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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 震える石英

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嘴018 飛来する大将軍

 鉄の国の首都、鉄城都市メインヘイム。

 それは魔金混じりの岩盤に鋼の基礎を突き立てた不動の鉄城を中心として、近隣の山地にまで城下街が続く広大な都市である。


 魔族と人間が戦いを重ねてきた古代より受け継がれてきた分厚い城壁は今でも都市を囲んでおり、現代においては外部からの土砂災害や水害を幾度も防いできた。


 質実剛健。鉄の国を表す言には、まさにこの言葉が最も相応しいと言える。

 城を暗色の鋼で塗り固めて守り、飾り気のない鉄剣で外敵を排し、鉄の国はそうして繁栄と成長を続けてきたのだ。


 頑強な城は鉄壁の証。

 鈍色の騎士は最強の証。


 揺らぐことのない雄大な壁を見上げて、都市の人々は今日もまた、鉄の王国に感謝の念と強い誇りを胸に抱くのである。




「マルタ杯の監督者を一人選べ、だと……今我々はそれどころではないというのに」

「全くですな」


 鉄の国に勤めるザイキは、手紙を受け取った騎士の言葉に深く頷いた。

 ザイキは非常に目が悪く、ほとんど目の前にまで物を寄せなければ書面の文字を見ることはできない種族である。

 しかしそんなザイキである彼にも、今目の前の机上に広がる夥しい数の紙資料は、大きな白い影として視認できた。


 ここは鉄城都市メインヘイムの政務室の一つ。

 中でも特に重要な書類や資料だけを取り扱う、限られた者だけが入室を許された場所であった。


「ガンダーロの連中も大概気障ったらしい態度が鼻に付きますが……あれはあれで内輪で済ませているからまだ良い。だがミネオマルタは華を振りまいてばかりで、周囲にもその“行儀”を求めたがる。厄介なものだ」

「仰る通りで」


 水の国からの書状を手にデスクに頬杖を付いているのは、白銀の全身鎧を着込んだ長身の騎士であった。

 室内、しかも政務室であるにも関わらずフルフェイスの兜を被り、脚には分厚いグリーブまで履いている。その格好は見る者に今にも戦へ赴かんとする騎士を連想させるが、それは平素からの彼の姿であり、普段着のようなものである。

 兜に遮られて顔を伺うことはできないが、声色は壮年の男のそれであり、実際に彼の歳も三十を過ぎ四十に差し掛かろうという頃であった。


 そんな彼の前に届いた悩みが、ミネオマルタから届いた“マルタ杯の鉄席の監督者を決めろ”という手紙である。

 しかし二人の先程からの口ぶりから察する通り、手紙は全く歓迎されたものではなかった。

 理由は簡単。単純に人員を割けないほどに忙しかったのだ。


「そこそこ上の立場の人間を呼びつける割には、大した用向きでもないのがまた……執政官殿、私は確か前回にも“こういった書状は現地の者に回せ”と通達したはずだな?」

「覚えております。が……どうやらそれを見る限り、融通は利かなかったようで」

「……水国に派遣した分隊では不満ということか」

「ミネオマルタのことです。それなりに名のある者でなければ鉄の席を与えるに相応しくないとでも考えているのでしょう」

「大きなお世話だな」

「全くその通りです」


 鎧騎士は兜の中に大きく息を吐いて、書類をデスクの上に投げ出した。


「やれやれ。海を跨いでまで我々の仕事を増やすとは……このようなものを送りつけるくらいなら、貰い手のない旧貴族の子女でも貨物船に載せて送って欲しいのだがな」

「ハワード様、心中お察しします」

「執政官殿、私の心中などはどうでも良いのだ。我らが王の心中だけを想って差し上げて欲しい」

「御意に」


 デスクの上に山と積まれた紙は、資料庫から引っ張り出してきた膨大な個人資料である。

 特に若い女性のものばかりが重点的に集められており、分野を問わず様々な著名人がピックアップされている。中には騎士団に所属する女性もいれば、ギルドに登録した陶芸家女性の情報も混じっているだろう。


 何故このように若い女性の情報を執拗に掘り返しているのかというと、それには長く悲しく切ないエピソードが纏わるのだが、ここでは敢えて多くを語るまい。


「……はぁ」

「ハワード様、ご自愛を」

「わかっている……」


 とにかく、鉄城騎士団の大将軍たるレドラル=ハワードは、ただただ難題を前に忙殺されていたのである。


 再びため息をついて、大将軍レドラルは大きなチェアの背もたれに重い体を傾けた。

 造りの良い椅子は、鎧の重量に僅かに軋みを上げる。


「……執政官殿、私はマルタ杯を直接見たことはない。この大会は、どれほどの規模で……有り体に言ってどれほどの者であれば、監督者として務まるだろうか」


 レドラルのつぶやくような言葉に、ザイキは数秒だけ広い顎を撫でてから、答える。


「大会は身体強化と魔術、両方の使用を認めたものです。大前提として、魔術に明るい人物でなければ監督役は務まらないでしょう」

「ふむ」

「そして、マルタ杯は水国の理学機関に所属する学徒を対象にしたものではありますが……あの理学大国です。学徒とはいえど、非常に練度の高い若者が参戦することとなるでしょう。並の理学知識では、通用しないかと」


 ザイキの言葉に、レドラルが背もたれから起き上がった。

 彼もまたフルフェイスの顎を撫で擦り、深く考え込んでいる。


「……であれば、我々で言うところの魔杖騎士団所属の者を派遣すべきか」

剣兵(けんぺい)鎧戦(がいせん)よりは適当かと」


 魔杖騎士団は、鉄城騎士の中でも特に魔術戦に特化した者たちが所属する騎士団である。

 剣兵が剣術と気術に全力を注いでいるのに対して、こちらは魔術の練度にも気を配らなくてはならない、少々複雑な配属先だ。

 鉄国においてその規模は決して大きいものではなく、水国の杖士隊のように花型扱いされている団でもない。

 活躍していないこともないのだが、鉄国内での活躍の場や栄誉のほとんどは剣兵と鎧戦騎士団が握っていると言っても良く、彼らの活躍はその影に隠れがちだ。

 力量でいえば幾らでも優秀な者はいる。しかし、名が売れている……という意味では、都合の良い将は魔杖騎士団に存在しなかった。


「……いや、駄目だ。そもそも魔杖騎士団長は今ソンデイユだ。呼び戻すわけにはいかん」

「ああ、ギガデブリの討伐……それは確かに。かといって、その下の者では……」

「務まったとしても、お高く止まったミネオマルタは納得すまい。しかも今回は、光の席にあのゾディアトス殿があてられるのだという。かの全属性術士(アストラルマスター)と同列に並ぶとなれば、観衆としては無名の隊長など……私も、いたずらに部下を嘲笑の的にしたくはない」


 何よりも難しいのは、今回のマルタ杯では同じ監督役としてリゲル=ゾディアトスがやってくるという事だった。

 彼女はまだ若く、数年前までは一介の学徒でしかなかった者ではある。しかし光魔術を確立したというただひとつの実績は、理学史に残る偉業と表現しても全く差し支えがない。

 そんな人物と肩を並べる祭典なのだ。中途半端な人材を宛てたのでは、流石に鉄国の心証が悪化してしまうだろう。


 鉄の国の人間として、見栄は好きではない。

 だが、あえてみすぼらしさを競いたいというわけでもない。


「難しいものですな」

「ああ、本当に……」


 喉の寸前まで愚痴が出かかって、レドラルの言葉が急に止まった。

 動きまでもピタリと静止したその様子に、ザイキは相手の顔色が伺えないためか、一層心配そうに首を傾げる。


「……執政官殿。いっそのこと私が出向くのはどうだろうか」

「……レドラル様がですか?」


 唐突な提案に、ザイキの切れ長な口が僅かに開いた。


「それはあまりにも……いや、しかし。リゲル=ゾディアトスと同列となれば……」

「いや、何も見映えだけの事ではない。あちら(水の国)にも我が国からの優秀な留学者がいるのだろう?」

「それはまぁ、その通りですが」

「であれば、丁度いいではないか」


 一体何が。

 そう首を傾げるザイキに、レドラルは腕を組み、大きく胸を張ってみせる。


「水国の理学機関へ渡った者達であれば、ゆくゆくは魔杖騎士団の門扉を叩く若人が現れるやもしれぬ。中には既に、鉄城の魔術を使いこなしている者もいるはずだ」

「未来の騎士の下見、ですか? レドラル様が自ら」

「いかにも、その通り。私であればきっと、多少の励ましにもなるだろう」


 レドラルは自身の口で考えを纏めている間にも、しきりに大きく頷いている。

 自らの案に相当な自信があるようだ。


「……ふむ」


 ザイキとしては、軍部の頂点がわざわざ他国の古びた式典に出向く程ではないと考えている。

 しかし、程ではない……というだけであって、特別駄目だと言うほどの理由も無い。


 どうせ現状の嫁探し作業が不毛の極みとも呼べるものなのだ。

 であれば、大将軍の身や心を慮り、しばらく気楽な仕事についてもらうのも悪くはない。


「レドラル様自ら赴かれる。それもまた良い手立てかと思います」

「おお、そう思われるか、執政官殿。ただ、政務の穴が心配になるところだが……」

「その点は心配無いでしょう。十日後に影の国から四名ほど見習いのザイキが到着する予定ですから、机上の整理は問題ありません。新入りに教える傍ら、雑務を上手く割り振っておきますよ」

「うむ、それは何より」


 二人は互いに顔を見合わせ、同時に大きく頷いた。


「では、その方向で調整するとしよう。……うむ、他人に仕事を任せるよりも、自分でやると決めた方が肩の荷は軽いものだな?」

「レドラル様。水の国へ行かれる際には仕事を持ち出さぬようお願いします」

「む?」

「あちらでは、ゆっくり身体を労るのがよろしいかと」

「そうか? ……ふむ、執政官殿に言われるならば、それが最善なのだろうな。よし、では久々にそうさせていただくとしようか」

「ええ、是非に」


 こうして鉄国大将軍、レドラル=ハワードの長期休暇が決まったのであった。


 新年の休暇から、実に八ヶ月ぶりのまともな連休である。


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