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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 攻め入る城塞

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槌012 腰据える理解者


 “砦のクレア”対“クランブル・ロッカ”。

 一日の終わりごろに組まれたその試合は、試合開始前から観客たちの興味を強く惹きつけていた。


 灼鉱竜の事件は各国の新聞の一面を飾っており、それによってロッカの名は世界に広まっている。

 もちろん新聞によっては本名の報道を控えているのだが、一部の有力紙や水国の紙面などでは、名前入りで公開されているし、特にミネオマルタに住んでいる者ならば、ロッカの名を知っているのは珍しいことではなかった。


 噂の“竜砕き”がマルタ杯に出るらしい。

 豪華な監督者の登場で存在感が薄れかけてはいたが、それでも事件をよく覚えている者は一定数いて、そういった観客にとっては、そこそこ楽しみな試合だったのである。


 また、一部の個人から発行されているマルタ杯のマニアックな予想紙などでは、一回戦で行われたロッカの試合についてのコメントもあったらしい。

 それら予想紙では強い若手魔道士、将来有望な魔道士などの情報を取り揃えており、優勝者予想なども行われているのだが、一部のユニークな魔道士についての紹介記事なども掲載されていた。

 あくまでも個人発行のちょっとした情報誌であるため、読む者はそう多くはないのだが……それを読んだ者の何十人かは、ロッカの試合を観戦するために会場に足を運んだようである。


 そしてロッカも有名人ではあったが、対する“砦のクレア”も国内ではそれなりの規模の旧貴族である。

 独特な築城魔術には見応えもあったため、評判を聞きつけて来た観客も少なくはない。


 総じて、二人の魔道士による試合は、他と比べるとやや客入りの多いマッチングとなったのである。




「ほお? あれはツルハシ……か? 杖なのか。変わったものを使う」


 試合開始前。向き合ったロッカとクレアの姿を監督席から眺めているのは、鉄国将軍レドラル=ハワードその人であった。

 頭からつま先まで鈍色の全身鎧に包んだその威容は、試合開始前の緊張するこの時であっても、多くの観客達の視線を集めるほど。

 だが彼は注がれる畏敬の視線をものともせず、ただ眼下のフィールドに立つ魔道士の姿をじっと観察していた。


「右が義腕。半機人か……アックス将軍が注目していた女学徒だったな」


 手元の資料を見るに、年齢は十八。あともう少しで十九。

 在学はミネオマルタ国立理学学園の特異魔学科の一年。

 ミネオマルタにて暴力事件への関与があり、また校内でも暴力未遂を引き起こしている要注意学徒……それだけを見れば特級の問題児なのだが。


「竜砕き、な」


 彼女はネムシシ帳Aクラスに分類されている竜種、灼鉱竜ラスターへッグの成体を仕留め、学園の窮地を救ったという実績を持っていた。


 竜狩り。

 猫竜(クノプ)泳竜(デオルム)這竜(グランボア)など、冠称に竜とつく魔族や魔獣は多くいるが、ラスターへッグは完全な“竜”。

 白竜(ツングースカ)と同等か、追竜(シヲン)にさえも匹敵するほどの、とびきり危険度の高い魔族である。

 ラスターへッグは硬質な外殻と厄介な赤熱化に加え、高い飛行能力まで持っている種族だ。討伐しようとなると、それこそギルドの傭兵を二桁単位で動員するのが普通だろう。

 新聞記事では若年の学徒が成した竜殺しの偉業を大げさに褒め称えていたようだが、それを一人や二人で討伐したというのは事実。であれば、その力量にも期待できるというものだ。


「見せてもらおうか。在野に眠る若者の力を」


 出身国による贔屓目があることは否定できない。

 だが、それゆえに厳正に見定めなければならないだろう。

 人知れずそのような思いを懐きながら、レドラルは試合の開始を告げたのだった。




 試合の開始は、非常に静かなものだった。

 お互いに床の鉄環境を仕込む幕開けは見た目に地味であるせいか、どうしても盛り上がりには欠けてしまう。多くの無関心な観衆は、魔術投擲による開幕からの激しい動きを見たかったのだろう。

 だが特異科の面々からすれば、相手が環境戦に特化した“砦のクレア”である時点で、そのような幕開けがないことはわかっていた。

 なにせ、ロッカ=ウィルコークスは先天的に魔術投擲が扱えないのだから。


「……差があるね」

「だな」


 どこか重苦しいヒューゴの言葉に、クラインはそっけなく答えた。

 差がある。それは紛れもなく、開始とほぼ同時に床に表れた二つの環境魔術を見比べての言葉であろう。

 ロッカとクレアの生み出した“床”は、その面積に相当な差がある。

 試合中のロッカですら咄嗟に比較できたのだ。上から見下ろす観客にとって、二人の魔術の力量差は圧倒的に映っていた。

 大きな鉄の円と、小さな岩の円。突如表れた見慣れぬ岩魔術に小さなどよめきも上がったが、二つの魔術を同時に見れば、試合の運びとその結果は誰の目にも明白だったのだろう。既に観客のムードや下馬評は、クレアがどのようにして勝利するかといった方向に動きつつあるようだ。


「……“砦のクレア”か。上級生だってのは知っていたけど、こうして見ると凄いな。次々に防御壁を生み出してる……」


 クレアは防壁と床を拡張しながら、近づいてきたロッカを針で牽制している。

 ロッカはどうにか近づこうとはするものの、上手く踏み込めない様子だ。そうしてロッカが尻込みする間にも、クレアの築城はより盤石になってゆく。


「あっ、ロッカの壁が出てきた。……どうにか防いだみたいだな。ふう、ヒヤヒヤするね」

「うう……ロッカ、怪我するわ……」


 守りを固めつつ攻撃してくるクレア。対して全てが上手く行かないロッカ。

 見守る友人たちからしてみれば、それはとても見ていられるような試合ではない。特にソーニャなどは、先程治療室に運ばれたボウマのこともあってか、過剰なまでに気を揉んでいた。

 後ろに座るマコ導師などは、それ以上に慌てているのかもしれないが。


「馬鹿」


 そしてほどなくして、無謀な突撃を試みたロッカに鉄魔術が的中した。

 視界の端で発動された鉄片魔術に気付けず、それを全身で受けてしまったのである。


「ロッカ!」


 ソーニャと観客席から悲鳴があがる。

 ロッカは浴びせられた鉄魔術の衝撃によって、それまでの動きとは反対の方向へと、不自然な動きで吹き飛ばされた。


「まだだな」


 だが、それでもロッカは退場していなかった。

 吹き飛ばされてもすんでの所で立ち止まり、耐えたようである。


「身体強化がギリギリ有効だったらしい。血は……出ているが。動きに支障はなさそうだな」

「あのねぇ、貴方! ちょっとくらい……!」


 あくまで冷徹に試合を分析するクラインの姿に、ソーニャは憤った。

 後ろからヒューゴが必死に宥めていなければ胸ぐらくらいは掴んでいたかもしれない。それほどの剣幕だった。


「試合中だから。ソーニャ、落ち着け」

「……試合とロッカ、どっちが大事だってのよ」


 軽蔑するようなソーニャの青い目に、クラインの薄色の瞳が向けられる。

 それは未だ少しの動揺も映しておらず、常日頃に発揮される観察眼と同じ暗い輝きを放っていた。


「まだ、この勝負はわからない」

「……なによ」

「ウィルコークス君は、この程度で負けはしないと言ったんだ」





 堅牢な築城魔術に対してロッカが行った特攻。

 それは城壁に最接近する所まではきたものの、魔術による反撃を受けてあえなく失敗に終わった。


 実際のところ、壁をツルハシで殴れていたとしても瞬時に向こう側へ突破できるわけでもないのだが、近づくこともできずに迎撃されるロッカの姿は、観客の目には際立って“弱者”として映ったことだろう。


「だが、耐えるか」


 とはいえ、身体強化はロッカの身を守っていた。

 身体強化の防御性能を知っている一部の観客達は、全身に満遍なく展開された鎧のような強化に舌を巻く。

 それは武闘派の者や実戦経験豊富な魔道士だけに限らず、監督席で見守るレドラルにとっても同様だった。


 走る時は足。殴る時は腕。

 身体強化を扱う者の多くは、身体の一部にのみ適用させることが多い。

 それは身体強化を修めるにあたって、人によって力を必要とする部位が異なるためである。

 わざわざ魔力を消耗して無駄な強化をするべきではないのだから、それは当然だろう。

 すると出来てしまうのが強化に不慣れな部位で、普段ほとんど強化の使われない身体の部分は、咄嗟の場面で強化し難く、あるいは時間をかけたとしても全く強化できなくなってしまうのである。

 全身の強化といえば聞こえはいいが、それを習得するのは並大抵の努力では成し得ない。


「あるいは努力ではなく、習慣か。……ふむ、経歴は灰麗街(デムハムド)の鉱夫。……全身の身体強化を瞬時に発動できる環境で暮らしてきたというのはまた、難儀なものだな」


 書類右上にある粗い白黒の顔写真には、どこか刺々しい(緊張した)表情のロッカ=ウィルコークスが映っている。

 レドラルはその険しい顔と、フィールド場で敵を見据えるロッカの生の顔とを見比べていた。




「ロッカぁ……」


 治療室を出てから最寄りの観客席にて、ライカンとボウマは二人で観戦していた。

 ボウマの頭には包帯が巻かれているが、命に別状は無く後遺症もない。国家間で完全負担された治療費によって、彼女はそこそこ良質な手当を受けたらしい。目立った傷も完全に癒え、後に引きずるような痛みもない。


 とはいえ、ボウマの胸中には真新しい敗北の重だるさが残っていた。

 今も劣勢なロッカの姿を見て、普段ならがむしゃらに張り上げる声援もあげていなかった。


 彼女も心の中では応援しているのだろう。

 ずる賢く乱暴な面は目立つが、友人の活躍や成功を妬んだり、あるいは失敗を望むような心は持っていないはずである。少なくともライカンは、ボウマの事をそう評しているし、その器であることを期待している。

 それでも、今のボウマはまだ幼い子供だ。自らの惨敗の後では、元気が出ないのも仕方のないことだろう。


『……ロッカ、頑張れ。必ず打つ手はあるはずだ』


 ライカンはすぐ傍のボウマを気にかけつつも、今も尚闘い続けている級友に静かな声援を送った。




 ラギロールの更なる発動によって陣地を拡大してゆくクレア。

 それに対し打開策を見つけられないでいるロッカ。

 勝敗の行方は次第に目に見える形で築城されてゆき、その度に歓声は高まっていった。

 観客席のムードは既にクレアからのチェックメイトを望んでいる。圧倒的な闘いを飾る最後の一輪を求めている。

 誰も悪いわけではない。どちらかが勝って、どちらかが負けるのは試合の必然だ。そうわかってはいても、完全にアウェーとなった観客席の空気にソーニャは押し潰されそうな気分であった。


 次か、その次か。クレアの気分によって、ロッカを打ち倒す魔術はいつでも発動できるだろう。

 そうなればロッカは足踏みをしているだけではいられず、砦から襲い来る攻撃からただ逃げ惑うばかりになってしまうはずだ。

 いつ、その時が来るのか。黙りこくったクラインの隣で、ソーニャは固唾を飲んで見守っていた。


「あ……変わった」


 小さく呟いたのは、後ろに座るマコだった。

 ヒューゴが何事かと思ってちらりと目線をやると、そこには存外に落ち着き払った様子の担任がいた。

 教え子が傷つき、今にも敗北しそうだというこの時に慌てた様子を見せていないのが、ヒューゴにとっては意外だったらしく、彼にしては珍しく目を瞬いている。


「動きますよ、ウィルコークスさん」

「え?」


 独り言のようなマコの言葉に促されるようにして、ヒューゴは再びフィールドへと注目を返した。




 一見すると、試合に変わった様子はなかった。


 だが、目の良い者は気づいたかもしれない。

 ロッカ=ウィルコークスの表情から切羽詰ったような焦りが消え、重りを取り払った後の清々しさに変わっていたことを。


「ほう。何をするつもりか」


 監督席のレドラルが察した直後、クレアの複数の城塞から針が伸び、ロッカへと向けられる。

 守りと環境構築に注力していたクレアが起こす、この試合中で最も攻撃的なアクションだ。

 それは誰の目にも試合決着への布石と映っており、観客席はもうすぐ始まるであろう終わりの気配に、大きく沸き立った。


「……ん?」


 クレアが一気に決めるか。

 誰もがあとはそれだけだと思っていたその瞬間、ロッカが魔術を発動した。


 “スティ・ラギロ・アブローム”。

 それは地面を起点に石柱を生み出すだけの術。

 防御魔術としては防御性能と面積が貧弱であり、攻撃魔術としては扱い難い面のある、比較的簡単ではあるものの今では使う者の少ない術であった。


 それをこの最終局面に発動させたことに、観客は疑問を浮かべ、あるいは失笑した。

 足掻きか。それにしては貧相な守りだ。

 鉄の砦とは比べるべくもない……。


 ――バゴン


 鈍く響いた破砕音と共に、そんな思考が打ち砕かれた。


「ん? 自分の術を自分で砕いた……いや、消えていない? どういうことだ?」


 自分で生み出したアブロームを、ツルハシ型のメイスによって自分で破砕する。

 気でも触れたかのような突飛な行動に観客は面食らい、レドラルもまた別方向の固定概念もあったことによって混乱した。


 何をしたのか。何故なのか。

 観衆の疑問は、一瞬の間に尽きることはない。それは、ロッカと相対しているクレアもまた同じ。


「……ふっ、そうだな。君だからこそ、それができる」


 唯一、猫背で眺めていたクラインだけが、全てをわかった上で笑っていた。


「見せてやれ」

「――おらぁッ!」


 次の瞬間、石を拾い上げたロッカの“魔術投擲”が始まった。




「まさか、身体強化で魔術を投擲するとは……!」


 驚いたのは観客だけではない。レドラルもまた、予想外の攻撃手段に大きく戸惑っていた。

 ロッカが行ったのは自分の魔術の破片を利用した投擲。つまりは、石を拾って投げるという極々簡単なものであったのだ。

 だが、戦況はただ石を投げるというそれだけに留まっていない。

 ロッカの投げ放つ石は非常に速く、何より正確だったのだ。


 一度でも外せば、その致命的な隙でもって、クレアは容易く反撃できるのだろう。実際のところ百発百中で石を投げつけるなど容易なことではないのだが、現実ではロッカの投げる石が外れる様子はない。

 彼女が石を投げる度に、クレアは簡易防御魔術を発動せねばならなかった。


「狙いが正確過ぎる……演習で投擲訓練をすることもあるが、鉄城騎士でもあれほどの投擲を成し得るものか?」


 投げ、防御する。投げ、防御する。

 魔術を扱えば単純なその応酬だが、石の生成を除けば身体強化しか行っていないロッカがその状況を作り出したことに、レドラルは戦慄した。

 そして何よりも。


「あの足技は、一体何だというのだ……」


 ロッカが投げる石を手元に供給する手段。それこそが異常だった。

 彼女は靴の裏で地面に散らばった石を転がし、それを甲に乗せ、最小限の動きで跳ね上げ、手元に持ってきている。

 屈み、拾うという隙が一切生まれない無駄の無い補給行動は、ロッカの絶え間ない投石攻撃をより次元の高いものへと変えていた。


 やってのけている当の本人の認識では“腕のいい鉱夫なら誰でもできる”芸当ではあるが、当然そんなことはない。

 彼女が暮らしていたデムハムドでも、それは限られた者にしかできない技術であろう。


 だが、素早い石拾いも、正確無比な石の投擲も、どちらも鉱夫という環境が磨き上げた技術であることは間違いない。


「くぅ……なんで外さないっ……! “スティントゥ(黒鉄格子の)ドット(城塞)”!」


 執拗な石礫の雨に耐えかねたクレアが、一時的な視界を犠牲に防壁を拡張する。

 遠距離攻撃によって一方的に攻めて出るはずだったクレアが不本意な防御に回ったことにより、試合は大きく動き始めた。





 絶え間ない投石。防御を補強するクレア。

 そして、ついに逆転した攻守。

 黒鉄の居城と岩の鉱夫。二人の闘いは、先の読めない段階へと加速してゆく。


「……属性術にも独性術にもない戦法。ほう、あるいは……奴の求める人材に合致するか……?」


 壁の棘が光と共に放たれ、ロッカの反撃を迎え撃つ。

 観衆は大きく困惑しどよめいていたが、レドラルは至って冷静なままに、壇上の光景を静観していた。


「どうされましたか、ハワード様。この試合、何か問題でも……」

「いや、問題はない」


 背後に控えたザイキからの言葉に短く返す。

 立場上ということもあるが、何より騎士としての彼は、試合から一瞬でも目を背けたくはなかった。


「あくまで私的な興味だ」

「ほう? それは珍しい」


 何度も振るわれるツルハシ。

 それは的確な動きと速さで、迫り来る鉄針を真正面から何度も撃ち落としてゆく。


 ツルハシは剣ではない。その重さを十全に振るうには、斧と同等かそれ以上の重量物を扱える技量が必要になる。

 流石は鉱夫と言うべきか、鉱夫なのにというべきなのか。


「それにしても強化がぶれないな。使いたい部位に使いたいだけ流し、その上長期戦にも対応できている。騎士……いや、戦士としては理想的だ」


 やがてクレアの放つ鉄針に対処しかねてか、岩石の壁が生成された。

 不安定な形状とやや控えめなサイズではあったが、咄嗟に発動できたことにレドラルは舌を巻いた。


「しかも強化を解いて、素早く術を発動している。あれほどの速やかな切り替えは、鉄城騎士団にもそうは居まいな。……いや、違う。術はともかくとして、強化の慣れに特化しているのか。ふむ」

「随分と買いますな。騎士団に勧誘でもなさるので」

「残念だがそれは難しいだろうな……。鉄の特異性を持つとなると、騎士団内における連携や術の習得に難が出る。訓練法もさっぱりわからん。むしろ、あの子をあそこまで育てた師を教導として取り立てたいくらいだな」


 惜しくはあるが、尖りすぎた人材は扱いに困る。なので喉から手が出るほど欲しくはない。

 それよりは別角度からの人材を……というのがレドラルの考えであったが、残念なことにロッカに魔術の手解きをした人物(クライン)を取り立てるのは、今のところ非常に困難である。

 とはいえ、特異科の内々の事情など彼らが知るよしもない。


「ふむ。ロッカ=ウィルコークス。学園での師は……マコ=セドミストでしたか。“白失の隊”の貴公子とは、水の学園は豪勢ですな」


 記憶力に長けたザイキが参照した記憶は、実に普遍的なものであった。


「いや、それはない」


 が、レドラルは素早く否定する。


「あの男は教師に向いてはいても、導師に向いてはいない。団に居た頃を知っているが、あれは下の者を従えてこそ価値の出る軍人だ。おそらくだが、別の知恵者による手解きがあったのだろう」

「ふむ。となると、どなたでしょうな」

「わからんか」

「お恥ずかしながら」

「私も、さっぱりわからん」

「フッフ」


 やがて壇上にて、スコップに変形したアンドルギンを掲げたロッカが、型破りにも程がある巨大投石を開始する。

 レドラルはそれを眺めながら、ザイキに同調するかのように笑った。


「全く。アックス殿は型にはまりきった試合形式だとマルタ杯を蔑ろにされているが……」

「この試合はいかがですか、ハワード様」

「真逆さ。世界の広さを感じるばかりだよ。いや、鉄国にあった原石だ。この場合は在野と言うべきなのか」

「灯台下暗し。窓際に佇み霊(たたずみれい)。まぁ、何にせよ今回に限りましては、山ですな」

「なるほど。それは見つからんわけだ」


 ダークスチール製のメイス、破砕杖アンドルギン。

 硬質な刃はロッカの腕力も相まって、次々に防壁を突き崩してゆく。

 芯を分けた防壁であっても、その硬度がそれなりのものであっても一撃ずつで破壊してゆくその光景は、鉄環境を扱う魔道士全てにとっての悪夢に違いない。


「ロッカ=ウィルコークスか。討伐傭兵、探索傭兵……活かしようはいくらでもあるだろう。風の国ならば、あれほど尖っていても抱え込もうとするやもしれん。あるいは先に、陰五国が接触するかもしれんな」

「陰五国、ですか」

「影の国は一度失態を犯している。執政官殿を疑うわけではないが、未だ魔道士に関してはデリケートな部分も多い。手荒な根回しは控えていただけると助かるのだが」

「我々にそのような権限は」

「わかっている。言ってみただけさ。ひどい愚痴だったな、すまない」

「いえ」


 鋼鉄の砦が突き崩され、女王は地に落ちた。

 そして鉱夫と一対一となり……討たれ、敗北する。


 その不吉な光景に思うところが無いでも無かったが、勝負は見事の一言に尽きた。


 力押し。

 言ってしまえばそれまでだが、その内に秘められた研鑽と技術の賜物は、レドラルの目にしっかり映っている。


「うむ! 勝負ありッ! 勝者、“クランブル・ロッカ”ッ!」


 あの若者が何を背負って生きてゆくのか、現時点ではまるで想像もできないが、レドラルは今はただ実直な勝利を認め、祝福した。



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