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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 攻め入る城塞

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槌011 解体する古城


「壁を砕いた……!? そんな、あんな原始的な方法で……!」


 どうやら私の岩魔術でも、相手の鉄魔術を損壊させるだけのダメージは与えられるようだ。

 そして私がもたらした結果は、観客たちにも衝撃を与えたらしい。

 明確な形となって表れた光景に、クレアの動きは止まっている。


 まあ、投石機みたいな無茶しかない動きで全力射出したのだから、それくらいの結果が出てくれなきゃ、こっちが困るんだけどよ。


 デカい岩石はそこらに転がっている。

 クレアが呆気に取られている今がチャンスだ。


「二発目ッ……! おぉ……らぁッ!」


 柄を万力のように握り込み、腕と肩を鋼の支柱に変え、大きな岩を勢い良くぶっ放す。

 今度の岩は、大きく高い弧を描くようにして放り投げた。

 岩をぶん投げるのはお手の物だが、さすがにここまでのデカい岩ともなると、こちらも右から左へというわけにはいかない。

 体への負担も、実際のところ無視できないくらいには大きい。


 それでも私は、この一投に全力を注ぐつもりで放ったのだ。


 一発目で、砲弾の威力を思い知らせて揺さぶり。

 この二発目を“通す”ために。


「や、なっ!? ス、スタン……いえッ、“スティア(撃ち放て)”!」


 無理に祟られた足がふらつく。

 だが、どうやら真上から落ちてくる岩に対して、クレアは迎撃を選択したらしい。

 壁面の針の一つが急な角度で空を仰ぎ、一瞬の魔光を帯びた後に射出された。


 まあ、そうするよな。投擲された魔術に対して、魔術で迎え撃つのは基本だ。

 それが壁を出してもどうにもならない位置からの攻撃だとすれば、尚のことだろう。

 咄嗟の事態でもある。自動で狙いを定めてくれる射出系の魔術で撃ち落とすのは、闘い慣れた魔道士の動きだと褒められるべきだろうさ。


 けどな、クレア。

 私の岩は砕いたって、消えやしないんだぞ。


「きゃっ!?」


 正確無比な狙いで、要塞から射出された鉄魔術は岩の砲弾を貫いた。

 しかし、私の魔術は砕かれたとしても全てが消えるわけじゃない。

 壁のような面での防御でもない限り、無数の破片となって実体を保ちつづけるのだ。


 岩の砲弾は、榴弾へと変貌した。

 空中で分裂した石片は術を使用したばかりのクレアに容赦なく降り注いでゆく。

 身体強化ができなければ、あの石礫の雨は相当に痛いだろうな。


「あっ!? 嫌っ、落ち……!」


 そして痛みにはなれていないのか、それとも痛みから逃れるために無意識に動いたのか、クレアの体は大きくよろめいた。

 櫓のような高台の上でバランスを崩し、ロッドでどうにか均衡を保とうとするも、底の厚い靴では踏ん張りがきかなかったようだ。


「ひゃっ……ら、“ラギル(救いの)テルス(風よ)”!」


 壁を挟んでもこちらが見えるほどの高台だった。

 変な体勢で落ちれば、軽く脚が折れても不思議じゃない高さだ。

 それでも魔術を使えば、着地の衝撃を吸収できるらしい。それはクラインから貰った魔導書にも書いてあったので、よく覚えている。


 クレアは落下で敗北しない。クレアは強い。そんなことじゃ、絶対に負けるはずがない。

 だから私は、迷わずクレアの城塞に駆けだしていた。


 今、バルコニーにはいけ好かない女王の姿がない。

 地上への直接的な監視がなく、女王様はちょっとした事故で慌てていることだろう。


 ならず者が城に攻め込むには、これ以上の好機はない!


「オラァッ!」


 アンドルギンの形態をツルハシに戻し、ダッシュの勢いを付けたまま、鉄壁に一撃を振り下ろす。

 黒光りする重厚そうな鉄の壁は、しかしその見た目の割りには軽石のような手応えでもって、安々と刃の侵入を許してくれた。


 城塞(ドット)を構成する複数の芯のいくつかが一気に崩壊し、壁にまだらな穴が開く。

 一撃でこれだ。しかも、この手の金属系のものにしちゃあ、ツルハシで打ち砕くごとに感じるような、柄がグッと止められるような感覚もない。

 まるで巨大な角砂糖に刃を突き立てているかのような、不思議な感触。


「……良いねぇ」


 正直、気持ち良い。

 鉄魔術を……頑丈で、一発で消滅しきらない鉄魔術を壊すのって、こんなに楽しかったのか。


 思わぬ爽快感に、柄を握る手に力が篭もる。

 引き締めようとした広角が上がり、笑いが漏れてしまう。


 ――なんだ


 ――ここまできちまえば、あとは“仕事”と一緒じゃないか


「オラッ!」


 アンドルギンを掲げ、振り下ろす。

 振りかぶり、振り回す。

 脚は地を捉え、体はバネになり、強靭な鶴嘴はクレアの生み出した城塞を次々に食い破ってゆく。


 一枚の壁を完全に破壊しつくした後は、床を覆うクレアのラギロールだ。

 剥がすような動きで何度か床を抉ってやれば、相手が苦労して拡張した環境も一瞬の内に崩壊する。

 近くにあった別の鉄壁も、数回の掘削で消滅した。


 私がここまで踏み込んだ以上、もはや固形の環境は一切の意味を成さない。

 鉄だろうが氷だろうが、アンドルギンを握った私に破砕できないものなど、デムハムドにさえもありはしないのだから。


「私を下に落とすばかりか、こんな僅かな間に城塞(ドット)まで壊しきるなんて……!」

「!」


 あらかた環境を壊しつつクレアを探していたが、なんと彼女はフィールド端の場所まで後退していた。

 そこにはラギロールの床環境もなく、ドットの壁もない。あらゆる環境の存在しない、退くことさえもできないどん詰まりの場所だ。

 私はなんとなく先入観で高台の裏にでも隠れ不意打ちを狙っているものと思っていたために、少なからず驚いてしまった。


 逃げ場はなく、それまでに築いた環境(財産)もない。距離だって、身体強化を許された私の障害になる程でもない

 それでもクレアは、額に一筋の血を流しながらも、未だ戦意に満ちた強い目つきで私を睨んでいた。


「認めましょう。“クランブル・ロッカ”、貴女は強い」

「一応、こっちからも聞くよ。クレア、降参する?」

「ありえません」


 クレアが宝石のロッドを立て、不敵に微笑んだ。


「守るべき兵の居ない砦に、残るは貴族が一人。であれば気兼ねなく、その身が傷つき果てるまで……誇り高く、徹底抗戦できるというものでしょう?」

「……なんか、やっぱアンタの言葉って、難しいけどさ」


 私もアンドルギンを正眼に構え、口だけで笑った。


「それは、なんとなくわかる。格好いいじゃんかよ」


 いけすかない奴。偉そうにしてる奴。宝石で飾って、色々と見下して、鼻持ちならない奴。

 だけどこのクレアって女は、そう悪い奴でもないのだろう。

 油断ならない闘いの最中であっても、私はなんとなくそう思ってしまうのだった。


 フィールドの端で向かい合う二人。

 一人は豪奢なロッド。もう一人は破壊特化のメイス。

 遮る物も、冗長な距離も、長期戦に持ち込むつもりもない。

 次の動きで勝負が終わる。

 確かな決着の予感に、熱せられた会場の空気はそのままの温度で、音だけをかき消した。


「――“スティ(鉄の)アンク()”!」


 クレアが動いた。

 最小限の動きで投げ放たれたのは、乱回転する巨大な鉄の錨。

 当たれば即死。掠っても人間の骨くらいなら容易く折れてしまうだろう。

 身体強化でも、私が生成できる最大限の石壁でも受けきれないのは、風を切る鋭い音を聞けば明らかだった。


 だから。


「――オラァッ!」


 振り下ろす。

 全力で。最速で。

 “来る”と解っていた相手の魔術を、一撃の元に“破砕”するために。


「――出鱈目ね」


 私の会心の振り下ろしが暴れ狂う(アンク)を貫き、勢い余って打ち砕いた壇上の白い礫の飛沫の向こう側で、クレアは悔しそうに笑っていた。


「悪かったな」


 そして、私は壇上の石片を掻き分けるように一気に前に踏み込んで――クレアの真正面から、アンドルギンを思いっきり振り抜いた。




「うむ! 勝負ありッ! 勝者、“クランブル・ロッカ”ッ!」


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