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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 震える石英
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嘴013 偏愛する鈍器

「うおー!」


 太陽の明かりを受け、妖しく輝くダークスチールの嘴。

 握りやすく、ちょっとの衝撃くらいではびくともしないであろう又目樫木(まためかし)の柄材。


 私の手元には、奇杖職人エルナの作品のひとつ、破砕杖(はさいじょう)アンドルギンが握られていた。


 ……もちろん盗んだわけではない。

 かといって、そのまま現金でドカンと買ったわけでもない。当然、お金も借りていない。

 この破砕杖アンドルギンは、マスケルト戦杖店の気前のいい店主さんから“条件付きで”譲ってもらったものである。

 やや特殊な条件を呑む必要はあったものの、目の前のアンドルギンが手に入るのであれば、何度も頷くのに躊躇はなかったし、今も後悔していない。


「ふんっ」

『こら、危ないぞ』


 マスケルト戦杖店を出た通りで、周囲にあまり人がいないのを確認してから軽く縦に振ってみる。

 どっしりとした重量。手からすっぽ抜けない安定感。魔力の馴染む感覚。


 ……最高。


「これ、凄いな……こっから寮まで続くレンガ道を全部砕いてみたい……」

「やめな?」


 ヒューゴからわりと真剣な声色で止められてしまい、実行を思いとどまる。

 しかし、こうして最高品質のツルハシを握ってしまった以上、何かをぶち砕きたい衝動を抱くのは仕方ない事だろう。

 周りに何か壊しても良い岩とか無いだろうか。無いか。


「それにしても、本当に杖じゃないみたい……ロッドどころか、メイスにも見えないわよ……」

「うん。私もそう思う」


 ソーニャは呆れ顔だが、私としては強く感心してしまうところである。

 なにせ、これはただツルハシの姿を模しているわけではなく、おそらく実用的な部分でも一級品のツルハシとして通用するからだ。

 水国の杖職人がここまで完璧な坑道用具を拵えてみせるのかと、僅かな悔しさを完全に通り越して、尊敬の念すら抱ける。

 柄の木材に魔力を馴染ませてみれば、実際に杖としての用途をこなせるとわかってしまうのだから、尚の事恐ろしい。

 これは紛れも無く杖であり、ツルハシなのだ。


「少々……かなり……非常に奇怪な見た目ではあるが、ダークスチールを用いている以上、杖としての性能は確かだろう」

「クライン、奇怪な見た目って何だよ」

「多分そのままの意味だじぇ」


 こんなに美しいフォルムなのに、周りの受けは悪い。

 もの凄い杖を手に入れたはずなのに、なんでこんなに皆から生ぬるい視線を送られなきゃならないんだろう。


「まあ、メイスという点で見ても、重いという致命的な点を除けば問題は無い。実際、これならば大抵の生物は殴り殺せる」

『威力は高いだろうな。たとえ大型の竜であっても、分厚い鱗や皮膚を貫いて致命傷を与えられそうだ』

「う、なんか生き物を相手にするって考えると、物騒だな……」


 確かに、武器の代わりにはなるだろう。ツルハシの危険性や威力は、誰よりも私が一番よく理解しているつもりだ。

 けど長年そういった点を踏まえて正しく使ってきただけに、生物に向けるのはちょっと気が引けてしまう。

 しかも人間相手だなんて、もってのほかだ。……いざという時には、魔道士として戦わなければならないんだろうけど。


「ロッカの場合、魔術投擲ができないから振りやすさは気にしなくても良いんだろ? だったらある意味、こんな物騒なメイスの方がピッタリなのかもしれないね」


 ヒューゴの言葉に、クラインが頷いた。


「その通りだな。ウィルコークス君の扱う杖は、先石を床に触れさせるだけの機能があればいい。……与えられた条件は少々考えものだが、そのための準備の一つが綺麗に整ったと考えれば、悪くはない」

「……条件、か」


 条件。その言葉に、緩んでいた私の頬が引き締まる。


『ロッカ、これから大変だな?』

「……うん」

「ねえ、本当にやるの? ロッカ」

「もちろん」


 アンドルギンを両手で強く握り、黒光りするダークスチールの歯先を睨む。


 私がマスケルト戦杖店と交わした約束。


 それは、私が無償で破砕杖アンドルギンを受け取る代わりに、近々ミネオマルタで行われる闘技大会に出場し、マスケルト戦杖店の広告塔となることであった。




 あの時、条件を提示したマスケルトさんが面白そうな顔をしていたのは、私だって印象に残っている。

 私はこの街の学園を、成り行きとはいえ救った学徒だ。有名であろうことは想像に難くない。実際、今日だって街中で声をかけられたのだ。無名ということはないだろう。


 ――マルタ魔道闘技大会は、誇り高きミネオマルタの決闘を記念して行われる、当時のルールに基づいた魔術闘技大会だ。


 マスケルトさんは、店で用意した杖を私に握らせ、大会で活躍しろと言った。

 つまりは店の自慢のメイスを使って、何度も戦う闘技演習に身を乗り出し、メイスの販売元を有名にしちゃってくれ、ということなのだろう。


 危険がない、というわけではない。

 ミネオマルタが主催する行事とはいえ、出場するのは闘技大会だ。怪我をする可能性は十分にあるだろう。そのことについては、ソーニャが何度も私に教えてくれた。


 確かに怪我するのは嫌だし、我慢は出来ても痛いものは痛いから、できれば御免被りたいものである。中級保護でもたまに痛い時があるのだから、そういうのはちょっと嫌だなと思う。

 それに、私は喧嘩っ早いけど、(多分)喧嘩が好きなわけではない(だろうと思う)から、(ムカつく奴は別として)進んで誰かをぶん殴りたいわけでもない。実際、ソーニャやルウナから闘技大会の話を聞いたって、そこに出場する考えは、今日の今日まで少しも無かったのだから。


 でも、アンドルギンが貰えるというのであれば話は別だ。

 破砕杖アンドルギン。最高級のツルハシとスコップの両方の機能を備え、しかも杖としても扱えるという、奇跡のような逸品だ。

 こいつを譲ってもらえるとあっては、たとえ立ち向かう大会が全て上級保護クラスの危険極まりない修羅の道であろうとも、喜んで身を投げ出しても良いと思えてしまう。

 何ならマスケルト戦杖店のために優勝して店名を声高に叫んでやっても構わない。

 私はそのくらい、このアンドルギンに惚れ込んでしまったのだ。




「んっふー、アンドルギーン……」


 その日、私は一日中アンドルギンを手放さず、抱きかかえるようにして持ち歩いた。

 皆からの生暖かい視線が段々と冷え込んでいた気がしないでもないけど、私が手にしたこのアンドルギンの頼もしい重量感を思えば、そんな視線は気のせいでしかない。


「……ま、自分の杖に愛着が湧くのは良いことだが」

「一緒に歩く友人としては、どうせ溺愛するならもう少し見栄えの良い杖にして欲しかったわ……」


 ああ、どこか近くに壊しても良い岩場とか無いかなぁ……やっぱり無いよなぁ……。




 マルタ杯。



 “誇り高きミネオマルタの決闘を記念して行われる、その当時のルールに基づいた魔術闘技大会。”

 “水国及び隠五国によって定められた法により、この闘技大会のルールと進行を特別な理由無しに阻害することはできず、厳粛に行われなければならない。”



 ……らしい。


「……ふむ」


 寮の自室でミネオマルタの観光者用冊子を読みながら、アンドルギンの滑らかな柄を撫でる。

 仕上がり良く完成度の高い柄材。その感触に夢中になってしまう気持ちもあるが、どうにか意識を本へと戻す。



 “水国によって認定された理学機関の学徒及び導師経験のない研究者が参加できる”

 “魔具に類しない道具の使用は、監督者八人のうち六人以上の判断によって許可・または禁じられる”



 学徒及び導師経験の無い研究者……つまり、私のような普通の学徒ということだろう。

 魔具に類しない道具の使用が禁じられるというのは……多分、魔術関係ではない道具の使用が許可されたり禁止されたりということだろうか。

 そりゃ弓とか火薬銃有りで戦っても良いなら、みんな最初からそういうものを使っちゃうもんな。なるほど、このルールはよくわかる。



 “1対1で行われる”

 “闘技は50m×50m、両者が30m離れた地点で向かい合った上で開始される”

 “時間制限はない”

 “身体強化を使っても良い”



 ……よし、身体強化は使っても良いのか。

 でもそのかわりに、ちょっと距離が離れてる……のかな?

 相手と向かい合う距離が離れていると、それだけ接近しなければならない距離も増大する。それは少し面倒な変更だ。


 しかし身体強化の解禁はそれ以上に大きい。

 接近を許さない魔術を相手に、それ以上の速度で接敵し、ぶん殴る機会を得られるのだ。よく考えればこのルールは私にとって、何のデメリットもないことである。



“中級~上級保護の間で行われるべきである(後に定められた基準)”

“一方的かつ残虐な魔術の使用は、監督者八人のうち六人以上の判断によって禁じられ、失格とする”

“戦闘者が負けを認めた場合、即時退場が認められる”



 ……他の大体の決まりは、いつもの闘技演習通りかな?

 ただ観覧席から監督者……闘技大会の監督役の人たちから急な止めが入るのが、ちょっと特殊なのか。



 “闘技演習による怪我の治療費は、通常水国と学園がその2割を負担するが、この闘技大会に関しては、5割を水国が、もう5割を協賛国が負担することになっている”



 ……。


 いや待てよ。


 今までの闘技演習って、普通は8割方を自前で負担するもんなのか?

 いや、どっかでそんな話を聞いた気もするけど……え、本当は治療費ってほとんど自前なの?


 ……けど、今更こんなすごい杖を貰っておいて、大会に出ないっていうのはナシだな。

 そもそも、この大会では負担無しで済むみたいだし、あまり怪我について考えることもないか。

 むしろ怪我するチャンスだ。どんどん怪我しよう。いい経験になる。



 “優勝者には、多くの職人によって作られた栄誉あるマルタの杖が贈られる”

 “上位入賞者には記念品のカップが贈られる”



 ふーん。

 杖と、カップか。まぁ、どうでもいいな。

 問題は、私がこの大会で活躍できるかどうかなのだ。そこだけに、このアンドルギンの命運がかかっているのだから。


「……こいつのためにも、そこそこ勝ち抜いていかなくちゃいけないんだよなぁ」


 手触りの良い木材。金属部。手抜きの無い精巧な造り。それでいて信頼のおける握り加減。

 ……私がこのアンドルギンを、真に自らの物とするためには……それなりの結果を出さなければならないだろう。


 けど、マルタ杯……マルタ魔道闘技大会そのものの条件は、決して私にとって不利ではない。

 むしろ、身体強化を一番の得意にする私にとっては大きく有利ですらある。

 なんてことまで考えると、私は魔術を使って相手を倒すよりも、身体強化にまかせて相手をぶん殴る手段ばかりが頭に浮かんでしまうのだが……まぁ、とにかく風向きは悪くない。


 マルタ魔道闘技大会。

 良いじゃないか。出てやろうじゃないか。

 なに、やってることは闘技演習の連戦と大して変わらないのだ。

 喜んで飛び込み、大暴れしてやろう。それで結果がでなければそれまでのこと。私はとにかく、本気で取り組むしかない。




「“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”」


 地面にアンドルギンの鶴嘴を突き立て、親しんだ呪文を詠唱する。

 すると、浅い土を捲るようにして大きな石柱が伸び、あっという間に私の背を追い越して、六メートル近くにまで成長する。


 私はそれを……。


「オラァッ!」


 全力でアンドルギンを振るい、打ち砕いた。


 中程から砕け、真っ二つに折れるアブローム。

 石柱に過度な破壊はなく、礫も少なく砕け、二本の欠片は重々しく地に落ちる。


 自分で生成した“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”。

 それを、私の身体強化によって砕いた結果がこれであった。


 ……悪くはない。アンドルギンの掘削能力は十二分だ。

 デムハムドで支給されるツルハシよりもずっと上等である。

 この性能だけで見るならば、五重に焼きを入れたツルハシの一撃よりもずっと破砕力はあるだろう。

 手応えも重くない。全然痺れる気がしない。導芯の周りに三本のダークスチールの導線が通っていると聞いたから、衝撃が手元まで伝わってくるのかと思ったけど、全然そんなことはない。これなら本気で強化を込めてぶん殴ったとしても、ツルハシの根本まで食い込んでいけそうだ。


 しかも、魔術の発動も心なしか好調だ。

 発動する時の理学式の構築に、ものすごく余裕がある感じがする。これなら本気で振りかぶりながらの時でも、どさくさに紛れて魔術を発動できるかもしれない。


 ……ただ、身体強化と魔術の発動は同時に行うことはできない。

 身体強化を込めてアンドルギンを振るうのと、アンドルギンで魔術を発動させるのは同時にできないのだ。


 そこはまだ、ちょっと苦手だな。そもそも身体強化と一緒に魔術を使おうだなんて考えたことがない。

 クラインだったら、前にラビノッチを追っていた時のように器用に使い分けることもできるんだろうけど……身体強化で高く飛んでいる僅かな時間に魔術を……なんて、危険すぎて使う気になれない。

 もしも強化なしに着地なんてしたら、足をベキベキと折ってしまいそうだ。


「ちょっとロッカ! 音うるさいからよしときなさいよー!」

「え? あっ、ごめん、ソーニャ!」


 私がアンドルギンを片手に悩んでいると、すぐ側の寮の窓からソーニャの声が聞こえてきた。


 やっぱり、寮の前でやるにはちょっと音が派手すぎたか。

 ソーニャに言われるようでは間違いない。


 ……しょうがない、学園の屋外演習場でやるかぁ。

 まぁ、今朝は一本砕けただけでも良しとしよう。



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