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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第十章 焼き尽くす業火

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釜013 歩きまわる配膳

 構内に、また見慣れない学徒の店が出来ていた。

 元は理式製図室らしいそこは、入り口たるドアからして既に飾り付けられ、三角の看板なんぞも表に放り出され、色彩豊かな喫茶風のお品書き名が連なっている。


 足を踏み入れてみれば、中の様子もまた別格。

 少なくともこれまでに発表会で見てきたような、とりあえず“売るだけ”の形を作り上げました、というような店ではない。

 しっかりと内装を整えた、店らしい店……街の飲食店のように立派なものである。


 普段は殺風景な壁面にはいっぱいに民族的な大判タペストリーが掲げられ、天井に固定された学園の付属品らしい金属製の輪には、古びた黄銅のカンテラが黄色い輝きで、講義室内……店内を暖かく照らしている。


「いらっしゃいませー」


 そこでは女子学徒達が、どこか牧歌的な服の上からエプロンを羽織り、頭に白く大きな巾を被ったような姿で、忙しく動き回っている。

 薄いピューターのトレイの上に曇ったガラスのコップを山積みにして、店内のあちこちのテーブルに座る学徒や紳士や婦人などに配膳する様子は、どこからどう見てもウェイトレスさんだ。

 都会的で貴族的な水国の理学学園にあるまじき、平民っぽさを感じさせる。

 年の頃はどう見ても学徒だ。

 こんなかっちりした学園に、あんな子たちが本当にいたのだろうか。


「四名様、ご注文はどうされます?」


 なんて私が考えていると、そのウェイトレスさんが微笑みを浮かべてやってきた。


『うむ、じゃあこの、レーズンスコーンを』

「僕はオートクッキーを」

「あたしブドウジュースな」

「あっ、えっと、私は」


 いけない。つい店内とウェイトレスに目を奪われて……。


「後で来ますので、ゆっくりお決めになっても大丈夫ですよ」

「うっ」


 優しい笑顔でそう言われると、こちらも“じゃあそうします”って風に頷くしか無いじゃないか。


「じゃあ、もうちょっとだけ……」

「はい」


 ウェイトレスさんはにこやかに頷くと、腰に大きく結ばれたエプロンの紐を揺らしながら、暗幕に遮られた厨房へと小走りで去っていった。


「はは、どうしたんだいロッカ」

「……ぼーっとしてて、選んでなかった」

『はっはっは、まあゆっくり決めると良い』

「うへへ、先にジュースとクッキーはいただいておくじぇ、ロッカ」

「おいボウマ……まぁ、クッキーは皆で食べたほうがいいけどね」




 しばらく待っていると、同じウェイトレスさんがトレイにお菓子を乗せてやってきた。

 小さなクッキーの盛り合わせに、小さなスコーン。そして曇ったガラスのコップに満たされたブドウジュース。

 やはりどこかちんまりとした、学園らしくないメニューである。

 私はウェイトレスさんが置き終わるのを見計らい、レーズングリムを注文して、フリフリの紐が去ってゆくのを見届けて、ようやく一息ついた。


「……なんだか、ここだけ学園じゃないみたい」

『そうだろう。だが、ロッカはこういった雰囲気の方が慣れているものだと思っていたが、なんだか調子が乗っていないようだな?』

「まぁ、そりゃ格式張った所よりは安っぽい雰囲気のが落ち着くけど……廊下から入ってみたら、いきなりこんな空気だし……困惑が抜け切らないっていうか」

「はは、なるほどね」


 ヒューゴの注文したクッキーを一枚取り、ベキリと折って噛み砕く。

 硬く、およそ老人には優しくない食感。控えめな甘さ。私好みの雑っぽいお菓子だけど、それが目の前にあるという事実に尚更頭が混乱してくる。


「この店はね、古き良きミネオマルタを再現しようってことで、随分と昔から続いてる伝統みたいなものなんだよ」


 私がオートクッキーの繊維質をもりもり噛んでいると、ヒューゴが分かりやすい説明をしてくれた。


「へえ……じゃあこのお店、今回だけじゃなくて、ずっと前からやってるんだ」

「そうらしいよ。僕が来た頃からあったし……下手をしたら、何十年も昔からかも」

「すげーなぁ、あたしが生まれる前じゃん」

『だからウェイトレス達も、どこか慣れた調子なんだろうな』


 店内をトレイを持って回るウエイターの女の子達は、誰もが動きが板についている。

 笑顔もぎこちないものではないし、作法も……詳しくないけど、しっかりしていそうだ。


「喫茶、蜜葡萄。ここのあのウェイトレスの衣装は、女の子達に人気だからね。意外と競争率高いんだよ」

「え、競争率とかあるの」

「あるさ。ここで働きたいって子はすごく多い。表のクレープよりも、遥かにね」

「へえー……」


 確かに……露出は少ないし、飾り気があるわけではないけれど。

 大きな布をふんわりと膨らませた柔らかそうな彼女たちの衣装は、とても可愛いらしい。

 柄でもないけど、私も着てみたいな……などと思ってしまう。

 でも私なんかよりも、こういうのはソーニャの方がずっと似合うんだろうなぁ。




 薄暗く、しかし和やかな店内。

 田舎っぽい、喉が乾くお菓子をもさもさと食べているうちに、話は自然と近頃の私達が共有するものへと移っていった。

 つまり、最近クラインやボウマとも話した、地下水道の新たな推測についてである。


『ふむ……俺たちはその傷を間近で見たわけではないが……』

「物で付けられた傷か。まぁ確かに、それならあり得るかもしれないね」

「でしょ?」


 地下水道地下四階の壁につけられた傷に関する仮説を話すと、ライカンとヒューゴの二人は興味深そうに頷いてくれた。

 ボウマは噛みごたえのあるクッキーをバリバリと咀嚼するのに夢中で、聞いてるんだか聞いてないんだかわからない。


「本当に良い線いってるかもしれないよ。荷馬車を使わず、検問をすり抜けてミネオマルタの内部に入れるっていうのは、犯罪者達にとってこれ以上ない利点だ」

『物も人も行き来し放題。実際にそのような使い方ができるなら、盗賊団(バジリスク)らにとっては天国だな』


 機人盗賊団バジリスク。生憎と私の故郷のような場所ではお目にかかることはないが、トカゲ盗賊団と名高いそいつらの悪評だけはよく伝わっていた。

 機体をトカゲを模したものに統一し、盗みや人さらいまでなんでもこなし、一匹見たら三十匹はいるとか、とにかくろくでもない奴らだという、そんな話。

 連中の凶悪さの具合は私も詳しく知らないけど、それなりの規模の盗賊団であれば、ミネオマルタの地下にそういった行き来できる拠点を持っていてもおかしくはない……のかな?


「けど、この街で違法性のある薬物とか、大量の武器が横行しているなんて噂は聞かないなぁ。表の市場も裏市も、いつも通りな様子だし」


 ヒューゴは考えるように顎を掻いているけど、普通はそんな噂、耳に入らないと思うよ。


「てゆーかロッカぁ、人とか物とかが街に入るっていってもさあ、そいつらは地下のどっから湧いてくるんだじぇ?」

「うっ、それは」

「はは。まぁ、ミネオマルタに怪しい動きが見られず、地下の通り道に出口はあっても入り口が見つかっていないんじゃ、これ以上の議論は難しいかもね」

「うぐぐ」


 確かに、落水口というミネオマルタと地下を繋ぐ出入口の存在は見つかった。

 しかし地下がミネオマルタ以外のどこかに繋がっているかは、不明である。

 既に詳しい調査は杖士隊によってされているから、存在しない可能性は普通に高い。


『ひとつ疑い始めると、どこまでも陰謀めいて見えてくるものだ。ゴーレムではなく物による傷、という話には感心したが、これ以上考えるのは時間を取られるばかりだと思うぞ、ロッカ』

「……でも、なんだか釈然としない」


 ちょっとずつ真実に近づいている気はするのに、それがどこまでも遠くにある。

 それがもどかしすぎて、私は何か考えたり、動いたりせずにはいられない。


「ロッカ、難しいことなんて考えるもんじゃないじぇ」

「……ボウマ」


 ボウマが口をにかりと歪め、私にクッキーを差し出していた。


「大体、考えこんでるロッカなんてロッカらしくないよ」

「……なんか、すげー引っかかる言い方。間違ってないけど」


 私はクッキーを口で取り、強化した顎でバリバリと咀嚼する。

 純朴な味わいだ。噛めば噛むほど、仄かな甘みが滲み出てくる。


「……そうだね。しばらく放って、忘れておくのがいいのかもね」

『うむうむ。座して待て。俺もそれが一番だと思うぞ』


 馬鹿なりに突っ走って行動するのは実に私らしいけど、ひとつの事を考えすぎて躓き、迷走を続けるのは、そんな馬鹿な私の悪い癖だ。

 ここは彼らの言う通り、深く考えず、時の流れに委ねるのも良いかもしれない。


 ……そろそろ私もこの件は、疲れてきたしね。




「それはそうと、クラインのことなんだけどさ」

「うん? クラインがまた何かしたのかい」


 私は頭を抱える問題を払拭する意味で、別の話題に切り替えた。


「陰口を言うわけじゃないんだけどさ。なんだか、最近のクラインってちょっと変じゃない」

「おいおい、クラインが変じゃない時があったのかい。それは確かに変だぞ」

「クラインの普通ってなんだじぇ、ロッカ」


 さすがクラインだ。のっけから物凄い言われようである。

 いや、私もそう思うけど。


『ふむ、クラインの様子が変か……それは、今学園に来ている姉のクリームと関係があるのだろうか。ほれ、光魔術の講義で殺気立っていた時があっただろう。それとは違うのか』

「そうなのかな……いや、多分それじゃないんだよね」


 確かにクリームさんが来てからは、クラインがどこかピリピリしたり、勉強熱心になりすぎて目の下に隈を作っていたこともある。

 けど最近はそれもだいぶ落ち着いて、いつも通りの……そこそこの健康体に戻っているはずだ。

 そして私が感じている彼に関する違和感は、多分それではないと思う。


「ロッカ、具体的にクラインのどこらへんが変なのか教えてくれないか。沢山あるとは思うけど」

「うーん」

『それ以外には、特に変わったところがあるとは思えんなぁ』


 どこらへんがおかしいか。

 そう言われると、いつものクラインの奇行も相まって、私自身にもようわからん。

 けどクラインの奇行っぷりに慣れてきた今だからこそ、彼に違和感を覚えているのもまた事実なのだ。きっと気のせいではない。


「……そうだね。いつもよくわからない行動をする奴だとは思うけどさ。最近特に、何かと強引に話題を切り上げて、どっかにいっちゃう事が多いんだよね」

『……ふむ?』

「つまり唐突に勝手に帰っていっちゃうと」

「なんだか、いつも通りな気もするじぇ……?」

「そうなのかな」


 勝手に怒ったり、勝手に歩き去ったり。

 まぁ、いつも通りといえばいつも通りだよね。


「うーん……僕にも良くわからないな。ボウマの言うように、やっぱりいつも通りな感じもするし」

「ヒューゴもそう思うんだ」


 三人の見解は同じ、いつも通りとのことである。


「クラインも気難しいからね。ただロッカ、それもあいつの性格なんだ。悪く思わないでやってやれよ」

「うん。いちいち気にしてたら、あいつと付き合ってられないしね」

『はは、そりゃあそうだ』


 心を広くおおらかに。一方的に譲る付き合い方だが、クライン相手ならやむなしだ。


「あとは……そうだな。ああ見えてクラインは人に物を教えるのが好きな性格してるから、ロッカはもっとあいつを頼っても良いと思うよ。そうすれば、クラインの最近の変な所っていうのも、マシになるかもしれない」

「クラインを頼る? ……既に、魔術ではかなり頼りすぎてる気がするんだけど……」

「大丈夫大丈夫、頼り過ぎってことにはならないさ」


 ヒューゴはやけに自信満々に微笑む。けど、自信の出所が私にはわからない。


「……そういうもの? まぁ、今のところ魔術も頭打ちになってるから、私としては是非ともって感じなんだけど……あいつも最近忙しいし、悪いんじゃないかな」

「平気さ。僕は付き合いが長いからわかる。少ししつこく頼んでみなよ。クラインは面倒を見てくれるはずだから」

「……何が何だかわからないけど、説得力があるな」

「そうしていくうちに、彼の態度も良くなっていくさ」


 そういうものか。

 ライカンとボウマは首を傾けているけど……。


 しかし今までのところ、ヒューゴの情報に踊らされたことはあっても、不思議と大損をしたことはない。

 そんなヒューゴが自信をもって推すアドバイスなら、信じる価値はありそうだ。


「……よくわかんないけど、わかった。試してみる」

「うん、頑張れロッカ」


 それにしても胡散臭い笑顔だな。ヒューゴ。



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