは特に難しくもない鉄の投擲魔術だったが、速度と投擲の正確さは凡百の魔道士を凌駕している。

 特に、相手が上級魔術を練り上げている最中に、的確に魔術を投擲するという決断力や集中力は並のものではない。


 ホレイシオは集中を切り、回避せざるを得なかった。

 魔術は発動していなかったが集中に要する魔力もタダではない。それなりに損耗はするし、魔術が不発に終わったことによる動揺も無視はできず、何よりクラインはその揺れる心に追い打ちをかけるのが何よりも得意だった。


「“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「ぐっ! なぜそうも的確な……“キュート(水よ)ディア(襲え)”!」


 回避で体勢を崩した相手に、続けざまに鉄銛を放つ。

 ホレイシオはまたしても正確に飛来した投擲物を、慣れ親しんだ水の投擲によって迎撃する。


「“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「“キュート(水よ)”!」


 だがクラインは手を休めない。右手で放ったら左手で。左手で放ったら今度は右で再び鉄銛を投げ放つのみだ。

 しかもその速射はホレイシオの投擲以上に素早いもので、何よりもロッドのような重い杖を使わない分、疲れることもない。


「くっ、おの、おのれっ……いや、だが……」


 先に音を上げたのは、水魔術による迎撃を選んでいたホレイシオだった。

 ムキになって水で撃ち落とすよりも、数歩動いて回避する方が消耗も少ないだろうと意地を捨てたのである。

 実際、鉄銛を撃ち落とす過程で大量の水環境を生み出すことには成功している。

 既にフィールドにはホレイシオの生み出した水環境が豊富にあり、これを起点として攻め入ることは容易であろうと考えたためだ。


 水環境から派生する魔術は豊富である。

 そして伝統的な水魔道士にとって、この派生こそが腕の見せどころだ。

 “深海のホレイシオ”にとって、本番はあくまでこれからだった。


「平凡な魔道士らしい浅い闘い方だな」


 だが、クラインは前に駆け出した。

 それまでの速射の連発を放棄し、相手のロッドの構えとほとんど同時に走り始めたのである。


「ハッ、何を――」


 ホレイシオからしてみれば、それは悪手だ。

 水環境で満たされたフィールド中央部にわざわざ踏み入ろうというのだから、彼としては追い詰める手間が省けるというものだった。

 だから組み上げていた魔術を変更することはせず、狙いをクラインへ向けるのみに留めてしまった。


 身体強化を使っているのだろう。クラインは水たまりの中央に向けて大きく跳躍する。

 着地点はど真ん中だ。狙いはつけやすく、ホレイシオから迷いが消える。


「“キュライア(木枯らしよ)ラギレルテル(跳ねろ)”!」


 氷結と風の複合魔術。

 水たまりから攻守一体となった氷を発生させることで、環境をより強固にしつつ攻撃するそれは――。


「“ラテル(渦巻く)ヘテル(風よ)ティアー(吹き荒べ)”」


 ――跳躍中のクラインを起点として生まれた巨大な旋風により、水環境ともども吹き飛ばされてしまった。


「は……」


 白く吹き上がる飛沫と、横殴りの風に流されてゆく己の氷結魔術。

 氷結と風。たしかにそれは強力ではあるが、発動直後や直前などに風魔術を受けると、術もろとも押し負けてしまう弱点がある。


「ありきたりな敗因だ」


 大質量の水を風向きに合わせて偏差投擲するか、鉄魔術を放つことこそが最善手だったのだ。

 水環境が豊富だからとそれに甘んじて中途半端な攻勢を仕掛けたのは、彼を相手にするにはあまりにも隙が大きく、甘い一手だったと言わざるを得ないだろう。


「“スティントゥ(鉄達よ)ラギロール(地を覆い尽くせ)”」


 飛沫を巻き上げた旋風の中で、クラインは優雅に着地する。

 そして間を開けることなく素早く床に手を付き、鉄の環境を生成。

 これによりフィールド中央部は広く鉄床に覆われ、水環境が容易に踏み入れない聖域となった。


「この試合でわざわざ貼る必要性も薄いだろうがな」

「そ、そんな……」


 大勢は決した。湧き上がる観客の声からもそれははっきりしている。

 ホレイシオは序盤から水魔術を連発し続け、上級魔術を不発。精神的にも動揺が大きいだろうし、何より今や中央に作り上げた環境の殆どが消し飛んでしまったのだ。

 身体強化の使えない環境戦重視の魔道士にとっては、両者の距離も致命的だろう。クラインは今やフィールドの真ん中に陣取っており、彼はそこからいかようにでもホレイシオを追い詰められる。


「あれ、これならクラインもう勝てるんじゃないの」


 魔術の素人たるロッカ=ウィルコークスですら、この状況を見てそう呟けるほどだ。

 たとえ傷一つ負っていないとしても、有利不利の図式は誰の目にも明らかだった。


「まだ……まだだ……! まだ何かある……!」

「ご教授願いたいものだが、もう十分だろう。馬鹿が頭を捻ったところで、元々無いものは絞り出せないのだから」


 クラインから見て、ホレイシオは今や多くの魔術の射程圏内にある。

 先程の迎撃から魔術の速射間隔を類推するに、ホレイシオが防げる鉄銛は多くとも四本までが限度だろう。

 相手が先手を打って山なりの水魔術を放とうものなら、それが着弾する前に相手を仕留めることも可能だ。


 両手の中指に輝く覇者の指輪を差し向けながら、クラインは心底つまらなそうな目でホレイシオを睨む。


「あまり時間をかけるなよ。オレはベルベット母様の前で弱者をいたぶりたくないんだ。父様の耳に入るとまた面倒な会話が増えてしまう」

「馬鹿にッ、馬鹿にするなよ、田舎貴族……!」


 ホレイシオは紺の長髪を振り乱し、ロッドを両手でしっかりと握りしめた。


「私はデイケンズだ……! 何が、あろうとも貴方に敗北することだけは、許されないッ!」


 降参はなし。ホレイシオの鬼気迫る表情からそれを読み取ったクラインは、左手の指輪に魔術を込める。

 それを何度か振り、正確に射出してやれば試合は決するだろう。彼は左手を構えた。


「“クゥザナ(海王よ)”――!」

「――」


 だがそのあまりにも古めかしく不吉を覚える属性文頭を耳にして、クラインの脳内に警鐘が鳴り響いた。


 “ここに立っていては危険だ”と。





 石壇を抉る音が鳴り響いた。

 クラインは咄嗟に身を捩った際の視界に“水”らしき色の残像を捉えていたが、眼前を一瞬で過ぎ去っていったそれの正体を見破ることはできなかった。


「くっ、避けたか……!」


 クラインは避けた。本能に近い回避行動だったが、それが彼の身を助けたらしい。

 それは相手の古めかしい詠唱と魔光の昂ぶりを見てから、一瞬のことである。

 ただそれだけの間に、ホレイシオから今しがたクラインが立っていた場所に至るまで、石製の床に裂傷が刻まれていたのだ。


「だが、避けたな……!? 私の術を前に、臆したな……!?」


 観客は沈黙。フィールド中央を覆っていた鉄板(ラギロール)は分厚く生成したものだったので消滅することこそなかったが、表面には大きな凹みが残っている。同じ魔術を二度受ければ、この床は容易く消滅するだろう。

 自らの放った術の威力がクラインの攻め手を止めたことを悟り、ホレイシオは笑っていた。


 何らかの魔術によって刻まれたのは間違いない。威力としては鉄魔術と同じかそれ以上といったところであろうか。しかし鉄らしき投擲物は見えなかったし、残留物も残っていない。傷跡も長過ぎるし、固形物にしては不自然に過ぎた。


 そして何よりも、詠唱だ。耳慣れない属性文頭ではあったが、最初の一言目だけはクラインもしっかりと聞き取っていた。

 “クゥザナ(海王よ)”。語源ははっきりと判明していないが、それは水国に伝わる水の高位魔術であったことをクラインは記憶している。

 

 結論。高圧で射出されたものは、“水”のような液体だ。それが、今の術の正体であろう。

 クラインはそう結論づけた。


「しかし」


 問題は相手の放った術の速度だ。

 射程は中距離だ。だというのに、速度は投擲以上。あるいは近距離の雷に匹敵するかもしれないほどだったかもしれない。見てから防御魔術で防ぐには、非常に厳しいように思われた。


 自然、クラインはホレイシオから距離を取った。

 三歩、四歩。鉄床に刻まれた水流痕がか細くなる地点まで下がり、安全を確保する。


 出も早ければリーチもあるというふざけた性能の魔術だ。何故今、ここまで追い詰められてから始めて使ったのかはクラインにはわからなかったが、現に使ってきたのだからどうしようもない。

 相手の詠唱と同時に防御魔術を展開するだけの自信がクラインにはある。しかし防御生成と相手の攻撃の着弾がほぼ同時ではあまりにも危険であるし、クラインは基本として博打が好きではなかった。


「距離を取るのか、あのクラインってやつ……」

「あと少しだったのに」

「でもさっきの魔術は見えなかったし、警戒してるんだろう。慎重になって当然なんじゃ」


 観客の反応は好ましいものではない。が、周囲の声や反応を気にして闘うクラインではない。

 たとえ臆病と言われようが卑怯と罵られようが、確実な勝利こそが彼にとって唯一の美しい結果なのだから。


「……どうした? そんなに離れていては闘技大会にならないぞ?」


 遠間。互いに魔術を放つ気配はなく、それぞれの指輪とロッドを差し向けたまま出方を窺うのみ。

 相手は次に何をしてくるか? それはクラインにとってもホレイシオにとっても気にかかるところだった。特に未知の強力な魔術を使われたクラインからしてみれば、自ら先手を打つことはあり得ない。

 ホレイシオは今までのデータにない魔術を、かなり慣れた様子で使っていた。秘蔵の術か隠し玉かは不明だが、思惑がどうであれ、虚を突かれたのは間違いない。


 まだ手出しはできない。

 それがクラインの判断だった。


「――“イアノス(発火)”」

「!」


 クラインは相手に向けて火球を投擲した。

 術の発生も仕草もコンパクトにまとめた、突然のことでは対応も難しい見事な初等術である。

 しかしこれは基本的な魔術であるが故に炎のサイズも控えめで、環境を増やす術としてはあまり適してはいない。


 つまりは牽制のための魔術であり、撃たれた側のホレイシオもそれは理解していた。

 遠距離でも届くように角度を調節して放たれた火球が、山なりの軌道を描いて飛んでくる。

 攻撃魔術に観客はどよめいている。ホレイシオから見ても確かにそれは直撃コースではあるし、危険といえば危険なものだった。

 だが少し動けば簡単に回避は可能であるし、同じ初等術による防御も容易だ。対処法はいくらでもある。


 今のホレイシオからすれば、魔力は節約しておきたい場面であった。

 また、距離を少しずつ詰めていきたい状況でもある。クラインに対して隙も見せたくないところだ。

 そのため、彼は回避からの一歩ずつ距離を縮めていく作戦に出ることにした。


(こちらが防御術を使った時を待っているのだろうが、そうはいかん)


 極力相手に攻撃の隙を与えずに攻撃をやり過ごし、“秘術”の当たる距離まで詰め……仕留める。

 ホレイシオにとってそれこそが最も確かな勝利への道であると思えたし、心の中でそう道筋を立ててしまえば、相手の放った火球が自身の真横をすり抜けてゆくのにも注意が逸れることはなく、相手の姿だけを集中して見ることができた。


 ――その火球のすぐ裏側に鉄の投擲物が隠れていたことも、見過ごすくらいには。


「“スティグマ(再び貫け)スティーラー(我が鉄片)”」

「――は?」


 それは一度放った武器生成魔術から派生する、鉄属性の高度な遠隔魔術だった。

 “スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”をはじめとする単純な投擲物とは異なる、“スティ・レット”のような武器魔術からしか派生できないというやや厳し目の条件がある。

 だが、“スティ・レット”を自在に操れる者からすれば非常に扱いやすく、強力な鉄の攻撃魔術の一種であった。


 火球の真後ろに隠すように放たれていた、無詠唱の歪な“スティ・レット”。

 それがホレイシオのほぼ真後ろで爆ぜると共に……勝敗は決したのだった。


「勝負あり! 勝者、“名誉司書(ライブラリアン)クライン”!」


 観客の中には、相手の奥義たる魔術を真正面から攻略してこそと考える者も多いかもしれない。

 だが、術の性能や強力さを比べて押し通るのであればそれは検査だけで済むことであり、実戦形式を整える必要もないことだ。

 闘える魔道士かどうかを決めるのは、咄嗟の判断。集中力。機転。そして何より……結果でしかないのである。


「気が緩んでいたな。ああもうまく引っかかるとは」


 それは不意打ちに近い勝利であったが、今回の試合で用いられた技術の高さは大衆にもわかりやすかったのか、クラインの勝利を祝福する歓声はそこそこ大きなものだった。



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