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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第九章 渦巻く波濤
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盥001 囚われる竜

 現在、第二棟九階にある闘技演習の組み合わせ掲示板に張り出された予定のひとつが、多くの学徒らに期待と興奮を振りまいている。

 九階のロビーには多くの学徒が押し寄せており、掲示板の前に魔道士の人だかりが形成されていた。


「ついにナタリーが動いたのか」

「でも相手はミスイだよ。水と鉄の相性もある。勝てるわけがない」

「いや、あの奴の事だ。何か勝算があってのことだろう」


 人々の注目を集めているのは当然、ナタリー対ミスイの闘技演習予定であろう。

 属性科三年の鉄専攻トップと、水専攻トップによる頂上対決だ。日程も発表会中と、当日の盛況ぶりは今から想像して、疑うまでもない。

 中級保護とはいえ、二人による戦いは属性派閥の優劣を決する真剣勝負である。そのカードが第二棟の話題を独占したのは、当然の事と言えるだろう。


 掲示板付近は昼食時にも関わらず、二人の戦いの行く末を占う魔道士達の静かな熱気で溢れかえっている。

 逆に、幼竜が展示されている鉄檻の前は閑散としていた。


 珍しい灼鉱竜の幼体に、やってきた当初は足を止めてまじまじと観察する者も多かったが、頭から尾まで丸めた姿は、一見すればただの黒い岩である。

 枷で雁字搦めにされた動かぬ岩が飽きられるのに、そう時間はかからなかったのだ。


 それでも、反対側の掲示板に話題を総嘗めされている今でも、この幼竜に視線を注ぐ者が、一人だけいた。


 杖を携えて、じっと竜の黄色い目を見つめる彼の名は、イズヴェル=カーン。

 ミスイやナタリーと同じ、属性科三年の学徒であり、また彼女らと同様に、ひとつの属性専攻の中で頂点に君臨するであろう実力を備えた、魔術の天才でもある。

 彼の得意とする属性術は、火。


 火山地帯での目撃例の多い灼鉱竜に、内なる心が惹かれたのか、それともまた別の思惑があるのか、イズヴェルはもう既に何分間も、竜の瞳をじっと眺め続けていた。


「灼鉱竜ラスターヘッグ、珍しい魔族だね」

「! ゾディアトス導師」


 そんな彼の後ろから、満面の笑みを浮かべた女が声をかける。

 白い外套に身を包んだ、理総校の導師。今やこの学園内でもすっかり顔が広まった、リゲル=ゾディアトスだ。


「この真っ黒な幼体からは想像もつかないだろうけど、ラスターヘッグの成体は、全身が灼熱の溶岩のように発熱し、また外鱗に含まれる金属の光沢も相まって、赤黒く輝いているのだという」


 イズヴェルは外した視線を、再び竜に戻す。

 しかし目を離した隙に竜は瞼を閉じており、イズヴェルにはもう、竜の瞳が岩の塊のどこにあるのか、わからなくなってしまった。


「灼鉱竜は、そのけたたましい咆哮と共に、身体を灼熱化させる。その時の熱は凄まじく、鱗の隙間からは火炎が噴き出し、辺り一帯の岩ですら溶かしてしまう程なのだとか……」

「さすが導師、詳しいですね」

「そう、書いてあるからね」


 そう言って、リゲルは背中に隠した魔族の図鑑、ネムシシ帳を広げてみせる。

 灼鉱竜の成体の大まかなスケッチと、一言一句同じ説明書きを見て、イズヴェルは思わず苦笑した。


「はは、いや、すまない」


 リゲルは愉快そうに笑うと、悪びれた風もなく謝って、本を閉じた。


「竜の咆哮も、種類は様々だ。縄張りの主張、求愛、雄同士の威嚇、親を呼ぶ子の鳴き声……」

「種類があるのですね」

「そうだね。いわば、咆哮は彼ら竜の言語であると言ってもいいだろう」

「なるほど……」


 イズヴェルは檻の布の巻かれた辺に腕を預け、もたれかかった。

 普段は瞳に紅い熱意を宿す彼も、リゲルの話を聞いてか、悲しい色に染まっている。


「それでは、手足を封じられ、口に枷をはめられたこの竜は……動くばかりでなく、言葉を放つことすら許されないのですね」


 幼竜は、厳重な拘束具で身動きを大幅に制限されている。

 元々、幼竜は食事さえあれば問題ない生き物で、動かないくらいであれば、命に支障を来すこともない。

 しかしイズヴェルには、人間によって強制的に束縛された竜が、不憫でならなかったのだろう。

 彼は、その目にうっすらと涙を浮かべている。


「そうだね。鳴くと、熱を持ってしまうから」


 そんな彼に、リゲルは淡々と、笑顔のまま答えた。


「幼竜とはいえ、これもまた立派なラスターヘッグだ。咆哮と共に灼熱化すれば……まぁ、ここは柱以外は石造りだし、見たところ檻も鉄製だから平気だろうけど、人間はとても近づけなくなってしまう」


 イズヴェルの表情が、かつてクラインに突きつけられた言葉を思い出し、翳った。

 しかし、隣のリゲルにはわからないことである。

 仮に彼女がその場に居合わせていたとして、今のイズヴェルの心情を汲み取れていたかどうかは、疑問だ。


「人間がこの生物と付き合っていくには、今の状態が一番都合がいいんだ」

「……人間にとっての都合ですね」

「そうだね、人間が捕らえたから……そうなってしまうだろう。実際、展示を終えれば、この竜も解体されるしね」


 あまりに残酷だ。

 イズヴェルはリゲルに聞こえないように、そう零した。


「しかし、それは自然の摂理の範疇さ。もしも我々が火山地帯に赴いて、逆にこの竜に捕まったとすれば、その時は互いの立場が逆転することだろう」

「……しかし」

「竜は命乞いに耳を貸さないし、食事の面倒だって見ない。その場で私達人間を殺すだろうね。違いは、それだけさ」


 リゲルは言葉の割に優しく檻を撫でながら、呟く。


「どこにいっても、弱肉強食なんだよ。利用しようとする人間と、食らおうとする竜が争っているだけ。悲観することなど何もない。世界は変わらずシンプルだよ」


 ささやくような言葉を聞いて、竜は静かに寝息を立て始めた。


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