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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 震える石英

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嘴006 煮詰める談話

 酒盛りに限りなく近い私達の食事会は、水路沿いにある小さな宿屋の施設を利用して行われた。

 予め決めておいた時間に到着してみると、そこでは既にライカンとヒューゴが調理の前準備を進めており、ボウマはそれを面白そうに眺めていたり、クラインなどは特に手伝わず、ヒューゴの野菜の切り方について事細かく指示を飛ばしていた。自分でやれ。

 私とソーニャも適当に準備の手伝いを進め、サボっているボウマの首根っこを掴んで振り回すなどしていれば、すぐに料理は出来上がった。


 ライカン特製、沢山の葉物野菜をぶちこんだ草の鍋である。野菜と同じくらい沢山あるキノコ、皮の厚いミュート、大きな魚の切り身もどかんと二つ入っており、どれもホクホクしてて美味しい。

 葉物は少なくなれば逐次投入できるように、幾つかのボウルにまとめて何個も用意してあるようだ。所詮は草なので、大人数で食べていれば調度良い量だろう。

 味付けも程々。これもまたライカン特製の調味料を使っているのだろう。原料は不明だが、美味いなら私はそれで良い。


 日が傾き赤っぽくなる頃には、ちょっと早いが酒も入る。

 クラインとボウマは酒を飲まないが、ボウマは酒なんて無くてもよく喋るし、クラインは“クラインだから”ということで気にならない。

 場所も落ち着いたそこそこ良いこともあって、私たちは各々が故郷で過ごした数ヶ月について、鍋が冷めて夜遅くになるまでとことん語り合った。


 ライカンとボウマは、ずっと故郷である八卦街アンダマンで過ごしていたのだが、二人の口からはあまり“家族”というキーワードは出てこない。

 久々に故郷が見れて良かった、とライカンは語っているが、きっと二人は大して故郷への愛着を持っていないのだろう。

 そのかわり、二人は退屈に任せて度々街を飛び出して、規模の小さな旅を楽しんでいたらしい。

 アンダマンに近い褐色街ディニティスで傭兵紛いの簡単な仕事を請け負ったり、腕力と爆発力に任せたちょっとした討伐任務なんかにも手を出したのだとか。それはそれで、ちょっと楽しそうである。

 ライカンがボウマを放り投げて、ボウマが爆発で獲物を狩る……なんて馬鹿げた鹿狩りもやっていたようだ。危ないなあと思いながらも、ちょっと見てみたかった。


 ヒューゴは故郷の風の国、首都であるカイトベルの実家で、久々に家族達と会って、普通に過ごしていたようだ。

 彼には三人の兄がおり、その人達がちょくちょく変な提案を持ちかけてくるそうなので、それをのらりくらりと躱す事に苦労していたのだという。

 風の国は広大だが、ほとんどが砂漠に沈む過酷な国だ。本当は彼も旅行に行きたかったようなのだが、しっかりと計画を立てておかなければ、治安の悪い風の国ではちょっとした移動さえも危険らしい。

 実家の風車の整備を手伝ったり、そんなことで時間を潰していたようだ。私と同じで一番まともな故郷での過ごし方をしているはずなのに、本人の話し方からは不満が感じられた。


 ソーニャのことは手紙でよく聞いていたので、話す内容は殆ど私も把握していた。

 ミネオマルタで起きた事件のこともあり、雷の国でも色々と聞かれたそうだ。

 家に帰れば親類からも多くの事を聞かれるので、最初のうちは休まる暇もなかったという。

 が、それはここ二年ほど一度も故郷に戻っていなかったソーニャ自身にも問題があることだ。心配されるのは仕方がない。


 私からは特に話すこともないが、皆が聞きたがっていたので、ありのままに話しておいた。

 といっても特筆すべきことはない。私はただ故郷に戻り、父さんと一緒に鉱山で働いていただけである。

 が、その鉱山で働くというのがどうも皆に言わせると“普通じゃない”ことであるらしく、よくわからないけど鉱山での仕事について色々と聞かれてしまった。

 切羽の掘り進め方、石の見分け方、柱の据え方など、なんでこの場でそんなことを喋らなきゃいけないんだろうってことまで、様々な事を質問される。


 その最中に、前にタタミにも披露した、石を足の甲で放り投げる小技についても話が及び、それなどは特に深く追求されてしまった。

 ヒューゴなどは“そんな器用なことができるのかい”と訝しんでいたのだが、私が近くに落ちていた丸っこい石をひょいと足で放り、立てかけた空き瓶に当てて倒してみせると、まさかの大受けである。

 興奮するボウマにせがまれて十回ほど繰り返す羽目になってしまった。

 クラインからは“それで食っていけるだろ”とまで言われた。


 私はこの小技を、大人になれば十人に一人くらいはできるものだと思っていたのだが、どうもそれは大きく歪んだ認識だったらしい。

 そして誰もこの小技を使って遊んだことがないとか。

 自分の話をしていたはずなのに、何故か私自身が一番のショックを受けてしまった。

 やはり、国が違えば文化も大きく違うのだろう……。




 で、私の話が予想以上に長引いてしまったのだが、空が濃紺色に包まれる頃になると、ようやく話の対象がクラインにも回ってきた。

 それまでに話が盛り上がって、酒瓶がいくつも転がる時分である。みんなの好奇の目線は、包み隠されることもなくクラインへと注がれた。

 クラインはその手の盛り上がりを好むタイプではなかったが、彼にも最低限の空気というものは掴めたのだろう。

 あまり気乗りしない様子だったが、クラインはわちゃわちゃと囃し立てるボウマの口にセロリを突っ込みながら、静かに故郷での某を語ってくれた。


「オレは家に戻ると、まず母さまと父さまから怒られた。危険なことをするのではないと」

「まあね」

『不可抗力とはいえ、少々冒険じみた事もやっていたからなぁ』


 わかってはいたが、クラインの両親もかなり神経質というか、過保護であった。

 学園から帰ってきたクラインに対して、まるで戦地から帰還した身内を労るような大げさな扱いをしていたのだという。

 竜と死闘を繰り広げたことについては、新聞の方にも当事者の一人として彼のことが載っていたし、家族には当然話も行っているのだろう。

 まぁ、闘った相手が竜なのだ。猪でもなければ鹿でもない。親としては心配しない方がおかしいというものである。

 でもクラインの家族というだけで、やっぱりどこか他とは数段違う心配のされ方をしていたんだなあと思えてしまう。そんな印象は、まぁだいたいクリームさんのせいなんだけど。


「そして……そうだな。色々とあり、学園を辞めろという話になったのだ」

「随分話が飛んだなおい」

「母さまは学園の安全面に問題があるだとか、いい歳だからとか、色々と理由をつけていたが……特異性のあるオレに沢山の見合いが来たことについて、それを絶好の機会だと思っているのだろう。家柄だけならば、相手もユノボイドと比肩し得る所も多いらしいからな」

『ふーむ』


 結婚が大事なのはわかる。でも、無理やりに学園をやめさせるのはどうなのだろう。

 クラインが嫌だと言っているなら、親としてはそれを尊重するべきだとも思うんだけどな。


「けどクライン。今の話で、僕ちょっと気になることがあるんだけど」

「なんだ、ヒューゴ」


 父さんから教えられた“結婚に値する男の選びかた二百項”について思い起こしていると、ヒューゴは控えめに手を挙げ、クラインに食いついていた。


「今のクラインに寄せられてる見合いって、ほとんどがそっちの……干満街クモノス近辺の旧貴族達なんだろ?」

「まぁ、多くはそうだな」

「でも前にミスイと許嫁だったって話をしてくれた事があったじゃないか。その時は君の特異性が発覚して、婚約がご破算になったって聞いたよ。どうしてこの時期に沢山の見合い話が寄せられたんだい?」


 ああ、そうだった。クラインは以前、自分の特異性を理由にミスイの家から婚約を破棄されたんだ。

 彼の特異性はそれはこうして学園に入っていることからも周知の事実だし、血筋と才能は旧貴族が無視するはずもない要素である。

 考えてみれば、なんだってクラインと結婚したいなんて話が、突発的に湧き出したのだろう。


「……そうだな」


 クラインの口調は、少々重苦しい。

 話そうか話すまいか、悩んでいるようだ。


「なあクライン。これは噂話だから違ってたら申し訳ないなと思うし、答えたくないことかも知れないんだけど……」

「ああ、ヒューゴ。もういい。わかった。お前の勝ちだ。話すよ」


 しばらく静かに葛藤していたクラインだったが、ヒューゴが何かを訊ねようとすると、急に何かを諦めたように両手を上げた。

 ヒューゴはヒューゴでそれを見て“本当だったのか”と驚いている。見ているだけの私たちは、何が何やらわからない。


「ねー、噂ってなんなん?」

「気になるわね。教えてよ」

『うむ』

「ああわかった。話すと言ってるだろ。静かにしろ」


 詰め寄るみんなを面倒くさそうに宥め、しばらくの間無言で瞑目する。

 じりじりと勿体つけた数秒後、彼は仕方なしと言った風に、重々しく口を開いた。


「……実はな。光魔術の発動に成功したんだ」

「え?」

「オレが、光魔術を成功させた。使えるようになったんだ」

「は? 本当に?」

「まあ、それは事実なのだが……その噂を聞きつけた旧貴族共が、最近喧しいことこの上ないんだよ」


 クラインが光魔術を習得した!

 まさかの唐突なビッグニュースに、私たちの酒盛りは今日一番の大騒ぎになったのは言うまでもない。



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