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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 見えざる人影

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鈎018 添える老兵


 緊張らしい緊張もなく、それよりも急激に増した人混みに辟易している様子のクラインは、悠然と控室へと向かっていった。

 昼過ぎの第一戦。仕切り直したばかりの張り詰めた空気の中で行われる、注目の試合だ。私だったら結構、ガチガチになるんだけど……クラインはとことん、人前でどうこうなるようなタイプではないらしい。


「うわーすごい人だった……」

「あらヒューゴ、おかえりなさい」


 そろそろ試合する二人が入場しようという直前に、席を外していたヒューゴが戻ってきた。

 彼は鉄専攻の人たちとちょっとした話をするために、一人そちらの方へ向かったのだが……急にぞろぞろと入場してきた観客達を掻き分けながらここまで戻るのは、かなりキツい冒険だったらしい。


「今日の試合が終わったら、旧フォーニャを開けておくってさ」

「おー、そっか。わざわざありがとう」

『あの場所は落ち着くからな。貸してもらえるならば、ありがたいことだ』

「慰めちゃろ」


 会場は混み過ぎていて合流も難しいが、鉄専攻の面々とは現地で会えば大丈夫だろう。


「そろそろ始まるみたいよ」


 それよりも、とにかく今はクラインの試合だ。

 本戦出場が決定する、クラインの第三戦が始まる。




「これより“名誉司書クライン”及び“閉ざされた氷室のメイボルド”による、マルタ魔道闘技大会三次予選、第十四戦を開始する!」


 壇上に立つのは、相変わらず姿勢の悪い立ち姿のクライン。

 そして向かい側に立つのは、全機人の魔道士であった。


『はじめまして、“名誉司書クライン”。私はペルソアラの魔道士、メイボルドです』

「ああ」


 機人用としてよく使われる、関節に巻き込まれにくいポリノキ製のケープ。

 ブーツカットのズボンに、防水のロングブーツまで着用している。男か女かは、声を聞いてみるまではわからない姿だった。

 それだけ見ると人間のようだが、しかし体や頭部は機人そのもの。型が古いのだろうか、その真四角型の不格好な頭部は珍しいように思える。


『貴方と対戦できることを光栄に思います』


 金属色剥き出しの鈍色の顔は、向かい側に立つクラインへと向けられていた。

 メイボルドは右手に持った身の丈以上もある長いロッドを床に立てたまま、丁寧に頭を下げている。


『“名誉司書クライン”。対戦の前に、貴方にお聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか』

「なんだ」

『貴方が光魔術を習得したという噂は、事実なのでしょうか』


 クラインは元々会話で分かりやすく表情を変えるタイプではないし、メイボルドに至っては機人だ。

 二人の会話は、全くこちらに伝わってこない。


「ああ。その通りだ」

『……であれば、素晴らしいことです。まさに理学の光と呼ぶに相応しい。……おめでとうございます、“名誉司書クライン”。貴方とこうして対戦の場に立てたことは、私の最大の喜びです』

「……そう、か」

『ええ。全力を持って、戦わせていただきます。よろしくお願いいたします』

「……こちらこそ。な」


 特に荒立つような波もなく、二人の会話はすぐに終わった。

 所定の位置まで後退し、黒壇に魔力を登録すれば、速やかに試合の準備は整えられる。


『勝てないとしても、貴方に添える花としては相応しくありたいものです』


 メイボルドはロッドを水平に構え。


「……まさか老人だとはな」


 クラインは両手中指につけた“メンフェニアの調停者”を前に突き出し。


「試合、開始ッ!」


 レドラル将軍のよく通る声を合図に、二人は一斉に動き出した。


『“クォンタム(氷塊の侵攻)”』

「“イアノス(火球達よ)ウル(膨らみ)テルズ(放たれよ)”」


 横に振るわれた長いロッドからは、馬鳥(コビン)のようなサイズの氷塊が打ち出され。

 クラインはそれに、二つの火球を衝突させ、中間の距離で相殺した。


『“キュート(水よ)ディミジア(顕れよ)”』

「“イアノ(炎よ)ウルク(広がり)ラグネルク(焦土を成せ)”」


 開幕直後の速攻が終わると、二人は事前に示し合わせでもしていたかのように、それぞれ自らの足元に環境魔術を発動させた。

 メイボルドは夥しいほどの量の水たまりを。

 クラインは燃え盛る火の海を。


「“エイグ(火竜よ)ラギレルテル(跳ねろ)”」

『“テルス(北風に)キュアー(凍えよ)”』


 クラインは火の海から火炎の竜を生み出して突撃させ、対するメイボルドは水たまりの端を風で吹き飛ばし、氷礫の榴弾でもって火竜を鎮火させた。

 その距離、三十メートル。両者の目まぐるしい攻防は、驚くべきことに開始地点から繰り広げられていた。


『“キュアーズ(水精よ)ラギレルテル(跳ねろ)”』


 水たまりのほとんどを消耗して作られた氷の竜が宙へと射出され、クラインへと迫るが、


「“スティ(鉄の)アンク()”」


 クラインはそれをなんでもないかのように、空中で撃ち落としてしまう。

 乱回転する巨大な鉄の錨は氷竜を砕き割り、しかし勢いは弱まって、フィールドの中央付近に落ちて白い壇上にめり込んだ。


「“スティ(いでよ)ディ・カトレット(抜き身の曲剣達)”」


 その直後、クラインが素早く動く。

 薄い鉄の刃を投げ放ち、直接メイボルドを狙いに行ったのだ。


『しまった、錨……“クォンタム(氷塊の侵攻)”を封じたと……“キュート(水弾)”』


 水弾で鉄魔術を撃ち落とすも、クラインは既に次の動作に入っている。


「“ラテル(廻れ)ヘテル(閉ざせ)イアス(火炎旋風)”」


 クラインの側にあった火の環境が燃え盛り、渦を巻く巨大な火のうねりとなって前方へと進み始めた。

 回転しながらメイボルドへ近づく火炎の渦は直径八メートルはあるだろうか。横幅としてみてもとんでもない広さであるし、高さも二メートル以上あって、乗り越えるにも勇気がいる規模だ。

 いや、そもそも乗り越えるには身体強化が使えなければならない。


『こうも早く差がつくとは……』


 渦の中央へ着地するようにすれば、乗り越えていける。

 が、強化はメイボルドには使えないようだった。


「“イアノ(火炎よ)テルス(放たれよ)”」

『! “キュア(冷気よ)レギン(隆起し)ホルゲル(壁となれ)


 渦を巻き続けていた火炎が突然ほつれ、勢いはそのままに一本の巨大な火炎の帯として、メイボルドに襲いかかる。

 対するメイボルドは残り少ない水から氷壁を生成するが、その薄っぺらい壁だけで膨大な火の突撃を防げるようには見えない。


『“テルジュ()ディ()ヘデル()”』


 ……が、正面に差し出されたロッドを基点に爆発した風が、迫り来る火炎の波を真っ二つに切り裂きながら、防いでゆく。

 留まることのない熱波はメイボルドの左右へと分かたれ、過ぎ去ってゆくが……。


「“スティ(鉄の)アンク()”」

『流石です。全力を出す暇もない。……未来は明るいですね』


 左右どちらにも動けない状態では、クラインが次に繰り出す質量魔術に抵抗することは不可能だった。


「勝者、“名誉司書クライン”!」


 二つ目の錨が白壇に罅を入れる重々しい音と共に、勝敗は決した。

 絶え間のなく繰り返された魔術の応酬に、試合そのものは短いながらも、観客は満足しているかのように大きな声援を送っているようだった。





 決着は早かったが、内容は濃密だった。

 お互いに動く暇もなく、そして外すこともない。両者とも正確に、最速に魔術を撃ち出していた。

 その末に優位をもぎ取ったのは、クラインだ。純粋な力量の差を見せつけた形だろう。


「前の“切り込みのガルハート”戦では身体強化ができる相手だったから変則的だったけど、今回は動かない魔道士が相手だったからわかりやすかったね。クラインの試合といえば、やっぱりこんな感じだよな」


 楽しそうに評するヒューゴに、ライカンも深く頷いている。

 周囲の観客達も、先程の目まぐるしい戦いについて熱く語っているようだった。


『相手に何もさせない。やりたいことをさせない。クラインの戦い方はいつ見ても実に合理的で、堅実だな』

「なんかそれだけ聞くと嫌なヤツだな」

「ロッカ何言ってるんだじぇ、元から嫌な奴だじぇ」

「それもそうか」


 いや、言うほど嫌な奴じゃないってのはわかってるけどね、もちろん。

 色々教えてくれるし良いやつだよ。なんかちょっと、かなり変なだけで。


「今の相手、結構強かったよね」

「強かったわね。全然動かなかったけど、ミネオマルタでいうところのAクラスの実力はあるように見えたわ。もちろん、属性科のね」


 Aか……相当なやり手ってことだな。

 けど、クラインは簡単に倒してしまった。いや、簡単ではないんだろう。簡単そうに見えていただけで。

 熟達した技術っていうのは、呆気なく、簡単そうに見えるものなのだから。


「相手のメイボルドってのは何者なんだ? どこの学徒だ」

「さあ。あんな古びた全機人なら目立つもんだが、聞かないな。無名の学園だとは思うが……調べに抜けがあったか」

「あの噂のクラインも凄まじかったが、相手もなかなかだ。他のギルドに遅れを取るなよ」


 ……聞こえてくる会話の中には、どうも何かしらのギルドか組織にいるらしい人たちの話も聞こえてくる。

 絢華団は既にクラインに目をつけているけれど、その他にも多くの傭兵ギルドがあるのだ。そういった機関が強い魔道士に目をつけるのも、当然か。


 てことはなんだ。私も既にそろそろ、そういう所から目をつけられてたりするわけか。

 傭兵とか、杖士隊とかそういう感じの……他にどういうのがあるかは知らないけど。

 いやーでも、ちょっと傭兵はなぁ……護衛もレティー見てる感じだとすごく退屈そうだし、討伐はそんなおっかない魔族や魔獣なんかとはできれば戦いたくないし、運搬や配達も別にって感じだし……。

 誘われたらどう断ったら良いんだろう。まだ学業に専念とか……。


「ウィルコークス君、その笑い方は周辺一帯の知力を低下させるのでやめてくれないか」

「え、お、うぉい。なんだクライン戻ったのか。すごかったよ、おめでとう」

「ああ」


 ちょっと考え事している間に、クラインが戻ってきたようだ。

 かすり傷ひとつ負っていなかったので、治療の必要もない。勝利が決まった時点で、悠々とここまで歩いてきたのだろう。


「おかえりクライン。流石だね」

「おめとー」

『手数は多かったな。相手は強かったか?』

「悪くはないな。だが、動きは全体的に鈍かった。杖を振るだけの体力がないのだろう。数の戦いともなれば、オレのような両指環を相手にできるものではない」


 クラインは両手の中指にはめられた“メンフェニアの調停者”が、僅かな魔力に反応して鈍く光る。


「クライン、新しい指環はどうだった?」

「どうとは」

「使えるかって話でしょ」

「最高品質だな」


 クラインからの惜しみない賞賛だった。


「“閉ざされた氷室のメイボルド”はかなり優秀な魔道士だったが、それでも術の早さで難なく勝利を掴めた。以前の指環のままでは、オレは数手ほどは余分に撃っていただろう」

『それでも負けはしないと』

「当然だ」


 言うねえ……でも、使う道具によって勝敗が左右されないっていうのは、格好良いな。

 私の場合は……駄目だ。アンドルギンと前のタクトじゃ全然比べられん。そもそもタクトとメイスだし。種類違うし……。


「なーなークライン。相手の箱みてーな機人、どんな奴だったん?」

「さあな。声は、老人のようだったが」

「えーっ」

『ほお』

「すごいわね……」


 老人。年寄りだったのか、あの全機人。

 そんな年齢の人でも理学学校の学徒としてやっているなんて……勉強熱心な人なのかな、メイボルドさん。

 ライカンもそこそこ歳のいった学徒だけど、それよりも上がいるなんてなぁ。世界は広い……。




 その後も試合が何度か行われ、会場は盛り上がった。

 三回戦だ。壇上に立つ魔道士は皆それなりの場数を踏んできた人たちで、動きや術の発動速度には見ごたえがある。


 ……色々、見て学ぶべきなんだろう。

 けど、これから……もうそろそろ、私の試合が始まるのだ。

 そうなると、おちおち試合の考察なんていていられる精神状態ではなくなってしまう。


「じゃ……いってくる」

「頑張って、ロッカ」

「やってまえー、ロッカぁー」

「応援してるぞー」

『悔いの無いよう、全力を出し切ると良い』


 私はみんなの温かい声援を受けながら、アンドルギンを肩に担いで控室へと向かう。


「勝ってこい」


 ちょっと歩いてから、かなり遅れてクラインの小声の声援も届いた。

 そういうのはもう少し早く言えよな。なんて思ったりもまぁ、するんだけど。


「任せとけ!」


 クラインにそう言われちゃ、勝つしかないだろう。

 今日の夕食も、美味しく楽しく味わいたいんだ。相手は強い魔道士だけど、これまでやってきた特訓を思い出しながら、上手く闘ってみせるさ。




 いざみんなから離れてみると、それはそれで寂しくなるものだ。

 賑やかな席を立つと自分が周りの観客とは別の存在になったような気分になるし、控室まで続く廊下は既に関係者がうろつくばかりの、張り詰めた雰囲気が漂っている。

 試合が始まる。三回戦。これに勝てば本戦出場だ。


 ……二回戦目は、クレアとの試合だった。

 アンドルギンのことや、単純にクレアがちょっといけ好かない奴だったっていうのもあったし、その時は全力で闘ったけど……。

 ……今回は、勝たなきゃいけない理由はない。そういう点で言えば、今の私は二回戦の時よりも覇気が足りていないのかもしれない。


 でも、負けたくはない。理由とかではなく、その気持ちだけはいつだってあるのだ。

 鉄専攻のレドリアとロビナはこの三回戦で敗退した。レドリアは敗北に涙を流していたし、ロビナだってきっと気持ちは同じだ。

 悔しかっただろう。二人とも鉄城騎士団を目指す意志の高い魔道士で、気合や意気込みだけならきっと、私以上にあったに違いない。


 私には、夢はない。それでも中途半端な気持ちで壇上に立つつもりはない。

 戦うからには絶対に勝つ。本気でやる。……それだけだ。


「こんにちは、ロッカさん」

「え? あれ? モヘニア……さん?」

「フフッ。だから私にさんはいらないわ。モヘニアって呼んで」

「あ、うん……モヘニア……」


 意気揚々と控室に乗り込んでやろうとしたら、その手前でモヘニアさんと遭遇してしまった。

 ……たしかこの会場には、モヘニアさんは居なかったはずだけど。


「どうしてここに? モヘニアって、違う会場だったんじゃ……」

「もう終わったのよ。フフ……ロッカさんとは本戦で闘えるかもしれないわね?」

「……勝ったんだ」

「ええ。だからロッカさんの試合を見に来たの。楽しみにしているわね?」


 モヘニアさんは、勝ったのか。凄いな。本戦……いや、私だってそうだ。これに勝てば本戦にいけるんだぞ。他人事みたいな気分になってるんじゃねえ。


「……待ってて、モヘニア。私も本戦出てやるからな。もし当たったら、本気で行くよ」

「フフフ……楽しみ。そう、本当に楽しみよ、ロッカさん?」

「だからまずは、試合を見てて。やってやるからさ」

「ええ。見ているわ。……頑張って、いってらっしゃい」


 本戦で色々な人が待っている。

 上を見よう。今は駆け上がる時だ。

 “日陰者のリュミネ”がなんだってんだ。影魔術なんて小難しいものなんて、アンドルギンと私の岩魔術で押し潰してやる。


 私はモヘニアさんに背中を向けたまま右手を振って、控室へと入っていった。





「フフッ、ロッカさん。本戦に来れるといいけど……あら? ……んぅ。何か、誰かの視線を感じたけれど。気のせい。いいえ、お酒のせいだったのかしら? フフ……」


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