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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 見えざる人影

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鈎021 食い縛るベロウズ


 ぼくはロッカ=ウィルコークスの試合を、一瞬さえ目を離さずに見届けた。

 入場から、二人が向き合うところも。最後に決着し、ロッカがツルハシを掲げたところも。


 全体的に、力任せの荒っぽい試合だった。魔術なんて防御用のを数回使っただけ。

 決着に至るまでの道筋だって、魔力というよりは身体強化によるところが大きい試合だったように思う。


 魔道士……とか、そういうのじゃない。あれは。

 上手く言葉にできないけど、ああいうのは、そう。邪道と呼ぶべきものなんだ。

 魔術で攻撃しない。身体強化に任せて重量物(メイス)を振るう。俗に言う、邪道士……。


 ……そこまで考えて、ぼくは自己嫌悪する。

 プライドの高い水の国の人達の陰湿な言葉だけを借りて、何を心にも無い事を考えているのだろう。

 回避力や機動力を身体強化に頼っているのは、ぼくだって同じなのに。




 試合を振り返ってみて、ぼくは自問自答する。

 仮にぼくがロッカと同じ立場だったとして、実際にあんな風に動けるだろうか。

 ……わかっている。あれは無理だ。


 影魔術の回避だって、十分な距離を隔てた初期位置だからこそできること。実際に影魔術を受けてみるとわかる。

 あそこから十メートルも近づかれてしまえば、影魔術なんてとても避けられるものではない。

 目には見えない、来るかどうかも定かでない魔術を避けるために大きく飛び退くなんて……無理だ。現実にはそう思うように、身体は動いてくれない。

 視覚と危機感の認識の隔たりは、その差分だけ致命的な躊躇を作り出す。

 ……あんな距離から影魔術を上手く避けるのは、ぼくには絶対に無理だ。


 そして、驚くべきは身体強化の強さ。

 ロッカが身体強化を使えることは知っていたけれど……いざその防御力の高さを目の当たりにしてみると、試合で闘いたくないという気持ちが膨れ上がってくるようだった。


 普通、魔道士同士の試合というのは、中級なり上級なりダメージの判定があって、それによって勝敗が決するものだ。

 試合続行が不可能と思えるような強打を受ければ、その直前に装置が作動して、敗者は転移させられる。

 だから試合に慣れた魔道士というのは、その転移の設定に応じた“致命傷”を与えるだけの魔術を使用する。それだけの威力を持った魔術が、ようやく牽制や攻撃として機能し始めるのだ。

 無駄に魔力を込めたり大きすぎる術を使っても、無駄が多くてすぐにバテてしまう。その点、これはとても合理的なルールだと、ぼく自身も思っている。


 けど、身体強化が絡むと話は変わってしまう。

 身体強化された人は防御が堅く、とても頑丈なのだ。

 一般人や生身の人間であれば決着となるはずの魔術が、直撃しても致命傷とならない。これは、試合に慣れた魔道士ほど陥りやすいミスだし、難しいところだ。最後の一撃のつもりで放ったつもりの魔術が効かず、逆に相手の反撃を貰ってしまう。……これほどありがちな展開もないだろう。


 先程のロッカの試合は、まさにその“決着の見誤り”が起きた良い例だ。

 リュミネは金属壁を出した後ロッカの背後に転移し、無防備な背中に強烈な影魔術を叩き込んでいた。

 普通は終わる一撃だったはず。ぼくもそう思った。なにせ、ただ衝撃をぶつけるだけじゃない。その先に城塞(ドット)を構えて叩きつけるという徹底ぶりだ。誰だって、あれで終わると思って不思議じゃない……。


 ……それでも、ロッカは耐えた。あの強烈な一撃を。

 食らう直前に、背後から攻撃が来ると察知した……のだろう、とは、思う。咄嗟に身構えて、強化をフルに回す時間がギリギリ残っていたのは間違いない。

 けどだからといって、あんな、意識が飛びそうなほどの、音が観客席にまで響いてくるような衝撃を受けて、まだ動けるだなんて……あまりにも非常識すぎる。

 ただでさえ、身体強化の使える人は動きが素早くて、魔術だけで戦う人にとっては厄介だというのに……。

 リュミネっていう人も、可哀想だ。あれだけ綺麗に攻撃を入れても駄目だなんて。会場はロッカが退場せず切り返した事に沸いていたけれど、ぼくとしてはむしろ、リュミネに肩入れしたい気持ちになってしまうシーンだった。




 ……けど、それでも。

 やっぱり、ロッカ。きみは、とても才能に恵まれているんだね。


 防御壁から飛び出すタイミングは、どこか別の所に目がついているかのように最高だった。

 きみが破砕した壁の礫は、出来すぎた運命みたいに相手の方に向かって飛び散った。

 そしてきみが放り投げる石は、それで手であれ足であれ、絶対に相手に当たるように、迷うことなくまっすぐ飛んでゆく……。


 きみは、ぼくに無いものを幾つも持っている。

 最初出会った時、きみが丸っこい石をひたすら足元に出し続けている場面に居合わせた時には、まさかそこまでの人だなんて、ぼくは想像してもいなかったよ。

 きみだけは、足元でもがいている人だと思っていた。

 自分よりは下の人もいるんだって、そんな薄汚い安心感を、少なからずきみからは感じ取れるんだって。そう思っていたのにね。


 でも、違った。きみはすごいよ。才能がある。

 凡人で、いや、劣等生のぼくなんかよりも、ずっと……。


 ……でも、きみは。それでも鉱夫の仕事はやめないって、新聞のインタビューで答えていたね。

 どうしてなの。そんなにも恵まれたものを持っているのに。

 既に名声だって、今もこうして大観衆を熱狂させるだけの、ぼくなんかには想像もつかないような“何か”だって持っているのに。

 魔道士になりたいって、言ってくれたなら、ぼくはこんな気持ちになんてなりようもなかったのに。


 どうして、この世界は……人の才能は、努力っていうのは……。


 ……身勝手だな。

 やっぱりぼくは、性格悪いな。


 ……いや、いいさ。わかっていたことだから。

 ぼくみたいな凡人は、自力じゃどう足掻いたって本物に肩を並べることだってできやしない。


 今日のぼくの試合なんて、まさにそれさ。相手はきっと、特別強い魔道士ではなかったけれど、それでもぼくは手こずったし、目の前の術や相手を見て動くので精一杯だった。

 自分の得意なことを押し付けあって、結果として勝っただけ。

 そこに見る人を楽しませる奥深い華はない。

 どこにでもある、凡庸な勝利……。


 ……でもね、ロッカ。

 たしかにぼくはまだ凡人かもしれない。けど、そんなぼくでさえ、優れた師を持てば変わるんだよ。


 きっときみは、クラインという学園でも有名で、とても優秀な師匠がいたからこそ輝けたんだろう。

 素地が原石だったのは当然あるだろうけど、磨き出した人がいたことは間違いない。

 ならぼくだって、磨く人が磨けばそれなりに、石ころなりに光を帯びても不思議ではないよね。


 ロッカ。ぼくは、努力だけは誰にも負けない自信がある。

 それがほとんど無駄な努力だろうと、何年も続けるだけの根気だって持ち合わせているつもりだよ。

 もしも努力が完全に報われるチャンスが目の前にあるなら……ぼくは、迷わずそれを掴み取る。


 認めるよ。ぼくはまだ、酷く未熟だ。今のままでは絶対に、きみには敵わないだろう。

 イズヴェルに勝てたのは偶然だし、今日の試合も組み合わせが良かったからに過ぎない。

 本戦で不安が無いと言うと嘘になるくらいには、不完全だ。


 けど、あの人は約束してくれたんだ。

 ぼくが心を委ねれば、その分だけ技を伝授してくれるって。


 ……胡散臭いよね。とても人には言えないよ。ノーマさんにだって話してないことだ。


 けど、ぼくには覚悟がある。たとえあの人が怪しくても、学園の導師さんよりもずっと効率よく術を伝授してくれるのは間違いないんだから。

 それだけが真実なら、構わない。

 ぼくは強くなる。実を結ぶ努力を続けてみせる。

 きっと、誰よりも……。



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