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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 震える石英

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嘴008 握り込む綱

 生まれながらの魔術の適性。魔術の先天的才能。

 これから気合入れて勉強しようというタイミングでは正直聞きたくもない話だったが、才能なんてどんな些細なことにも存在するものだ。

 自分はただ頑張るだけだと、気にしないことが吉なのだろう。

 けど、だからといって自分の現状に満足するには、私の物覚えの悪さが少々以上に足を引っ張っている。


 いつまで経っても修得できない魔術投擲。

 頭を酷使してもなかなか素早く答えを導き出せない数学。

 一朝一夕どころか、一月かけてもなかなか進展の見いだせない分野であるとは、頭ではわかっている。

 それでもわかりやすく目に見えた変化が出てこないと、まだまだ素人な私は焦ってしまうのだ。




「“ステイ(顕鉄)”」


 タクトを振り下ろし、生成した岩を投げる。……動作をする。

 が、頭サイズの岩石はいつものように私の足元に落ちて、重い音を立てて転がった。今日も今日とて、私の魔術投擲は飛距離ゼロである。


 私の今いる学園の屋外演習場には、何人かの学徒が術の試し打ちに興じている。

 彼らは大きな炎でちょっとした火の海を作ったり、風魔術で砂埃を巻き起こしていたりと随分派手にやっているのだが、その中に混じっている私だけは、驚くほどスペースを取っていない。

 それもそのはず。使った魔術が飛ばないのだから。


「はー」


 ちょっと前まではこういう失敗の連続に苛立ちが募ったものであるが、今となってはこの脱力感にも慣れてきた。

 慣れすぎて諦念を抱いてしまわないか不安にもなるけど、むしゃくしゃして大暴れしてやりたくなる心理状態よりは幾分かマシだ。

 とはいえ、これが負の方向に向いた落ち着きであるとはわかっている。

 これは魔術の失敗が当然の結果なんだと、私の心がそう現状を受け止めつつある、そういう後ろ向きな落ち着きなのだ。


「……やっぱりこれ、そろそろ相談した方が良いのかなぁ」


 私には、クラインやナタリーのような才能は無いのかもしれない。

 それでも才能や血筋なんて言葉だけで諦めるのは、なんとなく嫌だ。


 ……一度、私のスランプを誰かに真剣に相談してみようかな。ちょっとだけ恥ずかしいけど。




 ミネオマルタは一年中を通して雨が降り、肌寒い。

 多少の温度変化はあるものの、外気温は大抵デムハムドと同じくらいに冷え込むようだ。

 ただ凍えるほどの寒さになることも少ないようで、その点で言えば安定しているのだそうな。さすがは水の国である。滅多に氷にはならないのだ。


 そんなミネオマルタでも一応の季節の節目というものは定められており、夏と冬が存在する。

 学園内における区切りも二つに分けられ、前期と後期の二つがあり、今は丁度後期が始まった辺りだろう。私の入学が二月辺りのことだったので、これでようやく半年が経過したことになる。


 ほんの数ヶ月で三つの魔術を修得したと言えばなかなかの進歩だけど、魔術投擲ができないのは魔道士を目指す人間として致命的だ。

 ミスイもいつだったか、“近づけさせないのが魔道士”とかなんとか言っていた気がする。その点で言えば、自分の周囲でしか魔術の影響を及ぼせない私は、とても魔道士とは呼べないのだろう。


 前期の私は、確かに魔道士として未熟だった。最初だから仕方ない。それは認める。

 なら、これからの目標はそれだ。


 “魔術投擲を体得し、遠距離戦にも対応する”。


 これを、これからの後期半年間における、私のメインの目標にしよう。

 私は元々物覚えが悪いし、きっと才能もないのだ。だから半年。たっぷり時間をかけて投擲を覚え、確実に魔道士への一歩を踏みしめてやるのである。

 というか今まで何日を費やしても覚えられなかったのだから、半年くらい集中しないと駄目な気がしてきたのだ。


 クラインは死ぬ気になって光魔術を覚えた。

 なら、死ぬ気になれば私くらいの人間でも、投擲は覚えられるはずなのだ。




「魔術投擲の特訓ですか?」

「はい」


 明くる日の講義後、私はマコ導師を捕まえて頭を下げた。

 困ったときにはソーニャやクラインに頼むことの多い私だが、理学に関してわからないことがあれば、講義終了後にマコ導師に頼む事も多かった。

 幸い、彼は面倒見の良い導師さんなので、私のこういった申し出に対して悪い顔をしてみせたことは一度もない。


「休みの間もずっと投擲の練習をしてたんですけど、なんか……全然、一度も成功しなくて」

「一度も……そういえばウィルコークスさんは、何ヶ月か前からやっていましたね」

「はい」


 マコ導師は頬に手を添え、可愛らしく“んー”と唸る。

 何か難しいことを考えているようだが、私の魔術のことで悩んでいるとなるとあまり良い気はしない。


「……そうですね、わかりました。では、ウィルコークスさんの魔術投擲が成功するように、ちょっと本腰を入れて調べてみましょうか」

「ほんとですか!? ……って、調べる?」


 特訓のお手伝いしてもらえるのかなと思ったけど、マコ導師の口ぶりはちょっと違うようだ。


「ええ、まずはウィルコークスさんの魔術について、理式的な部分から詳しい調査を行ってみるんです。投擲が出来ないのは、ひょっとしたらやり方以前の部分に原因が潜んでいるかもしれませんから」

「え、ええー」


 魔術投擲ができないのは、別に原因がある?

 ……頑張ればできるのかなと思ってたけど、そうじゃないかもしれないってことか。


 それは……そうだと判明すれば、別の事に力を注げるけども……なんだかそういう結論は、嫌だなぁ。




 マコ導師についていった先は、第三棟。

 その中でも理式科の機関がほとんどを占めるような階に、私はいた。


 通り過ぎるくらいには歩いたこともある場所だけど、あまり馴染みはない。

 第五棟と隣り合っているとはいえ、第三棟は未知の世界だ。

 講義に出る時にはそのまま目当ての棟に入れるし、他の棟に用がある時もほとんどない。せいぜい、闘技演習場で向かう時に偶数階を通り過ぎるくらいのものだろうか。


「魔術的な体質を調べるなら、理式科にお願いするのが一番なんですよ」

「理式科……そういえば私、前にベルキンス導師から楯衝紋(とんしょうもん)を取ってもらったことがあって」

「ええ、聞いていますよ。今回はその時の楯衝紋をより詳しく調査してみようかと思いまして」

「より詳しく……」


 以前、理式科のベルキンス導師に楯衝紋を採取してもらったことがある。

 その時は大きな紙に私の魔力の紋章を写し取り、それを見たベルキンス導師がちょっとしたコメントをくれただけだったが……。

 今日は、それ以上の進展を期待しても良いということなのだろうか。

 少々他人任せな感はあるが、楽しみだ。




「なるほど、魔術投擲ができないと……それはまた難儀な」

「特異科のロッカ=ウィルコークス……ああ、これですね。ありましたよ」

「しかし変というか、面白い症状だ。おっと失礼。しかしこれが体質なのだとしたら相当な……」


 大きな部屋に案内され、椅子に座らされると、後はもうただ彼らの話に耳を傾けるばかりであった。

 私の方から出せる言葉は、向こうが訊ねてきた質問に対して答えを述べる時だけ。

 後は椅子の上で肩身狭く縮こまり、目の前でやいのやいのと盛り上がる理式科導師さんたちの邪魔にならないように押し黙るだけだ。


 部屋に集まっている理式科の導師さんは、なんと六人。

 今はその偉い導師さん方が大真面目に、私の楯衝紋をじっくりと観察している最中だ。


「あの、マコ先生……こんなに沢山の、ていうか、大勢の導師に見てもらっても大丈夫なんですか?」

「え? 見る人は多い方が良いじゃないですか?」


 彼らを連れてきたのは、私の隣でにこにこと微笑むマコ導師である。

 ここに来るまでに通りすがった導師さんに声をかけ、用件をのほほんと伝えただけで、四人もの導師が道中で仲間になってしまったのだ。

 あとの二人の導師さんはよくわからない。気付けばそこにいた。おそらくどっかしらから湧いたのだろう。多分、深く考えるべきことではない。


「ああ、ベルキンス導師の仰った通りだ。水と鉄がほとんど競合している」

「おお確かに……この部分と……芯の生成に関わる部分が完全に呑まれる形ですな」

「これでもまだしっかり発動するというのだから面白い」


 私の楯衝紋を眺める導師さんたちは、どこか楽しそうだ。

 ぐねぐねと幾何学模様のようにうねるだけの紋章を見て、一体どこらへんが面白いのかと思ってしまう私は、きっと学者に向いていないのだろう。

 もしも私が将来的に魔術に関わる仕事をすることになったなら……間違いなく、実戦に臨むようなタイプになりそうだ。


 けど、今のこの集まりは、果たして私が魔術で飯を食っていける人間なのか……それを見極めるための集まりでもある。

 例え私が学者向きの性格ではなく、現場で闘う魔道士に適した性格なのだとしても、それは魔術投擲ありきの話だ。

 もしもこの研究で、私に魔術投擲の才能が一切無いだなんて判明したら……。


 ……そう思うと、すごく怖い。


「では、投擲時の芯が上手く動かないために?」

「仮説ですがね。流石に本人に何度か実演してもらわない限りには……」

「やはり実験が必要ですな」


 実験。

 私がその言葉を聞いてハッと顔を上げた時には、既に理式科の導師さん達が私の方に顔を向けていた。


 ……どこか期待に満ちた表情達に、いつの日だったかルゲとかいう男からレトケンオルムについて詳しく訊かれた時の事を思い出す。


「ウィルコークスさん、大丈夫ですよ。何か変な事をするわけじゃありませんから」

「は、はい」


 私の緊張を見抜いたのか、後ろからマコ導師が肩に手を置き、宥めてくれた。

 どこか母性を感じる仕草だったけど、マコ導師は独身だしそもそも女でもない。


「あー、ウィルコークス君。今しがた彼らと協議した結果、ある程度まで話はまとまったのだが……どうしてもひとつ、君の魔術を近くで見てみないことには判断しかねるという結論に至った」

「私の魔術、ですか?」

「うむ」


 私が聞き返すと、ベルキンス導師は白い歯を見せるように笑った。


「ウィルコークス君の魔術がどのような要因があって投擲できないのか、そこを詳しく調べてみる必要がある。一番は君の努力と練習不足、で終わればいいのだが、見た限りではそれも怪しいのでな」

「……」


 私の努力や特訓が足りない、というわけではない。かもしれない。

 ……それはある意味、私の物覚えが悪いという事ではなかったことが証明されるというわけだけど。

 そうなると同時に、私の魔術投擲の才能が皆無であることが証明されることになる。


 どっちの方が良いか、なんて自分で選べる話ではない。

 全ては、導師さん達が調べた結果によって左右されることだ。


「……わかりました。私に手伝えることなら」

「うむ、いくつか魔術を扱ってもらうつもりだから、よろしく頼むよ」


 確実に、事態は前に進んでいた。それまでずっと動くことのなかった状況が動き始めているのだ。躍進と言っても良いだろう。

 だけどこの調べた結果の行く末が、平らな道に続いているとは限らない。


 ……魔術投擲ができなかったら、どうしよう。

 本当にどうしよう。


「ウィルコークスさん、大丈夫ですか?」

「……はい」


 導師さん達が屋内の簡易演習場に向かって移動する中、私はマコ導師に声をかけられて初めて、重い腰を上げた。

 だけど脚も身体もどこか重く、気持ちは少しも立ち上がっていない。


 ……情けないことだけど、私は怖いのだ。

 致命的なまでに魔術の才能が無いかもしれないという、唐突すぎる現実が。

 一年前までは少しも気にしていなかった魔術の才能が、私の中から消え去るかもしれない、その瞬間が。




 簡易演習場は、第三棟の屋内に存在する魔術の試し打ち部屋だ。

 ジューア魔具店のような、試振室に近い構造になっているのだろう。特殊な石材によって組まれた壁と床が広がっており、壁には魔術を命中させるための目印なのか、点のようなものが描かれている。


「では、投擲が出来ないということだからね。通常の場所からではなく、床の上に立ってやってみてもらえるかな」

「はい」


 本来ならもっと専用の石材からずっと離れた場所で投擲をするんだろうけど、私はそもそも投擲がうまくできないので、床に記された線よりもずっと手前の方から魔術の発動を行う。

 複数人の導師さんに見守られながらは緊張するけど、これも実験だ。手を抜かず、頑張ってやろう。


「まずは初等術の“ステイ(顕鉄)”を見せてもらおうか。縦振りは危険だから、横振りでやってみてくれ」

「はい」


 というわけで、私の失敗魔術のお披露目会が始まった。




 導師さん達に見せるのは、初等魔術“ステイ(顕鉄)”の投擲……をしようとしている姿だ。

 投擲しようと思ってはいるのだが、私の振るう鑽鏨の杖からは速度の全く出ない岩がごろりとこぼれ落ちるのみ。

 岩は床に落ちてはすぐに消滅するので怪我こそしないけど、延々とこの失敗風景を見られるというのは、なんというか、結構心にくるものがある。


 といっても、導師さん達は私の失敗する姿を見てせせら笑っているわけではない。極々真剣な、知的な眼差しで観察しているようなのだ。

 少しは苦笑されたりするのかなと思ったけど、とんだ被害妄想だった。導師さん達は真面目に私の魔術を見てくれているのである。


「“ステイ(顕鉄)”!」


 ならば、心置きなく全力で失敗してやろう。

 かなり厳しい特訓に臨むつもりで、一発一発を本気で放ってやる。




 使ったのは“ステイ(顕鉄)”を三十発。

 私の使える魔術のほとんどは地面ありきのものであるため、今回お披露目したのは全て初等魔術だ。

 しかし投擲のできない原因を探るだけの簡単な実験なので、最もシンプルで燃費の良いこの魔術を何度も使うのは当然なのかもしれない。


「……“ステイ(顕鉄)”!」


 今のが三十一発目。当然ながら、これまでの魔術は全て鳴かず飛ばずだ。

 大石を生み出してから床に落ちては即消滅を、無意味に繰り返している。


「うむ、わかった。ウィルコークスさん、もう止めてもらって結構だよ」


 私が三十二発目を発動しようというところで、ベルキンス導師からの待ったがかかる。

 しかし私の中にある魔力は未だ顕在で、魂への逆流も起こりそうにはない。ガミルの特訓をやっていた頃よりもずっと余裕があるくらいだ。


「私、まだできますけど」

「いや、こちらの方で一つの結論が出たのでな。だからひとまず、魔術は大丈夫だということだよ」

「あっ、わかりました」


 しまった。つい熱が篭もりすぎて、大事な目的を忘れてしまった。


「我々理式科が出した結論がある。おそらくそれは正しいだろう。ウィルコークス君、それを……落ち着いて聞いてもらえるかな」


 落ち着いて。そんな風に聞かなければならない話が、これから始まるのか。

 私の眼の色を窺うような導師の視線に、私は内心で何かを察し、小さく頷いた。


「ウィルコークス君、結論から言うが……」

「……はい」


 ベルキンス導師の喉が大きく動き、その直後、無慈悲なくらい当然に言葉が出てきたた。


「君の体質として、魔術投擲は……おそらく今後一生……」

「……え」

「楯衝紋の形を見てみても、ウィルコークス君のものは非常に稀なのだが、術の生成時に遅延が発生してしまうのだ。今も実際に見て確認してみたが、やはりこれはウィルコークス君の技量と言うよりは……」


 ベルキンス導師の言葉が、右から左へ流れてゆく。

 同じようにして前に出てきた導師さんの詳しい話も、耳に入ってこない。

 図を指で示されても、杖を振る動作を真似して見せられても、私の頭は小難しい理屈を何も理解してくれない。

 真っ先に叩きつけられた結論が、私の思考能力を完全に奪ってしまったのだろう。




 それ以降の言葉は、よく覚えていない。


 私は何度も頷いていたような気がするし、空返事ばかりをしていたような気もする。

 泣いたり喚いたり暴れたり導師さんを殴ったりはしていないはずだが、打ちのめされたような記憶だけがおぼろげに残っている。


 沢山の導師さんによる長い説明。

 マコ導師の心配そうな表情。

 私一人のために手を焼き、気にかけてくれる人に私は感謝をしながらも……“ありがとう”の一言も、満足に返せなかったような気がする。


 気がつけば、私は自室のベッドの上で仰向けに転がっていて、酔いの回った頭で天井を見上げていた。

 脇のテーブルを見れば、何本かの種類もわからない酒瓶が転がっていたが、そんなものはどうだっていい。


「……そうか」


 私は、魔術投擲ができなかったのか。


 魔術投擲ができないということは、魔術を遠くに飛ばせないということ。

 遠くに飛ばせないということは、遠距離戦ができないということ。

 遠距離戦ができないということは……。


「魔道士失格、かぁ」


 その日の事は、本当によく覚えていない。

 衝撃的な言葉がどんな輪郭をしていたかだけを頭に入れたまま酒を飲んで、そのまま深い眠りについてしまったから。


 ただ私は、その夜はずっと枕を涙で濡らし続けていたように思う。

 魔道士を志した時の気持ちを、これまでの血反吐が出そうになる練習や特訓を、未来に向けた自分の理想像を。

 輝かしいそれらを思い浮かべ……思い知った現実によってひとつひとつ叩き壊して。

 私は虚しさの中で、ただただ泣いていたのだ。


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