針013 華やぐ貴席
試合が始まりそうな雰囲気ともなれば、声の控えめな貴賓席もにわかに騒がしくなる。
ある者は自らの警護に向きそうな若者を見定めるために。
またある者は己の所属するパーティーに勧誘できそうな魔道士をチェックするために。
そして当然、若き魔道士達には相応の歳の親もいる。彼らの中で権力を持つ者もまた、貴賓席にて子の活躍を見守ることも珍しくはなかった。
「シェレンス。あの子の……クラインの対戦相手は……」
「は、奥様。“深海のホレイシオ”でございます」
「ホレイシオ……デイケンズといったかしらね……」
「は、奥様。デイケンズ家のその三男坊かと」
「そう……」
螺鈿細工が鈍く輝くオペラグラスを片手に、貴婦人はフィールド上の男を観察していた。
レンズ越しに見える対戦相手の表情は硬く、口元は傲岸そうでありながら、目には卑屈さが垣間見える。
しばらくそうして値踏みしていたが、貴婦人は宝石のような青い眼を瞼で隠すと、オペラグラスも膝の上に置いてため息をついた。
「ねえシェレンス……クラインと向き合うのに相応しくない木偶人形があそこに立っているけれど……?」
「は、奥様。それが対戦相手の“深海のホレイシオ”かと」
「そう……」
憂鬱そうに瞼を伏せる姿は、既に四十代であるにも関わらず少女のように儚げで、美しい。
癖の無い長く真っ直ぐな髪は、少し俯くだけで優美に揃って揺れる。着飾った者たちの集まる貴賓席においても、彼女はただ控えめにしているだけでも衆目を集めているようだった。
彼女の名はベルベット=ユノボイド。
クラインの義母であり、クリームの実母にあたる女性だ。
「せっかく沢山の予定を調節して足を運んだのに……クラインの相手があんな出来損ないだなんて……」
「は、奥様。心中お察しします」
「それに、あれではクラインが闘いで得るものが何もないでしょう……?」
「は、奥様。まさにその通りであるかと」
「ねえシェレンス……この試合はクラインの不戦勝とするべきではないかしら……?」
「は、奥様。それはいささか無理があるかと」
「そう……」
ベルベットは心底残念そうに深く息を吐くと、再び豪奢なオペラグラスを構えた。
観察できるのは対戦だけではない。気まぐれにそのレンズを別に向けることもまた、観劇の楽しみであることを彼女は知っている。
「クラインの試合の監督者は……」
「火、雷、影、光でございます。絢華団団長、迅雷騎士団将軍、魔女会の長、そしてリゲル=ゾディアトスが審査員となっております」
錚々たる顔ぶれだ。若者の闘技大会程度でこれだけの人物が並んでいるならば、何も文句はないだろう。
実際にベルベットはそれらの審査員に満足しているのか、桜色の唇を微かに歪ませ、微笑んでいた。
「誤審の心配はなさそうね……?」
「は、問題ないかと」
「あら……」
審査員たちの姿をじっと見つめていると、視られていたジェーン将軍が不思議そうな顔でベルベットを見つめ返してきた。
が、すぐに興味を失ったように視線を外すと、目の前のフィールドに注意を戻している。
「……将軍様って、どなたも鋭いのね」
「?」
一体何があったのかシェレンスにはわからないが、ベルベットは独り言や返答を求めない言葉の多い主である。あえて深く追求することはしなかった。
「こんにちはー」
そんな中、ベルベットに声がかけられる。
艶のある声だった。
ふとベルベットがそちらに目を向けると、そこには背の高い彩佳系の美女が、こちらに微笑みを向けていた。
白の百合で誂えたような装いと、仄かに感じる芳香が、まさしく花のようであった。
しかしベルベットは目の前の美女に見覚えがあり、その正体が全く別のものであることをよく知っている。
「こんにちは。セドミスト導師……」
「お久しぶりです、ベルベット=ユノボイド様」
話しかけにやってきたのはマコ=セドミスト導師であった。
彼もまた、教え子の活躍を見るために予定をどうにか調整してきたのである。
マコはベルベットの隣の席に腰を落ち着けると、深々と頭を下げた。
「いつもクラインがお世話になっております……」
「いえ! お世話だなんて、むしろ我々がお世話になっているくらいです。とても勤勉で、熱心な良い子ですよっ!」
「そう言っていただけると……」
もちろん、クラインの活躍はベルベットも聞き及んでいる。
血が繋がっていないとはいえ、愛すべき子の一人だ。彼についてはクリームや彼女が雇った傭兵から逐次情報を仕入れているし、定期的に本人からの手紙も受け取っていた。
「先生。クラインは学園ではどうしているでしょうか」
「えっ? あ、どうやら試合が始まるみたいですよ?」
「はい、そのようですね」
何気ない会話の最中に、試合が開始される。クラインとホレイシオの対戦は注目のカードだったのか、会場も大きく沸き立っていた。
「あの件もあり、クラインが多くの女子に言い寄られていることは存じております。しかし誰か……クラインが学園の女子に対して、何か……」
「あっ、すごいです! 見ましたか!? ユノボイド君一瞬であれだけのものを……!」
そして闘いに熱中するのはマコもまた同じである。
なまじ杖士隊という魔術戦に長けた畑の出身であるためか、試合に対する向き合い方はより真剣ですらある。
時々クラインに向けて放たれる魔術に大げさに驚いているが、その目が壇上から逸らされることはない。
「……そうですか」
聞きたいことはあったが、確かに試合中だ。相手に大いなる不満はあるものの、愛すべき子の晴れ舞台である。
それもそうだ。今は見なければ損だろう。
ベルベットは再びオペラグラスを手に、試合の様子を覗き込むのだった。
「あら……存外、そう悪くない勝負になりそうね……」




