嘴005 見通せない迷宮
「魔術の利用は古く、五大国が成立してからの今現在の数暦第二期はもちろん、多くの国が存在した数暦第一期のほとんど初期からその名残は見られています」
マコ導師が石灰棒を黒板に押し当て、丸っこい綺麗な文字を綴ってゆく。
二時限目の講義の始まりである
ひとまず、初日は数字を扱う講義がないようで安心した。
今の私の心理状態では複雑な計算はちょっと心もとなかったので、何よりである。
全ては、変なタイミングで面白い話を暴露してきたクラインが悪いのだ。
「今でこそ多くの習得魔術は体系化され、八系統の属性術に分類されていますが……大昔は簡単ないくつかの分類分けしかされておらず、ものによっては独性術の括りに属していたものまで存在します。影属性術を始めとする三つの高等属性術はその典型ですね」
私が入学してきた時と同じ、五つの属性を示す星形の図形が黒板に描かれる。
改めて見て見れば、私はまだこの中の鉄属性しか覚えておらず、それもまだまだ不完全だ。
私と同い年で何属性も扱える奴の頭の中ってどうなってるんだろうか。
「少々魔系史学の分野に踏み込んでしまいますが……影、闇、光……この三属性の魔術は非常に高度であり、数暦第一期では属性術として認知されていなかったのではないかと言われています」
影、闇、光。
私の印象では、影魔術といえばクリームさん。
光魔術といえば、リゲル導師とソーニャといったところだろうか。
闇魔術は……実践でリゲル導師が使っている所をちらりと見たことはあるけど、クラインが灼鉱竜と戦っている私を助けてくれた時にも、彼は闇魔術を使っていたように思う。
いや、あの時は意識が朦朧としていたけど、間違いなくクラインも使っていたはずだ。
……今にして思えば、闇魔術が使えるっていうのも相当凄いことだよな。
あれ、そういえばクラインって今何属性使えるんだっけか。
確かクラインは特異性が水で、火も使えて雷も使えて、鉄も教えてくれたし、風も使ってたし……影も使ってたか。で、闇も……。
つまり、七属性? 私の七倍か。すごいなあいつ。
それだけ魔術が得意で頭も良いなら、なるほど確かに結婚しろって話も頷ける。
学園には六年間もいなくちゃいけないから、親の年齢によってはそんな事を急かされるのかもしれない。私は、父さんからは特にそういうのを言われたこともないけれど。
「皆さんのいるこの特異科も、一応は属性術の分野の一環としてあるので、滅多にこちらの方を説明することは無いのですが……魔術には属性術の他に独性術と呼ばれるものも存在します。これは、属性術とは異なり全く体系化されてない、個人によって生み出された魔術ですね」
八系統の属性術がまとめて記された図形の外に、“独性術”とだけ書かれた丸印が加えられる。
そういえば、この学園に来てから時々“独性術”って聞くことはあったけど、どういうものかは全く知らなかったな。
第三棟も闘う相手もそうだけど、あまりそっちの学科には縁が無いのだろうか。
「体系化されず、相伝することも難しいことから、個人で修める魔術……独性術の名を持っています。術の要素として各種属性の性質を継承するものも多いのですが、大抵の場合は式が非常に独特で複雑なので、理学式として残すことは困難であると言われています。なので、習おうとしても習えません」
……習えないって、それって学科として成立するのだろうか。
「ですが、この独性術を研究してゆくのは非常にやりがいがあって、面白いんですよ。先人が生み出した独性術について考察し、それを属性術として形式化するべく再構築する……独性術の理学式解明によって新たに考案された属性術も多く存在します。そこに自らが解明した魔術を追加することは、理学者にとって至上の目標であり、名誉なことなのです」
ふーん。つまり、独性術の研究っていうのは、新しい属性術を生み出す研究ってことなのかな。
そう聞くとなんだか凄そうだ。私とかボウマには、とても出来る気がしないけど。
「独性術は様々な伝説やお伽話にも使われていますね。有名なものでは、鉄国騎士団の逸話にある“スティヘイムの至宝剣”。雷国王家の伝説では“ガンダロの鉄槌”があるでしょうか。どれもドラゴンを倒したり、強い魔族を退けたり……信憑性はともかく、これらに憧れた人は多いと思います」
「あ、“スティヘイムの至宝剣”は私でも聞いたことあるなぁ。けどあれってお伽話じゃ……」
「ウィルコークスさんもご存知ですよね? ふふっ、あれも一応は、独性術の一種として考えられているんですよ」
あんな空想魔術まで独性術扱いされるのか。
山ごと魔族の軍勢を一刀両断とか、さすがにそんな魔術が一般に広まって欲しくはないなぁ。
使えたら使えたで、ヤマ仕事の一部が楽になりそうで良いけれども……いや、良くはないな。
「とはいえ、独性術の研究は気の長い分野です。学科に属している人は、術の実践や強化で忙しいこともありますし……理式科導師程度の知識が無ければ、一から魔術を構築するという芸当もできません。面白くはあるんですけど、なかなか気軽に参入することのできない学問であることには違いないですね」
ああ、私にはできないとわかっていたけど、やっぱ無理っぽいな。
自分の得意魔術を覚えるだけでも精一杯なのに、他の学科にいくつも手を伸ばすなんてやってられないわ。
「でも、やってみると本当に熱中できる、面白い分野なんです。気が向いた人は、私や理式科のベルキンス導師に声をかけてみてくださいね」
『ハイッ!』
マコ導師は最後にニコリと微笑んで、独性術に関する話をそう締めくくった。
それに対してライカンが何か元気よく返事をしてたけど、彼でもきっとそっちの研究にまで手を伸ばすことはできないだろう。あれは元気だけはいいけど、ほとんど条件反射の空返事みたいなものだ。
「独性術の体系化ねぇー……面倒くさそ」
「はは」
頬杖を付きながら呟いたソーニャの気怠そうな一言に、私は小さく笑った。
二百分に及ぶ特異科の講義は午前中の間に終わり、それ以降は私達のすべきことは無くなった。
他の学科はもっと色々とあるんだけど、私達は特異科なのだから仕方がない。もっと講義を受けたいと思っても、導師さんにはそれほどの余裕もないし、足並みの揃わない私達に構う暇も少ないのだ。
ああ見えて、マコ先生も導師である。私達に理学を教える傍ら、もっと大事な研究を行っているのだろう。
でもその間に学園を好きに回れるので、あながち悪いことばかりでもない。
図書館は常に開放されているし、食堂だって空いてる時間に使い放題だ。クラインにでも聞けば、他にも色々な施設があるんだろうけど、私が思いつく限りでもそれだけ暇を潰せるのだから、やっぱりこの学園は広大だ。
……とはいえ、今日は皆と再会した初日。
久々の学園で学業に励みたい気持ちはもちろんあるけど、それ以上に皆との積もる話に華を咲かせたい気分である。
私達は講義終了とほとんど同時にひとつの机に集合し、今日囲む鍋料理について話し合うことにした。
このメンバーが集まったらとりあえずライカンの作った鍋。これは定例だ。手紙でも“また鍋食いたいなー”って事も話していたので、計画を立てるまでの流れは実にスムーズだった。
「今日はクラインやソーニャもいるし、野菜を多めに確保しておきたいところだね。夕時前ギリギリに買うのはちょっと難しいから、今のうちに買うだけ買っておこうか?」
『うむ、昼に追加される分もあるからな……どうせ煮込むのだ、早めに買っておいても問題はあるまい。あと、前回はゲテモノが多かったからな。今回は普通の食材で綺麗にまとめてみよう』
「ああ、それがいい。最初だしね、一般的な感じにしようか」
ヒューゴとライカンが、今日の献立について話し合っている。
一応私もちょっとした料理くらいはできるけど、話している内容や慣れた雰囲気から察するに、私よりも上級者って感じがするからなんとなく入りにくい。
ボウマは我関せずで最初から食うだけのポジションに収まる気満々だけど、私はどうにか皆を手伝える所を探したいものだ。
……ライカンでも出来ることではあるけど、瓶は重いし、酒の買い出しくらいなら力になれるかな。
男たち相手に力仕事で役に立とうって考えは、自分でもどうかとも思うけどさ。
「なーなークライン。クラインって結婚すんのか?」
私が今日抱え込む酒瓶の本数を思案していると、暇を持て余したボウマが隣のクラインに訊ねた。
それは他の皆にとっても興味のある内容だったのか、話している最中のライカン達の注目も集まっている。
クラインはそんな私達の視線を鬱陶しく思ったのか、顔を顰めていたが。
「するわけがないだろう」
「でも、さっきはなんかしそうなこと言ってたじぇ?」
「親が勝手に決めたことだ。オレの意志ではないし、こればかりは母さまの言いつけでも頷けん」
ああ、やっぱり結婚はしたくないんだな。
まぁ、どうも話の雰囲気からして、学園を途中でやめろってことみたいだし……子供を作れなんて言われてるみたいだし……いきなりそんなこと言われても、そりゃ嫌だわな。
……それにしても、クラインはよく母さんのことをポロッと出すけれど、どんな人なんだろうか。
私達はクラインの家族と言えば、姉のクリームさんしか見たことがない。それだけ見ると、随分と物騒で殺伐とした家族なんだなあって印象しか持てないのだが。
「ねえクライン。クラインの母さんって、どんな人なの?」
「……」
私が何気なく訊いてみると、クラインは急に真顔になった。
嫌な顔をされるよりも、なんとなく怖い。
「ウィスプ母さまは、完璧な母さまだ。それ以外の言葉は見つからんな」
「おお……」
『クラインをもって完璧か。それは凄い』
「ほへー……」
完璧主義者で性格破綻者のクラインが完璧って、どんな人間なんだよそれ。
家族だし、身内贔屓してるってこともなくはないけど……そんな大げさな感じでもなさそうだ。
「オレの理学的体質に対する方針には少々、考える所もあるが……それを差し引いたとしても、やはり完璧な母さまだよ」
「ほーん……頭いいのか?」
「頭だけではない。美辞麗句をいくつ並べても足りんさ」
クリームさんも結構文武両道で綺麗な人だったけど、そっちとは随分と対応が違うんだな、お前。
「じゃあクライン、父さんは?」
「当然、素晴らしい父さまだ。ラウド=ユノボイド。父さまは魔道士を志すオレにある程度の理解もある。たまに問題ごとを起こす事もあるが、それを差し引いたって、誇れる父だな」
「じゃあお姉さんは」
「魔族だ。討伐されて然るべきだろう」
だからなんでお前、そんなにクリームさんのことが嫌いなんだよ。
積もる話はあるし、いつまでも講義室内で話していたい気持ちもある。
実際、話し始めたら夜が更けても足りないくらいには、話す内容も豊富にあるだろう。
しかしヒューゴとライカンが早めの買い出しに乗り出すと、自然と一時解散の流れになった。
名残惜しいが、続きは日が傾いてからになるだろう。その時、酒を酌み交わしながらというのも悪くない。
「ならせっかくだし、良いお酒を買おうと思うんだ」
「なるほど、それで私ってわけね」
というわけで、また私はソーニャに頭を下げることにした。
今日囲むであろう美味しい鍋料理のために、それとぴったりなお酒を揃えたいのである。
私も酒は好きだし、グログ以外にもそこそこ飲むことはあるけれど、水の国の酒についてはあまり詳しくないのだ。
故に、いつも通り困った時のソーニャ頼みとなったわけである。
「そういえばロッカって、大通りの酒屋さんしか使ってなかったのね。確か、“ノーダス酒樽屋”だっけ」
「うん。あそこも結構色々と置いてるんだけど……やっぱり他にもあるよね」
「もちろんよ。あそこはあそこで人気だけどね。奥まった所にいけば、そこそこ安くて美味しいお酒も置いてあると思う」
「おー」
さすがソーニャだ。ミネオマルタの事ならなんでも知ってるな。
「ただ、どこもワインを中心に取り扱ってるから、もしかしたらいくつか回らなきゃならないかもだけど……それでも良い?」
「うんうん! お願い、連れてって!」
「よし、それじゃ行きますか」
いくつも酒屋を回るなんて、初めての経験だ。
服屋とか靴屋を見て回った時も楽しみだったけど、これはこれで胸が高鳴るな。
私は色々と酒を飲むことが多いけど、ソーニャはあまり嗜まないタイプだ。
何度もソーニャと一緒にご飯を食べに行ったことはあるが、彼女は飲んだとしても軽いものしか口にしない。
本人曰く“あまり強くないから酔うほど飲んで隙を見せたくない”のだそうな。わかるような、わからないような。まぁ、確かに飲み過ぎると頭が痛くて次の日後悔することもあるし、控えめくらいが丁度良いのかもしれない。
「結構入り組んでるでしょ。ロッカでも、一度じゃ覚えきれないかもね」
「確かに……ていうか、すごい人」
ソーニャおすすめの酒屋を目指し、中央通りから外れてか細い路地へ。
干葡萄店。香辛料専門店。細い道だが左右には珍しい店が連なっており、やたらと目を引く。それは私だけでもないようで、あちこちに気を取られて牛歩になる人の多い中では、なかなか前に進めない。
人の多さと道の狭さ。こういう所は、都会の不便というか、嫌なところである。
「学園はもう完全に復旧されたってなってるけど、しばらくはサナドルから来た水道職人さんたちが残ってるのよね。この混みようは、そういう事情も関係してるかもしれないわ」
「サナドル? ルウナの実家の街だっけ」
「そ。噴水街サナドル。ミネオマルタの治水や噴水は、ほとんど向こうの技師が手がけてるのよ。私も詳しくはないけど、技術が頭一つ飛び抜けているんだって」
「へえ。地下水道は知ってたけど、学園もなんだ」
地下水道に良い思い出は無いけれど、あそこの見事な水路は今でも思い出せる。
なるほど。今回の学園の修理でサナドルから職人が来てるのか。駄目なんだろうけど、一度工事してる風景を近くで見ておきたかったな。
「けど、それにしてもこの混雑は大げさよね……やっぱりマルタ杯も関係しているのかしら」
ぶつぶつと呟くソーニャの後を追い、私は迷路のような細道を突き進んでいった。
「わあ、すごい樽の数……」
「ここは“雨樋の下”って店よ。水の国の各地から取り寄せた物が置いてあるわ」
「すごい……」
ソーニャの先導で行き着いた店は、水路沿いにある広めの酒屋であった。
店内は、赤塗りした小さな煌灯がいくつか吊るしてあるだけで、薄暗い。
古びた木の香りが立ち込める店内の至る場所に大きな樫枝の長樽が配置され、鍵付きの蛇口が据えられている。
樽に張られた真鍮の名札を見るに、どうやら様々な産地のワインが樽の中に満たされているようだ。
店内には私達の他に何人かがいるようで、生活感溢れるエプロン姿の女性だったり、見るからに高そうなスーツを着た紳士も、中腰になって樽を眺めている。
客層は、結構まちまちなのかもしれない。
「まぁ大体のワインは高いんだけど、ミネオマルタの近くで作ったワインだけはかなり値段が安くなってるから。美味しいけど。ワインを買うなら、ボトル持参でここで買うのが一番良いわね」
「ボトル持参? 空き瓶持ってこなきゃ買えないのか」
「瓶ごと買うと少し高いのよ。無駄に……って言い方は悪いけど、ここの瓶、ちょっと凝ってるから」
「へえー」
なるほど……ああ、店の人に言って、蛇口を開けてもらうわけか。
それで量に応じたお金を払うと。へえへえ。
……けどこうしてみると、ミネオマルタだとワインはグログよりもそこそこ安いんだな。私の故郷とは逆に、こっちだとグログが高くなるのか。
別に高級な酒でもなんでもないけど、つい飲みたくなるからなぁ……できれば安い店があってほしいんだけど……。
ていうか、解ってたけどワインばっかだなここ。
グログどこだ。ついでに赤ビールもどこだ。まさかワインだけか。
「何かお探し?」
「え」
私が酒を求めてふらふらと店内を彷徨っていると、すぐ隣から声をかけられた。
そこにいたのは、彩佳系の二十かそこらの若い女。どこか胡散臭い笑みを浮かべ、私の方をうっとりと眺めている。
……なんか、怪しい。
と、何か裏を勘ぐった私だったが、胡散臭さの正体はすぐにわかった。
彼女は、胡散臭いわけじゃない。この女の人、ただ酒臭いだけなのだ。
ちょっと酔っているせいで、変な風に見えていたのだろう。
「私、お酒詳しいの。探している物があるなら、教えてあげる」
「え、あー……」
ソーニャがいるから大丈夫……って言いたかったけど、彼女は彼女でちょっと離れた場所にいるらしい。
軽く見回しただけでは、彼女のまばゆい金髪が見つからなかった。
……とろんとした目つきがちょっと怖いけど、親切そうな人ではある。
私は、この酔っ払った人に素直に訊ねてみることにした。
「えっと、グログを探してるんだ、ですけど」
「ふふっ……そ。じゃあ、ワインのところじゃなくて、こっちの方よ」
うっとりとした目つきの女は、どこか艶かしい仕草で私を手招き、店の奥へと進んでゆく。
高めのヒールによる足取りは酒臭い割に意外としっかりしており、ほとんどぶれていなかった。
「グログは、こっち」
「あ」
案内されたのは本当に店の奥で、壁際の棚の前。
そこには幾つもの種類の瓶がラベルを連ね、中には私にとってある程度親しみのある銘柄の酒も置いてあった。
「あの、ありがとうございます」
「ふふふ、どういたしまして。グログ、好きなのかしら」
「はい……結構。かなり」
「良いんじゃないかしら。お酒に対するドロドロとした執念が篭っていて、とっても素敵。ふふ」
「え?」
女は何がおかしいのか、怪しくふふふと笑い続けている。
ひょっとしたら、私も酔ってさえいれば彼女に共感できたのかもしれないが、生憎とシラフの状態では、彼女の笑っている意味をちっとも理解できなかった。
「あ、ロッカ。そんなところにいたの」
私が酔っぱらい女への対応に困り果てていると、それに助け舟を出すが如きタイミングで、向こうの樽の曲がり角からソーニャが現れてくれた。
まさに最高のタイミングである。
「ソーニャ。ごめん、はぐれちゃった」
「もう……薄暗いんだから、ゆっくり見て回って頂戴よ」
「ごめん」
どうもワインの方には興味があまり湧かなくて、ついついさっさと素通りしてしまうのだ。
水の国の地名にも詳しくないし、産地を見てもよくわからないというのもある。
「あら、お友達と一緒だったの。悪いことをしちゃったかしら」
「あ、いや、そんなことないです。場所、教えてくれてありがとうございます。助かりました」
「ふふ、良いのよ、これくらい。次からはちゃんとエスコートしてあげなさいね」
女はそう言ってゆらりと手を振ると、色っぽく微笑んで、ワインのコーナーへと消えていった。
……親切だったけど、なんだかちょっと変な人だな。客層が広いと言うべきなのか、何なのか。
まさかこの店って、店の中でグビグビと飲めるのだろうか。……ちょっと憧れるけど、なんとなくワインの立ち飲みは嫌だなぁ。
「あの人に何か教えてもらったのかしら」
「うん、お酒の場所を」
「あらそうなの。お目当てのものは見つかった……みたいね」
「とりあえずね。他にも買うと思うけど」
グログは完全に私個人の分だが、見つけにくいものなので優先して探させてもらった。
あとは皆の分のお酒をちょろちょろと買っておくだけである。それもこの店内だけで揃うだろうけど……まだ時間はあるし、他の酒屋も回ってみたいな。
「ところでロッカ、聞きたいんだけど」
「ん?」
「私って、ロッカにエスコートされてるの? 私がしてるの?」
「え……あれ? どっちだろう?」
割りとどーでもいい話に花を咲かせつつ、私達はそんな感じで、いくつかの酒場を楽しく見て回ったのだった。




