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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 聳える氷壁
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櫃014 近づく雲

「ああ、発表会か。特異科にはあまり縁のない行事だからね、すっかり忘れてたよ」


 講義室で発表会の話を出すと、ヒューゴは手の平をぽんと叩いて、わざとらしく反応した。


「それって、特異科は出たりしないの? 何をするのか、わからないけど」

「ううん、特異科だけは無いんだ。他の小さな学科は、多少なれあるんだけど」

「特異科だけ?」

「うん、特異科だけね」


 発表会。

 それは、学徒や導師が日頃の理学研究の成果をお披露目する、学園において重要なイベントだ。

 イツェンさんのような魔具科の人ならば、作ったゴーレムなどを公開するし、属性科の人たちなどは、単純な戦闘能力の証明のために、簡単な模擬戦や演技を行うのだとか。


 発表会は単なる身内の自慢に留まらず、外部からも重要な人物を招いた上で行われる。

 杖士隊や大手ギルドは実力者に唾をつけるために、工房関係の人間も、魔具科や理式科の有望な人材を下見にやってくるようだ。

 こうした発表の場で力を見せつけることによって、学徒達は世界に羽ばたいてゆくのだろう。


 けど、特異科は何も発表できる事がない……と決めつけられているので、この催しとは何の関わりもない。

 頭ごなしに無能と決めつけられるのはむかっ腹が立つが、実際のところ何ができるわけでもないのが更に悔しい所だ。

 ただ、事前に申請しておけば特異科学徒であっても、学徒個人や同好会の名義で発表の場を貰うことはできるとか。私はしないけど。


「発表会は第二棟と第三棟で、数日間行われるよ。第一は連絡橋や食堂が賑わってるね」

「へえ、じゃあ、中央の三棟でやるんだ」

「そうそう」


 学園の五つの棟のうちの、真ん中三棟で行われる発表会。

 全ての学科の学徒が普段の講義をせずに、中央寄りに集まるとなると……当日はかなり賑わいそうだ。


「研究発表の展示は主に講義室での発表になって、ゴーレムとか大型の魔具を使ったものは、屋外演習場や庭園で行われているね」

「ほー……」

「ぬふふぅ、ロッカぁ、発表会になると屋外演習場でうまい屋台が出るんだじぇ」

「本当?」

「ああ、あるね。食堂の人や、学園内の同好会で出すお店もあるんだ。なかなか美味しいよ」

「おー」


 今にもよだれをこぼしそうなボウマの顔を見るに、うまい屋台とやらは期待できそうだ。

 季節の焼串を超える料理があるならば、是非ともそこで銭をばらまきたい所である。


「そして模擬戦や実戦の披露は、闘技演習場になる」


 私が頭の中に肉比率の多いフルコースを思い浮かべていると、クラインがその妄想をへし折って来た。いいところだったのに。


「一番盛り上がるのが、やっぱり闘技演習になるかな?」

「そうだろうな。第二、第三棟共々、十階はいつにも増して盛り上がるぞ」

「えっ、第三棟にも闘技演習場あるの?」


 第二棟の十階に闘技演習場があるのは知っている。私も何度もお世話になった場所だ。

 けど第三棟にもあるとは、初耳である。


「第二にあって第三にないはずがないだろう、君は馬鹿か」

「うっ……だって、見たことねえし……」

「はは、まぁ無理もないよ。第三棟は独性科の棟だし、その闘技演習場も、独性科や気学科が専用に使っているようなものだからね。第二棟の闘技演習場を属性科が専有しているようなものだよ」


 第二棟の十階にある演習場だけが唯一の闘技演習場だと思っていたけど、実はもうひとつあったようだ。

 つまり、ミネオマルタの学園はあんなに大掛かりな施設を、二つ持っているということ。相変わらずこの学園は、私の想像をはるかに凌駕する規模で巨大だ。


 しかし、なるほど。第三棟にも闘技演習場があるということは、まさに学園の構造が左右対称になっているわけか。

 思えば外観は全く同じなのだから、第二棟の反対側の第三棟にも闘技演習場があるというのは、ごく自然に気付くべき事だったのかもしれない。


「発表会前のこの時期になると、特に属性科の学徒は点数稼ぎのために慌ただしくなるな。闘技演習の回数も増えるから、半年前はオレもよく観戦したものだが……」


 クラインはメガネのつるを直し、いつも以上に難しそうな顔を作った。


「やっぱりクラインは、光属性術が大変なのか」

「大変ではない。だが、今回は悠長に見ている暇はなさそうだ」


 ……まぁ、それって勉強が大変ってことなんじゃないの、とは、あえて言わないけどさ。


「それに、既にこの学園の連中の実力はほとんど観察し終えている。底の知れた物に改まって見るほどの価値は無い」

「ひでえ物言いだな」

「事実だ」

「クライン、入学してからは毎日のように闘技演習場で戦ってたからなー」


 ルウナの言ってた、クライン入学騒動の話か。

 クラインとしては、色々な魔道士と次々に戦えてさぞ楽しかったんだろうな。

 それで最近は、光属性術の勉強に大忙し、と。

 私からすれば全然羨ましくはないけれど、クラインはこの学園で最も濃密な生活を送っているに違いない。


 逆に、完全に彼の踏み台となってしまった属性科には、少し同情する。

 まぁ、喧嘩を売ったり勝負を挑んだりは属性科の方だろうし、自業自得なんだろうけどさ。

 相手がクラインとなると、それはそれと思ってしまうのだ。理屈なんて特にないけれど。


「……発表会前でピリピリする、か」


 実力主義の属性科。そして、近づく発表会。

 杖士隊を目指す属性科の学徒としては、この発表会では良い成績を誇示したいだろうし、最高の実力を披露したいところだろう。


 ……当日までは、出来る限り評価を落としたくない。

 だから、悪評を招きかねないソーニャが、嫌がらせの標的になっているのだろうか。




「はーい、では皆さん、今日も楽しい講義を始めますよー」

「うげぁー」


 暗い考えを巡らせるうちに、マコ導師がやってきた。


 今日もまた、頭を酷使する講義の始まりだ。

 言葉や顔には出さないけれど、私は概ねボウマの呻きと同じ心境で、自席についた。

 ソーニャの事も重要だけど、これも根本的な学業そのものとして、重要である。

 よし、計算、がんばろう……。


「そうだ、ロッカ」

「ん、何?」


 席に戻りかけたヒューゴが、腰を下ろす間際で私に声を掛けた。


「実は、朝に変な物を拾ってね。後で見せようと思うんだけど、いいかな」

「変な物……?」

「うん、まぁ、後でね」

「……」


 声色こそ普段と同じ朗らかなものだったが、彼の表情はどこか曇っているように見えた。

 無言でこちらを振り向いているライカンの眼光ランプも、どこか怪しげだ。


「……わかった」


 ちょっと、嫌な予感がする。


 私は、前の席で熟睡するソーニャの背中に気を取られ、結局、あまり講義に集中できなかった。

 そろそろ習熟度がまずい。




 講義後、私はヒューゴとライカンと共に、人気の薄い廊下へ出た。

 何の話をするのだろうか。二人の顔色を見るに、きっとあまり良い期待を持つべきではないだろう。


 実際、日頃常に微笑んでいるヒューゴが険しい表情でいるのだ。

 これからする話が、良かろうはずもなかった。


「朝、第五棟の玄関近くにね。これが落ちていたんだ」


 ヒューゴは辺りを伺いながら、そっと私に手のひらを広げ、その中の物を見せる。

 瞬間、私は何が落ちていたのかと身構えていたが、私の目に飛び込んできたのは、予想に反して、あまりインパクトのない物であった。


「……これは?」


 私はヒューゴの手からそれをつまみあげて、しげしげと見つめる。


 それは、金属片。いや、針金と言った方がより正しいだろうか。

 お世辞にも金属細工とも部品とも言いがたい、それ単体では成り立たない物体のように見えた。


 かくかくとねじれた針金。これが落ちてたって、逆にこんなものをよく見つけたなと……。


「……あ、これ」

「気付いた? ロッカ」

「もしかして」


 私の脳裏に、不穏な光が瞬いた。

 針金のまっすぐな一端をつまみ、指の腹でそれを転がす。

 すると針金は規則的な線対称の動きで、綺麗に回って見せた。


 斜めになっていたり、カギ状になっている部分もある。

 けど全体を見れば、おおよそまっすぐ。そしてこうしてつまめる手元の部分は、先の方よりも少しだけ太めに作られているようだった。


 ……これは、まさか。


「鍵開けの、細工道具か」

「ご名答、ご明察。よくわかったね、ロッカ」

「ヤマで似たようなものが……そんなこと言ってる場合じゃない。ヒューゴ、これって、つまり」

「おっと、待つんだロッカ。熱くなっちゃいけない」


 あやふやに出そうとした私の結論を、ヒューゴはなだめるように制する。

 だけど考え続けるほどに浮かび続ける疑問符は、数に限りがない。


 何故第五棟の一階に、このロックピックが?

 これは何のための物?

 鍵開けといえば、ソーニャのことか?


「ひとまず落ち着こう」


 うん。


「まず、このロックピックは鍵を解錠するための道具なんだけど……まだ未使用、新品のものだ」

「新品?」

「よく見てご覧」


 もう一度、今度は落ち着いてロックピックを眺めた。

 なるほど、ヒューゴの言うように、これにはどこにも、金属が擦れたような跡だったり、傷だったりがない。

 確かに鍵穴をこじ開ける道具にしては、ちょっと真新しすぎる感じだ。


『そして、その程度の道具では、例え同じものが三つあったとしても、大きな錠は外せない。この学園のちょっとした錠前だって高級で複雑なものが多いからな、使い道は限られてくるぞ』

「……じゃあ、このロックピックは一体、何なのさ」


 誰かが悪戯のためにもってきたのか。

 それとも、犯罪者が忍び込む際に使おうとしたのか。

 いずれにせよ、こんな存在自体がやましい物を落とすなんて、全くドジな話である。

 こんな物、まるでソーニャへの当て付け……。


「……」

「気づいたかな、ロッカ」

「……そうか、今度は、そういう嫌がらせかよ」


 手元の針金が、私の握力によってくしゃりと握り潰される。


「黒板じゃあ目立つからって、今度は目立たないように、ってか」

「ロッカ、それ一応証拠品な」

『うむ、さすがに今回のこれは、俺も少しな。あまりにも陰湿すぎるのではないかと……』

「ああ、畜生。どこのどいつか、目星さえついてりゃな……今すぐそいつんとこに向かってボコボコにしてやってるとこだ……」

『落ち着け』


 怒りのあまり、魔力の迸りが収まらない。

 右手はひしゃげたロックピックを握ったまま、それを粘土のようにこねくり回している。

 鍵穴に差し込んでもある程度曲がらないように作られているのだろうが、今の私にとっては糸クズみたいなものだ。


 普段からはあり得ないほどの怒りが、魔力による強化がそうさせたのだろう。

 つまり、この右手の力は、本来ならこんなチンケな針金をこねるためのものではない。

 気に食わない、誰かもわからない陰険な輩の顔を殴るために噴き出た力なのだ。


『続けざまに、この悪戯だ。マコ先生は既に導師一同に報告したのだろう、それでもこうして、コソコソと続ける辺り……並々ならぬ悪意が、感じられるな』

「ああ、そうだね。これはちょっと、普通じゃない。なんていうか、執念が篭っているよ」


 右手を開くと、真新しかったロックピックは、小さな鉄の玉に成り果てていた。


 新品のロックピック。こんな針金ひとつでも、使い道があるならば、それなりの価値はある。

 きっとこんなしょうもない一本の道具でも、数百YENはかかるだろう。

 それをわざと人目につく場所に落としておくだなんて、もったいない使い方をしたのだ。


 ソーニャへの恨み、悪意。その執念は、ヒューゴの言う通り、多分に感じられる。


『ロッカ、今こうして言っても、おそらくお前は聞かないだろうが……』

「なに」

『犯人を見つけようだとか、見つけたらどうこうしようだとか、あまりそういう解決法に走らないようにしておけよ』

「は、なんでよ」


 犯人を見つけたらぶん殴る。

 いや、闘技演習場に連れ込んで、上級保護で殴り続けてやる。今の私は、そんな手段も辞さない程には腸が煮え滾っている。

 何もしないなんてのは、私の中ではありえない事だ。ライカンが私を止める意味が、全くわからない。


『そんなことをしても、何の解決にもならないだろう』

「だから、なんで」

『ロッカ……例えばお前が学園で荒事を起こしたとして、それをソーニャが喜ぶと思っているのか?』

「……」


 ライカンは呆れたように、息をついた。

 そんな仕草にむっときたけど、彼の言葉を数秒遅れで飲み込んで、ソーニャの反応を予想する。


 ……まぁ、確かに、私の空想の中でのソーニャは、あまり嬉しそうじゃない。けど。


『ひとまず、なんでも感情的に済ませようとするな。頭を冷やして、最も適切で、最善の手段を選べ』

「……似合わない事言うなよ」

『に、似合わないとはなんだ。俺は俺なりのだな』

「うん、ごめん。わかってるよ」


 息を大きく吸い、大きく吐く。

 身体の熱も、ちょっと入れ替わったかもしれない。


「……ごめん。ありがとう。私が暴れたって、なんにもならないもんね」

「うん、これからもあるかもしれないけど……冷静に行動してくれよ、ロッカ」

「うん」


 ソーニャの嫌がらせが、まだ続いている。

 けど、ここで私が犯人を殴り飛ばしたところで、解決する話ではない。

 学園としては、前回と一緒でマコ導師に報告するのが一番なのだろう。


 ……長引きそうだ。


 根本的にソーニャへの悪戯などを解決するためには、もう少し時間が必要になるかもしれない。

 地下水道事件の調査が進み、ソーニャへの疑いが晴れるくらいの、長い時間が……。


 ……それまで、ソーニャはねちっこい蔑みに耐えて、それらを無視し続けなきゃいけないのか。

 そんなの……わかっていても、辛すぎる。


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