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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 砕けるガラス

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函021 駆ける回路

 よくわからない窃盗団に襲撃され、連中のほとんどを腕力で殴り飛ばして、その翌日になった。

 学園の午前中の講義が終わり、私は晴れて自由の身である。


 陽は高い。校内にはまだ多くの学徒が学び、研鑽を積んでいることだろう。

 しかしこんなに明るくて気分の良い時間こそ、私の魔術を練習するには絶好の機会だ。


「今日は実際に、本を見ながら魔術を使うと良いよ。ロッカは無詠唱でも発動するんだから、きっと問題なくいけるはずだよ」

「そうかな」

「うひひー、ロッカの特訓だぁー」


 今は、ヒューゴとボウマと一緒の三人で歩いている。


 ソーニャもできればと遠回しに誘ってみたんだけど、彼女は眠いらしいので、帰って寝るとのことである。実にマイペースだ。

 まあ、私の用に無理に付き合わせることもない。これからの特訓は、彼女の興味を引くようなものでもないだろうから。


「ここは屋外演習場だよ。魔具店じゃトラブルもあったし、ここで存分に杖を使って、魔術投擲でもなんでも、試してみるといい」

「うん、そうする……」


 実は、昨日早速使っちゃったんだけどね。


「ん、どうしたの? ロッカ」

「い、いや! なんでもない、なんでも」


 昨日の喧嘩は、私一人の秘密だ。




 広いタイルがいくつも敷き詰められた広場。噴水もなければ水路も通っていない、だだっ広いだけの空間だ。

 屋外演習場は、とりあえず魔術を使うだけの場所らしい。一人で魔術を試したい時などは、ここでやるのだとか。

 闘技演習場のような設備も整っていないので、対人演習自体が禁止されている。

 時間も中途半端なためか、人は疎らにしかいなかった。


「“イアノス(発火)”!」


 広場の遠くで、誰かが放った炎が眩く煌めいている。

 杖の先で弾けた火炎は小ぶりだが、触れただけも火傷は免れないのだろう。


「他にもやってる人がいるけど、気にしないで。ロッカはロッカで、自分の魔術を使ってみなよ」

「う、うん」

「がんばれロッカぁー」

「ありがと、ボウマ」


 人もいるんだ。失敗するところを見られたら、ちょっと恥ずかしいな。

 ……昨日のように、また頭に石が落ちてきたり。


 いや、練習なんだ。なり振り構うのはよそう。千里の道も一歩から。


「えっと……詠唱はステイ、だっけ」

「地方によって違いもあるけど、単体でよく聞くのはステイだね。鉄の基本、属性文だけの初等術だ」


 長くなるとスティに変形するけど、といったよくわからない話は聞き流し、新品の杖を虚空に構える。

 実際のところ、昨日実践された術の方はお手本として見せてもらったので、術のイメージ自体は浮かべやすい。


 あとは、ヒューゴに見せてもらった理学式を頭の中で思い起こしながら、集中するだけ。


 私は昨日まで、魔術なんて言葉だけで使うものだと思っていたけれど、実際はそうではなく、頭に複雑な文様を思い描く事が重要なのだとか。それを理学式と呼ぶそうだ。


「式と詠唱を結びつけるように……」


 理学式は、いくつもの円形や、それにくっつく記号と線によって成り立つものだ。

 魔術が線を流れ、途中でいくつもの要素を魔力で満たしながら複雑な回路を辿る。

 第一環陣、第二環陣、第三環陣……目には見えない、操り方もよく解明されていない力の筋道を、とにかくイメージの中では成り立たせるのだ。


 物質生成系属性魔術の最大硬度、鉄の術。

 実際は鉄でも金でもない、金属的なふるまいをするというだけの固い物質を生み出すもの。

 最も安定した固形の属性術。それがこの術。


「“ステイ(顕鉄)”」


 言葉と共に、杖に魔力が疾走った。

 第一環陣によって魔力の芯が生み出され、外側から順に塗り固めるようにして、環状の回路式に魔力が満たされてゆく。

 言葉と共に杖に流れた魔力は私のイメージ通りに作動して、一瞬の僅かな光を生み出した。

 そして、杖の先から石が落ちる。


「お、おお?」

「おー」


 それを見て、ヒューゴとボウマが驚いた。

 私も杖を突き出したまま驚いている。

 杖からこぼれ落ちたのは、小さなつぶてではない。

 それは人の頭ほどもありそうな、大きな岩であった。


「で、でっけえ」


 今まで、最大でも拳くらいの石しか出なかったのに比べると、これは大きな進歩である。

 理学式や杖をしっかり用意するだけで、ここまで目に見えるほどの違いが出るものだとは。


「すごいじゃんロッカ! こんだけの岩を投げられたら、ナタリーの骨だって楽に折ってやれんじぇ!」

「うん、僕も凄いと思う。詠唱までの時間を短縮して、あとは魔術投擲ができるようになれば、すぐにでも使い物になりそうだね」

「ほ、ほんとに?」


 足元に転がる岩を、ブーツで蹴転がしてみる。

 足で押してみてもずっしりと重い。空から飛んできたらひとたまりもないサイズの、堅い岩。

 それは鉄ではないけれど、とても頼り甲斐のある塊だった。


「ところでロッカ、集中して術を使ってみて、どうかな。疲れたりしてない?」

「疲れ……は、あんまりないと思う」


 普段は石を生み出した後は頭にモヤモヤとした霧がかかる不快感が襲って来るけど、不思議と今はそれもない。

 というより、今は足元の岩に興奮してしまって、それどころじゃない気分だ。


「も、もうちょっと岩、出してみる!」

「おう、見てるじぇ! がんばれー!」

「僕もしばらく見させてもらおーっと」

「よぉーし……!」


 今までの自分とは明らかに違う成果をこの目で見てしまっては、やる気だって底から吹き上がってくるというものだ。

 久々に、何も考えられなくなるまで、石を出せるだけ出してみよう。

 ちょっと楽しくなってきた。




 無手から使う魔術を、右手で拾い上げた石を右手で投げるものだとするならば。

 杖を使った魔術は、左手で受け取った石を右手で投げる行為に似てるかもしれない。

 しゃがみ、拾いながら投げてゆくのではなく、手渡されるものをそのまま投げる、自然な感覚だ。

 投げる事だけに没頭できる、まさにそのような。

 次から次へ、どんどん生み出せるのだ。


「“ステイ(顕鉄)”!」


 岩の出現は止まらない。

 僅かな発光と共に杖の先に顕れる岩石は、ごろりと床に落ちるのみ。派手さのない、魔術と呼ぶには実用性もない術だ。

 だのにも関わらず、私は今、それを生み出すことが、とても楽しい。


 杖から出現する灰色の岩は、紛れも無く岩に見えるだろう。

 どう見ても鉄ではない、粗っぽいゴツゴツした球状の岩だ。

 この岩は故郷の岩を真似た物。

 私が思い起こす、故郷にありふれた岩なのだ。

 その岩が足元で増えるたびに、私はどこか懐かしい気持ちになる。

 自分の足元だけでもヤマに帰ったような、そんな錯覚に陥り、その深みにはまってゆく。

 そうして生み出し続けていると、故郷の岩と足元の岩との、ほんの僅かな違いを発見する。

 発見は私のイメージの修正に繋がり、次に生み出される岩は、より故郷の岩に近づいてゆく。

 岩のサイズが変わるわけでも、岩が飛び出すわけでもない。

 こんな些細な違いなどは、魔術の上達とは言えないだろう。

 それでも、無心になって岩に心を傾ける。

 この時間がとてつもなく楽しい。


「……“ステイ(顕鉄)”!」


 最後に傑作の岩を生み出して、下へ落とす。

 岩と岩とがぶつかって、鈍い音が出た。

 私の周りは、すっかり灰色に包まれてしまった。足元全て岩だ。


 気づけば、すっかり集中力を失っていた頭は、眠気が差したようにぼんやりしている。

 何時間もひとつの作業に没頭した後のような感覚を、もう少し不健康にした気分だった。

 大きく息を吸い込んで、ふーと吐き出す。


「うん、なんか、いい感じだ」


 杖の先から岩を出して、自然に落下させるだけ。良いも悪いもないものだと言われれば、言い返しようもない無駄な特技。

 けれど私は、今日初めて自分の魔術を使ったような、そんな有り得ない達成感に浸っている。

 言葉を発して、頭の中の図形を辿り、術を成す。

 正しい行程を順当に通っただけの、知的でも何でもない、人から見れば低レベルな通過点だ。

 でも、私の中では、これこそが最初の魔術に違いなかったと、そう思えるのだった。


「凄い。凄いよ、ロッカ。まさかこんなに術を連発できるなんて」

「岩たくさんだ! 良いじゃん良いじゃん!」


 ヒューゴは真面目な顔で拍手してくれた。

 ボウマも頭の上で、袖に包まれた手をバチバチと鳴らしている。

 ……こんな私に、魔術を使って褒められる日が来るなんて夢にも思わなかった。


「ただ岩を出しまくっただけなんだけど……良いのかな? これで」

「うん、初等術でもこんなに連続できるなんて、この学園でもなかなか居ないと思うよ」

「本当に?」

「ああ、属性科の生徒並みだね。生み出す早さも凄かった。初めて杖を使ったとは思えないよ」


 そんな真面目に褒められると、照れるな……。

 私、褒められ慣れてないんだけど。


 気付けば、遠くで雷を出していた学徒も、こちらをチラチラと伺っているようだった。

 その視線には侮蔑か、物珍しさか、どんな意味が込められているのかは、私にはわからない。

 普段は人目を悪い方に気にする私だけど、今だけはそんなものが些細に感じられる。

 誰にどう見られても良い。なんとなく、そう思えていた。


「これはもう、初等術の詠唱や理学式は大丈夫そうだね」

「そう、なのかな」

「うん。もう魔術投擲に入っても良いくらいだと思う。そこから中級術とか、鉄属性術の色々なものを覚えて、使っていくと良いんじゃない?」

「ほ、本当にこんなんで良いの?」


 ただ杖を買って、ほんの少し勉強して魔術を使ってみただけなんだけど。今日一日のそれだけで、もう良いのだろうか。

 ヒューゴは“うん”と確信めいたように頷いてくれた。


「ロッカには特異魔術を使う才能があるみたいだね」

「特異魔術の……才能?」

「ああ。才能だよ」


 特異性は誇れる体質ではないというのが、世間の一般的な、私自身納得する常識だ。

 それを才能と呼ぶなんて。ちょっと大げさに言いすぎなんじゃないか。


「僕たちはこの特異な魔術を扱えても、それを簡単には認めてもらえない。比較できない魔術を扱う僕らは、才能があるかどうかなんて、他人に見てもらえないんだ」


 ヒューゴは地面の岩を蹴って、ひっくり返した。

 岩は裏返しても、ただの岩だ。それほどまでに完璧な岩を、私は生み出すことが出来る。


「ロッカの魔術も比べるものが無いけど……けど、これだけ沢山撃てるんだ。凄い才能を感じるよ」

「私に才能……」

「鉄より柔らかい岩も、馬鹿にはできないってことさ」


 才能なんて言われ慣れない言葉には、何の実感も沸いてこない。

 けど今日、私は何かを掴んだ気がした。そんな予感がした。


 もっと魔術というものに触れてみたい。触れて、行けるところまで行ってみたい。

 似つかわしくない感情だろうか。

 それでも今の私は、心が高鳴っている。

 ……明日から、もっと勉強してみよう。


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