表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 吹き込む熱風

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

268/545

鑿007 密会する美男美女

 そのレストランは味も良く、店内の雰囲気も落ち着いており非の打ち所がなかったが、値段設定はそれなりに高級志向であり、あまり一般市民や地元住民の寄り付かない店であった。

 かといって、位置する場所は富裕層の集まる中央寄りという程でもない。旧貴族などの中央部の客を呼び込むには、少々中途半端な立地である。

 故にこのレストランに集まる客といえば、不定期的にやってくる裕福な旅人か、浮かれた観光客のどちらかがほとんどであった。


 つまり、かの店には見知った顔が少ないという意味であり。

 それは一部の人間にとって、都合のいい密会場として機能していた。


「こんな素敵な店に誘われるなんて、僕にもようやく春が来たのかな」

「はいはい、そういうの良いから」


 薄暗いレストランの隅に、二人の若い男女が向き合っていた。

 一人は長身の優男。ヒューゴ=ノムエル。彼は控えめに言って美男子であった。

 もう一人は美女。ソーニャ=エスペタル。彼女は誰もが認めざるを得ない美しさを備えていた。


 若い美男と美女が酒を交えて夕食を楽しむ姿に、その後の想像を掻き立てられない者は居ないだろう。


 しかし今ここにいる二人は、お互いの見てくれの良さを正しいレベルで認識していながらも、殆ど異性として意識してはいなかった。

 それは要するに、二人が男女の仲を深める為にこの店を訪れたわけではないという事なのであった。


「けど、あまり人に見られたくない状況だってことは本当だよ。ソーニャ、君は学園でもかなり人気がある方だからね。恨まれでもしたら、僕は闇市らへんで刺し殺されてしまうだろうなぁ」

「ま、私は見た目だけなら良いものね。自分で否定はしないわよ?」


 ヒューゴは芝居がかった動きでわざとらしく肩をすくめ、ソーニャもまたそれに応えるように、髪をさらりと掻き上げる。


「けれどソーニャ、君は自慢する割にはもう何十人もソデにしているよね。君に近づいた男の中には、旧貴族の人もいた気がするけど」

「あら、やっぱり貴方って耳が良いのね。けど、興味がないのよ。それは貴方だって同じでしょ?」

「まぁ、そりゃあね。この国(ミネオマルタ)で子供が出来たら帰らなくても良いような実家だったら、僕だって少しは勉強以外も頑張るけどさ」


 ソーニャは度々、男から声をかけられる。

 それは自身の容姿が原因であるし、女としてはどうしようもないことだ。

 しかしそれこそが女としての誇りなのだと思えば、諦めもつくし妥当な面倒でもあった。

 ちなみに、彼女の中に設定されている理想の下限は、生まれや財力の高さではどうにもならない程に高いものである。

 ほとんど幼児向けのお伽話に登場するかのような幻想的な理想像に敵う相手の出現には、まだまだ時間が掛かることだろう。


 逆にヒューゴの方も、浮ついた話に全く縁がないわけでもない。

 彼もまた時々にではあるが、相手からのアプローチを受けることがあった。

 様々な場所や出来事に首を突っ込む性格からか、中には一般に「素敵」と評されるほどの女からの誘いを受けるような場面もあったのだが、彼はその度に例外なくすっぱりと断っている。

 ヒューゴは実家の面倒な跡継ぎ問題が完全に決着するまでは、迂闊な行動は慎む事を心に決めているのだった。


「……やめましょ。そんな話をしに来たんじゃないし」

「ああ、そうだね。僕としても、自分の愚痴を延々と語るのは趣味じゃないよ」


 一拍の苦笑いを挟んだ後、ソーニャはすぐに真剣な表情を取り戻した。

 本題に入る。その予感に、自然とヒューゴの顔からも軽い笑みが消えてゆく。


「……とりあえず、今日は来てくれてありがとう」

「良いよ。僕だってそろそろ誰かに聞いて欲しかったからね」

「というか……いつから気付いてた? ヒューゴ」


 ソーニャの青い目が、ヒューゴの薄い眼差しをじっと見つめる。

 大抵の男であれば赤面し気恥ずかしくなるような視線だったが、ヒューゴはそこに込められた言い知れぬ気迫に肝を冷やすばかりであった。


「いつからって……かなり前だよ」

「……いつよ」

「僕らと君が丁度、話すようになってからかな?」

「相当前じゃない!」

「だから言ったじゃないか」


 がなり立てそうになるソーニャを、まぁまぁとヒューゴが鎮める。

 場所が場所である。ソーニャも納得はいっていないらしかったが、呼吸を整えて大人しく席に座り直した。


「……クラインって……やっぱり、ロッカのこと……好きなのよね?」

「まぁ。嫌いじゃないだろうね」

「……ヒューゴ。そこは、はっきり言ってもらえる?」

「いやぁ……僕だって、クラインとの付き合いも凄く長いというわけでもないからね。あいつの事だったら何だって知ってるわけでもないんだよ」


 ヒューゴはじめついた視線から逃れるように、皿の上に乗った豆を一粒だけ手に取り、口へ放り込んだ。


「知っての通り、クラインはクラインだからね。あいつは良い奴だけど、やっぱり普通とは言い難いよ。ロッカの事を意識しているのは間違いないけどさ、もしかしたら魔術限定ってところもあるかもしれないし」

「……それがあいつの怖いところなのよね」

「まぁ、悪い意識の仕方ではないのは確かだよ。でなければ、あの時ロッカの事を助けたりもしなかったはずさ」

「……クラインのくせに」

「ははは、本当にソーニャはクラインの事が嫌いなんだな……」

「むしろあいつのことが好きな奴が何人いるんだって話よ」

「そりゃ確かに」


 二人の交わす話題の中心人物は、ロッカ=ウィルコークス。そして何より、クライン=ユノボイドであった。

 なんということはない。最近になってソーニャがクラインのロッカに対する態度の変化に気づき、ヒューゴに対してこの密会を持ちかけたのである。

 巷の噂話に耳聡く、ロッカに関しては信用が置けるだろうということで、ソーニャが相談相手として選んだのが彼だったのだ。


「で、ヒューゴ?」

「何かな、ソーニャ」


 そして話は本題へと踏み込んでゆく。


「クラインの本心も重要っちゃ重要だけど……その周りの反応の方が、今は急を要するわよね?」

「そうだね。そっちの話が無かったら、僕はどうしたものかと」

「それはどんな意味?」

「どうだろう?」

「失礼ね」

「残念だね」


 ヒューゴの笑みにはどこか格好つけたような、繕ったものが見え透いている。

 しかしそのわざとらしさでさえも、故意に見せるものなのだろう。ソーニャは悪びれた風もない男の様子に、大きく酒気を吐いた。


「……ミスイの話、貴方は聞いてる? 私はあの人に近づきにくいから、知っておきたいんだけど」


 皿の上の薄いチーズをフォークで弄びながら、ソーニャが呟くように問う。

 それに対し、ヒューゴは薄暗い天井を見上げて呻いた。


「あー……ミスイ=ススガレか。今はちょっと大変みたいだよ。色々と……」

「大変って?」

「んーと……まぁ、無害だよ。詳しく聞く?」

「ああ、だったら良いわ……それってロッカに対して? 私に対して?」

「君にとって。ロッカはどうだろう、それはこれからによるね。主にクライン次第だからなんとも言えないけど」


 チーズに落とされていた視線が、鋭さを増してヒューゴを射抜く。

 ヒューゴにはその気迫の出処がいまいち掴みきれなかったが、どの道肩を竦める他にやるべきこともなかった。


「……そう、わかったわ。ミスイについてはもう良いわ。あんまりネチネチと聞くものでもないし」

「でも警戒はするんだね」

「当然でしょ。レイ……」


 言いかけたまま言葉が止まり、フォークの先が何度か皿を叩く。

 ヒューゴはその様子を、やはりどこか不思議そうに眺めている。あくまで、彼の顔には出ていないのだが。


「……今度はそっちが聞いて良いわよ」

「ん、順番ってことかな」

「あんたも聞きたいことがあって来たんでしょ?」

「まぁ、それもあるけどさ。んー、そうだな……じゃあ、ソーニャから見て、今のロッカはどう見える?」


 ヒューゴの質問に、ソーニャは暫くの間固まった。

 顔に変化はない。純粋に、投げかけられた質問の範囲の広さ故に思考が長いようであった。

 実際、ほどなくして答えを纏め上げたらしく、すぐに言葉を紡いだ。


「ロッカは充実してるんじゃないかしら。新しい魔術も勉強してるみたいだし……あの、変な杖? みたいなのも手に入れて、随分とご機嫌だしね……」

「はは……あの杖、すごいよなぁ……」

「あんなメイス初めて見たわ……」

「僕はエルナの杖を初めて見たけど、みんなあんな感じなのかな」

「大体そうみたいよ。私も詳しくはないけどね……」


 二人の話題に上がった杖は、当然のことながらロッカが新たに手に入れたメイス、破砕杖アンドルギンである。

 見た目はメイスどころかただのツルハシだが、使用されている材料は豪勢の一言に尽きる。木材から魔金に至るまで、国宝級の価値があると言っても良いだろう。

 ロッカ本人はどこか自慢気にアンドルギンを担いで学園をうろついているようだが、それを己から杖だと認識している者は、おそらく片手で数えられるかどうかといったところであろう。

 “あれは杖だ”と言われても信じられないのだ。ひょっとしたら皆無かもしれない。


「……竜を倒したっていう評判もあるし、ロッカの印象は決して悪いわけではないわ。実際、街中では英雄扱いされているものね。アンドルギンを貸してもらえたのだって、あの事件があったからこそよ」

「確かに。けど、学園内ではどうかな」

「……それなりね。一部では学園を救った竜殺しとかなんとかで、持て囃されている面もあるけれど……」

「不思議と鼻持ちならないという人もいる。いやー醜いね、人間って」


 ヒューゴは皮肉るように半笑いで言ったのだが、ソーニャの視線からはあまり受けた様子が見られない。少しの稚気も受け入れてくれないほどに真剣なようであった。

 何度も肩をすくめると不真面目すぎる人間に見られてしまうだろう。今更だがそんな考えもあり、ヒューゴは視線が交わらなかったことにして、皿にばら撒かれたオリーブを摘んだ。


「ロッカ……と後ついでにクラインは身を挺して学園を守ったのに、あんまりよね」

「んー、まぁね。そう表立って素直に認めてやれるほど、誰もが余裕を持ってないんじゃないかな。ちょっと前までは貶している相手でもあったんだしさ。なにせ、特異科だしね?」

「だからって……」

「民族性ってやつさ。水の国の人って、自分の言葉を引っ込めたくないところがあるからさ。クラインを見ればわかるだろ? 皆頑固なのさ」

「なによそれ、納得するしかないじゃない」

「はは、ほらな?」


 言いくるめられているようでもあったが、実際現実問題として、今現在の学園内でのロッカの評判というものは、決して良いものばかりでもない。

 学園を、しかもほぼ学徒の大半を襲撃した竜を討伐したというのに、そんな扱いである。だとしたら、彼女はどれほどの働きや活躍を見せれば、人々に認められるようになるのだろうか。

 ソーニャの中では、そんな煮え切らない気持ちもぐらぐらと静かな音を立てているのであった。


「……ソーニャの心配していることは、ロッカだね」

「もちろんよ」


 ソーニャは即答した。

 隠しているつもりもない。事実、彼女にとって大切なものといえば、出会って大して時も経っていないとはいえど、ロッカこそが全てであったのだ。


「そして、クラインの気持ちによっては……今現在の学園の気風を読むに、ひょっとするとロッカに厄介事が舞い込むかもしれない、と」

「わかってるじゃないの」

「……ま、つい最近クラインの婚約騒ぎがあったからね。嫌でも結びつくよ、そりゃ」


 ソーニャがヒューゴを呼び出した本当の理由。

 それは、クラインとロッカの事。もっと詳しく言えば、婚約関係の話で周囲が慌ただしくなっているクラインと、彼が意識しているであろうロッカの関係である。


 ソーニャとしては、クラインが様々な旧貴族からモテにモテているだけであればどうでもよかった。他人の恋愛事情はそれなりに突付き甲斐のある話題でもある。時々首を突っ込んで楽しめる娯楽にでもなっていたことだろう。

 しかしクラインがロッカを意識している。これが付随してしまうと話は変わる。

 様々な旧貴族のご令嬢が(ほとんど嫌々で)狙っているクラインが、特定の誰かに意識を向けている。もしもそのことが公になってしまったら……。


 今のロッカは妬みの対象だ。確かに、竜殺しは偉業だ。誰にでもできることではないし、ソーニャとしてもヒューゴとしても、ロッカくらいにしか出来ない力任せの偉業であろうとは思っているが、それでも持たざる者は、理屈を抜きに持つ者を妬むものだ。

 その妬みが、今後クラインの言動や行動によっては膨れ上がってしまうかもしれない。


 旧貴族の令嬢からの妬み。紛うことなき厄介事の塊である。

 ソーニャはどうにかして、この厄介事をロッカから遠ざけてやりたいのである。


「ミネオマルタの学園で頭の固い旧貴族の多くを敵に回すのは、さすがに厳しすぎるわ。いくら特異科が孤立しているとはいえ、いつどこでどんな影響が出るかわかったものじゃないもの」

「そうだねぇ……ミスイの事もあったし、影響力の強い人の恨みを買うと、またロッカが楽しい……おっと、厄介なことを運んでき……いたたたた!?」

「今楽しいって言ったでしょ!?」


 うっかり口から本音が滑ったばかりに、ヒューゴは頬を抓られた。

 その力加減たるや少しの躊躇もない、わりと本気の抓り具合である。

 手を離された後、ヒューゴは自分の頬から血がにじみ出ていないか、ナイフの鏡面で入念に確認していた。


「いてて……悪かったよ。いや、けどね、人によっては大変だというのは本当のことだろ? 実際、僕も心配してるよ? 本当に」

「どうだか……」

「ひどいなぁ」

「酷いと思うなら、クラインに言い寄ってきそうな女の情報を分けてほしいものね」


 ヒューゴはワインを一口だけ口に含み、小さなチーズと一緒に飲み込んでから、得意げな顔を浮かべた。


「クラインに言い寄ってきそうな女の子の情報か。まぁ、もちろんほとんどが旧貴族という共通点はあるね。水国内における、由緒正しい家柄ってやつだ」

「……私が調べた中ではリバーノウト、マドニール、エックトシアがしつこく声をかけてるみたいね。詳しくないけど、どれも弱小の旧貴族よ」

「ちなみにその三人とも、ものすごい引き攣った顔でクラインに声かけてるからね。多分親の差し金なんだろう」

「……ひどいわね……」


 何人かの女学徒がクラインに声をかけている光景は、特異科の講義室内でも簡単に見ることができる。

 協調性をどこかに置き忘れたクラインに対して健気なアプローチを続ける一部の彼女らは、控えめに表現しても哀れであった。


 世界で初めて光魔術を修得した男の妻。魔術の名家であれば、是非とも娘を宛てがいたいところなのだろうが。

 実物を目にせず子をあてがおうとする親の罪は、実に重かった。


「ああ、それとだね。まだクラインに直接アタックはしていないみたいだけど、噂ではそろそろ仕掛けてきそうな人達もいるみたいだね」

「え? なに、ヒューゴ、貴方一体どこからそんな情報仕入れてくるのよ……」

「んー? 悪いね、これは秘密だ」


 ヒューゴは今日一番の笑顔でそう答えた。

 控えめに言って胡散臭いだけの笑顔である。


「……彩佳系の旧貴族は多いから、やっぱりそっちの人達が中心に言い寄ってるみたいだけど……一部では、臥来系の旧貴族もクラインを狙っているようなんだ。肩身が狭いなりに、一生に一度に近い機会を目の前にして、そっちも必死なんじゃないかな」

「臥来系旧貴族……」


 ソーニャは頭の中に思い浮かべてみるが、ぱっと家名は出てこない。

 彼女自身が雷国出身のため、大して知識を持っていないということも大きかった。逆に、詳しいヒューゴの方が異質なのである。


「あくまで噂だけど……鉄専攻の六年。クレア=カーターって人も、どうやらクラインを狙っているらしいね。あくまでも、噂なんだけど……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ