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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 攻め入る城塞

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槌014 煽てる取材


 どうもマスケルト戦杖店の店主さんはよほど私の記事を出したかったらしく、記者さんを招いた上、既に取材用の店などは取ってあるらしい。

 私の勝利が決まった瞬間、店の下働きたちを走らせて馴染みの店に強引に予約をねじこんだのだとか。よくまあそこまでトントンと話を進められるものだと感心してしまう。

 取材に使う店は、中央部に存在する大きなちょっと高めの料理屋で、奥側の落ち着ける席を確保してくれたようだ。

 しかも、私一人だけを皆から引っ張り出すのもあれだということで、マスケルトさんは他の皆も一緒にどうだということで誘ってくれた。丁度店を探していた私達からしてみればこの提案は渡りに船で、皆も探す手間が省けて良かったと喜んでいる。


「全員に一品おごってくれるとか、あのおっさんすげー良い人だにぇ」


 まぁ、奢るって言葉を聞いたら、誰も文句なんか出さないわな。




「お久しぶりです、ロッカ=ウィルコークスさん! 覚えておいででしょうか! 私、火国は首都フォートギアより馳せ参じました、読売新聞社“日刊クレイモア”の特別記者のポロトライトと申します!」


 店に入って席につくと、そこには何か見覚えのある女記者がニコニコ顔で座っていた。

 項あたりで雑にまとめた流季系の明るい茶髪。傭兵らしい素朴な野外活動服。

 そして胸の前で大事そうに抱えた古臭い焼き付け式のカメラ。


「あれ。ロッカ、この記者の人と知り合いなの?」

「日刊クレイモアか。へぇ、なるほど……それはなかなか凄い記者さんだね」

「あー……まぁ、帰省した時にヤマに来てた人だよ。確かその時は写真、一枚だけ撮られたんだけど……」


 ラスターへッグ討伐の事件について色々聞かれたが、父さんの手前ってのもあり、ほとんど全てを断ったのだった。

 唯一ちょっとした写真だけを撮ってもらい、後は満足したのかウキウキと徒歩で帰っていったのを覚えている。


「はい、あの時の記者ですよ! あん時の記事はこちらです! どうです、よく撮れてますでしょ!」


 といって記者のポロトライトさんが胸ポケットから取り出したのは、山景色向かって右腕を掲げる無駄に雄々しい私の姿であった。


『おおー……こんなのもあったのか。すごいなロッカ、良く撮れているぞ』

「かっけー! ここデムハムド!? うっわぁ、ド田舎ぁ!」

「へー、知らなかった」


 私のインタビューこそなかったが、記事自体には事件を振り返るような言葉が綴られている。


「ふむ、こんなものがあったのか……知らなかったな」

「僕は知ってたよ。写真、どこで撮ったのか気になってたけど……へえ、わざわざデムハムドにまで行ってたんですねぇ」

「まま、取材のためですから。どこへでも……へへ」


 しばらく記事の切り抜きを回し見されてちょっと恥ずかしい気持ちにさせられたが、向こうも忙しいのだろう。話はすぐに、本題のインタビューへと移った。


「さて、ロッカ=ウィルコークスさん。取材……の前にまずは笑顔で一枚」

「え? ああ、写真……まぁ、仕方ないか。どうぞ」


 と思ったけど撮影が先だった。

 抵抗はもちろんあったけど、マスケルト戦杖店のためだから仕方ない。

 それに、アンドルギンと一緒に映っている姿を綺麗に撮ってもらえるなら望むところだ。

 手紙を出すことなく父さんに自慢ができるぞ。


「ロッカ、髪整えて。襟もちょっと乱れてるわ」

「ん、ありがとソーニャ」


 ソーニャに軽くお色直しもしてもらい、そのままアンドルギンを持って二、三枚ほどパシャリ。

 店の素朴な壁は良い背景になるのか、ポロトライトさんは満足そうである。

 笑顔を求められたのはちょっと戸惑ったものの、こうして注目されるのは良い気分だ。




「さて。ロッカ=ウィルコークスさんはミネオマルタ国立理学学園の特異科学徒でらっしゃいますな」

「はい」


 私とポロトライトさんが向き合い、ついに取材が始まった。

 他の皆はこちらに気を遣って声を潜めつつも、私の緊張など知った風もなく談笑している。


「特異科といえば特異魔術……あー、えー、うん。特異魔術を使う人しか入れないそうですね」

「はい、ですね」

「私も詳しくないので恐縮なのですが……聞きかじったところによりますと、多くの人は魔術の学ぶ過程で特異性に気付くらしいですが。ええと、ウィルコークスさんに特異性があるとわかったのは、いつ頃のことなのでしょうか?」


 私の特異性がわかったのはいつ、か。


「ずっと前、ですね。いつだったかな……初等学校の中間くらい? かな……」

「ほうほう。それは理学の授業中にでしょうか?」

「いや、私は仕事ばっかであんまり学校いってなかったんで、授業は……わかったのは、仕事中に偶然、手の中に石を握り込んでいたのが最初で」

「あーわかります、私も学校よか仕事って感じでしたわ。なるほど、仕事中に偶然、と」


 質問を投げかけてくる記者さんはとても軽いノリで、私の出自を語る間に緊張は解されていった。

 二つ名の“クランブル”の由来などは、もう私の方から聞かれてもないことをスルスルと喋ってしまう程である。


「……で、次は……うん、このマルタ杯について色々とお聞きしましょう」


 色々褒められたり感心されたりする内に、既に気分も乗り気になった。

 もちろん私の答えたことを全て記事にするわけじゃないんだろうけど、気持ちは前向きだ。

 お酒は入ってないけど、私のことをすごく偉い人であるかのように接してくれるのは、酩酊にも似た高揚をもたらしてくれる。


「一回戦の“勇敢なるダルナドフ”との試合は、すぐに終わりましたねぇ。私も見てましたが、石柱をぶち壊して相手に叩きつけるあの闘い方、すごかったです」

「あ、そう……ですか? まぁ、うん。あれは上手くいって良かったです。……正直、かなり勢いだったんですけど。アンドルギンのおかげだ、……です」


 勇敢なるダルナドフか。そっか、確かそんな名前だったな。

 クレアとの試合が濃くて、一回戦目はもうほとんど忘れかけてたわ。


「岩を一撃で破砕するその独特なメイスは、アンドルギンと。では……」

「ちょっと待って記者さん。ロッカの持ってるメイスは、広まりすぎれば盗難の恐れがあります。記事にはメイスの具体名を書かず、提供店舗の情報だけにしてもらえますか」


 どこか真剣な表情で割り込んできたのはソーニャだった。

 ……そっか。アンドルギンはダークスチールだもんな。これを持ち歩いてるってことがバレたら、というより材質とか価値がバレたら、厄介事に巻き込まれるかもしれない。


「あー……了解っす。マスケルトさんも、それで?」

「もちろん構わんとも。嬢ちゃんの言うとおり、俺の店が提供したってことを書いてくれりゃ構わん」

「へへ、どうも。ではそういった感じで……」


 その後、喋ったら不味そうなこと以外をポツポツと補足しながら、試合を質問形式で追っていった。


 今日のクレア戦は身体的にもギリギリだった、とか。

 石を投げるのは大得意なので、ほとんど外すことはない、とか。

 “魔術投擲ができないんですよー”ってことを口走ろうとした時は、クラインが“それが広まれば不利になるぞ”と止めてくれた。なるほど確かにその通りだ。


「――つまり、ウィルコークスさんはツルハシ型のメイス一筋で大会を制覇していくと? 魔道士によっては、メイスでは不利な相手もあるそうですが……」

「これでいきます。もうこれ以外は考えられないです。どんな魔道士が相手でも、こいつで打ち砕いてやるつもりだー、じゃなくて、です」

「おお、それは心強い! やぁ、次の試合も楽しみですねえ!」


 最後はそんな風に意気込みを語って、取材は終了。

 終わってみれば最初の緊張や戸惑いなど少しもない、誇らしい気分である。


『よし、終わったなロッカ。さあグラスを持て』

「お?」


 で、終わったと同時にライカンからジョッキを渡された。

 気がつけば目の前には幾つもの料理が並んでいる。


『赤ビールですまんが、飲めるだろう。まぁ最初だ、早速やってしまおう』

「ロッカ、早く早くぅ! もう飯くいたいじぇ!」

「はは……そういうわけ。急かして悪いね。けど揃ってないと、食べられないからさ」

「なんだ、そんなことなら私だってお腹ペコペコだよ。さっさとやっちゃおう」


 どうやら皆、美味しそうな食べ物を前にしてお預けをくらっていたらしい。

 仕方ないとはいえ悪いことをした。


「せっかくなんでポロトライトさんもどうぞ。記事、よろしく頼みますよ? お代はこちらで持っときますから、ささ」

「ええ? あーいやぁ、マジですか? ……へへ、んじゃお言葉に甘えまして」


 そういう流れで、私たちはグラスを打ち鳴らし、本日の反省会兼祝勝会を始めたのであった。




「おい、記者」

「もぐもぐ……ひゃい? ユノヴォイドひゃんれふか?」

「お前、オレの馬車を追いかけていた記者だろう」

「んぐッ……な、やっぱわかります?」

「雇っている護衛が、しつこくついてくるお前を排除したのを覚えているそうだ。当然オレも覚えている」

「あ、あはは……ご迷惑でしたか? すんません……」

「訊きたいことがあるならば、答えてやらんでもない」

「! ま、マジですか。え、記事にしても……?」

「その代わり、お前が把握している他の試合や勝ち残った魔道士について、色々と聞かせてもらう。どうだ」

「……ふむ、守秘義務に抵触しない限りの情報でしたら、喜んで。貴方の取材には、その価値がありますからね」


 やっべ肉うっめ。

 なんだこのタレすっげうっめ。





「二次試合を勝ち抜いた魔道士はおよそ二百人ですな。最初の八百人から篩にかけられて残った、まぁここまでくれば皆、精鋭と言っても過言じゃないでしょう。まだ数ぁ多いですが、水国各地からやってきた秀才さん達です。紛れもなく、誰もが将来を期待されているエリート魔道士でしょう」


 私がピリ辛うまソース(名前わからん)の羊肉に舌鼓を打っている最中、すぐ傍から気になる話が耳に入ってきた。

 クラインとポロトライトさんは、マルタ杯について語らっているらしい。


クレイモア(うちの会社)は地元紙のティアドローイングよか派遣記者の数も少ないですが、デカい大会ですからね。全会場に数人は張ってますし、なんで二次試合は全てばっちりチェック済みっすよ。もちろん、どこぞの誰が優勝候補かってのも」

「オレはその最新情報を知りたい。削って紙面に載せる前の、雑多なものを含んだ全てを」

「……膨大な量になりますよ? まぁそれでも欲しいってんでしたら、個人情報以外なら、やぶさかじゃないですけど」

「融通してもらえるなら、この場で答えても良い」


 ポロトライトさんは口を手で覆い、大げさなくらい考え込んだ。


「……ちと、取り合ってみます。あ、紋信なんで時間は取りません。許可が出ましたら、すぐにお伝えさせていただきますよ」


 そう言うや、彼女は年季の入った鞄から箱型の装置を取り出し、そこにある幾つかのボタンを一定のリズムで叩き始めた。

 紋信で文章を送っているのだろう。手紙を出さなくとも言葉が伝えられるというのは便利そうだけど、覚えるまでが大変そうだ。


 ライカンとボウマは今日の試合について語らっていた。

 途中から聞いているので詳しい内容はわからないけど、ライカンが色々と教えているということはわかった。ボウマは美味しい料理をフォークで串刺しにしたまま、大人しく聞き入っている。

 ソーニャとヒューゴは端の方で何か話しているが、小声だし、店自体の喧騒もあって内容は全く聞こえてこない。……二人が話している姿をよく見るような気がするんだけど、本当に二人は何も無いのか。最近疑わしくなってきたんだけど……。


「サラダが美味いな」


 で、クラインは記者さんが黙れば、こんな感じである。

 酒も無し。肉料理もなし。目の前にあるのはスープとサラダ、そして慎ましいオイル塗りのパンのみ。

 よくその料理で毎日身体が保つなと変な褒め方をしてやりたいところだったが、その時、マスケルト戦杖店の店主さんが席を立った。


「さて。俺の用は終わった。店の支度もあるし、先に帰らせてもらうぞ。明日は忙しくなる予定なんでね」


 マスケルトさんは明らかに多めのお金をテーブルの上に置くと、そのままポリノキのジャケットを羽織ってしまった。

 料理も一品しか食べてないし、お酒も一口だけ。やけにあっさりした離脱である。もしかすると、私達のために気を遣ってくれたのかもしれない。


「あのっ、マスケルトさん! 色々……ありがとうございました!」


 私はせっかちに去ってゆきそうなマスケルトさんの背中に向けて、深々と頭を下げた。

 マスケルトさんは背中を向けたまま、可笑しそうに笑った。


「頑張れよ、若き魔道士さん」


 その後姿はなんだか、ヤマでは見られないような余裕のある大人って感じで、とても格好良く見えた。


「……ああいう大人って、格好良いよなぁ」

「どういう大人だ」


 私がこぼした独り言を、クラインが目敏く拾ったらしい。


「いや、ああいうなんていうか……言葉にし辛いけど、気遣いできる感じのさ」

「気遣い。……礼儀作法か。一応、習ってはいたが」

「どうだろ。多分そういうんじゃないと思うけど」

「わからん」


 まぁそうだろうな、とは言わないでおいた。




 一人ポロトライトさんという異物……というかお客さんはいるけれど、場が概ねいつものメンバーとなったことで、私達の会話は再び今日の試合を振り返るものへと移っていった。


 まずはクラインの勝利。魔剣士とも呼べる人を相手に接近戦を仕掛けられそうになりながらも、結果的には終始魔術で圧倒した試合だ。私の試合と比べても明らかに余裕が違っていたので、きっと比べることも烏滸がましいほどの技量があの闘いには込められていたのだと思う。

 けど、私は私なりに感じた凄いと思った事を挙げて、クラインの勝利を讃えた。

 彼は鼻を鳴らしてツンとしていたけど、まぁそれも表面だけで、きっと心の中では喜んでいるのだろうと思う。多分。


 次のボウマの試合は……彼女の敗北だったので、おめでとうとは言えなかった。

 それでもボウマはさすがに精神的にも立て直したのか、“次やることがあったら逆にぶっ飛ばしてやるじぇ”と意気込んでいる。

 もしかして今日の敗北を機に不貞腐れてしまうんじゃないか……と内心危ぶんでいただけに、たとえそれが空元気だったとしても、形だけでも前向きでいてくれてよかったと思う。

 心は後からついてくることもある。このまま“なにくそ”と思って魔術に対して一念発起してくれるなら、私としても嬉しいな。


 で、私の試合は……まぁさっきの取材もあったので、もう一度深く掘り下げられることはなかった。

 けど、何故か私の足で石を拾うあの技に関しては、やけに色々聞かれてしまった。

 一応、皆には前にも見せたはずなんだけどな、あの石蹴り……。

 石投げだって、ただ石を投げてるだけだし。


 まぁ今回は、そんなただの石投げも有効だとわかって、私の中の戦術が一つ確立された感触はあった。

 次の試合でもきっと、私は石を放り投げるのだろう。もう、石投げに恥とかそういうのはない。

 上級生にも通用する私の戦術なのだ。今日の勝利は、先々の自信となって私を支えてくれるものだと思う。


 ……次は、誰と……どんな人と当たるんだろうか。

 また、勝ちたいな。




「やあ、メディアちゃん。編集長からこれ、渡せって言われたんだけど」

「お、あざーっす。わざわざすんませんね、ホヤホヤの届けてもらっちゃって」


 私達が気分良く飲んでいると、見知らぬ男がいきなりやってきて、ポロトライトさんに分厚い封筒を手渡していた。

 同僚か何かだと思う。しかし、随分と大きく膨らんだ封筒だな。


「まあ仕事だから、構わないさ。……そちらのお若い方々は?」

「あーそれは、まあ後々。明日、一段落したら一杯奢りますよー」

「そうか、楽しみにしてるよ。じゃあ俺はこれで」


 そう言って、男は封筒だけ渡して店を出ていってしまった。

 随分と慌ただしい人だけど……ひょっとしてこの封筒、さっきの紋信で届けてくれたのかな……?


「ああ、これですか。これはですね……ふふ、大きな声じゃ言えないんですがね。今日の二次試合の結果とその通過者の情報を網羅した、私たちの飯の種なんですわ」

「えっ!?」

『ほお』

「……早いわね」

「そくほー、ってやつ?」


 なんだって、二次通過者!? それって、他の会場のも!?

 もうそんな情報が集まってるのか。


「情報は鮮度が命、当然です。まあ、私らが“頑張って調べた”個人的な情報などは抜いてありますし、一般紙をまさぐりゃ出て来るものも多いですが……この内容でしたらばクライン=ユノボイドさんもきっと、満足していただけるかと」


 ポロトライトさんが微笑み、クラインの前に封筒を差し出した。

 二次通過者の情報が詰まった封筒。それをクラインに渡すという光景に私たちが目を瞠ったのも無理はないだろう。

 クラインは目の前の封筒から数枚の書類を取り出し、それをしばらく眺めた後、封筒の中へ丁重に戻してから、薄く笑った。


「……交渉成立だ。取材に応じよう」




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