鈎013 決着する落雷
ナタリーはどこも疲れたような様子を見せず、自分の席に戻ったらしい。
向かい側の観客席に、鉄専攻の彼女らの面々が座っているのをヒューゴが見つけてくれた。
ナタリーは呆れたように首を振っていて、ロビナやレドリアもそう大げさな喜び方はしていない。至って当然の勝利に、ちょっとした安堵を覚えているような姿だった。
「流石は“パイク・ナタリー”だね。学園では何度か負けたのを見たけど、やっぱり彼女は強いよ」
私もそう思う。
あの針の射出速度は、こうして人の試合を多く見ていても異常だ。
さっきのシュェは危なっかしい避け方をしていたけれど、きっと壇上では観客席で見るよりも速く感じるものなのだろう。
私も、三本の針が同時に飛んでくるのはかなり厄介だったしな。
「ごめん。みんな……本戦いけなかった……」
「いいのよシュェ、泣かないで。相手は強かったもの、仕方ないわ」
「頑張ったよ。元気だして」
“霙のシュェ”ら別の学校の魔道士は、私達のいる席より少し離れた場所に陣取っていたらしい。
転送され、奥から戻ってきたのだろう。身体に大事は無さそうだったが、彼女は溢れる涙を両手で拭いながら、友人に励まされていた。
他校の学徒も、この試合に様々な想いをかけて臨んでいるのだろう。
無論、その想いの強さだけで勝負が決まるわけではない。強いやつは強いし弱いやつは弱い。そんな石みたいに冷たい理論は、今の私にだってなんとなくわかる。
けど、はっきりとした目的意識がない私自身のことを考えてしまうと、そんな弱肉強食の摂理も少し、冷たく思えてしまった。
当然、私が誰よりも強いだなんて自惚れているわけではないけれど。
「次は“天罰のエンドリック”か。記者が寄越した資料にもあった、注目すべき奴だな」
クラインはその相手であるレドリアは眼中に入っていないかのように、けれど楽しそうに呟いた。
「強いの、そのエンドリックっていう人」
「理総校の中ではかなりやるようだ。手持ちの属性がなかなか珍しいな」
そうこう話しているうちに、間に挟まった試合も消化される。
「これより“円鉄のレドリア”及び“天罰のエンドリック”による、マルタ魔道闘技大会三次予選、第五戦を開始する!」
五戦目の組み合わせはレドリアとエンドリック。
クラインが言うに、エンドリックはミトポワナの学校出身で、スズメと同じ理総校なのだそうだ。
金髪に碧眼、黒っぽい服に身を包んだ、細身の男だった。杖は金属製のショートメイスだが、それを打撃目的で好んで振るうような体格には見えない。
「俺の名はエンドリック。よろしく頼むよ、お嬢さん」
「ええどうも、よろしく」
「良いね。クールな子は大好きだ」
「……」
両者は離れ、位置につく。
「試合、開始ッ!」
そして闘いが始まった。
レドリアは呂金のワンドで、相手のエンドリックも同じ金属製の短い杖だ。
あまり長くない杖同士による試合というのも、なかなか珍しいかもしれない。
「“スティ・フウル”!」
「“イグズ・ディア”!」
レドリアが投擲した大きめの鉄の輪を、エンドリックは迸る雷撃によって撃ち落とした。
雷を受けた鉄の輪は砕け、即座に消滅する。普通の魔術でない鉄であればそんなこと起こりえないのだろうが、これは魔術。術と術がぶつかりあえば、そんなこともあるのだろう。
「鉄の投擲か! いいね、環境戦ではない相手なら大歓迎さ!」
「くっ……!」
お互いに鉄を投げ、雷を放つの繰り返しだ。
レドリアは円形の鉄を上手く転がし、右から左からの回転をかけつつ、うまい具合相手に直撃するコースでそれを放っている。
比較的平滑な床を転がっているためか、黒い金属リングの速度は凄まじい。加えて、それらは空中では素直な挙動を見せるものの、着地と同時に回転による軌道修正と加速を得るため、相手にとっては非常に厄介な攻撃となっている。
「おっとぉ! 危ない危ない、良い狙いだ。一発も外さずに投げれるたあ、やるじゃねえの!」
しかしエンドリックはそのリングをステップで回避できるものはかわしつつ、避けきれないものだけを上手く雷で破壊していた。
動きは慣れたもので、一発も直撃しそうな気配はない。
「だが――“テルス”」
「!」
軽やかに避け続けていたエンドリックの身体が、その一瞬、急激な前進を見せた。
一歩だなんて短い距離ではない。十歩近くを一気に動くような、そんな加速だ。
……そうか風。エンドリックの服をばたつかせる風でやっと理解した。あの男は今、自分の背中に風魔術をかけたんだな。
「近付かれてしまえば、その遠距離投擲も無力になるんじゃないかな!?」
「ッ……“スティ・リオ・フウル”!」
近付れたその距離を引き剥がそうとするように、レドリアが三つの鉄の輪を投げ放つ。
「“テルス”!」
正確無比な投擲は、しかしすんでのところで回避される。
追い風によって速度を得たエンドリックを捉えるには至らない。
「“スティ・ボウ”!」
「“イグズ・ディア”!」
不意打ちの鉄銛も撃ち落とされる。
「“イグズス・ディオ・デュレイヤ”!」
「く、“スティ・バーマル”ッ!」
強力な雷撃が先に放たれ、攻守が入れ替わる。
雷属性術は速度に優れ、威力も高い。
しかしその有効距離は短く、全ての属性術の中でもリーチが短いのだという。
だがこうして距離が狭まれば、雷魔術は一気に化ける。
連続して放たれる雷をレドリアは鉄魔術で防ぎ、エンドリックはつけ入るようにひたすら追いかけるだけ。
雷の魔術に見た目の予兆はほとんどない。宙を飛ぶ影をじっくり見ていては、その次の瞬間にも自分に直撃しているかもしれないからだ。
「“スティ・バーマル”!」
だから先手を取るためには、先出しの防御魔術が必要になる場合もある。
「“テルス・ティアー”!」
「ぐ、ぁあっ!?」
しかしその薄っぺらな鉄板の盾が、望んだ攻撃を受け止めるとは限らない。
不意に訪れた強風は、鉄の盾ごとレドリアを吹き飛ばした。
顔を打ったか、胸を打ったか。どちらにせよ次の一瞬に意識を保持できなかったのが駄目だったのは間違いない。
「“イグジム・ロウ・ラ・ギルディス”!」
振り下ろされた金属メイスによって現れた太い雷撃が、小さな弧を描いて床に叩きつけられる。
迸る雷撃はその端にレドリアを巻き込んで、短時間の鋭い発光とけたたましい爆音と共に、その姿を壇上から消し去ってしまった。
「勝者、“天罰のエンドリック”!」
「鉄魔術は好きなんだ。――俺、負けたことがないからね」
勝敗は決した。流れが読めなかったのは最初だけで、後はほとんどエンドリックの圧勝だったように思う。
会場の拍手もそれを疑問に思ってはいないようだ。わかりやすい力量差と、そして相性差の試合だった。
「なーなーライカァン。途中でぶわーって男が飛んだの、あれも魔術ぅ?」
『うむ、強化じゃないぞボウマ。風は目にも音にもなかなか見えないから、近くでないと分かりづらいがな。何より体の動きで読めない軌道を見せるのが厄介だ』
「ほえー、なるほどぉ。なんかそっちの方が便利そうだにぇ」
『いやどうだろうな? 簡単そうに見えるが、あれもよほど訓練を積まなければ床の上を転がるような醜態を晒すかもわからんぞ』
風を背に当てて加速、か。そういえば以前にもデリヌスがライカンとの闘いで使っていたっけか。
距離を詰めるにも避けるのにも使える。……うん、近付かなきゃどうしようもない雷魔術には、確かにピッタリなのかもしれない。
「ロッカ。今、あの風魔術に憧れたでしょ」
「えっ、なんでわかるのソーニャ」
「そんな顔してたもの、わかるわよ。けど駄目よ、ロッカ。あの移動法を真似してむち打ちになる魔道士って、結構多いんだから」
「うわ、そうなんだ……確かに、いきなりガクッと来られたら怖いもんね」
言われてみれば、魔術を使っている時なんてほとんど身体強化なんて出来ないんだ。
そんな時に身体を一気に動かすほどの突風を背中に受けたら、首も痛めるわな。
「まぁ、そもそも私風魔術使えないけどね」
「……そうだったわね。安心したほうが良いのかしら……?」
「どうなんだろ……残念がっておいてよ」
「そうするわ」
ソーニャは苦笑し、再び視線をフィールドに戻した。
白い壇上は環境魔術や破壊の痕もほとんど残っていなかったために、すぐさま次の試合が整えられそうである。
次は……ロビナとベロウズの試合が昼のちょっと前にあるけど……その間に六試合も挟まっているようだ。
「ごめん皆、ちょっとここ離れるね」
『おー』
「はいよー」
その前に少しトイレに行ってこよう。
「ウィルコークス君、な」
「クライン、僕ちょっとさっきの試合で疑問に思ったことがあるんだが、教えてもらえるかな? 雷魔術に関する事なんだけどさ」
「ん? 構わないが……」
「そうかありがとうクライン。ついでに僕からも風の読み方についてひとつ思ったことあるから、それについても話すとしよう」
「……はあ。大変ね、本当」




