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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 粉砕する戦杖

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杭009 粉砕する戦杖

「試合、開始ッ!」


 闘いの始まりを告げる誰かの声が響くと同時に、私はアンドルギンの柄を両手で握ったまま正面へと駆け出した。

 相手との距離は三十メートル。闘技演習場よりも間隔は広かったが、気にせず前へ突き進んでゆく。


「ほう、初撃を警戒せずに距離を詰めるとは! だがそれは“勇敢”ではなく“蛮勇”というものだ!」


 対戦相手のダルナドフは不敵に笑い、樫木(カシ)のロッドを振り上げた。

 未だに相手の魔術の特徴は解っていないが、別に構いやしない。


 私はただ、あの気障ったらしい顔をぶん殴ってやるだけだ。


「“イアノ(火球よ)テルス(放たれよ)”!」


 振り下ろしと共に飛んできたのは、直径一メートルはあろう巨大な火球。

 赤々と輝く炎が真っ直ぐ私に向かい、飲み込み燃やし尽くさんと唸っている。


「危ない!」


 誰かの声か、悲鳴のような叫びが聞こえてきた。


 火球との距離は、目算であと五メートル。

 確かに、闘技演習場では絶望的な距離と相対速度だろう。


 けど、この闘いは学園の闘技演習とは違う。

 今の私には、“身体強化”が許されているのだ。


「おせえ」

「何っ!?」


 火球に直撃する寸前に、強化を込めた力で一気に真横へ跳躍する。

 至近距離の火の熱も、普通は無茶な数メートル近い跳躍も、魔力を強化に回してしまえば、どうということはない。

 ナタリーの放つ鉄針ほどの速度もなく、ルウナの放り投げる水ほどの体積もない。ただ真っ直ぐ飛んでくるだけの攻撃なんか、強化が無かったとしても余裕で避けられる。


「こ、これは意外! まさか避け……くっ、“スティ(いでよ)ディ・カトレット(抜き身の曲剣達)”!」


 次に相手が投げて来たのは、回転しながら襲いかかる二枚の曲刃だ。

 けれどその二枚とも、このまま走り続ける私に直撃することのないコースで飛来している。

 なら、無視だ。虚仮威しに付き合っていられるほど、今の私は機嫌がよろしくない。


「“スティ(いでよ)リオ・カトレット(抜き身の曲剣達)”!」


 ――おっと、連続発動か。


 すごいな。まだ剣が飛んでる間にもう一度、しかも最初よりも剣が一枚分多い術を使ってきやがった。

 その上、投擲の速度が速い。このままだと五枚の曲刀は、丁度私とすれ違う辺りで横並びになるだろう。

 さすがにここまで多くの刃を寸前で器用に避けられるほど、身体強化の回避は万能ではない。


 じゃあ、どうするか?

 決まってる。


「オラァッ!」

「え――」


 両足でしっかりと地面を踏みしめ、小指まで柄を握り込み、アンドルギンの鋭利かつ重鈍な嘴を思いっきり真上に振り抜く。

 勢い良く振り上げたアンドルギンは、私に迫りくる中央の曲刃(カトレット)を何の手応えも無く、一瞬で粉砕してみせた。


「は、え……」


 振り切ったアンドルギンの向こう側では、ダルナドフの気障な顔が驚愕に染まっていた。


 そんなに、イメージできないもんだろうかね。

 薄っぺらい刃物と鶴嘴、どっちが強いかなんて、わかりきった事だろうよ。

 私がこのアンドルギンを本気で振り抜いて殴りつけてやれば、ナタリーが放つデカい鉄針だって、一撃で消してやれるんだ。

 (ドット)どころか石柱(アブローム)を出す必要もない攻撃だ。


 ……それしか出来ないくらいの低い実力なのか、舐め腐って啄むような術を選んだのか……この際、それはどっちでもいい。

 どっちだろうと、気に食わない。


「テメェ……その程度かッ!? ああッ!?」

「ひっ……!」


 私はアンドルギンを振り下ろし、石壇を砕きながら吠えた。

 一個きりの火球。薄っぺらな刃。そんなもんで私に勝てると思っていたのなら、これほど苛つく事もない。


「コケにしてねぇで、本気で来やがれスカタンッ!」

「く、お、おのれぇッ! 先程から言わせておけばッ!」


 相手の顔にようやく闘志が宿ったと同時に、私は深々と突き刺さったアンドルギンを抜き取って走り出した。

 距離はもう、ほとんど無に等しい。相手の懐はすぐそこだ。

 身体強化を込めた駆け足は僅かな距離を一瞬のうちに切り詰める。ここまで来てしまえば、相手に許された魔術は残り一発だろう。


 私のアンドルギンが頭をかち割るのが速いか、相手の魔術が速いか。


 身体強化と魔術。

 果たしてどちらが強いか、是非とも試してみたいところだ――


「“キュアーズ(水精よ)ラギレルテル(跳ねろ)”ッ!」


 ――が、私は力自慢をしに来た訳じゃない。


 相手のロッドから放たれた濁流を前に、私は再びアンドルギンを大きく掲げ、そのまま素早く振り下ろし――。


「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”!」


 床を打ち砕いた鶴嘴を起点に、最も使い慣れた魔術を発動させた。

 破砕した石壇から伸びる一本の長い石柱。軽めの攻撃ならこれだけでも防げるが、おそらく向こう側から襲いかかってくる濁流は、この程度の障害物など容易く飲み込んでしまうだろう。


「激流の力を備えた水の攻撃魔術だ! その程度の障壁で防げるものかッ!」


 その通り。だからこそ……。


「オラァッ……!」


 壁にした石柱を強化した私自身で、“支える”!


「な、なに!? 何故倒れない!?」


 確かに濁流の勢いは凄まじい。

 こうしてアンドルギンの先で石柱の上部を抑えていても、中程から砕けてしまいそうなほどの圧力を感じる。

 両脚から力を抜けば、そのまま石柱に押しつぶされてしまいそうだ。


 ……だけど、それでも。

 ルウナとの戦いで食らった“キュールズ(瀑布よ)ミドヘテル(渦巻き)ディアモット(襲いかかれ)”と比べれば、全然軽い。


「馬鹿な、この程度の術で僕の……!」


 ゼロ距離で放たれた鉄砲水は一瞬のうちに収まり、石柱の両脇を流れ去っていった。

 術の勢いは凄まじかったけど、水の質量自体はそれほどでもないということだろう。


「私の番だな……?」


 今の濁流で石柱は摩耗しただろうけど、まだ折れずに形を残している。

 私は水の滴るアンドルギンを改めて強く握り直し、腰を入れるように低く構えた。


「馬鹿め! “テルス(風に)キュアー(凍てつけ)”!」


 石柱の向こう側からやってきた冷気が床の水を浚い、私のブーツと一緒に凍てつかせる。

 氷は足首にまで達し、私の下半身の動きに制限をかけたようだ。


 が、これが何だというのか。

 この程度の拘束、坑道で砂利に埋もれた時ほどの圧迫感も無い。

 それに、既に私は“構え”を取り終えている。


「君のような狂犬を縛るには時間稼ぎにしかならないだろうが、次の一撃を当てればそれで終わりだ! 覚悟するがいい!」


 石柱の重心を睨み、その向こう側で響く男の声から位置を特定する。

 全身に魔力を漲らせ、頑丈な又目樫木(まためかし)の柄を強く握り締める。


 後はこの渾身の一撃を……叩きつけるだけ!


「お……――ラァッ!!」


 本気で振り抜いたアンドルギンの切っ先が、私が生み出した石柱の真ん中を綺麗に打ち砕く。

 強烈な一撃によって中心まで砕かれた石柱は、全体の半分以上を細かな飛礫に変えて飛散し――。


「さあ僕の必殺……えっ!?」


 ――無数の破片は、向こう側で勝ち誇っていた男へと殺到した。




「え……勝者、“クランブル・ロッカ”!」


 残ったのは、根本だけになったアブロームの残骸と、水たまり。

 そして、勝者の私だけだった。


 客入りの悪い演習場は、それにしても失礼なくらいの静寂に包まれている。

 私はいつの間にか氷から抜け出ていたブーツから氷を払い、荒っぽく扱ったアンドルギンを手の中でくるくると回し、最後に肩へと預け、一息つく。


「……よし、スッキリした」


 勝者を祝福する歓声は、遅れてやってきた。


 ムカつく野郎を無傷でぶっ飛ばし、予定通り一分以内に勝利する。なんて晴れやかな気分だろうか。

 ……喧嘩をしにきたつもりではないけれど、こうして気分がスカっとする辺り、喧嘩腰で闘っていたのかもしれない。勝ったけれど、そこは反省だな。


 ……ま、気分が良いのは、良いことだろう。


 私は軽く右手を挙げて歓声に応えると、これまでにない充足感と共にフィールドを後にしたのだった。




「あれ杖なのかよ……」

「ほとんど強化による力押しみたいなもんじゃないのよ……!」

「許されんのか、あんな闘い方……」

「……ぁあ?」

「ヒッ……!」


 観客席に戻る途中、なんだか私に対して文句があるらしい奴らが居たので、ちょっと不機嫌になった。

 まるで私の闘い方がルール違反であるかのような言い方である。甚だ不本意だ。


「“クランブル・ロッカ”だ……!」

「行こうぜ、ここはヤバい」

「目がマジだ……殺される……」


 おい。なんだよお前ら。待てよ。

 ここはヤバいって何だよ。目がマジってなんだよ。殺さねえよ。


「何言ってんだよ、オイ。アンタらどこの学園の魔道士だよ」

「ひぃっ!」


 そう言って私がちょっと詰め寄ると、三人組の名も知らぬ魔道士は必死の形相で逃げていった。

 小走りでも早歩きでもない、全力疾走だった。別にあの連中と仲良くしたかったわけではないけれど、意味もなく本気で逃げられるのって、なんだかものすごく悲しい気分だ。


「チッ、せっかく良い感じで勝ったのに……」


 紛れもなく、私の魔道士人生において最もスカッとする勝ち方だったと思う。

 だというのに、最後の最後で頬に冷水を掛けられた感じである。




「やあロッカ、試合見てたよ。なんていうか……凄かったな」

「あたしも見てたー! ロッカの闘い方、すげー怖かったじぇ!」

『一方的な展開だったな! 見事だ!』


 ソーニャ達の観客席に戻ってみると、そこにはなんとライカン達三人も一緒だった。


「え、皆も見てくれたの? ていうか、そっちの方の、ヒューゴとボウマの試合は?」

「僕らはかなり後になるみたいだったから、先に二人の方を見ようと思って来たんだよ。二人共、試合が早くて忙しそうだね」

「あたしたちほとんど夕方からだじぇ」


 おお、そうか。二人はこっちとは違って、遅い時間帯に試合をやるようである。

 それはそれで、みんなの試合が見れるので幸運だ。クラインの試合が終わり次第、ヒューゴ達の会場に移動できそうだ。


「ロッカ、予選一回戦突破おめでとう。結構長引くかなって思ったけど……思った以上に豪快だったわね」

「うん。ありがとう、ソーニャ。皆も」


 私としても、確かに豪快な試合の持っていき方をしたと思う。

 何せ使った魔術が石柱(アブローム)一発だけである。その上、最後の決め手が完全に腕力ときた。

 ……うん。さっきの魔道士三人組も陰口してたけど、あの決着は確かに……“何だよ”って言いたくなるかもしれないな。


 そう思った時、私はどうもクラインの反応が気になってしまった。

 魔術戦に詳しい彼は、先程の私の闘い方についてどう思うのだろうか。


 クラインは私の視線に気付いたようで、考え込むように軽くドームを仰いだ。


「ふむ。まぁ……最後の一撃に関しては、少々強引だったな。もしも最後、あの場面で氷結術でなく質量系の鉄魔術を打ち込まれていたとしたら……その後の展開は不利に傾いていただろうな」

「あ」


 確かにそうだ。

 最後の場面、もしも相手が靴を凍らせてきた場面で別の攻撃をしてきたとしたら……その時、私はどうなっていただろうか。


 ……以前、私がクラインと闘技演習をした時に似たような負け方をした。

 最初に私が石柱を生成し、直後にクラインの質量系鉄魔術が襲い掛かってきて……。


 ……そんな流れになっていたとしたら、私は同じようにあっさりと敗北していたのかもしれない。

 そう思うと、急に背筋が冷えた気分になる。


「だが結局のところ、わからん。試合中は咄嗟の機転で、その破砕杖で逆に相手の魔術を消していた可能性もあるからな」

「そうか……うーん。けど、やっぱり軽率だったのかな……次からは気をつけないと駄目か」


 試合中はほとんど夢中になって闘っていたけど、蛮勇なところも大いにあったようだ。

 石柱をぶっ壊す前に、隣にもう一発置くなりすれば……いや、でも床は水浸しで術は発動できなかっただろうし……。

 うーん、相変わらず難しいなぁ。魔術戦ってのは……。


『ああ、消したといえば、だ』

「ん? 何?」

『迫りくる敵の曲剣(カトレット)を迎撃したあの動き、あれはなかなか見事だったぞ。先の重い獲物でよく正確に叩き落とせたものだ』

「え? あ、そう? ……へへ、ありがとう。まぁ、強化してればあれくらい平気だよ」

「あたしじゃ、あんなに早くは振れないなぁー」

「ま、商売道具みたいなもんだしね」


 試合に勝った後だし、誇らしい気分になるのは当然だけど、やっぱりこうして直接褒められてみると、なかなか気恥ずかしいものがある。

 もちろん、全然悪い気分にはならない。凄く良い気分だ。


 ソーニャは私に怪我がないか、ちょっと大げさなくらい心配してくれるし、ボウマやライカンは素直に試合の良かった部分を褒めてくれる。

 クラインは……なんか陰でヒューゴの肘鉄を食らっていた。どうしたアンタ達。


「ん、ああ。そうだな。……総合して評価すれば、良い試合だったと言えるだろう」

「おお」


 クラインも軽く咳払いをした後に褒めてくれた。珍しいこともあるもんだな。


「ダルナドフ。オレも詳しくはないが、相手は理総校の属性科だそうだ。操る属性の数は四または五といったところだろう。“キュアーズ(水精よ)ラギレルテル(跳ねろ)”を発動させている所を見るに、おそらくは風の魔術も扱えるはずだ。五属性術士(ペンタゴン)クラスの魔道士を相手に一方的に勝利できたということは、大きな意味を持つ」

「ほー」


 そうか、相手は強かったのか。

 まぁ短い試合だったけど、器用に色々な魔術使ってきてたしな。

 気障だけど、魔術の才能はあったのかもしれない。


 ……私はそれに、勝てたんだな。


「君は最後に詰めの甘い所はあったが、逆に言えば相手の方は、もっと甘いが故に負けたのだ。流動的な試合に、完全を求めることは難しい」

「うん」

「おい、クライン。つまりまとめて言うと、何なんだよ?」


 長々と語りそうな雰囲気でも悟ったのだろうか、ヒューゴが呆れたように促すと、クラインは眼鏡のブリッジを抑えて小さく呻いた。


「つまり。……ウィルコークス君。君の完勝ということだ」

「……よし、クラインからのお墨付きがもらえたなら、文句なしに良い試合だったってことだな」

「まぁ、そういうことだ」

「よし」


 クラインが認めるほどの勝利。

 ……そう言われてみると、結構嬉しいな。

 私が魔術を教わったのはほとんどクラインが初めてだし、避け方の特訓だって、彼がいてこそのものだった。

 これが免許皆伝ってやつかな? あれ、それは剣術だったっけ。魔術って何かそういうの、あったっけな……。


「……んーん。んー、まあいいか。けどクライン、次は君の試合があるんだろ? 君もそろそろ、準備をした方が良いんじゃないか?」

『相手はニット=モルドロアというらしいな。クライン、緊張せず、何時も通りいくんだぞ』


 ああ、そうだ。五戦目はクラインの試合が入っているんだった。

 クラインにも控え室での準備は必要だろうし、こうして観客席で長々と話している暇はないだろう。


「……ああ、そうだな。そろそろ準備を整えてくるとしよう」

「頑張れよ、クライン」

「がんばれぇー」

「……ふん。言われなくとも、すぐに勝って戻ってくる」


 私の試合の振り返りもそこそこに、次はクラインの試合観戦だ。

 クラインは強いし、ほとんど心配もしてないけど……さて、どうなることやら。


 余裕ぶっこいてつまらない負け方するんじゃないぞ、クライン。


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