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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 攻め入る城塞

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槌010 開放する銃眼


 狙った場所を目指し、一直線に飛んでゆく石礫。

 自慢じゃないが、私は投石が大の得意だ。石を投げることに関しては誰にも負けるつもりはない。

 だから私の石は、ほんの数十センチもずれることなく、クレアの顔へと向かっていた。


「ッ! “スティ・バーマル(いでよ鉄の盾)”!」


 が、石は突然現れた鉄板の盾によって防がれてしまった。

 魔術で生み出した防御壁なのだろう。鉄魔術で作ったのなら、そいつは結構頑丈なのかもしれない。


 だが。


「は……え? そんな、バーマル(鉄の盾)が……!? たかが、投石で!?」


 鉄板は一瞬のうちにひしゃげ、使い物にならなくなったらしい。

 石の衝突と同時に大きく歪んで消滅したのは、私の位置からでもはっきりと確認できた。


 薄っぺらな鉄魔術の防御では、私の強化込みで放つ投石には耐えられないようだ。

 石自体も激しい衝撃と対消滅によって大部分が消えてしまったみたいだけど、あのくらいのサイズの石で相手の防御魔術と相殺できるのであれば、安いもんだろう。


「なにせ、まだまだこっちの“投擲魔術”はたくさんあるんだからなぁ……!」

「くっ……な、なんてこと。石を投げるだなんて、そんな野蛮な攻撃、魔術ではありませんわ!」

「うっせえ! 野蛮だろうが上品だろうが関係あるかッ! 勝負は勝ってなんぼだろうがッ!」


 観客も盛り上がっているし、監督席からは待ったもかかってない。

 ルールの上で“問題ない”ってんなら、文句をつけるのはお門違いってもんだろうよ。

 それに私は卑怯な真似をしているわけでもない。ただ自分の魔術を素手で投げてるだけなのだから。


「悔しかったら、私の石でも壊れねぇ壁でも作っとけ!」


 足元にはまだまだ灰色の石が転がっている。

 私はその内の一つをブーツの底で踏みつけ、転がし、足の甲に乗せた。

 そしてちょっと上に、跳ね上げれば、屈まなくとも手で取れる。なんてことはない。小さい頃から何度もやっている石拾いの動きである。


「……!?」

「え? 何だ?」


 だがその時、会場からはおかしなものを見るかのようなどよめきが上がった。

 一瞬、私が何かまずいことでもやらかしたのかとヒヤっとしたが、別にルール違反になるようなことはやっていないはずだ。


 ……気を散らしたら駄目だ。

 簡単な遠距離攻撃の手段を手に入れたとはいえ、集中して戦わないと私に勝ち目はないのだ。


「いくぞ、クレア……」


 油断はしない。私が投げ打てる全力で、お前にぶつかってやる。


「オラァッ!」


 第二投。今度の石も拳ほどある、かなり大きめの礫だ。当然、本気で投げたこいつに当たればかすり傷だけでは済まないだろう。


「また……! “スティ・バーマル(いでよ鉄の盾)”!」


 防がれたか。さっきと同じで、投石は薄っぺらな鉄板に半分包まれるようにして止められ、消滅した。

 だが、あまり舐めてもらっては困る。私のこの攻撃は、そう長い休憩を必要とはしないんだ。


「ほっ」


 靴底で転がし、甲に乗せ、跳ね上げ、掴み取る。一連の流れは一瞬だ。

 当然、投げるのだって!


「オラァッ!」

「す、“スティ・バーマル(いでよ鉄の盾)”!」

「粘るな。けど、私の方が早いだろッ……オラァッ!」


 私が石を投げ、クレアは盾を出して防御する。その応酬は続いているが、相手が防御のためにいちいち盾を出さねばならないのに対して、こっちの消耗は殆ど無いと言ってもいい。

 何故なら私が投げ放つ岩魔術は既に足元に転がっているし、投げるのに必要なものは私の身体にかけている身体強化の魔力くらいだからだ。

 長時間強化をかけっぱなしの作業は、鉱山では珍しくもなんともなかった。相手が防御魔術を一昼夜唱え続けていられるってんならお手上げかもわからないが、それにしたって投げるだけなら、僅かにこっちの方が早いだろう。


 四投目。五投目。六投目。

 石を手に取って、遠くへ思いっきり投げるだけの単純作業だ。止まってる的目掛けて投げるだけなら、逃げ回る野ウサギ(晩御飯)を仕留めるよりかはずっと楽だと断言できる。

 そもそも、后山(あとやま)の鉱夫ってのは半分以上は石を投げるような仕事ばかりなのだ。子供の頃はそれだけだと言っても良い。先山も後山も両方こなせるクランブルともなれば、投石なんぞは遊びでしか無い。


 ……さっきから歓声が変な盛り上がりを見せているが、それもこの単純作業をせせら笑ってのものなのかもしれない。

 でも、私はやめない。

 石投げで試合に勝てるのなら、ボタで山を作ってでもひたすら投げ続けてやる!


「くぅ……なんで外さないっ……! “スティントゥ(黒鉄格子の)・ドット(城塞)”!」

「お!?」


 案の定、先に音を上げたのはクレアの方だった。

 だがそれは魔術の供給がまるきり追いつかなくなったというものではなく、中央に立てた壁を更に高くすることによって私の連続投擲を阻止するというものである。

 実際、私が最後に投げた石はせり上がった壁に衝突し、巨大な壁を前に脆くも砕け散ってしまった。


 壁にダメージは、ほとんどない。少しだけ凹んではいるだろう。だが、あの壁をひしゃげさせ芯を破壊するだけの投石をするのは……正直に言って、かなり厳しい。


「よし」


 けど、これでいい。

 私は小さく呟き、それまでの投石の動きをやめてアンドルギンを握り直す。

 ……そう、これでいいのだ。

 これこそが、私の望んでいた通りの展開なのだから。


 クレアが守りによって射線を塞ぎ、その代償として私の姿を見失う。

 直接見られてさえいなければ、私は壁を隔てた向こう側で、やりたい放題できるのだ。


 それこそ、アンドルギンの一撃によって壁をぶち破ってやることだって不可能ではない。


 ……壁をぶち破り、足場をぶっ壊してやれば、あとはもうこちらのものだ。


「ふッ」


 歓声で全てが紛れるとはわかっていたが、私は足音に細心の注意を払いつつ、正面の壁に向かって駆け出した。


「――“スティ(鉄よ)・ガトル(銃眼よ)・スティカウト(敵はそこにいるか)”」


 そして、そんな私の突撃を見計らったかのように、壁面の一部が隆起し、針へと変化した。

 とはいっても、その棘だって牽制だろう?

 こっちの姿はクレアからは見えないんだ。ただ当てずっぽうに出しただけじゃ私は……。


「まさか、貴女にこの術を使うことになるなんてね」


 ――隆起した針が、動いた。


 鋭利なその切っ先を、ほんの僅かにではあるが……壁に向かって走る最中の私に向けて、微調整した。

 見間違いではない。先端がこちらに狙いを定めている。

 理由はわからない。何が起こったのかも。

 ただ、考えるよりも先に本能が叫んでいる。


 このままじゃ、やべえ。


「“スティア(撃ち放て)”!」


 私を狙う針が暴力的に輝いて、瞬きをする間もなくその形を崩す。


「“ステイ(顕鉄)”ッ!」


 その光景に総毛立った私は、予感が打ち鳴らす警鐘に従うようにして、目の前に一抱え分の岩を生成した。


「ぐぁっ……!」


 甲高い破壊音と同時に岩は砕け散り、私は破片と一緒に吹き飛ばされた。


 綺麗に割れた岩石が、無数の破片となって顔に降り掛かる。

 痛みはそれほどでもない。身体強化がギリギリで皮膚を守ってくれたらしい。


 だけど、衝撃は凄まじいものだった。

 強化無しでそのまま直撃していたら、私の顔には無数の刺し傷でもできていたんじゃないかとさえ思う。そうなる前に敗北の転移が発動するんだろうけど、それにしたって何かしらの傷は残るはず。それほどのダメージだ。


「あぶ……ねぇ。さすがに、運が良かったわ……」


 そして、これはもう幸運だとしか言えないんだけど、前に突き出していたアンドルギンの金属部分に、相手の魔術が丁度良くぶつかったらしい。

 私の初等魔術を貫通して飛んできた中型の針は、一歩間違えれば私の身体を食い破っていたかもしれないのだ。

 もしもこれが普通のロッドだったとしたら、呆気なく砕け散っていたことだろう。

 今の防御は、本当に運が良かったのである。


「“スティ(鉄よ)・ガトル(銃眼よ)・スティカウト(敵はそこにいるか)”は、設置した鉄魔術を相手に誘導射出するという、カーター家に代々伝わる独性術ですわ」

「!」


 私が前に突き出したアンドルギンの向こう側には、上部に四角い穴の開いた鉄壁が聳えていた。


「芯の一つを攻撃魔術として射出し、砦から相手の動きを監視、攻撃するための“銃眼”へと変化させる……発動する度に壁の一部は消えますが、その分遮蔽物の死角が無くなり、相手の動きを察知できるようになるのです」


 ……マジかよ。

 壁に隠れても相手に見えるし、攻撃される……ということは、相手の出した鉄壁に隠れての正面突破が難しくなるな……。


「そして、おそらく貴女は私の城塞(ドット)を単一の芯からなる防護壁だと勘違いされているようですが……侮ってもらっては困りますわね」

「あ?」

「私の城塞(ドット)はスティントゥ……複数の芯を同時生成することによって作られた壁なのです。いくらその野蛮なツルハシが頑強であっても、私の壁を一撃で消滅させることは不可能でしょう」


 ……。


「そして、複数芯の魔術は長時間に渡って形を保ちます。芯の相互作用により術の融解速度が抑制され、私の要塞はほぼ自然消滅することのない……」

「うるせえ」


 袖で額の汗と汚れを拭い、アンドルギンを構え直す。


「御託を並べるなら……私にわかる言葉を使えよ」


 クレアは色々言っていたが、正直よくわからなかった。

 多分、私が思っているよりもずっと強いってことを言いたかったのだろうとは思う。

 中には気になる単語や聞きなれない用語もあった。きっと、それを聞き取ってよく考えれば、冷静な判断とやらは下せるのかもしれないが。


 だけど講義室ならともかく、試合中の壇上でじっと考え込めるほど、私の頭は良く出来ていないのだ。


「……そう。ならば、私が言いたいことを、わかりやすく、伝えてあげましょう……“スティントゥ(鉄達よ)・ガトル(銃眼よ)・スティカウト(敵はそこにいるか)”」


 クレアが宝石のロッドを掲げ、先石を妖しく輝かせた。

 その輝きは今や大きく組まれた要塞全体を薄く包み込み……鉄壁から複数の針を隆起させ、それらは意志を持っているかのように、一斉に切っ先をこちらへと向ける。


 ――要塞が牙を剥き、私を睨んだ。

 詩的な表現かもしれないが、私は確かにこの瞬間、そう感じたのである。


「最後ですよ、“クランブル・ロッカ”。……降参し、敗北を認めなさい」


 薄く輝く無数の針。威圧的に聳える黒鉄の城塞。

 砦の頂に立つ女王は、私に最後の降伏勧告を突きつけてきた。


 答えは決まりきっている。


「嫌だね」


 アンドルギンに魔力を注ぐ。

 両足を少しだけ開き、腰を落とす。


「“スティア(撃ち放て)”!」


 そして、クレアの猛攻が始まった。


 一斉に輝きだした壁面の針が、鋭い射出音と共に迫りくる。

 針は魔術投擲と同じかそれ以上の速度で宙を駆け、正確無比に私の胸辺りを狙っていた。


 直撃すればやられる。

 一発を魔術で防御しても、二発目や三発目は防げない。


 それならば、私のやることは決まっていた。


「オラァッ!」


 真横に跳びつつ、アンドルギンを振るう。

 一本の針はギリギリで回避し、もう一本の針をアンドルギンでぶん殴り、叩き壊したのである。


 にわかに歓声が強まる。だが攻撃はそれだけに終わらない。


「くっ! 結構早ぇッ…!」


 数歩分下がり、二本を避けつつ正面から来た一本を破砕。

 その後狙いすましたかのように飛来した右からの一本を強化した右腕で殴り抜き破壊。

 次の左からの一本をギリギリで屈んで回避。


「“スティ(黒鉄の)・ドット(城塞)”!」


 直後に、正面に石壁を生成する。強化で回避と迎撃をするのに限界を感じたのだ。

 幸い、私の生み出した壁は相手の針を四発ほど受け止められたらしく、衝突の際の不吉な轟音とひび割れこそあったものの、完全に砕け散りはしなかった。


 クレアの連撃はきつい。

 けど、一本一本の威力はナタリーの“スティ・レット(いでよ鉄槍)”よりもわずかに下だ。

 当然、個別の魔術でもっと高威力なものはあるのだろうが、それが止めどなくやってこないのなら、こっちにもチャンスはある……!


「問題は、クレアの周りにある城壁だけだな」


 更に何発か打ち込まれた針によって、咄嗟に出した私の防御壁が崩れかかった。中程から大きくヒビが入り、大小様々な破片がこちらへゴロリと落ちてくる。


 ……最大の障害はクレアの鉄壁。あれを突破しないことにはクレアをたたくことができない。

 けど、壁に近づけば針に攻撃されるリスクは跳ね上がるし、壁の後ろに隠れたとしても、四角く開いた“銃眼”からこちらの動きは筒抜けになっている。

 アブロームを重ねて塔を造り、そいつの頂点に乗った後倒れ込んで内側へ乗り込む……なんてことも考えたけど、それにしたってクレアを直接叩くには距離が足らないだろう。そもそも無茶だ。つーかアブロームを重ねるのってできるかどうかわかんねえ。


 どうにかして、壁を壊せないか。それか、クレアをあの高台から引きずり下ろすことは出来ないか。

 けど、簡単な投石もクレアが壁を増築すれば簡単に防がれてしまう上、向こうの針の射出を防げるわけでもない。

 いくら身体強化で全力投球しても、所詮小石くらいじゃ……。


「……いや?」


 私は足元に転がった大きめの岩の破片を見て、閃いた。


「小さいのが駄目なら、大きいのを投げれば良いのか」


 簡単なことだった。

 小さい石で壁を壊せないなら、大きな岩で壁をぶち壊してやればいいのだ。


「なら、話は早いよな?」


 相手が打ち込む針の六発目が、とうとう私の防壁を突破した。

 下半分さえもほとんど残らぬほどに砕け散った石の防壁。けどこの防御魔術は、私に数秒の考える時間と、何よりも最高の攻撃材料を稼いでくれた。


「は……!?」


 遠目のクレアが私を見て、おそらく絶句していた。


 そうだろう。驚くよな。私も最初に見た時は、そりゃあもう驚いたもんだよ。


「アンドルギン、スコップ形態(フォーム)」


 私の愛用メイス、アンドルギンは、又目樫木の柄ではない石突のある金属部分に触れた状態で強化魔力を注ぎ込むと、その形を大きく変える。

 石突の棒状金属は器用に曲がって持ち手となり、ツルハシは大きく展延して剣先スコップへと変貌するのだ。


 そして私は、頭上で水平に構えたその剣先スコップのスプーン(皿)に、人の頭ほどもある大きな岩を乗せていた。


 クレア。私にだって“これ”がどんなものなのかわかるんだ。

 頭の良いお前なら、きっと見ただけですぐに察しがつくだろう。


 小さな石で壁を壊せないのなら、でかい岩で壊せばいい。


「そんな、出鱈目な――!?」

「うぉ……らァッ!」


 私はスコップと自分を投石機に見立て、渾身の身体強化を込めて、大岩を投げ放った。


 スコップの皿から跳ね飛ばされた岩石は弧を描いて長く浮き……無回転のまま、クレアの前の鉄壁に衝突する。


 鐘を撞いたような轟音と、岩が盛大に砕け散る破砕音が、ほんの一瞬だけ、会場の大歓声をも上回った。


「嘘。そんな、そんなことが!」


 砂煙が舞うクレアの正面防壁は、自らが創り出した四角い銃眼の他に、明らかに意図せず生み出されたであろう、一メートルほどの風穴が空いていた。


 一発で全壊には至らなかった。

 それでも、壁は大きく損壊した。


 つまりそれは、“何度か繰り返せば完全に破壊できる”ということだ。


「……攻城戦だな?」


 スコップ形態となったアンドルギンを握り、思わず好戦的に微笑んでしまう。

 突破口が見えた。攻略法が見えてきた。

 道筋がわかったなら、あとは突き進むだけだろう。



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