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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 吹き込む熱風

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鑿014 取り回す撃槌

 美味しい焼き物と、あっさりとしたクイン水。

 野菜はやたらと多いし、飲み物で酔うこともない。私好みの満足感はないけれど、これはこれで健康的で良いのではないだろうか。


 食べている皆の姿を見れば、誰もが思い思いに料理を取り分け、楽しんでいる。

 ボウマはライカンが作ったワインソースを絡めた厚切り肉に夢中だし、クラインは黙々と野菜だけを処理し続けている。ライカンは食べることよりも、焼き加減の世話をすることの方が大事みたいだ。

 こうして皆の姿を眺めているだけでも、個性が見えてくる。それはもちろん、現在学園の裏門を監視中のヒューゴにも言えることだった。


「……なーんであの男はいつも変なことに首突っ込んでるのかしらね……」

「確かに」


 ソーニャの隣で相槌を打ちながら、ヒューゴを見る。

 彼は現在、とっくに冷め切った肉をフォークに刺したまま、ずっと学園の方を注視し続けている。

 灼灯である程度道が照らされているとはいえ薄暗く、とてもはっきりとは見えない。

 こうなってはもう自分の手元のことだけに集中するのが一番だと思うのだが……それでも人の動向を探り続けたいという無駄に強い意志は、さすがヒューゴだと言うべきか。


「物騒な言い方かもしれないけど……ボウマの言う通り、あまり色々な事に首を突っ込まないのが彼のためだと思うのよね」

「ヒューゴの?」

「ええ。ミネオマルタはまだ治安が良いから平気だけど、他の都市だったら本当に危険だわ」

「……まぁ、だよね」


 人様の秘密を探るにせよ、聞き耳を立てるだけにせよ、もうちょっと抑えてやってもらいたいものだ。

 世の中、知りたくもない秘密を抱えている奴なんていくらでもいる。変に覗くと痛い目を見るぞ。……って、父さんも言ってたし。


「まぁ……ヒューゴの持つ情報量が、その道の人よりも多そうなのは、否定出来ないけどね」

「あはは、確かにね」


 ソーニャの言う通り、確かにヒューゴの噂好きには危なっかしいところもあるけれど、同時に異様なまでに詳しくもある。

 彼は度々私たちに仕事を持ってきてくれたり、地下水道の調査でも私にさりげなく落水口のヒントなども提供してくれたりして、とにかく幅が広い。

 ソーニャだって聞けば何だって返ってくるような物知りさんだけど、ヒューゴはどうしてか、それ以上に広い知識を持っていそうな雰囲気を纏っている。

 どういう雰囲気だと自分で言って自分で問いかけたくなるが、そういう雰囲気はそういう雰囲気なのだ。


「……お? 何か……馬車が入っていくみたいだぞ?」


 しばらくそうして呑気に話していたのだが、ヒューゴが何かに気づいたのか、浅く腰を持ち上げた。

 彼の興味深そうな視線は学園の裏手側へと向けられており、私達も何事かと注視してみると……確かに、そこには学園へと入ってゆく一台の馬車の姿があった。


『……本当だな』

「妙ね。学園は閉鎖してるはずなのに、あんなにあっさりと入っていくなんて」


 街灯の灯も僅かなため、あまりはっきりとは見えない。

 だがその馬車にはどこかしらのギルドの紋章もなければ、その造りも大して見覚えのない……言い方を変えれば、ここらでは見ないタイプの馬車だった。

 ……怪しい。馬車の姿を認めた途端、それまでワイワイと食べていた皆の声がピタリと止まる。


「ああいう客人を招くために学園を閉鎖したんだろう。それだけのことだ」


 が、唯一クラインだけはつまらなそうにアスパラを齧っている。

 ……なるほど確かに、特別な偉い人を招待するためだとしたら……この急な閉鎖にも説明がつくか。


「けど、見るからに怪しいよぅ」

『学園が迎える要人とは一体誰なのだ? クライン、思い当たるところは――』

「ない。ヒューゴに聞け」

『そうか。ヒューゴ、どうなんだ?』

「何故僕に回ってきたんだい」


 ヒューゴは苦笑しているが、それもしばらくしてすぐに得意げなものへと変わった。

 自信に満ちた、どこか楽しむような表情。まさかヒューゴ、知っているのか。


「いや、僕も知らない」

「知らないのかよ」


 勝手に期待した分の落差で持ってた金属串がねじ曲がっちまったじゃねーか。


「いや、だってここ最近の中央や学園の忙しさに関しては、どれだけ情報を集めようとしても入ってこないんだぜ? 大抵は何かしらの噂のひとつでも漏れるべきなのに、それさえ一つも散らばってない。だったらもう自分で調べてみるしかないじゃないか」

「ヒューゴ、貴方って新聞に載るまで待てないタイプなのかしら」

「んー、歩いて間に合う距離なら、自分から調べていきたいね!」


 ヒューゴは笑顔でそう答えた。野次馬根性もそこまでいけば大したものである。


「ってかあの馬車さぁ。さっきから止まって全然動いてないじぇ?」

「あれ? 本当だ。なんであんな所で……」

『ふむ……?』


 さっきから話していて気付けなかったが、不明な馬車は学園の敷地内に入ってすぐのところで、動くのをやめていた。

 灯りもないのでほとんど見えないようなものだったが、闇ばかり見ていて目がなれた。間違いない。あの馬車は変な所で止まったままである。


「……なんで停車させたのかしらね。馬車をつけるなら、もっと奥に場所があったはずだけど」

「うん、その通りだな……自分から見ようって提案しといてなんだけど、あの馬車、犯罪絡みじゃないだろうな……?」


 犯罪って……カナルオルムみたいな連中のことか。そんなもんがそう頻繁にあってたまるものか。

 ……いや、じゃなくてこの場合は、学園側が怪しいことをしていないか、っていうことか。


 少しだけ不穏な空気が流れる中で、ようやくクラインも興味を示したのか、顔を上げて停まった馬車を見つめている。

 最初は誰も乗り気でもなかったのが、いつの間にやら全員揃って野次馬根性全開だ。それはもちろん、私だって例外ではない。


 食事中に訪れた、不意の静寂。

 私達は目を凝らし、耳をそばだてていた。


「……ッ!」


 そしてその時、離れたテーブルに座っていた用心棒のレティーが急に立ち上がった。

 突然の物音と、用心棒が激しい動きをしたことに、私達の心臓が一気に跳ねる。


「クライン=ユノボイドさん、私の後ろに」


 立ち上がったレティーが、私の目にも留まらぬ程の速さで、一瞬でこちらまでやってきた。

 走ったのか跳んだのかもわからないが、気付けばレティーはすぐそこで、クラインを庇うようにして立っていたのである。


「な、何? 何があったの!?」

『……殺気だ。馬車側から向けられている』


 レティーと共に、ライカンも立ち上がって馬車の方を見た。

 ……用心棒のレティーは何かを察知したし、ライカンも同じような何かを感じ取ったらしいが……。


「……わかる?」

「じぇんじぇん」

「な、何があったんだ……」


 私もボウマもソーニャもヒューゴも、何のことだかさっぱりわからなかった。

 殺気? そんなものを感じ取れるような技能を私は持っていない。


 けど、ライカンやレティーの態度が悪戯の類でないことはわかっているので、“絶対に何かある”というつもりで立ち上がり、私達も警戒心を呼び覚ます。


「……面倒事の予感しかしないが」


 最後に立ったのは、レティーに庇われているクラインだった。

 こいつについて言えば、命を張ってもらっているのだからもう少し早く動いてくれと思わないでもない。


『用心棒殿、あの馬車について何かご存知か?』

「知らない」

『ならば……この感覚、俺の勘が鈍っているせいではないな?』

「あっち側から敵意を感じる。それは間違いないわ」


 レティーは外套の前を留めるボタンを外し、両腕を広げて臨戦態勢を整えた。

 その両手に握られていたのは、短剣。彼女は二本一対であろう同じ意匠の剣を構え、馬車をじっと見つめていた。

 華奢そうだし、全身を包むような外套を着ているから魔道士さんか何かだと思っていたが、このボディーガードさんはどうやら刀剣類で戦うようなタイプの人間だったらしい。


「……よくわかんないけど。何かが私達を狙ってるってんなら、やってやらなきゃな」


 何が来るのか、何が狙っているのかは、私には全然わからない。

 馬車にいるのは何者なのか。空き巣か? 盗賊団か? それとも暗殺者か? 考えればいくらでも嫌な予想は浮かび上がるし、逆に言えばどれも想像の域を出ないものばかり。


 けど友達が“危ない”って言うのなら、私も最大限それを信じよう。


 私はテーブルに立てかけた破砕杖アンドルギンをぐるりと取り回し、魔力を込めてそれを構えた。

 身体強化は万全だ。ライカンほどは使えないけれど、咄嗟の事態が起きても動ける程度の自信はある。


「ロッカ、危ないんじゃ……!?」

「大丈夫、ソーニャはそこでじっとしてて」


 今日は酒を飲んでいなくて助かった。

 おかげでどうにか足を引っ張ること無く、ソーニャを守るくらいはできそうだ。


 前に出たのは、用心棒のレティーとライカンと私。

 ボウマとヒューゴはそこまで動かないまでもソーニャの近くで警戒しており、クラインは……椅子に座ったまま、じっと馬車の方を見据えている。あいつはあいつなりに気を張っているのだろう。


「……馬車から、魔力が流れている。膨大な。強い相手。気をつけて」


 ぶつ切りの言葉でレティーは言う。

 魔力が流れていると言われても、魔力自体は目に見えないし、色も感触もない。が、その道の人が言うのなら間違いはないのだろう。

 馬車からとんでもなくおっかない奴が出てくることを覚悟しておけ。そういうことだ。


『……何かが、馬車から出てきたな』


 馬車がギシリと音を立てて、その人物が地に降りる。

 闇を睨んでいるうちに、自然と私の目も慣れてきた。

 ライカンの言う通り、どうやら馬車から一人離れたらしい。


 人数は、意外なことにそいつだけ。複数いるこちらに気付いているとしたら、かなり心もとない人数だ。


 だがそいつは、一歩一歩とこちらに歩み寄っている。

 逃げるような素振りはないし、探るような足運びではなかった。迷いなく私達へと近づいてくる。


 ……そのうちに、いくらか相手の輪郭もはっきりと見えてきた。


「なんだ……あいつ」

「……機人ね」

『でなければ……間違いなく魔族だろうな』


 友好的に、静かに近づいてくる奴なら結構だ。こっちだって荒事はしたくないし、何事も無く過ぎ去ってほしいとも思う。

 けど、それはあくまでも“普通の人”に限った話であって……。


 ――背中から何本もの武器付きアーム(義碗)を生やした奴とは、あまりお近づきになりたくはない。


 見えるのは、あくまで影。相手も全身真っ黒なのだろう。輪郭だけが辛うじて闇の中に映っているだけの姿だ。

 だがその形が異常であることは、ここからでもはっきりとわかる。

 背中から生えているらしい義腕からは、間違いなく武器であろう刺々しいシルエットが備わっていた。

 槍のように尖ったものもあれば、斧のように弧を描くものもある。とてもではないが、穏やかとは言えない輪郭像だ。


 あれに近づかれては、それだけで危険が高まる。


「アンタ、止まりなよ」


 私はライカンの前に出て、異形の影に声をかけた。

 肩にはアンドルギンを担ぎ、身体強化は満遍なく全身に行き渡らせる。


 これでいつでも迎撃できるし、すぐに動いてアンドルギンを叩きつけられるだろう。

 ついでに、左手の中には無詠唱の魔術で作った小石も握りこんでおく。昔は作った小石を握って殴りつけることもあったけれど、今のこれは牽制用だ。強化した体で思い切り投げつけてやれば、魔術並とは言わないまでも、多少の威力にはなるだろう。


『止まれ、と。ほう、俺にそのような口を訊くか』


 私が発した警告に対し、影は一向に足を止める様子がない。男性のものらしき低い電子音は、私を嘲笑っているかのようだった。

 一歩一歩と踏みしめて、着実にこちらに近づいてくる。


 詰まる距離と共に大きくなる殺気。


 煌々と輝く赤い眼光ランプ。

 艶の微かな、鈍色の刃物だらけの機体。

 私はいよいよ、目の前に見えるそいつを“敵”だと判断した。


『いや、ロッカ待て。あれは……』

「動いてんじゃねーぞ」


 ライカンは何故か私を止めようとしたが、今は少しの隙も与えるわけにもいかない。

 私は左手に握った小石を思い切り振りかぶって、黒い機人の足元に向かって投擲した。


 本気の投擲だ。人に当たれば血を流すだろうし、場所によっては悶絶して蹲るくらいの力は込めてある。


 だが、これはあくまでも“警告”だ。

 私はあくまでも機人の男の足元を狙っただけで、直撃させるようなつもりは毛頭なかった。ただ、相手をビビらせて足止めさせることが狙いだったのである。


『良い度胸だ、小娘!』


 だが、黒い機人は私の予想を大きく裏切る行動に出た。


 私が思い切り小石を投げたその瞬間に、黒い機人は常識離れした速度で駆け出したのだ。

 本来は地面を穿つはずだった小石の着弾地点にまで一歩を踏み出し……その小石は、鮮やかな断面を見せて真っ二つに断ち切られてしまった。


「えっ……!」

『狼煙は上がったと見なすぞ!』


 驚く間にも、黒い機人はこちらに迫ってくる。

 私が本気で身体強化した時の全力疾走を遥かに上回る速度の接近だ。


 刃物だらけの重金属が、敵意を持って襲い掛かってくる。

 ……まさか、さっきのは体にゴテゴテついてる刃物で石を切ったってのか!?


 咄嗟な危機感と適度な混乱に、私の体は魔術よりもずっと慣れた反射行動を掴み取った。


「ふざけん……なッ!」


 アンドルギンの柄を強く握り、下から衝き上げるようにして振り上げる。

 ツルハシを人に向けて振るうなんて、デムハムドではもっての外の危険行為であるが、今はそんな悠長を言ってられる状況でもない。


『ふん、そのような軟弱な武器で俺を――!?』


 機人の男は何をトチ狂ったのか、全力で振り回されたツルハシに向かって全速力のまま突っ込んできた。

 相手は少しも怯むことなく私に接近し、そのまま何故かアンドルギンに大して膝蹴りをかまそうとしてきたが……。


 黒い機人はアンドルギンの一撃を受けて、五メートル近く後ろへと吹っ飛んでいった。


『……ほう? これは、なんと。面白い』


 ……いや、吹っ飛んでいっただけか!?

 ダークスチールのツルハシを全力で振ったんだぞ!? 普通なら刃先が貫通するはずなのに……!


『ロッカ、落ち着け』

「うわっ!? な、何!?」


 私が焦燥感に包まれている間に、ライカンは私の背後からガッシリと腋を抱え込み、拘束してきた。


『気付くのが遅れてすまん。あれは敵じゃないぞ』

「は!? いや、でもさっき私の方に!」

『よく見てみろ』


 ライカンが私を抱え込んだまま、黒い機人の方を指で指し示す。

 そこには両腕を組んで仁王立ちする怪しい機人男と、それに対してレティーが何かを訴えかけている所であった。


 ……状況はよくわからない。

 わからないけど……今のあのレティーと機人の落ち着いたやり取りを見るに……。


「……ライカン、私もしかして、やっちゃ駄目なことした?」

『いや。さすがにあれは俺も驚いたからな。ロッカに過失は……無いだろう。多分』

「そっか……お偉いさんじゃなければ、まぁなんとかなるかな……」

『……うむ』


 どうやらあの機人の男は……先程までの猪突猛進ぶりからは意外と言うしかなかったが、話が通じる類の相手らしい。

 レティーが対応している所を見るに、やはり不幸な行き違いがあったのだろう。


 ともあれ、まぁ、人死にも物騒な事も起きずに良かった……。


「あー……」

「いやー……」

「……ねえ、ヒューゴ。ソーニャ。なんでそんな顔してんの」


 私はそうやって一人で安堵していたのだが……口元を抑えて小さく呻いている二人の姿を見ると、どうしても強い不安を感じてしまうのであった。




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