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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
最終章 打ち砕く石

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掌008 突き返す刃物

 杖士隊の面々によってマルタ杖士理学研修院の関係者が縛り上げられ、連行されてゆく。

 広間にいた老導師達はゴーレムの作業を指揮していた現行犯でもあるため、言い逃れはできない。

 あとは保身のために仲間を売る者が、勝手に芋づる式に情報を巻取り、組織の闇の全貌を暴いてくれるだろう。幹部を引けば草の根まで抜けるのは、まさに植物と同じなのである。


「これで、少しだけ清々したわ」


 後ろ手に縛られ、複数人の杖士隊によって連れて行かれる老導師の姿を眺めながら、クリームは癖っ毛のある前髪を撫ぜ、大層満足気に微笑んだ。


 彼女は昨日、第三棟の闘技演習場にてリゲルの大講義の警備に当たっていたのだが、騒ぎが発覚し、弟のクラインが大変な目に遭っていたことを聞かされてからというもの、荒れっぱなしであった。

 首謀者は誰か。生き残っている犯人はいないのか。殺気立った彼女を止めるには、護衛対象であるリゲルが手伝わなければならなかったほどである。


「しかし、これもクライン君のおかげだね。彼の伝えてくれた情報や推測がなければ、この場所は突き止められなかった」


 光魔術による敵勢力の無力化で一仕事を終えたリゲルは朗らかに笑い、地球杖グロウバルの地球儀をくるくると回した。


「……導師。確かにクラインのおかげで突き止められた部分も大きいです。ですが……」

「あのねクリーム君。こういう時は、素直に褒めてあげるものだよ」


 リゲルの言葉に、クリームが眉を傾げる。


「……そうかしら?」

「そういうものだと思うな?」

「じゃあ、そうしておきましょう」

「ははは」


 今回行われたマルタ杖士理学研修院への強襲作戦は、前日の事件発覚から数時間後の深夜に決定された。

 これだけ大掛かりな作戦がたった四、五時間前に決まったのだから驚くべきことである。

 そのために杖士隊が動くのは当然のことであったが、学園側の人間で作戦に加わる者も大勢居た。それがマコやゲルーム、そしてリゲル達理総校の面々だ。

 緊急時ということで、ある程度の能力を持っており、かつ、事情をその場で聞いている者については特別参加を許されたのだが、彼らが参加を希望した理由は当然、クリームのような仕返しを望む気持ちが強かったのだろう。


「……しかし、大講義の途中で襲ってくるとはねえ」

「予想外でしたね。まぁ、突然第三棟の講義中にやってきても、どうにか守り抜く自信はありますけど」

「予想外というものは怖いからねぇ。私でさえ、実際にその時になってみて、動けるかどうか」


 リゲルは遠い目で、開け放たれた正面口の向こう側を見やる。

 表の通りには騒ぎを聞きつけた周辺住民が集まり、それを抑えるために警官が動員され、人だかりを抑えていた。

 少々周りを騒がせてしまったが、作戦上仕方のないことである。


「……死ななくて良かった。本当に」

「……」


 クリームは、低い声で独り事のように呟いたリゲルの横顔を盗み見た。

 彼女は、相変わらず笑顔を浮かべている。ニコニコと、何が楽しいのかわからないような、そんな笑みを。


「リゲルさーん、ゲルーム導師の闇魔術を受けた人達の介抱をお願いしますー」

「……おっと、スズメが呼んでるね。それじゃあクリーム君、私はこれにて」

「はいはい、わかりました。もう一仕事、頑張ってくださいね」


 クリームは、かつてリゲルが暗殺者を討ち倒すために、過酷な旅を続けていたことを知っている。

 どこへ逃げても追い続ける暗殺者達。誰かが自分の命を狙っているという恐怖。見知らぬ人物への疑心暗鬼。

 光魔術とは関わりのないクリームでさえその日々は恐ろしいもので、食事を摂るのにも、トイレに向かうのでさえも神経を使う日々は、二度と味わいたくはない。

 だがそれよりも辛かったのは、やはり、友人が無残に殺された時であろうか。


 リゲルの最も親しかった学友は、その事件で殺された。

 しかも、その死はリゲル自身が招いたにも等しいものだと、彼女自身が嘆いていたのを、クリームは知っている。


 三年の時を経て首都ミネオマルタを震撼させた、暗殺者関係の大事件。

 これによってリゲルの古傷が疼いたようであるが、もしも死者が出ていたならば、彼女はさらに強く、自らを責めていたことだろう。

 口や表情にはなかなか出さないことであるが、クリームにはなんとなく解った。


「真面目すぎる人なのよね」


 数日間は、このマルタ杖士理学研修院も慌ただしくなるだろう。

 鎖の繋がれた落水口を見て、そんなことを考えながら、クリームは徹夜の反動による大きな欠伸を漏らした。




「主、任務完了です!」

「主、目標の捕縛、完了しました!」

「……あ、あの……ご、ごほん! わ、私はもう導師ですから! そういうのは、もうやらなくてもいいんです!」

「いえ主! 我々はやはり、主がいてこそ!」

「主、是非再び“白失の隊”に!」

「そ、そんなこと言われてもー……!」


 広間の片隅で、戦闘状態から我に返ったマコ導師は、かつての部下によって全力で担がれている。


「ふ」


 杖士隊の制服姿で狼狽えるその若い姿は、やるせない気分に顔をしかめていたゲルームの心に、わずかばかりの癒やしを与えたのだった。


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