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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 粉砕する戦杖
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杭014 立ち止まる千鳥足

「これより“杯のモヘニア”及び“風見鶏のヒューゴ”による、マルタ魔道闘技大会一次予選、第十九戦を開始します!」


 おいおい、ヒューゴ。なんだよその二つ名。

 風見鶏っておい。会場からも笑い声が聞こえてきてるぞ……まぁ、二つ名は本人が好きに付けて良いらしいから、ヒューゴが気にしないなら良いけどさ。


「ウフフッ……風見鶏。素敵な二つ名ね。闘う前に、由来をお聞きしても?」

「あははは、まぁ、由来なんて仰々しいものではないですが。単に、僕がそんな男だということですよ。かくいう、えーっと……モヘニアさん、でしたか。杯というのは?」

「フフ……もちろん、“コレ”のことよ」

「……なるほど」


 流木の杖を持って壇上に立つヒューゴの向こう側には、ゴブレットのような杖を床に立てたモヘニアが居る。

 暗色のフード付きケープの上から更にショールを纏うという非常に暖かそうな装いだが、下半身の方は丈の短いスカートにニーソックスと、ちょっと薄めだ。私と一緒で、あまり脚が冷えないタイプなのかもしれない。


 ……それにしても、ゴブレットの(ステム)をそのまま長くしたような、あの奇妙な形状のロッドが気になってしまう。

 長いとはいえゴブレットのような形を保っているので、地面に置くとそのまま自立するのだ。遠目からだとまるでロッドが自分で倒れないバランスを保っているかのように見えるので、とても奇妙である。


「若輩者ですが、よろしくお願いします」

「ええ、宜しく……フフッ」


 ヒューゴはいつもどおりの胡散臭い笑みを浮かべ、モヘニアは平時通りの熱っぽい(ひょっとすると今も酔っているのかもしれない)笑みで礼を交わす。

 実際に壇上で向き合う二人がどのようなやり取りを行っているのかは観客席からでは知りようもないが、試合前の二人にはどこか緩やかな雰囲気が漂っている風に感じられた。


 距離を開け、初手の位置につく両者。

 自ずと静まりゆく会場の空気が、試合の始まりを予感させる。


 ヒューゴは真剣な表情で流木の杖を前方に差し向けているが、モヘニアはゆらゆらと身体を揺らしながら試合を待っており……その様は、どこか楽しげだ。

 それほどまでに余裕があるのか。それほどまでに強いのか。どんな理由があって、あれほど無防備でいられるのかは知らないけど……私はなんとなく、わかっている。

 モヘニア、多分酔ってるな。


「試合、開始ッ!」


 心地よい酩酊に身体を揺らしていようとも、闘いの始まりは鋭く告げられる。

 真っ先に行動できたのは、当然ながら杖を構え集中していたヒューゴの方だった。


「構えといてなんだけど、僕もある程度近づく必要があるんだよねっ……」


 ん? ヒューゴも前に走っていくのか。

 てことはなんだ。特異科はクライン以外みんな前に出なきゃ戦えないのか。……大丈夫なのか私達。


「フフッ、真っ直ぐ来るの……風見鶏は千鳥足じゃないのね、フフッ」


 ヒューゴは身体強化を使えない。が、彼自身の身体能力は決して低くはない。

 そもそも彼は私よりも背が高いし、肉体はそれなりに鍛えられている。純粋な腕っ節や脚力は、並みの魔道士を軽々と凌駕するだろう。強化無しの素の力なら、確実に私より上のはずだ。

 だから、詰め寄るのは早かった。決して侮れない速度の接近は、あと数秒もしないうちにモヘニアとの距離をゼロにするだろう。


「――けれど鶏なら、火で調理をしないと」


 だが、当然相手はそれを許すはずもない。

 モヘニアは緩慢な動きから一転、非常に慣れたような動きで長柄のゴブレットを振りかぶってみせた。


 投擲が来る。ヒューゴもそれを察知したのだろう、勢いを殺すようにその場に立ち止まり、ロッドを差し向ける。


「“イオニアル(溢れる程の猛火)”」


 振られたゴブレットの狭い口から投げ放たれたのは――何人かは容易く飲み込めるであろう、巨大な赤い業火。

 ヒューゴは突如現れた向かい来る業火に杖を向け、


「ッ――! “テルス(放風)”!」


 それを中心から捻じ曲げるようにして、一瞬で散らせてみせた。

 ……言葉の通りだ。私は何も間違ったことは言っていない。

 ヒューゴが杖を向けたそこを起点に、まるで炎に風穴でも空いたかのようにして……消失したのである。


「あら。ウフフ……不思議ね?」


 ボウマに引き続いての、謎の対抗魔術の登場だ。私達は当然その正体を知っているが、これもまた会場の人々にとっては驚嘆に値する出来事だったのだろう。

 渦巻くようにしてかき消された炎の謎に、騒然となっているようだった。


「ヒューゴの風は距離に難があるが、近いほど威力が高くなる。相手が火属性使いであれば……ボウマ程かはわからんが、相当有利に闘えるだろう」

「へぇ……、面白(おもしれ)ェ魔術だ。あのイケメン野郎、顔だけじゃなかったのか。ま、これからだけどよ」


 “風魔術が右向きの渦を巻く”。

 彼の特異性は風属性であるために、そのものは目に見えないが……こうして炎などを相手にしてみるとわかりやすいな。

 投擲された火炎を一発で掻き消す程の旋風だ。生身で直撃すれば、ズタズタに引き裂かれるのは間違いないだろう。……ある意味で、ボウマよりも恐ろしい特異魔術と言える。


「……いやー、正直死ぬかと思ったよ」

「ウフフッ、残念だわ……それなら……“キュー(水よ)ビアマギア(顕れよ)”」

「!」


 観客でさえ狼狽えるのだ。目の前でやられた方はさぞ混乱するだろう……と思いきや、モヘニアは特に躊躇することも警戒することもなく、新たな魔術を使ってみせた。


「ここで環境系の補助魔術か、豪胆だな」


 それは劇的な変化を及ぼすものではない。水平に構えたゴブレットの口から、ドボドボと夥しい量の水を沸かせるだけの魔術だった。

 が、普通の水魔術とは違い、これは発動し続ける限り常に水を生み出したまま止まることがない。垂れ流しにするだけで投擲に寄る殺傷性こそないが、床を魔術の水で覆うことによる環境支配能力はずば抜けている。


「んー……僕、ちょっと侮られているのかな?」

「フフ……」


 とはいえクラインの言う通り、この場で発動するべき魔術かと言えば……微妙なところだ。

 そもそもこういった環境を万全に整える魔術は一番最初に、距離がある時点で発動しておくべきものであり、詰め寄られた後に使うものでは決して無いのである。


 ……まさか、モヘニアはあの距離からでもまだヒューゴが攻めに入れないと踏んでいるのか?

 それとも、ヒューゴに何か手があったとしても、今発動している術をすぐさま中断し、防御に移れるとでもいうのだろうか?


 水はゴブレットから湧き続け、床を少しずつ侵食してゆく。

 ヒューゴはそれを焦らずに見つめ……しかしどこか苛立ったように、荒々しい動きで杖を構え直した。


「……余裕そうに魔力を浪費してるところ悪いけど、吹き飛ばさせてもらうよ」


 着々と進む下準備を前に、流木杖の先石が仄かに輝く。


「“テルス(風よ)ティアー(吹き荒べ)”」


 ヒューゴの構える杖を起点に、旋風が弾けた。

 旋回する烈風は床を侵食しつつある水を容易く弾き上げ、乾いた白壇を露出させながら突き進んでゆく。

 ただ正面から吹き付けるだけの風ならばこうもいくまい。しかしヒューゴの風は螺旋を描く。床を覆う魔力の水を捲りあげるなど、彼にとっては容易いことだったのだ。


「あら、レディにそんな魔術を使うのは失礼ね? ……“イオニアル(溢れる程の猛火)”」


 しかし、横倒しの竜巻も最後まで届くことはない。

 モヘニアがゴブレットのカップ部分から放つ爆炎は、ヒューゴの風と衝突し、相殺された。

 ……魔術の出が、明らかにモヘニアの方が速い。


「“イオノ(火球よ)テルス(放たれよ)”!」

「くっ!?」

「“キュー(水よ)ディア(襲え)”!」

「うわっ!? “テルス(放風)”!」


 魔術の連射力の差は、遠間からの撃ち合いによってより顕著になった。

 ヒューゴは忙しなく身体を動かしつつ、時折風魔術を使って魔術を相殺してもいるが、それでもモヘニアの魔術の連射は止まらない。

 いや……凄まじい。止まらない、なんてものじゃない。


「なんだあいつ……すげぇな」


 私の隣に座るナタリーが、無意識にそんな賞賛を漏らすほどの勢いで、モヘニアは魔術を連射し続けている。

 それは私がこれまで見た、どんな魔道士よりも早く、そして精密なものであった。


「……オレの知らない魔道士で、あれほどの奴がいたとはな」


 あのクラインさえも褒めている。間違いない。これはいよいよもって……只者ではないということだ。

 でも、だけど……ヒューゴ!


「頑張れヒューゴ! 気合だッ!」


 友達が負けるところは見たくない!

 だから私は腹に力を込めて、周りの観客に負けないくらいの声量で応援した。


「うわっ!?」

「あっ」


 それとほとんど同時に、ヒューゴに炎の塊が着弾した。

 火球は破裂して爆炎を撒き散らし……そしてそこにはもう、ヒューゴの姿はなかった。


 え……いや……最後の一瞬、動きが悪かったように見えたけど……いや、まさかな……。


「勝者、“杯のモヘニア”!」


 勝者の名は高々と告げられ、私はしんと静まり返った皆に振り返る。

 みんなは席から立ち上がった私を見つめながら、どこか……苦笑をしているようだった。


『……試合は時の運というものもある。なに、ロッカは悪くないぞ』

「うんうん。あたしもそう思うじぇ。……まー、確かにちょっとだけ、声でかかったけどな!」

「そうよ、貴女は悪いことなんて何もしてないわ」


 ……そう言われると、ちょっとだけほっとする。

 けど私の大声が、ヒューゴの身を竦めたとしたら……それはちょっと、後味の悪い試合結果だ。

 ていうか、駄目だ。後でヒューゴに謝らないと……。


「……試合中に観客の怒声や音に気圧されるなんざ、よくある事だろ。そいつがそれで負けるのは、単に気概が足りなかっただけだ」

「そ、そうなの、かな……」

「そうだろ。集中が足んねェんだよ。ありゃ自業自得だわ」


 ナタリーが私を援護してくれているように聞こえるのが、ちょっとむず痒い。でもそんなことを言われたからといっても、どこかいたたまれないのは同じだ。


「ウィルコークス君、気にすることはない」

「え……」


 しかし驚くべきことに、クラインまでもが私を慰めてくれるようだった。

 ……内心、こいつからは“今のは君のせいだな”とかビシッと言われるんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたのだが。


「あのまま闘っていても、ヒューゴの劣勢は覆らなかっただろう。“杯のモヘニア”が放つ術は堅実に間合いを埋めていたからな。ヒューゴの風魔術は強力だが、あそこまでの差を強化の瞬発力無しで埋めることは叶わなかったはずだ」

「……いや、クライン。アンタさ」

「? 何だ」

「……そういうのをビシッと言うのも、どうなんだよ」


 クラインが訳が解らないというような顔で、僅かに首を傾げている。


「あー……こういう奴か。へぇ、なるほどな……」


 そんな彼を横目に、ナタリーは小さく鼻で笑い。


「フフッ……まずは最初の勝利に、乾杯?」


 試合後の壇上では機嫌の良さそうなモヘニアが、柄長のゴブレットを軽く掲げていた。





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