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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 粉砕する戦杖

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楔017 焚べる石炭


 マルタ杯の初戦が終わり、日が沈みきった。

 大会参加者の魔道士の半数が勝ち残り、もう半数は敗れ去った。普段は静まり返るミネオマルタの街並みも、この日は若き魔道士の勝利を、あるいは敗者の悔やみを受け入れるかのように、夜遅くにもあちらこちらで灯りが残っている。

 闘いを勝ち抜いた彼ら彼女らは、これから幾度も熾烈な闘いを乗り越えなければならない。

 今はまだ酒場に活気が溢れているが、これから闘いを終える度にそれは萎んでゆくことだろう。


「一方的な闘いで、手も足も出なかったよ。ミネオマルタの奴はやっぱり強いんだな」

「私の所は楽だったわね。独性科の人だったらしいけど、何かされるまえに終わったわ」

「試合には運も絡むからなぁ。相手によっては、俺も負けてたかもしれんよ」


 水国中から集まった他校の若者達が、ミネオマルタの夜道を歩いている。

 治安の良い街であるとはいえ、本来夜遅くの外出は褒められるものではない。しかしマルタ杯の開催期間中は街中の警備が最大限まで強化されているし、街に巣喰う僅かな荒くれ者に関して言えば、監督役としてやってきた将軍らの話を聞いて大急ぎで他所へ疎開しているらしい。故に現在のミネオマルタは、過去数十年を遡って見ても稀なほどに、平和そのものであった。




「はあ、はあ」


 灼灯の明かりに照らされた夜道を、小柄な魔道士が走っている。

 砂色のロングケープを翻し、ハンチング帽が飛ばないように片手で抑えながら道を急ぐ人影である。


 魔道士の名は、ベロウズ=ビスマロイド。

 ミネオマルタ国立理学学園の属性科六年であり、今日の試合の勝者でもある。


 ベロウズは試合を終えて、馬車には乗らずに徒歩で帰る途中だった。

 運賃無料の馬車に乗らなかったのは、知らない人と話すのが苦手だったこともあるだろうが、それ以上に気持ちが舞い上がっていたという要因もあるのだろう。

 夕食も取らずに杖を抱えて小走りする姿は息が上がって疲れているようにも見えるが、帽子の奥で爛々と輝く目はそれを否定していた。


 ベロウズが居候している機人整備店は外周部に存在するが、今はそれとは少し離れた場所に歩を進めている。

 人気の少ない細い道を走り、やがて灼灯も無い路地裏に入り、何度も何度も曲がり、進み……やがてベロウズは、行き止まりへとたどり着いた。


「はあ、はあ……」


 小走りとはいえ、荷物と杖があれば息も上がる。

 ベロウズは行き止まりを見つめながら暫し呼吸を整え、やがて少し遅れて目の前に何も無いことを悟ると、固唾を呑み込み、帽子を整えるために俯いた。


「若者よ」

「ッ!」


 だが、声が聞こえた。

 あろうことか、何者も存在しなかったはずの行き止まりからである。

 当然ベロウズは、弾かれるように前へ向き直った。


「栄光への一歩を踏み出した若者よ。勤勉なるお前の小さき第一歩を、私は大いに祝福しよう」


 そこには大男が立っていた。

 長い神官帽に、顔を覆い隠す聖布。それだけを見れば聖職者のようであるが、何も身に着けない上半身は屈強そのもの。分厚い筋肉は鎧を思わせるし、そこに刻まれた幾多もの傷跡は、歴戦の戦士と見て間違いないだろう。

 だが、その手に持つのは豪奢な杖と、分厚い魔導書だ。そちらだけを見るならば、彼は魔導師と呼ぶのがふさわしいだろう。


 正体を測りかねる姿である。

 しかしまとまりのない姿ではあれど、彼には見る者に一つ一つの要素が真実であると思わせるような、不思議な魔力を纏っていた。


 ベロウズは突如として現れた男を見ると、目だけに留めていた喜色を緩め、顔全体に表した。


「あ、あの! 師匠! ぼく……勝ちました!」

「解っている。弟子よ、よくやった」

「ありがとうございます!」

「力を求めるお前の勤勉さが掴み取った、当然の勝利だ。誇るならば、お前自身の力を誇るが良い」

「いえっ。けど……! やっぱり、ぼくが勝てたのは、師匠が教えてくださった魔術のおかげだと、思うので……!」


 ベロウズは深々と頭を下げ、全身で感謝の念を伝えようとするが、師匠と呼ばれた大男はそれを手で制した。


「あの魔術は、基礎に過ぎぬ。感謝するならば、皆伝の後にするべきだな」

「……あれが基礎、なんですか? あんなに凄い、強力な魔術なのに?」

「当然だ。あの如き魔術など、まだまだ教えたうちには入らぬとも」


 大男は宝石が散りばめられた巨大な杖を掲げ、石突で地面を叩く。

 すると先石がにわかに輝きはじめ、僅かな猶予の後に、宝石の上に火球が生成された。


「……やっぱり、師匠のは凄い」


 杖の上に出現したのは、黒い火球であった。

 仄かに赤黒い熱をきらめかせるだけの、光量の少ない地味な火球である。


 しかし、ゆっくりと横に回るその黒い火球は、離れた位置に立つベロウズでさえ汗をかくほどの熱量を周囲に放っていた。


 もしもこれが、放たれ、地に落ちたなら。

 ……その際に広がるであろう大禍を想像して、ベロウズは更に汗を流す。


「この術は、まだまだ栄光への入り口に過ぎん。若者よ。お前はまだまだ、より強い次元へと昇華できるはずだ」

「……ぼくが……?」

「私の見る目に間違いはない。お前は、火と風を混ぜることに関しては随一の才能を持っている。その才能は、この程度の魔術に留まるほど小さきものではないぞ」


 ベロウズの瞳の中に、熱風を発する赤黒い火球が輝く。

 この熱の暴力さえも上回る魔術。ベロウズはそれを夢想し、熱い息を吐き出した。


「さあ、望むか、若者よ。新たな、強き魔術を」

「……」




 ミネオマルタの夜は更ける。


 眠るように静かに。あるいは、息を殺すように、不穏に。


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