擦009 並び立つ障壁
「“スティ・ラギロ・アブローム”」
クライン監修の下、今日も今日とてアブロームだ。
脳内で式を組み上げる作業にも慣れてきたためか、魔術の発動に要する集中の時間は大幅に短縮された。秒数にして、三、四秒くらいってところかな。
それだけ私の中で、この魔術が定着してきたということなのだろう。
もっと早く作れるようになれば、杖を下に降ろした姿勢のまま連続発動ができるかもしれない。
高さも日に日に増している。順調だ。そう、今日までは。
「あれ」
渾身の一発だったと、そびえ立った石柱を見上げる。
今日はどのくらい伸びただろうかと、期待に胸を膨らませた私の目に映ったものは、昨日と変わらない高さの石柱だった。
「高さは五メートル。昨日と同じだな」
「あ、あれっ、おかしいな」
ここ数日は何度も何度も理学式を見直して、その理解を深めてきたつもりだ。今日だって式の外側をより深くまで熟読した。
まだ全てを理解したとは言えない習熟度だ。だから私の伸び代は、これからのはずなのに。
「術の基礎構築が甘いために、限界が来たんだろう」
「限界!?」
五メートルが限界なんて、そんな話は無いだろう。
私はもっと、これから数日をかけて十メートルや二十メートルまで伸ばそうと思っていたのに。
「理学式の複雑な術に対して、君の理解が追いついていない。これ以上高くするには、術への更なる理解が必要だ」
「もっと勉強しなくちゃいけない……ってことかよ」
どうやら魔術というものは、強力にしようとすればするほど、頭の良さというものが関わってくるらしい。
中途半端な努力では、所詮中途半端なところで躓いてしまうということか。
「しかし数日でこの魔術で五メートルの物を生成できるんだ。素質は恵まれていると言っていいだろう」
「でも、ここで成長が遅くなってたんじゃ、とても決闘当日には間に合わないでしょ……」
この展開を前々から予測していたのか、クラインは特に驚きも落胆もしない態度で石柱を撫ぜていた。
「ひとつの魔術を一朝一夕で極められるわけがないだろう。何にせよ、実用まで持って行くにはそれなりの理解と修練がいる。数日で術を修められるのなら、この学園の学徒は全員大魔道士だ」
うっ、言われてみれば、確かにそうだ。
私は数日の成果の伸びで調子に乗りすぎていた。
入り口を通ってすぐの所にいるから、目新しい世界の新鮮さに酔っていたのかもしれない。
けどこのまま五メートルの石柱のまま、進歩もゆるやかになってしまうとなると……当日に十メートルの石柱を出すのは夢のまた夢だ。
屋外演習場で不意打ちしてきたナタリーは、巨大な鉄の針を飛ばしてきた。
あの時は地面に突き刺していたけど、当然、真横に投げて飛ばす事もできるのだろう。射程距離はかなり広いに違いない。
そうなると、果たして五メートルの石柱を倒す戦法が通用するだろうか?
しない。断言できる。
そりゃ、ある程度まで近づければ、五メートルの石柱だ。素手で殴りにいくよりも当てるチャンスはあるだろうけど。
きっと近づく前に串刺しにされる。
何度か石柱を出してみたものの、それぞれ似たり寄ったりな大きさだった。
多少の誤差はあれど、どれも五メートル前後といったところ。
それら全て蹴倒して砕いたために、土の上には灰色の石が山積みだ。
残った石柱の残骸に腰を降ろし、私は大きく息をついた。
「やっぱ変わらないか」
石柱を発生させる所要時間は短くなった。
けど、実物の成長は止まってしまった。
何事も順調なことばかりじゃないってことだ。
「だが既に下地を作れているだけ、魔術投擲を覚えるよりは建設的な現状と言えるだろう。相手の攻撃を防ぐ壁にもなるしな。無駄ではない」
クラインは私の岩の破片を細かく砕きながら言った。
「壁かあ」
なるほど、壁か。
私の石柱はそれなりの大きさがある。身体を横に向ければ、木陰に潜むように身を守れるかもしれない。
もしもクラインに教わることなく成果のない魔術投擲の特訓を続けていたら、本番当日では何もできず、身ひとつで戦っていたのかもしれない。
自分を守る壁も生み出せず、素早く避けるための身体強化もできず、ただ一方的にナタリーになぶり殺されるだけ……。
……壁か。
「なあクライン。石柱をとにかく沢山並べてさ、それを遮蔽物にしながらフィールド中を埋めていくのって、どうだろう」
「……ふむ、悪くない」
親指の爪で額を叩きながら、クラインは少しの間思考に耽った。
「悪くはないな。十メートル間隔で石柱を出しながらフィールドを埋めていけば、相手の攻撃を守りながらでもギリギリ立ち回れるだろうか」
「んで、相手が近くにいたら、石柱を蹴っ飛ばす!」
「実際に上手くいくかは怪しいが、更地でパイク・ナタリーを相手にするよりは堅実だろうな。どれ」
クラインは細い枝を握り、土の上に図形を描き出した。
格子状の表だろうかと見ていたけど、しばらくしてそれは正方形の闘技場であることに気付かされた。
「闘技演習場は一辺が四十メートルの正方形。初期位置は互いの距離が二十メートルだ」
「うん」
演習場のほぼ中央辺りにふたつの点が描かれる。
私と相手、ナタリーだ。
「後ろは十メートル分、距離を置くための余裕がある。が、どうせ君は遠距離攻撃などできないのだから、駄目で元々、正面へどんどん攻めてゆけ」
相変わらず言い方に突っかかりを感じるものの、事実その通りだ。
前へ出て、少しでもナタリーに近づかなければ勝機は無い。
「けどこれ、五メートルずつ出していくんでしょ? 全体が四十と四十だから、えっと、この線が重なってる部分に柱を全部置いていくとして……81本!?」
81本の石柱。それはさすがに出せる気がしない。
「君は馬鹿か。柱はあらゆる方向に倒せるんだぞ。仮に五メートルの柱ならば、直径十メートルの攻撃範囲を持っていることになるだろう」
「あ、そっか……ってことは?」
「少々の穴はあるが、十メートル間隔で十六本の石柱。それでフィールド全体をカバーすることはできる」
「それなら頑張ればいけそうかも……!」
「フィールド全体を埋めるまで、ナタリーの攻撃を避け続けられるならの話だがな」
「うっ」
「あと柱は相手にも倒せる事を忘れるなよ」
「うぐっ」
理論上は、全体を柱で埋めれば理想的な闘いが可能。けどそれは、あくまでも理想に過ぎなかった。
そうだ。相手も黙って突っ立っているわけでもないんだ。私がちまちまと柱を立てている間にも、殺傷能力抜群の鉄針をどんどん投げてくるに違いない。
それを奇跡的に回避するのは、身体強化を封じられた人間業では不可能だ。
相手の攻撃を防ぐために柱を出して、隙を見て前に出て、柱で防いで……。
とてもではないが、整然と柱を並べることはできそうにない。
「実戦の様子を思い描くほど、勝利が遠のいていく気がしてきたなぁ……」
私の想像のナタリーはゆっくり動いてくれるけど、実際はもっと機敏に、わかりやすく行動してはくれないんだろうな。
びゅんびゅん柱を避けて、しゅばっと魔術を撃ってきて……。
思わずため息が溢れてしまう。
「だから、少しでも巨大な石柱を作り出せるようにするんだよ」
「……どうすれば、手っ取り早く石柱を大きくできるかな」
「理学式をより詳細に、正確に覚える事と……」
「事と?」
「センスだ」
クラインの身も蓋もない言葉を最後に、今日の実践は終了と相成った。
うーん、いきなりスランプか。参ったな。幸先が悪い。




