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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 聳える氷壁
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櫃017 思い当たる節

 第一印象最悪の男、クライン=ユノボイド。

 今でこそ、彼とは長い付き合いだし、同じクラスだからか理解も深まってそれほどでもないけれど、きっと初めて会う人にとっては、依然として“最悪”のままだろう。


 いくつもの魔術を覚え、怪しい研究に没頭し、姉弟喧嘩のためなら死にかけることすら辞さない男。

 言わば、私が言うのもなんだが、馬鹿である。


 彼は彼で全く理解できない存在だが、それに惚れてんだか、慕ってるんだか、クラインを意識しているらしいミスイの方も、ちょっと変なやつだ。

 実家の方が元々無理矢理だった婚約を取り下げたのなら、大人しくそれに従っていればいいのに。

 それでもなおクラインに執着する、その理由が知りたいね。いや、嘘。やっぱりそんなの知りたくない。頭が痛くなりそうだ。


 ……まぁ、この際無視できない程の、奴の性格を脇に置いとくとしてだ。

 頭が良くて、強くて、実家も裕福。確かにそれだけ見れば、クラインほど都合の良い男は、なかなかいないかもしれない。

 けど、それは本当に、性格という物を吹き飛ばして考えた場合のこと。

 結婚するとなれば、いつでも一緒。仕事で一時は離れ離れになることはあるだろうが、朝や夜にチューしないといけないらしいし、家では常にお互いニコニコと笑い、楽しく過ごさなければならないのだ。


 そんなことできるか? クラインと。

 私はできんね。あり得ない。


 結婚するならやっぱり父さんみたいに、力強くて、家族を守ってくれて、優しい男じゃないとな。


 ……そういえば、私の仕送り、どうしたんだろう。

 手紙と一緒の仕送りは、既にデムハムドについている頃だろうし、そろそろ父さんからの返事が来ても良い頃なんだけど……。

 絢華団の郵送に限って、途中事故なんてことはほとんど無いとは思うが、何かあったのではと、少し心配になる。




「……今、私が気にしてもどうにもならないか」


 学園の図書室の隅で、私のひとりごとが虚しく響いた。


 近くには、誰もいない。

 地理、地質関係の本棚はとことん不人気らしく、私が棚の端から端まで探し漁っていても、全く人目を気にしなくても良い程に、誰も来ない。


 杖士隊の人達から、事件の詳細を暴くのは困難だと言われ、それから数日が経っている。

 私はそれから、さりげなくソーニャといる時間を増やしたり、こうして図書室で調べ物をしたりと、まだまだ地下水道事件解決を諦めずに、足掻き、藻掻いている。

 けど、進歩はない。地下水道に抜け道はないかと本を漁っても、出てくるものはミネオマルタの地層に関する研究や、あっても地上部の水道に関する記述ばかり。

 事件に近づこうと私なりに頑張っているが、事件に触れる気配すらないのが、ここ最近の図書室の一角での現状だ。


 単純に、本に書いてあるものを頭の悪い私が見過ごしているのか。それとも、元々本には書いていないことなのか。

 どっちのせいかは、謎である。


「はーあ、どうにかならないかな……」


 分厚い本を閉じ、私は調べ物を諦めた。

 研究だか調査だか、そういうことする頭が小さいってのに。慣れない事は、するべきじゃあないね。


「こうなったら……」


 元々私には、こういう作業は合っていないのだ。謎を調べて解明するなんて、荷が重すぎて馬さえ潰れちまう。

 じゃあ何が合っているのかっていうと、残るはひとつのみ。


 知ってそうな人に聞くばかりだ。




「地下水道、ねえ」


 ルウナが顎に指を添え、小さく唸る。


 彼女は現在学徒指令の最中らしく、第二棟九階のロビーの花壇に、鼻歌交じりで肥料を撒いている。それでも私が声を掛けると快く反応してくれて、作業の手を休めて、話に応じてくれたのだ。


 実は、花壇を手入れする彼女の後ろ姿があまりにも地味すぎるせいで一度見過ごしてしまったのだが、それは内緒である。


「あの、ルウナ……の家って、水道とかに詳しいって聞いたから……」

「ええ、他の子と比べたら、詳しいと思う。噴水街サナドルの領主ですもの、噴水から水路まで、何だって手がけているわ」

「おお……」

「ミネオマルタの水の機構も、私のご先祖様が主導で作り上げたようなものだし。まあ、ルマリの枯噴水広場みたいに、今では使われなくなった場所も多いけれど……」


 やっぱり領主の子だった。正直嘘だろって思ってたけど本当だった。

 こんな凄い人と友達になっていたなんて、誰が夢にも思おうか。


 今更、闘技演習場で馬乗りになってピックを振り下ろそうとしたあの場面を、無かったことにしておきたい……。


「で、でさ。実は今、私ね。地下水道の構造が知りたくて、色々と調べてるんだけど……」

「へえ、構造を? 変わったことを調べてるんだ」

「うん……どうしても、無実を証明したい子がいるから」


 私が地下水道の事件の真相を暴けば、つまり、謎の魔術師がどうやって地下とその他の空間を行き来していたのかを調べ上げれば、ソーニャが事件に悪人として関わっているという疑惑を晴らせる。

 そのためならば私は、苦手な読書だって、調べ物だってしてみせるとも。


「それってもしかして、ソーニャ=エスペタルっていう子?」

「! ……うん」


 私の顔を覗くルウナの表情は、どこか雲行きが怪しい。


「そう……けど、最近噂で良く聞くけど、あの子って本当に大丈夫?」

「……大丈夫って?」

「もちろん、危ないことしているんじゃないかっていうこと。ウィルコークスさんが巻き込まれるんじゃないかと思うと、私、不安で不安で、仕方がないのよ」


 私を気遣うルウナの目が、胸をチクリと差した。


 ……ルウナは純粋なのだ。噂でもなんでも、聞いたことをそのまま信用する。きっと、そんな側面があるのだろう。

 当然だ。噂は広まっている。彼女の耳に入らない方がおかしいのだ。

 そして、ただ話を聞いただけなら、みんながソーニャを疑ってもおかしくはない。いや、疑わないまでも、考えの一部に留めるくらいはするだろう。

 ソーニャが怪しいかどうかなんて、わからない。けどわからないから、近くにいる私が心配なのだ。ルウナに悪意はない。


「大丈夫。ソーニャは悪いことしてないから」

「そうなの?」

「うん。だって、ソーニャは私の、親友だもん」


 親友だから。それはとても、何かの証明にはならない言葉だ。


「そう、親友……ごめんなさい。私、ウィルコークスさんのお友達に失礼な事を言ってしまって」

「ううん、大丈夫」


 けど、理屈のない私の言葉は、ルウナの何かに触れたのだろうか。

 彼女は一転して、ソーニャへの疑いを撤回してみせた。


 そう、大丈夫。悪い噂ばかりを聞いているから、不安になってくるだけなのだ。

 ちゃんと話せば、ソーニャが悪くない人だってことは、わかってもらえるに違いない。

 もちろん全ての人が、私の言葉で納得することはないだろうけど。




 ルウナは小さく、短く唸り、考え込む。

 少しの間何かを思い出そうとしてみせた後、彼女は難しそうな顔を浮かべて。


「んー……だけど、ウィルコークスさん。さすがに、ミネオマルタの地下水道となると、うちでは力になれないかもしれない」

「えっ」

「設計と製作は確かに昔のサナドルだったかもしれないけど、当時はミネオマルタの王政が敷かれていたから、国の地下を他に掌握されるわけにはいかなかったの」

「あー」

「そりゃあ少しの間はサナドルにもあったかもしれないけど、既にそういった資料は、ミネオマルタに納めていると思うわ。地下の構造図があるとしたら、国か、美術館が資料として保存しているか……になるかもね」

「う、うおお……そっかあ」


 思わず頭を抱え、悩む。


 そ、そういえば、言われてみればそうだよな。

 わざわざ自分の国の迷路のような地下道を、他所のところに教えるわけにもいかないはずだ。

 地下水道を掌握されて、そこから侵入されたら……今回の地下水道での

ように、一大事に発展しかねないのだから。


「けど、現代でそれを国が持っていないとしたら」

「え?」


 絶望的だな、と私が思考停止に陥ろうとした時、ルウナは人差し指を上げていた。


「水の国が貴族制を廃止した時に、何らかの事情でどこかの貴族が持っていて、そのまま手元に……っていうことは、あるかも」

「……そんなこと、あるの?」


 目を点にして、私は尋ねる。

 するとルウナは、すぐに首を縦に振った。


「ええ。うちでも、国から借り受けた品がずっと置いてあったりするしね。物によっては、返納や返還を命じられないまま、そのまま……っていう場合は、珍しいことじゃないと思うわ」

「……おお、なるほど……そうか」


 地下水道の構造図は、水の国の、元貴族が持っているかもしれない。

 次なるヒントを得た私は、ルウナに深く感謝をして、ついでに学徒指令を手伝って、大急ぎで図書室へと戻るのだった。



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