針009 楽しむ夜会
ミネオマルタ、ノーダス・キンシアニア、八番に到着した。
「本戦前夜祭に出席される魔道士様ですね? でしたら、会場となる屋敷はあちらになります」
正確に言えば、その手前の道に既に案内役らしき男が立っていたので、迷いようがなかった。
さすがに細かな道に入ると暗い中で通りの名前を探すのも大変なので、これはありがたい配慮だ。おかげで私は迷うこと無く、同い年くらいの若者たちが歩く流れに便乗できた。
「わーお」
ルウナの屋敷は巨大だった。
ここらへんが大きな住宅街がっていうのは歩いている途中からわかっていたけれど、ルウナの屋敷は特に広い。
庭もすごい。品の良さそうな、明らかにそこらへんから自生したものではないであろう見慣れない樹木が、蛇行する小さな石の水路に遠慮するように生えている。かといって、水路も樹木を阻害しているわけではない。庭にある段差も噴水も、全てが調和しているかのように見えた。
屋敷は庭を含め明るい灼灯で照らされており、夜なのに歩くのに不便しないようになっている。
歩いている人たちを見るに、どうやらこのまま屋敷に向かって歩いていけばいいらしい。
「失礼。お通りになる前に招待状の確認を……」
「あっ、すみません。はい」
私はこれといったトラブルもなく、スムーズに中へと案内された。
さすがにもう驚くのにも飽きたかと思ったけど、そんなことはない。
考えてみれば、私はこの時になって初めて旧貴族の家というものに入ったのだと思い知らされた。
高い天井にはシャンデリア。床から階段にかけては臙脂色の絨毯。
そして真っ白な壁には偉そうなおっさんやおばさんの絵画が飾られている。誰だ。
まさに、金持ちの家だ。私の想像する貴族そのままの空間が今、ここに広がっているのだ。
私は勘違いしていた。ルウナの別邸っていうのは、ただ小さな家があるってわけじゃない。
サナドル家が首都に仮住まいするための家って意味が正しいのだ。
ただ食堂みたいな並びで座って美味い料理を出してくれる場所を想像してた私を殴ってやりたい……まさか、こんなにすごい場所にお呼ばれしていたなんて。
「いらっしゃいませ」
「は、はひ」
なんか白ひげの、やたらと背筋の良い爺さんに声をかけられた。
後ろにはスカートがふわっふわの可愛らしいエプロンドレスを来た使用人らしき女性が数人、並んでいる。
明らかにこの家の色々なことに精通してそうな爺さんだ。
「今宵はお嬢様の夜会に出席いただき誠にありがとうございます。私、家令のベルトールと申します」
「あ、うっす。いやハイ。どうも……」
こんな綺麗なお辞儀初めて見たよ。腰の一箇所しか関節動いてないんじゃないかこの人。
「会場はあちらの二つの扉、どちらからでも入れます。上着をこちらでお預かり致しますが……」
「え、なんで」
「今夜はお嬢様の御意向で、どのような格好でも問題はございません。しかし外套やケープの類は夜会において、なるべくこちらでお預かりするのが通例でございまして……いかがなさいましょう」
わ、わかんねえ。
わかんねえけどなんだ。どういうことだ。一応、この爺さんは上着のままでもいいし脱いでも良いって言ってるんだな。
けど、このままオイルジャケット着ていったらなんか、“え、なんでその格好なの?”とでも言われそうな、そんな言葉の裏に隠された圧力のようなものを感じるんだけど、それは気のせいか……?
「……あー……ええと、右腕が義腕なんだけど。あ、私こういうのあまり慣れていなくて。こういう食事の集まりで義肢をそのままにしておくのって、変とか、そういう決まりってありますか」
「いえいえ、そのようなことはございません」
「……じゃあ、お願いします」
義腕は平気なら、まあ大丈夫か。
私はその場でオイルジャケットを脱いで、それを家令の人に預けた。
渡した時、受け取った爺さんも、そこから更に渡された使用人さんも、ジャケットの重さに少し驚いていたように見える。
ごつい上着で悪いね。その重さが好きなんだよ。
扉を開けると、というより扉の前に立っている背の高い男によってスッと開けてもらうと、これまた広い空間に出た。
まっさきに目に入るのは、高い天井に輝く煌灯のシャンデリア。
そして壁際に聳え立つ、何本ものつるつるした石の柱。
しかし広大な空間であるわりに、それを中央で支える柱は存在しない。全てを外壁際の柱とアーチ状の梁を渡した天井で補っているのだろう。
広い空間にはすでに、多くの若者の姿があった。
急な誘いだったろうに、案外来ているものだと感心してしまう。ざっと見た感じ、四十人くらいはいるのではないだろうか。私の後からもまだまだ人は来るだろうし、賑やかな集まりになりそうな気がする。
「あら、ウィルコークスさん! 待っていたわ、来てくれてありがとう!」
「あ、ルウナ……おお……」
会場入りした私を真っ先に見つけ、こちらに近づいてくるのはルウナだった。
けど、その格好はいつもとは違う。魔道士っぽいローブやケープは一切なしの、鮮やかな新緑色のドレスを身にまとっていた。
普段は全く出していない肩や背中が出ているので、なんだか新鮮な感じがする。
「すごい、綺麗だねそのドレス……」
「ありがとう! ……まあ、私はもっと庶民派の気軽な夜会にしたかったんだけどね。ベルトールもお父様も、それにお兄様まで“主催なのだから”って言うから……仕方なく着たの。控えめだけど、ちょっとした集まりでは良いでしょう?」
「おー……何が控えめなのかわからないけど、なんだか森の妖精みたいっていうか、凄いね……」
「ふふっ、嬉しい。後で時間になったら挨拶はあるけど、それ以外はずっと自由で大丈夫だから。今日は楽しんでいってね!」
「う、うん」
私はずっと調子を外されっぱなしだったけど、ルウナは上機嫌そうだ。
彼女は喋るだけ喋ると、後ろ髪を縛る葡萄の蔦のような髪留めを揺らしながら、また別の誰かの下へと優雅そうに歩いていった。
……すごいなドレス。高いんだろうな……あの葡萄の髪留めだけでも。
……いきなり豪奢な主催の挨拶で出鼻を挫かれた気分だったけど、さすがにルウナと同じドレスだったり、異世界風な姿をした参加者は……そこまで多くはないようだった。逆にカッチリと正装を整えているのは、寒色の彩佳系の髪をした人たちに多いように見える。
だから多分、そんなに自分の格好を気にしなくても良いのだろう。式典の時と同じような姿をした魔道士の姿もいたので、ちょっと安心できた。
「まあ、なんだ。それはそれとして……」
人はともかく。
会場には既にクロスのかけられたテーブルがいくつも配置され、そこに大きな皿が何枚も用意されている。
もちろん、そこに盛り付けられているいかにも高級そうな、できたてホカホカの美味しそうな料理たちも。
「食うか」
よし食おう。
ひとまずそれからだ。
囁くような小さな弦の調べが、上の方から聞こえてきた。
骨付き肉を掴む手を休めてふと目線を上げてみると、ホール奥の一段高くなったステージの上で、演奏が始まったようである。
安いはずもない黒のスーツを来た男が、弦楽器をキィキィ奏でている。音楽を専門にする人間だ。当然、タダであるはずもない。そんな専門家が、ここに集まった魔道士たちのためだけに楽器を奏でている。
これが旧貴族か……すげえな。この骨付き鶏肉の味付けもたまらないものがあるけど、音楽まで付けちゃうのか……ルウナって家だといつも音楽付きで飯食ってるのか? いやまさか、それはないよな……多分。
しかし、料理はどれも絶品だ。野菜の方はあんまり手を付けてないからコメントできないけど、肉料理は本当に手が込んでる。
ちょっと神経質なくらい薄く切ってあるけど、その分何口も楽しめるし、こういう切り方のほうが玉葱のソースが良く絡んで良い感じだ。
こっちの二枚貝の料理も美味しいな。何の油で炒めてるのかはわからないけど、深いコクがある。個人的にはもっと胡椒が欲しいかな?
「フフ。楽しんでいるのね、ロッカさん」
「んぐ」
料理に集中してるところに、横からモヘニアがやってきたようだ。
私はフォークを皿の上に置き、彼女に向き直った。
「や、モヘニア。やっぱりモヘニアもここに来てたんだ」
「ウフフ、もちろん。家の付き合いということもあるけれど……夜会は好きだから。フフッ」
声をかけられた瞬間になんとなく思っていたことだけど、案の定モヘニアはお酒を飲んでいるようだった。顔はほんのり赤いし吐息が酒気を帯びているし、何よりその手にはワイングラスが握られている。
明日の試合のことなど構わずわが道を征く攻めの姿勢だ。ここまでくるとなんだか無責任に“良いぞ”って応援したくなっちゃうな。
「ルウナも今日はおめかししてたけど、モヘニアのドレスも綺麗だね」
「あら、そう? ふふ、ありがとう。私はあまり衣装を取っ替え引っ替えしないから、そう言ってもらえると嬉しいわ」
モヘニアは暗い紫色のドレスを着ていた。ただドレスといってもルウナほど派手ではなく、長い裾は脚を隠しているし、ほっそりした薄い生地の袖も長く、露出を極端なまでに抑えていた。
けど、肌寒い夜の中ではモヘニアの格好こそが一番快適かもしれない。
「やっぱり旧貴族だと、こういうところはえーっと、正装? とかじゃないと駄目なんだ?」
「ええ、大抵はね。ああ……今日のルウナ=サナドルさん主催の会は大丈夫よ。ふふ、これはとっても砕けた会だから」
「そう? 良かった……いや、ルウナも扉の前にいた人からも言われてはいるんだけど、こうして綺麗な正装着てる人たちを見ちゃうと、不安でさ」
「あら……ごめんなさいね。本当なら、私も普段どおりの格好の方が良かったのだけど……」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃなくて」
「ふふ、わかっているわ。……うちも堅苦しい家でね。サナドル家相手だからどうしても……ああ、このくらいにしておきましょうか」
モヘニアは話の途中で誤魔化すようにグラスの縁を弾くと、僅かに響きが残るそれを私のブドウ水のグラスに静かに押し当てた。
「乾杯。せっかくのパーティーなのだし、辛気臭い話はやめにしましょうか? フフ……」
「うん……そうだね。私もそういう食事のほうが好みでいいや」
私からもグラスをコツンとぶつけ、乾杯する。
すると示し合わせたかのように、ステージの上で弦楽器の奏者が増え、流れる音楽もより優美さを増していった。
「モヘニアの試合は、右のブロックだっけ。確か私とは最後まで当たらないところだった気がするんだけど……」
「あら? ウフフ、私の名前を探してくれたのね。嬉しいわ? ……うん、そうね。私は東のブロックだから、ロッカさんとは別ね。そのかわりに、“名誉司書クライン”と早い段階で当たるかも?」
「え、あっ、そうだっけ!?」
「フフ。そういえばロッカさんは、クライン=ユノボイド君と同じクラスだったわね?」
クラインと当たるってことは……モヘニアとクラインが闘って、どっちかが敗退するってことだ。
……うー、ううううーん。なんだかなぁ。私としてはどっちも応援したいのに、どっちかは必ず負けちゃうんだよな。
「……ロッカさんは優しいわね。ほんの僅かでも、私のことで葛藤してくれるなんて」
「え? ああ、いやまぁ……やっぱり心情的にはさ。ごめん、でも応援してるよ」
「フフッ……」
モヘニアはどこか優しい表情で微笑んだ後、グラスに残っていた指三本分のワインを一気に飲み干した。
「……確かに、強い相手だけど。でも、私だって負けないわよ? フフ……」
「クラインもモヘニアのこと、かなり強いって前に言ってたの聞いたことあるし……盛り上がるんだろうね。うん、私も楽しみにしてるよ」
「あら、私も調査済みなのね? フフフ……張り合いがあって嬉しいわ」
力の限り闘ってほしいものだ……とは思うので、その、なんだモヘニア。
そうやってグラス掲げで給仕さん呼ぶのは良いけど、明日も試合があるんだからな。
今日調子に乗って朝酔いつぶれてるとか、そういうのはやめてよな。本当に。
「本日はマルタ杯本戦前夜のパーティーにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
場を盛り上げる演奏が一区切りした後は、ステージの上でルウナからの挨拶が始まった。
煌灯の光を反射板で絞った照明は、薄暗いホールの中で彼女だけをくっきりと浮かび上がらせている。
ルウナは“無礼講なので”とかなんとか、庶民派だかそういうことをアピールしているようだったが、結局の所の堅苦しそうな挨拶だったので、私は話半分に聞き流しながら肉を齧っていた。
「今日は娘の会にお越しいただきどうもありがとう……ああ、力は抜いて結構。私はただ挨拶に寄っただけで参加者ではありません。今宵は娘の説明した通り、未来ある若者達同士で和やかに話すべきだ。私のようなおじさんは邪魔になるからね」
その後、ひょっこり現れたルウナのお父さん、マルタ杯の水の監督者でもあるジェリコ=サナドルさんが挨拶してくれた。
開会式のときよりもずっとフランクな喋り方だったので、かなり印象が違う。あの時もこんな感じで挨拶してくれたら良かったのにとも思ったけど、さすがにあの大観衆の中だと無理があるか。
ステージの上からの言葉は、大体そんな感じ。特に長くもないし、あまり堅苦しいものでもない。
むしろタダでこんな美味しいものを食べさせてくれてるのに“来てくれてありがとう”だなんて言われるのだから、逆にどういうことだと疑ってしまいそうになる変な気分だ。
というようなことをモヘニアに言ったら、彼女は静かにフフフと笑っていた。口元を抑えて結構長い間笑っていたので、結構面白かったのかもしれない。何が彼女の琴線を刺激したのかは、相変わらずわからないんだけども。
「それじゃあ私は、ルウナさんに挨拶しに行ってくるわね。ロッカさんは?」
「あ、私はさっき挨拶したから大丈夫だよ」
「そう? それじゃあ、また後で」
そして旧貴族というのは、色々と挨拶のためにこういうホールをふらふらと歩き回らなければならないそうだ。会によっては、挨拶のために何分も順番を伺うために精神をピリピリさせることもあるという話だ。
食べることや喋ることに集中したい人にとってはあまり好ましくない習慣だろう。
なんとなく、貴族という体制が廃れた理由がわかったかもしれない。
「――だが事実だろう? 理総校では設備に不足がありすぎている。物流も立地も、ミネオマルタとは比べようがない」
「それは、我々を侮辱しているのかな」
……渋みの強いブドウ水で口内の油分を濯いでいたら、離れた場所から少し強めの口調が耳に入ってきた。
ぼんやりしてた私の耳が“おっ”と動くくらいだ。そんなどこか不穏な予感は、周囲にもじわりと染み込むように伝わっていったらしい。
不自然に生み出された沈黙が、そのテーブルを中心に広がっている。
「侮辱など。ただ二つの理学機関を比べたまでだよ」
「……難癖をつけてくるのはいつもミネオマルタからだな。外部の出入りが多い学園は卑しくなるということか」
「どういう意味だ」
二人の若い男が、何やら学園を巡って言い争いをしているようだ。
ミネオマルタ。そして理総校。どうやら二つの巨大理学学園の学徒たちが、悪い雰囲気になっているようだけど……。
「そのままの意味だが」
「ほう。本選出場者数で十名分も離されているというのに、随分と強気だな」
肉うめえ。
言い合いをしている連中は、身なりの良い男だった。
顔はわからない。が、それぞれ腕の立つ魔道士なのだろう。彩佳の青っぽい髪と皺の無いスーツを見るに、教養だけなら私の数倍はありそうだ。
しかし、どうも話の流れとしてはお互いの母校を看板にして言い合っているようなのだが……そんなに自分の所属する学園に入れ込めるものなのだろうかと疑問に思う。
私はミネオマルタの学園に所属してはいるけど、まだ期間も短いしそれほど……帰属意識のようなものは芽生えていない。いや、これから数年経ってもどうかはわからないな。数年いた初等学校も、別に思い出深いものでもない。
あの二人はどうしてそこまで熱心に、自分の居る学園を、まるで自分のことのように誇れるのだろう。
私にはよくわからない感覚だ。
「……お」
なんて、野次馬よろしく遠目から騒動を眺めていると、その向こう側にはルウナとベロウズの姿が見えた。
……そうか、ベロウズも来てたんだ。今日はマントをつけてないけど、その下は普段と同じような恰好である。知ってる人がいつもと同じ姿だったので、少し安心した。勝手に同類扱いしちゃって悪いけど。
けど、二人は何を話してるんだろうか。ルウナは少ないワインを片手に楽しそうに、対するベロウズは肩を縮めて緊張しているよう雰囲気だけど……。
ああ、そうか思い出した。ベロウズとルウナは一回戦目で当たるんだ。それでルウナの方から話しかけに行った……ってところかな? うん、多分そんな感じだろう。ルウナはそういう人付き合いをするタイプだ。
「馬鹿馬鹿しい。何故ミネオマルタの彫像がミトポワナに? そのような金の使い方をしているから……」
「何を。そちらの学園の地下試射場だって似たような金食い虫だろうが。大して使われもしない施設のために莫大な整備費と人手が流れている。出向する地方貴族の苦労は君にはわからないだろうがね」
なんかうるせえなあいつら。
喧嘩か? でも殴り合いするって雰囲気では全くないし、お行儀はいいな。
ここがデムハムドだったら周りは囃し立てて殴り合いを煽るだろうし、今の段階で歯が一本以上落ちてるのは間違いない。その点、ここはパーティ会場ということもあってか、周りもカトラリーを手に静観といった具合だ。……いざとなったら誰かが止めに入るんだろうな、こういう所だと。
「しかしそこの……“クランブル・ロッカ”が偶然居合わせていなければ、そちらの学園は崩壊していたのだろう? ミネオマルタの警備はあまりにも杜撰だ。教訓が活かされていないじゃないか」
おいおい、私を話のダシにしてくれるなよ。
なんかみんなこっち見ちゃってるじゃんか。少しざわついてるし。そういうの苦手なんだよ私は。
「あの子が、ラスターヘッグを倒した……」
「半機人だ」
「“竜砕き”だ。討伐難度はかなり高いはずなのに……」
「試合でも鈍器と強化を使っていたって……」
おい、ヒソヒソ声で話してもこっちには聞こえてるんだよ。やめろってそういうの。
「まあまあ、二人ともそろそろ……やめにしないか。警備の話を槍玉に挙げるのはあまりにも……軽率だし、不謹慎じゃないか」
私が睨みを効かせようと思ったその時、ようやく二人の間に仲裁が入った。
二十代後半だろうか。黒髪に口ひげ。若いは若いのだが、学徒らしくない大人びた雰囲気の男性である。
「最近のミネオマルタの状況を見れば、警備がちゃんと機能しているのは明らかだ。警官も、監督者の方々も……大勢の人が、治安と秩序の維持に貢献されている。この街だけではない、ミトポワナだってそうだ。当然サナドルも。……紳士として、治安を貶すのは控えるべきじゃないか」
「……それはもちろん、その通りだとも」
「問題点を列挙したに過ぎない。僕は貶したわけではないぞ」
「ああわかっている。だから、この話はおしまいにしよう。学閥を超えた夜会なのだ。……溝よりは、親睦を深めよう」
そう言って男は二人の肩を叩くと、優し気に微笑んでテーブルを離れていった。
さすがに毒気が抜かれたのだろう。喧嘩していた二人も二言三言ほど謝罪らしい言葉を交わして、そのままどちらからともなく距離を置いた。
……スマートな仲裁だったな。デムハムドであれをやったら二人から殴られてただろうが、ここでは有効らしい。
「さっきの黒髪の男の人は、“竜骨のゲーアノート”ね」
「あ、モヘニア」
気が付くと、私のすぐ傍には何故かワイングラスを二つも持ったモヘニアが立っていた。
どうもその両方を飲んでいるらしい。本当に明日は大丈夫なのだろうか。
「エクトリアの旧貴族。理総校在学。パーティでは……時々見かける人ね? ここ数年は、あまり出席していないようだけど」
「へえ……そういうのちゃんと覚えてるんだ」
「ふふふ、多少は。人の話って、お酒の肴に合うものね」
「確かに」
「さっき言い合いしていた二人も旧貴族。一人がサナドル出身、もう一人がミトポワナ。地方と内陸の軋轢って嫌よね。フフ……」
へえ、なるほど。自分のお里をぶつけ合ってたわけだ。
嫌な性格してるな。……うん。私は学園には帰属意識はないけど、故郷にはあるな。デムハムドのことで色々と嫌味ったらしいこと言われたら、手が出るかもわからん。
気を付けよう。退学にはなりたくないし……。
「下位クラスは場違いっていう意味?」
突然、怒気を孕んだ声が聞こえてきた。
声の大きさはそれほどでもない。けど、そこに乗せられた静かな、ギリギリまで押さえつけられた怒りの程がはっきりとわかるような声だった。
一波乱ありそうな喧嘩が去ってすぐにこれだ。自然と、周囲から話し声も止む。
……剣呑な声をあげたのは、なんと向こう側でルウナと話しているベロウズからのものだった。
「いえ、そういうわけではなくて……」
「わからない。どういう意味なのか」
ルウナは戸惑ったような困り顔を浮かべているが、向き合うベロウズはというと、珍しく目に力が入っている。
今まで私は彼の弱々しい表情しか見ていなかっただけに、それはとても珍しいもので……その分、大事であるように感じられた。
「だってCクラスといえば一番低いものだし、それなのに本戦まで勝ち上がれるだなんて……」
「もう、いいよ。ご飯はありがとう。でも、もう帰らせてもらいます。……やっぱり、戦いの場で示すべきだった」
こちらの口喧嘩は先程のものとは違い、すぐに終わった。
エスカレートし続けるようなものでもなく、嫌味ったらしい言葉を投げ合い続けるものでもない。
ベロウズの方がすぐに切り上げて、足早に出口へと向かっていったから。
「あ……」
私は彼のむっとした顔を見て何かしら声をかけたかったのかもしれない。
けど、私とベロウズとはそこまで大きな関りがあったわけでもなかったし、今声をかけるには彼の歩調は速すぎた。
「あら。お帰りなのね」
ベロウズは私の真横をつかつかと通り過ぎ、そのまま大きな扉の向こうに消えてしまった。
……何か声をかければ良かったんだろうか。いや、どうしようもなかったか。
「怒らせちゃった……言い方が悪かったのかな……」
寂しそうに出口を眺めていたルウナからは、ベロウズに対する怒りなど悪感情は見られない。
どうもベロウズが一方的に機嫌を損ねてしまったようだ。
大したことは無いと、誰もが思い直したのだろう。参加者の一人が速やかに退場しただけだと。
だから会場の雰囲気は弦楽器の音色に乗せられてすぐさま陽気に戻り、また賑やかな談笑が再開される。
けど私としては、どうしてもまた同じ心持ちでパーティを楽しむことはできそうにない。
「……ロッカさん。お酒、飲む?」
「ううん。……やめておく」
酒で誤魔化そうという気分にもなれなかった。




