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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦010 潜む観覧席

 いくら術を使ってみても、生み出される石柱の高さは変わらない。

 ナタリーとの決闘予定日までの猶予は、残り五日に迫る。


 あまりにも実技での成果が見えてこないために、今日はクラインから渡された本のうち、鉄魔術を相手に戦う際の動きなどについて記したものを読んでいる。

 しかし本の記されているほとんどは人並みの魔術ありき、人並みの身体強化ありきの戦術だ。

 闘技演習場という特殊な状況下で、かつ私という超弩級初心者に役立つであろう都合の良い知識などは、かなり少ないように感じられた。

 結局、分厚いこの指南書も読むべき所は少なく、勉強の時間はすぐに終わってしまった。


「ねえソーニャ……」

「なによ、ロッカ」

「もしも私が死んだ時は……私の死体を、故郷のデムハムドに送って欲しいんだ」

「なに馬鹿な事言ってるのよ」


 結構強めに頭をはたかれ、勢いで前のめりになった私は手元の二つ折りピザを落としそうになった。

 なんとか体勢を立て直すも、パプリカがひとつ犠牲となってしまった。南無。


「あっはっは、ロッカ落ち込んでるなー」

「うん……」

「重症ね、これは」


 今はソーニャとボウマと一緒に、三人で街を歩いている。

 勉強後のちょっとした気分転換だ。諦めて何もかも投げ出したわけじゃない。


 残された時間が少ないとはいえ、掴みようもない魔術のことばかりをずっと考えていると、どうにもこうにもという感じで、嫌になってくるのだ。

 そうなると何にも手に付かない。

 つまり、適度な息抜きも必要ってこと。函だって、ただがむしゃらにつめ込むだけでは、入るものも入らないのだから。


 ……今は諦め気分の方に片足を突っ込んでいるけど。


「学園内の雰囲気的にもロッカの決闘を楽しみにしてるみたいだからね、今更退くに退けないのは確かだけど……」

「けどさ……このまま何の進歩も無かったら、私、絶対負けるよ」


 喧嘩で自分がボコボコにされることなんて、今まで想像したことがなかった。

 同い年の男を相手にしても、私はいつだって負けなしだったし、そこらへんの大人の鉱夫よりも、腕っ節だけならずっとずっと強かったし。

 唯一敵わないといえば、父さんくらいのものだった。


 けど今回の喧嘩は、このままだと確実に私が負ける。

 それも、鼻を一発強く打って終わりじゃ済まされない。負ける場合はもっとひどい目にあわされるだろう。


「こんな時こそ強気になりたいんだけどなぁ」

「ロッカ……」


 今の私は、弱気だ。

 ここ数日は熱心に勉強を重ねた。学ぶごとに、魔術が持つ力というものを理解できるようになった。

 その反面、力の理解と共に、自分が立たされている状況をより明確に認識してしまい、びびってしまうのだ。

 最初から無鉄砲で相手に突っ込んでいけたなら、どれだけ気楽な事だろう。


「しっかりしなさいよ! 最初に会った時のあの覇気はどうしたのよ!」


 ソーニャが今日二度目の喝を私の背中に叩き込んだ。

 胃袋の中の鶏肉がぐっとせり上がってくるのを抑える。


「さ、最初の時のあの、覇気、って何……?」

「何、って……自己紹介の時、いきなり全員にメンチ切ってたじゃないの」

「あ」


 ……そんなこともあったっけ。

 ごめん。あれは別にみんなを舐めてかかっていたとかじゃなくて、ただ最後列にクラインが座っていたからっていうだけで……。

 私が弁明する前に、言葉はソーニャから先に紡がれる。


「初日からクラスのみんなをギッと睨んで、学園一手が付けられない問題児のナタリーを躊躇なく殴って、しかも十日後に決闘まで取り付けて……そんな貴女がここにきて震える負け犬の雰囲気だなんて、そんなのおかしすぎるわよ」

「いぇはは、確かになぁ」


 確かに睨んだし、殴ったりも……結構やっちゃってるな、私。

 ……これで学園に入学する前の暴力事件まで知られたら、更に私のイメージが悪くなるかもしれない。黙っておこう。


「そうなんだけど……でも今は、現実的に、どう足掻いても打つ手無しっていうか」

「じゃーあたしといっしょにナタリーのいる寮をぶっ壊しにいく?」

「えっ!? いや、そこまではちょっと」

「でもある意味、もうそれしか手段がないような……」

「ソーニャ、本気にしないでよ……」

「あはは」


 三人寄ればとは言うけど、愚痴一つから寮を襲撃しようなんて話に展開するとは思わなかった。

 同年代の女の子との会話に慣れてない私は、みんなの勢いに引きずられるままだ。


 話題の中心は私であるものの、ボウマとソーニャの背中を追うように歩き、ちまちまと畳んだピザに口をつけている。

 二人きりでいる時なら、こんな疎外感も味わうことはないんだけどな……。


「そうだ、ロッカ。良いこと考えたわよ」

「え?」


 ボウマと何かを話しあったのか、ソーニャが自信有りげな顔を向けてきた。


「机上の空論を続けているから不安になってくるんだわ。実際に、ナタリーの戦っている様子を偵察すれば、打開策も浮かんでくるかもしれないわよ」

「偵察……?」


 ナタリーの戦いを先に見ておく。

 なるほど、その手があったか。





 闘技演習場を利用する学徒は掲示板にエントリーを張り出す。

 もちろん学園の闘技場なので、自分の講義がある場合には貼りだしてはならない、などの色々な決まりがある。

 また、実技を交える講義の場合には、クラス単位で一気に張り出す為、その時間帯も貼りだし禁止である。

 学徒が自由に闘技演習場を利用できる時間は限られているのだ。


 第二棟の掲示板前から帰ってきたソーニャは、笑み半分、憂い半分といった面持ちだった。

 私が属性科の棟に行くのは良くないということで、ソーニャが代わりに一人で行ってくれたのであるが……。


「ナタリーの闘技演習が予定されていたわ、まだ始まってないみたい」

「本当?」


 それは運が良い。早速、これから偵察ができるってことだ。

 相手の戦法や動きを見れば、闘いの参考になるかもしれない。


「けど、あと十数分ってところね。それまでに間に合うかしら……」

「んぅ? 走れば余裕でね?」


 闘技演習場には何度も足を運んだことのない私だけど、要するに十階へ上がるだけだ。何分もかかるとは思えない。

 ソーニャだってそれを知っているはずだけど、彼女は深刻そうな顔で悩んでいた。


「あのね、ロッカがそのまんまの格好で行ったらすぐにバレちゃうでしょ」

「あー」

「え?」


 ボウマも私の何らかの問題に気付いたらしい。

 確かに偵察目的だから、見つからないようにというのはわかる。

 けど私はちゃんと腕も隠しているし、特に今のままでも……。


「ロッカ、変装するわよ」

「ええっ、変装って、私?」

「時間ないからちゃっちゃとやろうじぇー」

「ええ、そうね。ロッカに説明しても時間がかかりそうだしね」

「ちょ、ちょっと!?」


 私は二人に引きずられるようにして、未知の世界へと旅立ってゆくのであった。




「歓声も聞こえないし、タイミング良く始まりそうな雰囲気ね」

「……そうだね」


 ダボダボの大きなローブを着込んだ私は、結った髪も下ろし、伊達眼鏡までかけていた。

 ローブの袖口は大きいので、義腕を隠すには都合が良い。というよりも、手早く安価にできる変装がこれしかなかったのだ。

 オイルジャケット同様に少々サイズの合わないローブではあるけど、とはいえ、ここが魔道士の多い場所であったことは幸いだった。

 今の私は誰がどう見ても、普通の魔道士の姿だろう。

 自分に合わない装いが、ちょっとこそばゆいけど。


 闘技演習場へと続く閉じた扉は、隙間から賑やかな声が漏れている。入ってすぐの所がこんなにもざわめいているということは、中の様子は一体。

 扉を開いて観覧席へ出てみると、異様な熱気が私達を出迎えてくれた。

 闘技演習場の観覧席は満員御礼ではないものの、中は多くの人で賑わっている。


「うわぁ、人多いなぁ」

「ナタリーが上級保護でやるっていう話が広まってるからでしょうね。事前にナタリーの闘技演習を見ておこうって人でごった返しているのよ」

「な、なるほど……」


 前回来た時を遥かに凌駕する観客の多さに、改めて私が置かれている事態の大きさを理解する。

 ナタリーが出ているだけでこの騒ぎ、当日はどうなるのか。


「あっ、ナタリーだ」

「もうフィールドにいるみたいね、ほんといい時間に来れたわ」

「すわろすわろー」


 白髪のナタリーの姿は目立つので、すぐに確認できた。

 私達の席は、最高の場所とは言い難い位置ではあったものの、逆にナタリーからも見つけにくい位置なのだろうから、結果的には良しとする。


 歪んだ安物の伊達レンズをちょっとだけ下げ、視界を確保。

 さて、観戦が始まる。




「これより、“パイク・ナタリー”および“ストーミィ・ルウナ”による、中級保護の闘技演習を行う!」


 導師の宣言が高らかに上がる。

 カードはこの会場全体が注目しているであろうナタリーと、ルウナという女性だった。

 ナタリーはいつも通りの軽薄な服装。

 ルウナはローブの上に長い紺髪を後ろで束ねて垂らした、模範的な魔道士の出で立ち。

 強い目つきに硬く一文字に結んだ唇は、かなり真面目そうな印象を受ける。

 彼女はまず間違いなく、私の苦手とするタイプだろう。

 しかし、初めて見る女同士の魔術戦闘。ちょっと見ものだ。


「あ、ルウナじゃん。あたしルウナ応援しよーっと」

「ボウマの友達?」

「うん、廊下とかで会うとねぇ、よく飴くれるんだぁ」

「……」


 それって多分、向こうは友達という感覚でもないんじゃないかな。

 言わないでおくけど。

 ソーニャも私と同じような顔をしていた。


「ルウナってどんな魔道士なの?」

「つおいらしいよ」


 他人の関係と言って差し支えない曖昧さだ。

 それは友達というよりも、飴をもらうだけの付き合いじゃなかろうか。


「あ、風と水使うんだよ」

「そう、それ、そんな感じの事が聞きたかった」


 風と水を使う魔道士。だから二つ名がストーミィ・ルウナか。

 水の魔術は前回の観戦で、確かミスイとかいう名前の女が使っていたのを見た。

 絶えることのない水流で鉄の塊を押し返す豪快な試合は、今でも強く印象に残っている。

 それゆえ、私の中にある数少ない記憶の中から見れば、水は強い属性と言える。


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