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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 聳える氷壁
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櫃016 投稿する切れ端

「ミネオマルタの地下で起こった事件とはいえ、杖士隊も忙しいからね。捜索にも、限界はあるんだよ」


 ヒューゴはベンチの上で、木の葉を指の上でくるくる回しながら言った。


「でも、このまま放っておいたって、何も解決しないじゃん……“ステイ(顕鉄)”!」


 私は鑽鏨のタクトで空を切りながら答える。

 杖の先より顕れた岩はブーツのすぐ真横に落ちて、ドスンと大きな音を立てた。


『逆に何も起こっていないから、杖士隊も身動きが取れないのだろう』

「何も起こってないって……“ステイ(顕鉄)”! ってあー、不発かよ、畜生」

「ロッカぁ、集中しろー」

「してる!」


 話しながらは、やっぱり駄目だ。

 けど、それで集中が途切れるようでは、多分魔道士にはなれないだろう。

 あえてやり辛い環境の中で練習することで、実践に耐えうる技術を磨くのだ。

 私は平時でも使えない魔術投擲にもっともらしい理由の重りをつけて、実りの悪い特訓に汗を流している。




 杖士隊の人達から捜査状況を聞いた私達は、深くお礼を告げて、ここ、屋外演習場の隣にある庭園に場所を移した。

 広い葉を付けた樹木に囲まれた高い丘には三人くらいが腰を降ろせそうなベンチがあり、そこにヒューゴとボウマが座っている。

 私は石投げの練習中で、ライカンは砂鉄集めの最中だ。


 革手袋の指先に砂鉄を巻きつけたライカンは、それを袋に詰めながら、言葉を続ける。


『確かに、地下水道で事件が起きた。よりにもよって、栄えあるミネオマルタの真下でな。だが、それは犯人が死に、魔族が死に、ゴーレムが砕け散って、それで全て解決したとも言えるんじゃないか』

「それは……」


 もう一度杖を振り、魔光すら出ず、術が不発する。


「そうだけど」

「無理に謎を増やしても、時間がかかるだけなんだよ。ソーニャの行動の謎は消化不良になってしまうだろうけど、世間が安心するには、今のままでも十分なんだ」

「それは……わかるけど、今のままじゃ、ソーニャが舐められるじゃんか」


 地面に転がった岩を、思い切り踏みつける。


「……私は、杖士隊や警官が動かなくたって、自分でやってやるぞ」

「国でも出来ない調査をかい?」

「やるさ」


 内心、自信は全くない。けど私は、驚くほど澄んだ答えで即答できた。


 そして、そのままの勢いで決意表明してやる。

 例えそれが困難な道でも、ソーニャのためなら何だってやるということを、今一度みんなの前で宣言するのだ。


「他に誰がやらなくたって――」

「うわー! またクラインが倒れたぞー!」

「……」


 と思ったけど、それは隣の屋外演習場の騒ぎによってかき消された。


「あっちに運ぼう! これ以上は危険だ!」

「また面倒事を……」

「脚持て脚!」

「あれ? 息してない」


 ついでに、その騒動の予想以上の大きさは、私の前後の発言を有耶無耶にするには十分なものだったようである。


「……ちょっと、行ってみようか」

『ああ、少し、手伝わねばならんだろう』


 ……クラインめ。




 彼ら優秀な属性科などの学徒達は、最近は専ら屋外で実技練習の方に場所を移していたのだそうな。

 しかし光属性術の実技はとても危険なもので、発動するだけでも倒れる学徒が後を断たないらしい。

 クラインもその一人で、しかも毎日何度も倒れかけたり、倒れているという。


 私達がその話を初めて聞いたのは、学園一階の治療室前である。




「ずっとクラインはこんな危険な事をしてたんですか?」


 ヒューゴが問うと、治療士の若い男性は頷いた。


「そうですね。何度も何度も、光属性術の実技中に倒れたり、体調不良を訴えては、ここまで運ばれて来ていました」


 治療士の男性は、呆れ顔でベッドの上のクラインを見やる。


「自前の魔力増幅薬(ルナポット)があるから良いと、彼は言うんですがね。学園としては、非正規の薬品を使うわけにもいかないので、学園の薬を処方している次第です」

「それはまた……おい、クライン。あまり無茶するなよ」

「ふん」

『ふんって、お前な』


 ヒューゴのお叱りもなんのその、クラインはそっぽむいて抵抗した。ガキか。


「うう、すみません、私がついていながら、何も協力できなくて……」


 そしてなぜか、付き添いのスズメが頭を下げた。何故あんたが謝る。


「君たちに伝わるかどうかはわからないがな。魔力切れの反動を恐れているうちは、大型の術など習得できるものではない」


 治療士さんが何かの用事で部屋を後にすると、クラインは眼鏡を外し、ため息をついた。

 彼はそのままぼんやりとした半開きの目でメガネをまさぐり、レンズの中央に指を掛けて、押し砕いた。

 バキンという音と共にレンズは砕けたが、破片が散らばることはない。クラインの水魔術の特異性が見せる、不思議な現象である。


「挑戦の意志を失った時、人は歩みを止める。ヒューゴ、お前も普段からそう言ってるだろう」

「言うけども、なぁー」

「そういうことだ」


 ヒューゴはそれとこれとはな、という煮え切らない顔をしているが、クラインは奥まった場所にある人の感情を、少しも汲み取れないような男だ。


 私達は、クラインがそんな奴だとはわかっている。

 けど、こいつ自身もうちょっと、たまにでいいから、心配してくれる友達の言葉の一つも、素直に訊いてやればいいのにとも思う。


「にししし、そこまでかっこつけんなら、ぶっ倒れんなよなぁー、ボンクライン」

「うるさい、やめろ」

「動くな動くな、絶対安静だじぇ」


 まぁ、せめて少しでも反省するよう、しばらくボウマによる髪いじりの刑でも味わってもらおうか。

 やられる分には私も怒るが、他人がやられるのを見ている分には、意外と面白いし。


「でも、魂への侵食って、本当に辛いんですよ。何度も自分の意志で耐えられるクラインさんは、その危険な練習自体はあまり褒められたことではないですけど……光属性術の習得に対する貪欲な姿勢は、すごいと思います」


 治療室の窓の外を横目に眺めながら、スズメは言った。

 分厚い窓の外、屋外演習場の広場では、まだクラインを抜きにした学徒達が、リゲル導師主導のもと、実技の練習を重ねているようだ。


「スズメ、魂への侵食って何?」

「うーんと……難しい現象なんですけど、簡単に説明しますと、自分の魔力を超える魔術を使った時などに起こる、魔力切れの……発作のようなものですね。治療……というか対処法としては、一部の光魔術の効果を受けるか、ルナポットのような魔力増幅薬を飲む必要がありますね」

「魔力切れの、発作か……ああ、あれかな」


 魔術を使っている間に起こる、不快感や目眩。

 その感覚は、私もガミル(蜂起)を練習している時に体験したことがある。

 身体から力が抜けて、身動きが取れず、吐き気もして、とにかく最悪な状態だ。

 もしもあれが一時的な発作ではなく、ずっと続くような病気などであったら、きっと一時間も持たずに死んでしまうだろう。そのくらいの不快感だった事を覚えている。


 ……って。


「おい、クライン。あんな恐ろしい事を何度も繰り返してんのか」

「そうだ」

「そうだ、って」


 結構真剣に訊いたつもりだったけど、しれっと返された。

 それにちょっとムッときたので、“なんでそんなことを”と聞きそうになったけど、それはさっき言ったばかりだ。

 思い留まり、喉から出かかった言葉を胃の中に押し込める。


『まぁ、俺も昔は強さを求め、随分と無茶をしたものだ。それを棚に上げておいて、クラインのことをどうこうは言えんなぁ』

「はは、つい最近も無茶したからね」

『むっ、ムゥ……』

「ライカァン、もうあんなことすんなよぅ」

『むむ、墓穴を掘り返してしまったか……』


 縮こまるライカンに、笑う私達。

 昼過ぎの治療室は、ベッドに横たわる迷惑そうな顔のクラインを中心として、朗らかで、ちょっとだけ賑やかなものだった。


「クライン!」


 扉を叩き開け、その女が入ってくるまでは。


「ああ、クライン、大丈夫ですか!?」

「うわっ」

「痛っ」


 そいつは治療室に入ってくるなり、血走らせた目をクラインに定めると、もうそれしか見えていないかのような動きで私を押しのけて、彼の前にやってきた。


 露出の少ないロングのローブに、長い紺髪。

 一見すれば臥来や流季とも見えるその髪は、光を受けてわずかに青っぽい輝きを見せ、彼女が彩佳系の人間である事を教えてくれる。


 ほとんどクラインから言葉が発せられていないにも関わらず、女は大丈夫か大丈夫かと繰り返しながら、ポーチから高そうな小瓶を、クラインの目の前に差し出した。


「クライン、治療室のものでは効き目が薄いかと思いまして、私の方で、ルナジェリ(高魔力増幅薬)を用意しました。さあ、これを」

「わ……」


 綺麗な小瓶の中で煌めく青い液体を目にしたスズメは、何らかの驚きのあまりに一歩退いている。


「ちょっと、君ね……いきなり押すことは」

「ああ、薬だけではいけませんよね。水も持ってきました。これです。量は足りるでしょうか……」

「あの、聞いてるのかい」


 ぐいぐいと力任せに押しやられているヒューゴが抗議の声をあげそうになると、その女は血の気の薄い顔を向けて、彼を睨んだ。


 睨んだ。しかし、そこにあるのは怒気ではない。

 彼女の表情はどこまでも平坦で、起伏に乏しいからだ。一見すれば、私の普段通りの表情よりも、それは喜怒哀楽を示してはいないだろう。


「邪魔なんですけど」


 だから今の彼女の表情は、言うなれば、“殺気”に満ちている。

 禍々しいそれが、はっきりとわかるほどに込められているのだ。


「う……」


 そしてヒューゴが二十センチ以上背の低いその女にたじろいだのは、彼女の気迫だけによるものではない。


 彼女は属性科三年Aクラス、水属性専攻のエリート。聞くところによれば、天才の中の天才の魔道士。

 “冷徹のミスイ”だった。


 そんな彼女が、何故ここに来て、クラインに迫っているのか。

 疑問はあったが、それは私達が聞く前に、呆れ顔のクラインが答えてくれた。


「学園まで近所付き合いを続けるな、鬱陶しい」


 クラインの表情は、いつも通り、面倒くさそうで、どこか腹の中の収まりが悪そうなものであった。

 けど、今はそれだけじゃない。もっと別の、更に強い“不快感”のようなものを覚えているような気配が、眉間の皺の深さから読み取れる。


 “近所付き合い”。私は馬鹿だけど、この単語を訊いて、話の流れを読めないほどではない。

 クラインとミスイの実家は近く、二人は以前より知り合い同士だったのだろう。


「いいえ、クライン。私は、クラインが心配だから……」

「そんな高い薬は必要ない。この程度の逆流、ルナポット半分だけで快復できる」

「……」


 小瓶と水筒を差し出すミスイの手が、力が抜けるようにゆっくりと下がる。

 けど、ミスイの顔は、無感情なそのままだ。

 それがまるで人形のようで、恐ろしい。


「出て行け、ススガレ。オレに付き纏うな」


 けどやっぱり、そんな顔色も、クラインは読み取れないのだ。


「挙句の果てに、水とはな。嫌な奴だ」


 クラインは強引に小瓶を押し返し、魔術のレンズを嵌め込んだ眼鏡をかけ直した。

 やれやれ、と一仕事終えたような彼の仕草や鼻息からは、とてもではないが、ミスイの善意に対する配慮などは、欠片も見られない。


「……わかりました。失礼します」


 水も、薬も突っぱねられたミスイは、表情の上では冷静そのものだった。

 クラインに言われた事を少しも気にしていない、“ああ、なら良いか”なんて考えていそうな、そんな顔をしている。


 けど、彼女が踵を返し、クラインから顔を背けた途端に、豹変する。


「……」

「うっ」


 私は見た。

 去り際のミスイが手にしていた小瓶が、凍りついていたのを。


 ミスイが横目で、私をじっと見つめていたのを。


 彼女の目尻から、氷の粒がこぼれ落ちたのを。


 そして、その時正面から吹き付けてきたおぞましい冷気は、きっと、気のせいではない。




 嵐のようにやってきては去っていったミスイを皆で見送ると、まず最初にため息をついたのは、一番に剣幕を向けられていたヒューゴだった。


「ふう、やれやれだ」

「ヒューゴ、あいつに殴られたかー……?」

「肘とか当てられたけど、大丈夫だよ」

『なんとまぁ、すごい勢いだったな』


 ヒューゴは身体強化が使えないので、ああいう事に出くわしてしまうと安全な受け身も防御もできない。

 実のところ、彼は私達の中で、最も危なっかしい男なのだ。

 素の力はそれなりにあるようだけど、身体強化を込みで考えると彼の頑丈さはボウマにも劣る。

 今回はちょっと乱暴に突き飛ばされただけなんだけど、そんなイメージもあってか、皆から過剰に心配されてしまうヒューゴだった。


「あの女の子は……クラインさんのお友達でしょうか?」

「違う」


 状況が飲み込めていないスズメの言葉を、クラインはすぐさま否定した。


「スズメさん。彼女は、ミスイ=ススガレ。この学園ではかなり優秀と目されている水魔道士ですよ」

「ススガレ、へえ、そうだったんですか!」


 ヒューゴが横から短い補足を入れると、スズメは合点がいったのか、驚いた顔をしてみせる。

 けど、私には彼女がそれだけで納得できる理由が、よくわからなかった。


「ねえ、ヒューゴ。ていうか、クライン。ススガレって何?」

「ススガレっていうのはね……僕もそんなに詳しくないんだが、クラインの実家と関わりの深い、魔道士の家柄だよ」

「へえ、魔道士の……」


 確かクラインの家は、元貴族。昔は水の国のお偉いさんの家柄だったはず。

 となると、ススガレという姓だけで博識なスズメを驚かすくらいだ。クラインと以前から関わりがあるというミスイの家もまた、同じように由緒正しい魔道士の家なのだろう。


「ススガレ、面倒な奴らだ。昔から何かにつけて、オレに付き纏う」


 しかしクラインの表情は、とても良いお隣付き合いがあるようなものとは思えないほど苦々しかった。


「前から思ってたんだけどさぁ、あのミスイって奴、よくクラインにちょっかい出してくるよなぁ」

「クラインはずっと無視してるけどね」

「前からなんだ……」


 そういえば、私が最初にミスイを見た時もそうだった。

 あいつは闘技演習場の壇上で戦っている最中も、相手の方には関心を示さず、ずっとこちらを見つめていた。

 あれはきっと、クラインのことを見ていたのだろう。


 ……あの女は多分……まぁ、どう考えてもなんだけど。

 絶対に、クラインを意識してるっていうか。気があるよなぁ。


 でも、私にとってあのミスイという女は、良い印象が全くない。

 すれ違いざまに馬鹿にするようなことを言ってくるし。どこか軽蔑するような、冷め切った目で見てくるし。


「……私はあいつ、あんま好きじゃないな」


 好きになれないというほど、あの女のことを知ってるわけじゃないけど、好きになりようがないというのが、これまでの僅かな関わりから出た結論だった。

 さっきも、恐ろしい目で私の事を睨んできたし。何を考えてるのかさっぱりだ。


「オレもあの女も、親同士の許嫁騒動に巻き込まれているんだ。奴はそのせいで、オレにしつこく構っているのだろう」

「……えっ、許嫁?」

「へえ、そりゃあ初耳だ」

『ほー』


 クラインの言葉に、私達はどよめいた。

 ヒューゴやライカンも少し驚いている辺り、彼らも初耳だったのだろう。


 しかし今、クラインは許嫁と言ったか。

 許嫁ってことは、あれだよな。親同士が決める、子供同士の結婚のことだよな。

 つまり、両親が勝手に決めたとはいえ、クラインとミスイが結婚するってことか?


「そもそもクラインって結婚できんのかぁ?」

「その言い方はなんだ、ボウマ」

「だって全然イメージ沸かないじぇ」


 ボウマ、お前ものすごく失礼な事をサラッと口走るな。

 まるでクラインには結婚というシステムが適応されないのではないかという物言いだぞ。


 ……けど、そう言ってみたくなる気持ちは、まぁ、わからんでもないけれど。


「……ふん、しかし、ボウマの言うことも間違いではない。今はもう、オレは結婚などできないし、興味もない。オレの理学的特異性が見つからなければ、その勝手な婚約も成り立っていたのだろうがな」

「あ……ええと、つまりどういうことかな、クライン。それっていうことは、婚約はもう無くなったと?」

「そうだ。もう何年も前に、ススガレの方からな。オレとしては、その方がありがたい話ではあったが」


 クラインは気難しい目で窓の外を眺めた。


「干満街クモノスには、いくつかの大きな旧貴族の家がある。そのうちの二つがユノボイドとススガレで、両者はほとんど同じ位の力を持っている。以前から交流も有り、だいたい同時期に異性の子供が生まれれば、そんな話になるのは当然だったのだろうが。物心ついた頃から、あいつとは仲良くしろと父さまに言われたものだ」


 旧貴族くらいの人間ともなると、家の力なんてものもあるのか。

 力ってことは、土地の広さとか、財力とか、魔術の強さとか、そういったものが基準になるのだろう。


 ……デムハムドでは一目惚れからのお熱い結婚か、先に子供ができるかで結婚する場合がほとんどだから、なんだか冷めて聞こえる話だ。

 父さんと母さんはまさに好きな者同士の結婚だっただけに、私にはクラインの話が尚更ドライに感じてしまう。


「しかし、オレから特異理質がみつかるや、ススガレは婚約を断った」

「えっ、なんだよそれ、ひどいな」

「酷くはないだろう。魔道士の家柄で、どうしてわざわざ欠陥品の血を選ばなければならない」

「……そういうものなの?」

「普通は破棄されるものだ。相手の家が下級ならともかく、同格では通る話じゃない」


 眉をしかめるクラインは、至って平静に言い放った。

 彼と私との間には、かけ離れた温度差があるらしい。


「父さまや母さまも、さすがにこればかりは仕方なかったのだろう。多少の残念な気持ちはあったようだが、やむなく婚約は破棄された。そのまま以前ほどの付き合いは減り、今に至るわけだ」

「……けど、クラインさん。あのミスイさんは、クラインさんのことを気にかけていたようですけど……」

「だから、その事を気にしているのだろう。実際本人の口から聞いたわけじゃないが、未だに親の言いつけを意識して、オレを気遣っているに違いない」

「え」

「傍迷惑な話だ。ここでは、家のことなど考えたくもないというのに」


 クラインは窓越しの曇り空を見上げ、盛大な鼻息を吐き出した。

 それはもう、とても面倒くさそうな事に苛まれているような、憂鬱そうな仕草である。


「そう、かなぁ」

「うーん……」


 けど、私はヒューゴやライカンやスズメの顔を見回して、互いに見合わせて、彼らのどこか思う所を抱えた表情を見て、確信する。


 クラインとミスイは許嫁で、親同士が勝手に決めた婚約者同士だった。それ故の、親がけしかける頻繁な付き合いや顔合わせも、かなりあったことだろう。

 しかしそれは、クラインに特異性があることが発覚し、破談となり、計画が総崩れとなってしまった。結果、やや疎遠になってしまったと。


 それはわかる。

 でも、あのミスイの様子を見る限りでは……あの女は、破談になった今でもまだ、クラインを意識しているように見えたけどな。




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