槌001 仕分ける付箋
マルタ魔道闘技大会の一回戦が終了した。
最初の篩にかけられた八百人近い魔道士達はその数を四百にまで減らし、彼らは更に熾烈さを増すであろう二回戦に向けて、装備や術の調整を続けている。
次の開催は、二日後に予定されている。
十一あった会場はその数を八つに減らし、一つの会場につき二十五試合を消化する予定である。
また、その八つの会場はそれぞれに最高審判役として監督者が付くことになっており、本戦さながらの緊張の中で行われる。
とはいえ、二戦目である。例年のマルタ杯であれば、これはそこそこの緊張感の中で行われる程度の試合に過ぎなかった。
しかし今年は監督者席のほとんどに著名人が名を連ねており、一部の者にとってはただの予選と割り切れない試合に変質している。
一日の休息日を挟むとはいえ、多くの魔道士にとっては胃の痛い準備期間となるだろう。
だが、当の監督者達はそのような若者たちの気苦労など露も知らず。
彼らは至って大真面目に、初戦の内容をじっくりと検分しているのであった。
「ふむ。当然といえば当然だが、初戦の通過者には水の国出身の魔道士が多いな」
鉄の監督者、レドラル=ハワードは通過者一覧の資料を流し読みつつ、短く唸る。
表情は鉄製のヘルムによって完全に覆い隠されているが、彼の声色からは僅かな不満を聞き取れた。
「んー。ま、仕方ないですね。水の理学機関限定だと、必然的に他国出身の魔道士は絞られますから」
レドラルの隣で同じように資料を漁っているのは、雷の監督者であり現雷国将軍のジェーン=ダーク。
友人のリゲルに会いに来たという彼女もまた、大会そのものにも幾分かの興味はあるらしい。お互い、騎士団を束ねる者として、自国出身の若者を気にかけているのだろう。
「留学生は少なくないはずなのだがな……ふむ。やはりミネオマルタと理総校の二つが抜きん出て多い、か……」
「名門ですからね。……あら、迅雷騎士団の訓練生一人発見。よしよし、やるじゃないの」
「む。なんの、鉄城騎士団も負けては……ぐぅ、騎士団出身は……!」
「うっふっふっ……鉄城騎士団は抱え込み過ぎなんですよー?」
「おおお……! か、辛うじてメインヘイム出身はいるというのに……!」
雷国の迅雷騎士団は他国への留学について比較的寛容だが、鉄城騎士団はどちらかといえば閉鎖的な組織であった。
常に柔軟に流動する雷の騎士団と、鉄の規律によって運用される鉄城騎士団の両者の組織は、よく例え話でも引き合いに出される。が、今回はどうやら雷の方に軍配が上がったらしい。
とはいえ、勝ち負けを付けるほどのことでもないのだが。
『ふん。熱心に資料を漁っているようだが、お前たちを唸らせる程の強者は見つかったのか?』
「あら、アックス将軍。こんばんは、お帰りになりましたか」
「我々に頼んでいた、強い学徒達の選別……でしたか。アックス殿も、一緒に探されるので?」
『監督者の務めは果たす。それだけだ』
二人の前にやってきたのは、大柄な黒い機人。風国の大将軍、アックスである。
彼もまた二人と同じテーブルについて資料と向き合うと、それらを一枚一枚、丹念に目を通し始めた。
彼ら三人の将軍が今いるのは、ミネオマルタ中央部にある国際迎賓館。
……の、何故かロビーであった。
三者とも、華美ではあっても奥まった部屋は好まないらしく、こうして入ってすぐの場所で資料を漁っている。飾らない面倒の少ない要人ではあるが、清掃や食事を担う人間にとっては型破りな位置取りすぎるため、かえって心労の種となっているのだという。
『……長期戦が多いな。中には五分以上かかった試合もあるのか』
「身体強化の出来ない魔道士さんがマッチングすると、結構長引くみたいですねー……使った術の記録も、小手調べと環境系の応酬って感じです」
数枚にひとつはある、使用された術の履歴がびっしりと連なった資料を見ながら、ジェーンは呆れたように薄く微笑んだ。
彼女としてはここまで多くの術のやり取りを経ても尚決着しない長丁場に、不思議さを感じているのだろう。
『それらは脇に寄せておけ。接戦であろうが、水国の“魔道士らしい”闘い方になど価値はない』
「……はっきりと、両断されますな。彼らにも彼らなりの流儀はありましょう」
『だが、実戦向きではない。レドラル=ハワードよ。もし仮に、“水弾”を遠方からこちらへ投擲する魔道士と相対したなら……お前ならばどう動く』
「ふむ。愚問ですな」
赤い眼光を光らせたアックスの問いかけに、しかしレドラルは怯むことも詰まることもなく、ただ一拍だけを開けて答えた。
「“スティ・ヴァ・レット”を発動し、逃げ場を封じた上で串刺しにするでしょう。呑気に環境系初等術を大振りするなど、“どうぞ”と言っているようなものです」
「えー……レドラルさん大人げないですねぇ。学生相手に数十本も剣投げちゃいますか? 普通……」
『ならばジェーン=ダーク。お前はどう対処する』
「……んー私なら……強化の踏み込みで二十メートル詰めてから、剣から雷刃飛ばして杖ごとぶった切ります?」
「おい、私と然程変わらんぞ」
「あはは。そうですか?」
鉄の将軍と雷の将軍。両者の闘い方にいくらかの違いはあれど、どちらも瞬時に決着がつく点においては同じらしい。
『つまりそういうことだ。強い者であれば、一瞬で決着をつける。わざわざ黴臭い旧貴族共の決闘法を真似るような者は、資料を振り返る価値もない』
「やー……わからなくもないですけどー……アックスさんのも、それはそれで極端ではないですかね……」
『無論、不正を暴く上では細かく全てを精査する。だが、強き者を探すのであれば、ひとまずは簡潔な内容の資料からあたるべきだと。俺はそう言っている』
数十枚あった試合資料のうち、アックスはわずか三枚ばかりを選りすぐり、それを二人の目の前に差し出した。
その資料はどれも試合時間が短く、術の応酬も簡潔なものである。
『こういった試合を探すといい。そうすれば、自ずと強者は見つかるだろう』
「まー、良いですけどね。アックスさん好みなやつ、探しておきますよー。ただ面白そうな試合があったら、私にも教えて下さいね?」
『ああ』
「やれやれ。骨休めに来てまで書類仕事をする羽目になるとは……構いませんがね。ああ、アックス殿? 私の資料捜索にも手を貸していただけますか」
『構わんが』
「それは有り難い。鉄国出身の者に付箋をつけていただけると助かります」
こうして三人の将軍の書類仕事は、夜遅くまで続いた。
この作業により、膨大な資料のそれぞれに何枚かの付箋が貼られることになったが……三者それぞれが付箋を添えた試合は、そう多くはない。
「やれやれ……書面の記録を見るよりも、さっさと生で観戦したいものだ。そちらのほうが楽でいい」
「あはっ、ですねぇ」
そして、その限られた試合資料のうちには、ロッカ=ウィルコークスの初戦も混じっていた。




