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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦005 悩む烏合

 翌日の朝。


「えーっ!? それって十日後、ナタリーに半殺しにされるってことじゃない!」


 事のあらましを伝えた所、ソーニャに私の半死を予言された。

 言いたいことは確かにわかるけど、そんな直線的に言われると私の心にサクッと刺さるものがある。


 つまり、それほど大変な約束を取り付けてしまったということらしい。

 マコ導師が来る前だというのに、講義室はすぐに収まりそうもない大騒ぎである。

 話の当事者でもあるクラインだけは、相変わらず部屋の隅で読書に耽っているが……。


「な、なあロッカ。話を聞く限りではさ、もっと予定日を先延ばしにできたんじゃないのか?」


 いつも飄々としているヒューゴがこれだけ困ったような顔をしているのだ。状況は一大事に違いない。

 いくら頭の悪い私でも、段々と掴みきれない事態の大きさを悟り始めていた。


「けど九日も練習すれば、あんな鉄槍しか出せないような奴だし……」

「それは手加減されてたからに決まってるでしょ馬鹿ぁ!」

「うわっ」


 大声が鼓膜を撞く。難聴になりそうだ。


「“パイク・ナタリー”の二つ名は飾りじゃないのよ! もしあいつが本気を出せる状況だったら、一瞬で何本も鉄針を生成して、投げて、ロッカを穴だらけにすることもできたのよ!?」


 一瞬で何本も出せるというのは初耳だ。

 けどあいつは属性科でも優等生が集まるAクラスの人間。そんな芸当も、ある意味当然なのかもしれない。

 ……なるほど、考えれば考えるほど、これからどうするべきなのかわからなくなってきたぞ。


「うーん、十日じゃ魔術投擲を習得できるかも怪しいよなぁ……」

「こればかりはあたしでも助言しにくいですなぁ……」

『ロッカが一つでも対抗でき得る魔術を扱えれば、可能性はあるのだが……』


 そう、まずそもそも、私は相手を攻撃できる魔術を持っていない。

 仮にゼロ距離に相手がいるならば、杖を頭上に掲げて岩を落とす事はできる。

 あのサイズの岩だ。クリーンヒットすれば相当な威力になる。頭をカチ割るに十分な重さはあるから、当てれば勝機はあるだろう。

 しかし杖の真下にわざわざ来てくれる相手ではないし、何より相手はメイスを持っている。

 岩を落とす前にそっちで殴られれば、それだけで私の敗北が決定する。


 十日で、ナタリーに対抗できる魔術を覚えなきゃいけない。

 遠い相手に攻撃できる技術、魔術投擲を……。


「とりあえず魔術投擲を使えるようにならないと、話にならないよね?」


 三日も四日も苦節を経たのだ。そろそろ習得できないと困る。

 ただ岩を投げるだけの魔術でも、僅かばかりの勝機にはなるだろう。

 仮に私が負けるとしても、何も出来ずに逃げ回って敗北なんて、そんな惨めな結末にはしたくない。


「十日で魔術投擲ってどうなんだろう……難しそうな気がするけど……」

「え」

「ていうか無理よ、普通の人でも何週間、何ヶ月と修練を積んで出来るようになる杖術なんだから」

「ええっ!?」


 ただ使える魔法を飛ばすだけのことに、そんなに訓練が必要になるのか。

 私の中ではとても簡単そうなイメージだったんだけどな。


「ど、どうしよう」

「どうしようって……」

「とにかく魔術投擲を練習して……」

『できるようになっても、小さな岩を投げるだけなのだろう。他の訓練に時間は割けまい。あのナタリーに通用するだろうか?』

「んでも、使えなきゃオハナシにならないじぇ?」


 話は盛り上がる。どうやら、というよりもやっぱり、と言うべきか。

 大前提として、魔術投擲が出来なければ万が一のチャンスすらもないようだ。

 しかしこの十日間で習得できるかどうかは疑問であり……できたとしても、現状生成できる頭サイズの岩を投げるのみとなってしまう。基礎の基礎、初等術で戦う他ないのだ。

 初等術だけで……それもまた、冷静に見れば、本当に万が一の可能性だ。

 十日後に決定した勝負。

 私は知らずして、自分の首に頑丈な絞首縄を掛けていたのだ。


「はーい、講義を始めま、す……よー……?」


 マコ導師が入室して、皆の顔が一斉にそちらへ注目する。

 彼はほとんどの学徒が着席していない状況を見て、目を点にしていた。


「マコ先生! 助けてください!」

「え、ええっ?」


 とにかく、その道の人に突破口を聞くしか無い。

 そう思った私は彼に詰め寄り、本日の講義もまた、偏ったものに変えてしまうのだった。




「属性科の棟がやけに騒がしかったのは、そういう事だったんですね」


 話を聞いたマコ導師は、とても難しそうな顔でそう言った。

 騒がしいって、つまりあと九日後に迫る決闘の話が既に広まっているということか。

 ナタリーが仲間内に広めるだろうとは予想してたけど、とうとう退けなくなってしまったか。


「お互いが同意の上での闘技演習場の利用は規則違反ではないので、取り締まることもできませんね。自由な闘技演習は国の法でもありますし……」

「私が同意したから、なんですね」

「はい。でも、これからウィルコークスさんが決闘を拒否する意思を示せば……」

「それは嫌です」

「ええっ!?」


 自分から宣言した決闘を撤回するくらいなら、ナタリーにぼこぼこにされて負ける方がまだマシだ。

 後から敵前逃亡だなんて、そんな情けない真似だけはしたくない。

 私の纏う、数少ない箔が全て剥がれ落ちてしまう。


「でもロッカ、行われるのは上級保護の闘技演習よ?」


 上級保護。闘技演習を行う前に取り決める事ができる、演習参加者の保護設定だ。

 闘技演習場の上級保護では、戦っている二人のうち、一人が怪我をするまで続けられるルールである。つまり、保護がものすごく緩い。

 私が見た時には中級だったので、派手な戦いの割には怪我人が出なかったらしいけど……上級となると、運が悪ければ死人も出るとか。

 危なっかしいルールではあるけど、相手を痛めつけたいウサ晴らしの決闘では、これ以上に適した保護ルールもないだろう。


「確かに危ないけど、それは相手も同じってことだよ。公正なルールでやるなら、私は文句は無い」


 相手が卑怯な手に走らないのであれば私は構わない。

 でも現実問題、私に決め手が無いのは深刻だ。


「だからマコ先生、この九日間でどうにかして、戦える魔術を使えるようになりたいんです」

「うーん、話はわかったけど……」


 マコ導師が顎に手を添えて考えこむ仕草は、悩める乙女のようで画になった。

 それだけ直接的な苦悩の姿に、不安な気持ちが煽られる。


 思いついたようでもない曇り気味の顔つきのまま、マコ導師はひとつの提案を思い浮かべ、言った。


「えっと……こういう話は私よりも、ユノボイド君の方が適しているのではないでしょうか」

「え? クラインが?」


 導師さんよりも学徒の方が適していると言われても。

 困るだろう、と思っていたのは私だけだったらしい。


「そうか、クラインならこの状況を打破してくれるかもしれないね」

『うむ。ロッカを助けたともいうしな』

「おーいネクライン! 本なんて読んでないでこっち混ざれよぉ!」


 クラインの名が挙がった時の皆の反応は好意的なものばかりだった。

 “そうだ、その手があった”と、新たな手段に期待するような、そんなリアクション。


 当のクラインはというと、朝からずっと講義室の隅で読書し続けている。

 クラスメイト達はそんなクラインに詰め寄りだした。


「おーいクライン!」


 読書する彼の机に乗っかったのは、ボウマである。

 クラインは食べ物の皿の中に暖炉の灰が飛び込んで来たかのような、露骨に嫌そうな顔をしてみせた。


「なんだ、ボウマ。オレは今忙しいんだ」

「うっせー、ヒマならロッカ手伝え」


 クラインも常識の欠けた所がある無礼な男だけど、ボウマの横暴さも大概だった。

 純粋な分だけ、ボウマの横暴さはタチが悪そうだ。

 ボウマは上半身をクラインの机に預け、脚を浮かせてばたばたと動かしている。

 とても十五の少女には見えない、もっと子供っぽい仕草である。

 下着が見えていることも全く気にしていない。


「クラインは昨日のとーじしゃだったんだろぉ? なら最後まで責任持って手伝えよぅ」

「昨日はな」

「今日もやれ!」

「ふざけるな」


 もっともな反応だ。

 クラインが二度も三度も私を助けてやる義理などない。他人に興味のない彼にとっては、なおさら億劫な事だと思うだろう。


 しかし今の私は藁にも縋りたいほど追い詰められている。

 このクラインという男の実力や指導力はまだまだ不明なところが多いが、それでも昨日私を救ってくれた魔術だけは本物だった。

 周りの皆もクラインならばと言っているのだし、きっと実績もあるのだ。

 私が、一学徒とはいえ彼の力を信じるには、それだけの僅かな材料でも十分だった。


「クライン、頼む。お願いだ」

「……」


 自分から頭を下げるなんて柄じゃない。好きでもない。

 けど今だけは間違いなく、私が頭を下げるべき所だ。


「なんとかしてあのナタリーを、一発殴ってやりたいんだ」


 ナタリーに頭を下げれば、闘技演習はしないと掌を返せば。私は血も流さずに済むだろう。平穏に学園生活に戻れるかもしれない。

 でもそれは、私が本物の腰抜けで、学園に巣くう家畜であるというナタリーの言葉を自ら認めるという事でもある。

 私はそれに抗わなきゃいけない。闘技演習場で決めたあの一発の拳が本物であることを証明しなくちゃいけないんだ。

 そのためなら、何だってする。


「頼む!」


 父さんにもここまで頭を下げることは、そうそう無い。

 それほど私は必死だった。


「おい、クライン。女の子がこんなに頼んでいるんだ、ここで腰を上げずしてだね……」

『うむ。同じ級友として、手を差し伸べるべきだろう』

「ユノボイド君、ウィルコークスさんを助けてあげられませんか……?」

「そうだぞぉ、今度はヘタレインになるつもりかぁ?」

「ああもう、本当にうるさいな、君たちは」


 私が自分のつま先を見つめ続けていると、分厚い本を勢い良く閉じる音がした。


「おい、ウィルコークス君。オレが君を手伝って何のメリットがあるというんだ」

「め、メリット?」

「オレが君をナタリーに勝てるようにしてやって、オレに何の得があるのかと聞いているんだ」

「ナタリーに勝てるのか!?」

「勝てる」


 クラインは断言してみせた。

 与えられた希望に顔を上げて表情を見てみれば、いつも通りの不機嫌そうな顔だった。

 得意げでも不安げでもない、平静ないつもの顔。

 当然のような顔だ。


「オレが勝つ可能性を上げてやる。他の導師が付きっきりに指導するよりも、遥かに高い可能性にな」

「! あ、ありが」

「だがその間は、オレの研究や雑事を並行して手伝ってもらうぞ。丁度、一人では難しい事も多くなってきたからな」

「そんな事で良いなら! 私に任せてくれ!」


 つまりクラインの使いっ走りになれということだろう。

 その程度で力を付けられるのであれば安いものだ。

 いつかの字選室での人使いの荒さが思い出されるが、その時の苦労を考えてみても十分に魅力的な天秤の釣り合いだった。


「ちょっとクライン! あんた、ロッカに変な事をさせたりしないでしょうね!」


 ソーニャは私の中に無い不安を代わりに怒りへ変えて、ボウマの上からクラインの机を強く叩いた。

 彼の机の上が随分と賑やかな事になっている。


「おいネクライン、ロッカに変な真似したらその天パをアフロにしてやんからな?」

「私もただじゃおかないからね……!」

「それ以上オレの机に乗るな。馬鹿の手垢で汚染される」


 私の事などは置き去りにして、ぎゃあぎゃあと言い合いが始まってしまった。

 騒いでいるのは主にボウマだ。

 多分、話の通じないクラインが最終的には勝つんだろうなぁと、ぼんやりと思った。


「はは、ロッカ。短期間でかなりの人気者になったね」

「へ? ……ヒューゴ、茶化さないでよ」


 爽やかに笑いながら、しかし冗談めかさずに彼は言う。


「茶化してなんかないよ。これは僕の本心」

「……ふーん?」


 彼はいつも飄々と、特にボウマなどに対しては平気で嘘をつくので、いまいち信じられない。

 クラインに掴みかかろうとするボウマを眺めながら、ヒューゴは長い溜息をついた。


「まあ、クラインが手伝ってくれるなら、最善は尽くされたってことだろうから。ロッカは安心しなよ」

「……うん、私、そういうの良くわからないから。安心しておくよ」

「はは、素直だな」

「魔術なんて、全然未知の領域だしね」


 そんな未知の土俵で喧嘩をやるのだ。

 これから九日間で、土俵に上がれるだけの厳しい何かをしなくちゃいけない。

 多分特訓が待っているんだろう。厳しい練習をして、クラインのよくわからない手伝いをして……。


 ……とにかく頑張ろう。

 ナタリーの顔に一発決めてやるために。


「おい、ウィルコークス君」

「え? 何?」

「強化した拳で殴るのは闘技演習のルール違反だ。これだけは予め言っておく」


 知ってるよ。やんねーよ。


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