鑿012 詰め寄る怒涛
「むかつく」
「不愉快だ」
廊下を早足で歩く途中、私とクラインの声が重なった。
独り言の内容は概ね同じだった。見合わせたお互いの表情も、多分そっくりなのだろう。
私達は少しだけお互いの顔を見合わせた後、すぐに元の早足で歩き始める。
後ろにはまだソーニャ達もいるだろうけれど、私はどうしても、今すぐにあの工作実験室を離れたかったのだ。
「上級生なら少しはまともかと思ったのに、陰湿な所はそのまんまなんだな。……ったく、気分悪い」
私の不機嫌の原因は、属性科六年の学徒たちの態度である。
最初は他よりは大人しいかなと思ったのに、ベロウズさんがゴーレムの修理を買って出たらすぐに陰口を叩き始めた。
あの、相手にわざと聞こえるくらいの声で嫌味ったらしいことを囁く根性が、気に食わないのだ。
属性科の三年も、ミスイとかその下にくっついてた連中とかも大概だったけど、六年生になっても変わらないなんて。ミスイがあのまま三年間すくすくと育ったのが並んでいると思うと、無性にむかっ腹が立ってきやがる。
そもそも、なんでベロウズさんがあそこまで変に言われなきゃならないんだ。
ゴーレムを修理できるなんて、普通の人じゃ出来ないような凄いことだろうに。魔具科の人にだって難しいと言わしめたような作業ができるんだぞ。一芸に秀でた人間が貶される意味がわからない。
「毎日毎日鬱陶しい連中だ。自ら光属性術を覚えようという気概もない癖に、何故オレにつきまとうのか」
そして隣のクラインは、度重なる旧貴族のお嬢様達に対して苛立っているようだ。猫背のまま私の早歩きと並んでいる辺り、内に秘めた鬱憤は相当なものなのだろう。
……そういえばさっきの時間も、クラインの隣に座っていたクレア=カーターが何度もクラインに話しかけていた。
きっとあの女も、普段はクラインと話すこともないような奴なのだろう。どこに行っても、初対面同然の女が擦り寄ってくるっていうのは……確かに嫌だな。
もし私の場合だとすると、知らない男が寄ってくるわけか。知らない男が肌に触れてきたら殴って良いって言われてるから、今頃十人くらい診療所送りにしてるかもわからん。
「そもそも、何故あの悪魔が臨時導師としてやってきたんだ。全く不愉快だ」
「……いや、クリームさんは別にいいじゃん」
むしろそっちの方が苛立ち大きそうだな、クライン。
けど、別にクリームさん、特別変なこともしてないし、極々真面目に私達の引率をしてくれたと思うんだけど……。
「良いものか。ウィルコークス君、わかっていないようだから教えてやろう。人にも魔族はいるのだ」
「なんでそんなにお姉さんのこと嫌いなんだよ……」
「嫌いなものは嫌いだ。さっさと滅びればいいものを」
一体こいつとクリームさんの過去に何があったというのだろうか。
……いや、あまり重苦しい話でもなさそうな気がするな、なんとなく。
それはそれで、聞いたら呆れそうだ。聞かないでおくことにしよう。
……今も尚、後ろで私達の後を追っている護衛さんに聞かれても困るしな。
普段ならもう既に今日の講義が終わっている時間だけれど、クリームさんが言うには、一応特異科の講義室に戻ってマコ導師が来るのを待たねばならないのだという。つまり、少し待っていればマコ導師は戻ってくるとの事だ。
講義することもなくただ待つだけの昼というのも、腹が減るばかりでちょっと不毛な感じがする。
けど、こうして全てを終えてだらだらと講義室で皆と駄弁る時間というのは、結構有意義なものだ。
特に、先ほどの工作実験室での話は皆もしたがっていたようで、結構盛り上がった。
「そういえば、どうしてラルーダはボウマの魔術を受け止めきれなかったんだろう」
『ふむ、そうだなぁ。魔具科のガノマンテス導師も、最後まではっきりとした結論は出せなかったようだが。クラインよ、何か解かるか?』
「……ふむ。原因は二つ考えられるが、おそらく……ボウマの起こす爆発が、同時に白い風を作っているためだろうな。反駁石は一定の魔術を無効にできても、魔力に由来しない風までは防ぎようがない」
「ごめん、白い風ってなに」
「魔術で作ったわけじゃない、普通の風って意味だよ、ロッカ」
「へー」
どうやらボウマの魔術によってゴーレムを吹き飛ばしたのは、純粋に魔術の威力によるものではないらしい。
けど考えてみれば、なるほど。爆発によって当然風も生まれるわけだし、その風全てが魔力によるものではないのも確かだ。ゴーレムを吹き飛ばしたのは当然の結果と言える。
「けど、なんでゴーレム相手にあそこまで派手な規模の爆発を使ったのよ。私、突然のことで驚いちゃったわ」
「にへへ……ごめぇん」
「もう、悪戯っ子なんだから」
あまり気にしていないのだろう。それ故にソーニャは非常にソフトに怒ったのだが、ボウマはそれ以上に反省の色無く謝った。
まぁ、ボウマが気のない風に謝るのはいつものことだし、気にするようなことでもない。許すかどうかは私達が決めればいいのだ。
ちなみに勝手に私の髪を三つ編みにした時は許さなかった。またやってきたら、同じようにこねくり回してやろうと思っている。
「……けど、誰だっけ。属性科のあの人。大破したラルーダを修理できるなんて凄いよな」
ヒューゴの言葉に、周りの皆も頷いている。
当然、ベロウズさんを知っていた私は特に何度も頷いた。
「あの人、機人整備店に住み込みで働いてる人なんだよ」
『ほう? ロッカ、知ってるのか』
「そういえば、ロッカと同じテーブルの人だったわね」
「うん。ベロウズさん、結構いい人だと思うよ」
ちょっとオドオドしてる所はあるけれど、悪い人ではないだろう。
私に魔術のアドバイスをしてくれたし、ボウマが壊したゴーレムを率先して直してくれた。とても親切な人であることは間違いない。
「さてな。ベロウズ=ビスマロイド……闘技演習場でも聞かない名前だ。ゴーレムの修理は得意でも、魔術の方は大したことはないのだろう」
けど、クラインはその親切さを見ようともしていない。
判断基準はあくまでも魔術である。
……こういう考え方の奴が多いから、さっきみたいに陰口を叩くのがいるんだろうな。
「別に、あの人が魔術が不得意だって決まったわけじゃないでしょ」
「それもそうだな。実際に見ないことには判断できん。あと一年の間に、観覧の機会があれば良いのだがね」
こいつは本当に……もう、いや、良い。真正面からぶつかっても疲れるだけだろう。
キリのいい所で会話を打ち切っておくのが一番賢い付き合い方だ。
「あー……クライン。僕としては、ああいう技能を認めるのも大事だと思うよ?」
「俺はこの学園に在籍する者は、全て魔術で判断する」
『頑なだなぁ』
「ネクラインだなぁ」
「黙れ」
概ねそのようないつもと同じ感じで、クラインを中心に私達は話していた。
そして丁度、ヒューゴがゴーレムの内部パーツの複雑さについて奇妙な薀蓄を披露しようとした所で、講義室の戸がガラリと開いた。
廊下に立っていたのは、不安そうな表情を浮かべたマコ導師。
彼は廊下で待機していた護衛のレティーに見守られながら、いつも以上になよなよと恐縮した様子で、足早に教壇の前に移動した。
私達は自然と会話をやめ、マコ導師に注目する。
「マコ先生、おはようございます」
「は、はい。おはようございます……」
「マコちゃんだ! どしたん? またラブレターでもきたの?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
『何!? 差出人はどこのケダモノだ!?』
「ライカン、ちょっとうるさいから黙っててもらえる? あなたもケダモノみたいなものでしょ」
「……えっと、実は……あ、そうでした。皆さんごめんなさい、急用がありまして……クリーム准導師に臨時をお願いしてしまいました。講義できなかったですね、ごめんなさい……」
マコ導師は深々と頭を下げ、私たちに謝った。
当然、私達はいいよいいよと口を揃えて言う。マコ導師に頭を下げられると、なんとなく落ち着かないのだ。
「それと……あー……ものすごく急な、立て続けに申し訳ないお話になってしまうのですが……」
「そういえば、僕らが通りがかった時にも学園内の導師さんは随分と慌ただしいようでしたけど。それと何か関係が?」
ヒューゴの問いに、マコ導師が頷いた。
その顔はどこか、少しだけ疲れているようにも見える。
「えっと。そのですね……明日の講義は、全学科・全学年で無しとなりました。というか、明日の学園は警備を配置して準備だけになるので、各施設の利用もできなくなりそうです……」
「……えっ?」
私達の多くの困惑の声が重なった。
「なので、急なお話なのですが……明日はお休みです。また明後日にお会いしましょう……ね?」
……えー。
なんだ。よくわかんないけど、明日休みになってしまった……。
明日の講義がなくなった。
というか、学園に入れなくなるらしい。
それはどうも棟内だけでなく、表にある庭園や屋外演習場も入ってはいけないのだそうだ。
当然私達は、何故いきなり休みになったのか、何があるのかをマコ導師に聞いた。
けれどマコ導師は困ったように“それは守秘義務が”とかなんとか言うばかりで、少しも教えてはくれなかった。
マコ導師がそれだけ頑なに口を閉ざすのだ。よほどの理由があるのかもしれない。
と、私はここで納得して明日の休みを満喫しようと思っていたのだが、気になる奴にとっては、学校が休みになる理由とやらが気になるらしく。
「予定にない学園の休日に、導師達の欠席率の高さ。いやー、面白い匂いしかしないね」
噂好きのヒューゴなどは、それはもう楽しそうであった。
元々、面白い話を求めてあっちこっち歩きまわるような奴である。私でさえちょっと気になるような事件が転がり込んできて、大人しくしているはずもないのだが。
「マコちゃんめっちゃ忙しそうだったにぇー」
『うむ。マコ先生も研究や大会に向けた準備があるからな……俺が手伝えれば良いのだが』
ヒューゴと比べると、ボウマとライカンの二人は然程興味もない。
せいぜい知りたい事情も、マコ導師に関わる事限定だろう。
かくいう私も、今は目の前にあるコビンのもも肉ステーキを平らげる方が重要だし、食べ終わっても大会に向けた術の仕上がりの方が気がかりだ。
今、私達は中央棟一階の食堂で少し遅めの昼食を摂っている。
いるのは私と、ソーニャと、ヒューゴと、ボウマと、ライカンと、クラインである。
総勢六人。特異科内のよく話す面々が、意外なことにひとつのテーブルに勢揃いしていた。食堂でこの面々と食べるのって、ほとんど無かったのではなかろうか。
「んむ……んむんむ……うん、やっぱりコビンのもも肉は美味しい。安っぽい味なんかしないな」
「どうしたのロッカ? ……お肉を食べてるのはいつものことだけど」
「いや、なんかこの肉の味が気に入らないとか言う奴がいてさ」
『もしやクラインか』
「オレは肉の味はどうでもいい。美味かろうが安かろうが絶対に食わん」
「ははは、頑なだなー」
こんな大所帯で飯を食べているのには、ちゃんとした理由は……特に無い。
昼が中途半端に過ぎていたので、腹が良い具合に空いていたのと……食堂から程々に人が掃けていたことが、主な理由なのだろう。
クラインも学園内が使用不能になるという連絡を聞いて手持ち無沙汰な様子だ。こいつはいつも学園のどこかしらで色々やってるからな。
「ねえロッカ、せっかくだし明日は買い物に出かけない?」
「お、良いね。というか、私はこれからでも良いんだけど」
屋外演習場も、今はまだ使えるものの、日暮れを待たずに閉鎖されてしまうらしい。
学園で術の練習ができないなら、これからソーニャと一緒に歩きまわるのも良さそうだ。
「んー、これからはちょっと難しいかな。朝市で、ロッカに見せたいものがあるのよ。セイラの祝祭になると雰囲気のいい小物が結構沢山並んでて、楽しいんだけど……この時間じゃ、多分商人の人はいないわね」
「え、そうなの……」
「セイラの祝祭の品は、太陽が沈みきってから再び登り切るまでにしか売れないことになってるのよ。変な風習だけど」
「へえ……面倒くさいね、セイラ関係って」
月の女神セイラ。太陽の女神マリアの対となる神様で、月の輝きを司るのだそうだ。
私の方ではフットの信仰の方が高いので、セイラもマリアの信仰も全く無いけれど、名前だけなら聞いたことはある。
頑張って探せば、もしかしたらメインヘイムでならセイラの教会や聖堂も見つかるかもしれない。
それでも、セイラはどちらかといえば魔法関係の国でよく崇められている女神様だ。私はセイラの祝祭が何なのか、それに関連する小物がどんな物なのかも、全く想像できなかった。
「ああ、セイラの祭祀用品は人気だよね。……そうか、そろそろ朝市と夜市に出てくる頃だね」
「ヒューゴも知ってるんだ」
「まあね。教示に関心はないけど、小物のデザインが好き……っていう人は多いんだよ。この時期になると、結構売れてるみたいだね。ただ、夜市は暗いし粗悪品も出てくるから、僕としても朝がおすすめかな」
へー……流行りなんだ。
水の国の首都で流行り……ソーニャもおすすめするってことは、よほど良い物なんだろうな。
結構興味が湧いてきた。
「じゃあソーニャ、明日朝から行こう」
「ええ、行きましょ! 一応、お金多めに用意しときなさいよ」
「うん。……ボウマはどうする? 一緒に来る?」
「えー、あたし別にいーやぁ。眠いし、休みなら昼間までぐっすり寝てたいじぇ」
まぁ、それも御尤もだな。朝は寒いし、億劫な気持ちにもなるものだ。
ボウマが来ないなら、ソーニャと二人で見て回ることにしよう。
私の殺風景な部屋を彩ってくれるものが増えるかもしれない。楽しみだ。
「よし、それじゃあ今日はどうする?」
ヒューゴがノダチウオの塩焼きをフォークで貫きながら、どこか期待するように訊ねた。
皆は小さく唸りながら首を捻っている。どうやら、私の他も特にすることが無いらしい。
「だったら、今晩は皆でバーベキューでもしないか?」
『おお、バーベキューか、良いじゃないか。俺の特製ソースの出番だな!』
「バーベキュー! なぁなぁヒューゴ、それって肉も出るん?」
「もちろんだとも。ちょっと広めの場所を取っておくから、夕暮れにそこでやるつもりさ」
ヒューゴが提案したのはバーベキューだった。
ふむ、バーベキューか。喋れるし飲める。行かない理由はない。
「ロッカも来るだろ? 肉あるし」
「……いや、なんで肉があると私が行くことになるんだよ」
「じゃあ肉のないバーベキューに来るかい? 野菜たっぷりだけど」
……なんだそれ、全然行きたくない。
「肉食べる」
「良し、これで五人だ。クライン、君も来るだろ? 鍋とは違って野菜に肉汁がつかないようにするよ」
「当然の処置だ。行こう」
クラインも参加することになった。
光魔術を覚えたからなのだろうか、最近は特に付き合いも良い気がする。
「じゃあソーニャも参加ということで」
「私まだ何も言ってない……けど、良いの? 私も行って」
「もちろんだとも。ソーニャが嫌でなければ大歓迎さ」
ヒューゴが笑顔でそう言うと、ソーニャはどこか気恥ずかしそうにしながら“ありがとう”と呟いた。
……いや、なんだ今のやり取り。私の見間違いでなければ、ちょっと良い感じじゃなかったか。
本当にソーニャとヒューゴとの間には何もないのか? それとも私の考えすぎなのか?
「よしよし。それじゃあ場所は僕が取っておくよ。ただ、今回はいつもと違う所でやるつもりだから」
『違う場所? どこでやるつもりなんだ』
「学園の裏手近くにあるレストランだよ。時々、この食堂なんかとも食材のやり取りをしている店さ。その屋外に、バーベキューができる焚き火台とグリルがあるんだ」
……ああ、見たことあるかも。
裏側の殺風景な、馬車の搬入口に近いところにあるアレか。
入ったことはないけれど、そこそこ広い場所だったことを覚えている。確かに表にはブロンズのテーブルやチェアが沢山あったはずだ。ヒューゴの言う分には、道具に困ることもないのだろう。
「レストラン自体はちょっと高めだし、中はそんなに騒げるような雰囲気じゃないけど、グリルは屋外の端にあるからね。店主さんに許可を貰えば使わせてくれるはずだ」
「……ヒューゴ、よくそんなこと知ってるわね。さすがの私も初耳だわ」
「ま、これはたまたまだよ。偶然知っていただけ。……近いしわかりやすいだろ? 集合は簡単だし、前みたいに材料を持ちあって集まることにしようぜ」
ヒューゴはやけにノリノリでそう締めくくった。
……なんだかいつもより元気というか、勢いがある気がしたけど……まぁ、確かに近いし、場所があるなら何よりだ。
昼間に肉食って夜も肉。うん、全然問題ない。
よーし、今日の夜は腹いっぱい食べるぞー。




