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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 聳える氷壁
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櫃012 見つからない答え

 第五棟の五階、リゲルの仮住まいがあるその一室で、スズメは先ほど届いたばかりのいくつかの書類に目を通していた。

 文字はいずれも一定の大きさで、小さな見出しは左上に固まっている。 お世辞にも見易いとはいえない、急ごしらえの書類であった。


 それでも、意味さえ通じれば何も問題はない。

 その書類は、新聞の読売以上の早さで情報伝達することを目的としたものだからだ。


「あらスズメ、こんな所でも勉強熱心なの?」

「うわっ」


 スズメが中程まで読んでいると、突然肩に手を置かれ、彼女の身体が玩具のように跳ね上がった。

 背後には、玩具で遊ぶ子供のような笑顔のクリームが立っていた。


「クリームさん……扉くらいノックして入ってください。マナーですし、防犯上問題がありますよ」

「大丈夫よ、この部屋の防犯を司っているのは私だから」


 クリームが窓ガラスを横目に見やると、その表面が一瞬だけ、赤い虹色に煌めいた。


 この一室の扉や窓、壁の一部には、クリームの影魔術が掛けられている。

 それは、外部からの侵入を拒む防護壁であり、何らかの者の侵入を術者に教えるための警報装置だ。

 術自体は非常に薄いが、学園の廊下を通れるサイズの魔獣では到底突破できないほどの、立派な上級防御魔術である。隙らしい隙といえば、扉の鍵を解錠した時のみ術が歪むくらいで、それ以外の方法で強引に突破することは、ほとんど不可能であると言ってもいいだろう。

 鍵を用いて正規の方法で部屋に入ったとしても、それがクリームの意に沿わない人物であったならば、逆に室内に閉じ込めることも可能だ。


 クリーム=ユノボイドのミネオマルタへの同伴はリゲルの望むところではなかったが、来たならば来たなりに、役立つ人物である。

 理総校准導師、影属性術の天才。

 彼女の欠点といえば、自分の術を日常の様々な場面で多用し、人を驚かせてしまうことだろうか。


「で、その書類はなぁに?」

「杖士隊さんから届いた、調査報告です。あ、警官さんからの報告も一枚ありますね」

「あぁ、地下水道の事件ね」

「はい」


 スズメが目を通していた書類は、ミネオマルタ地下水道事件の報告書だ。

 事件の後、レトケンオルムの討伐や地下四階の調査を任された杖士隊による報告がある程度纏まり、それが街の主要人物の元に送られたのである。


 送付先は美術館、議会、役場、隣街、学園、駐在所、大工房など。

 そして事件の場所が地下水道ということもあり、各水道整備の施設や、遠方の噴水街サナドルにも送られている。


「地下水道四階の捜索は、ひと通り終わったみたいです。四階だけなら多分、ミネオマルタ全域を調べたとありますね」

「で、どうだったって?」

「異常なし、だそうです」

「……それって、逆に異常なのではなくて?」

「ですよねー」


 捜索の結果は、異常なし。

 事件があった現場から広域まで、通路や格子戸を隈なく調べたが、謎の魔道士がゴーレム製作のために使っていたという、工房らしい施設は存在しなかった。

 また、今は使われることのない、水路上部に開いた巨大な落水口にも、作り置きされたゴーレムが仕掛けられているという様子も、認められなかった。

 結果、異常なしだったのである。


「貴女が出会ったという謎の魔道士、これで調査も振り出しってことかしら」

「はい……みたいです。警官さん方は、とりあえず魔道士ということで、学園を疑っているみたいですけど……」


 スズメの表情が曇る。


 疑いの目が誰に向けられているかといえば、当事者であり、事件中唯一不審な行動をした人物、ソーニャ=エスペタルだ。

 しかし、それには何の証拠も無いので、これ以上捜査が発展するということはない。

 だが警官に疑われる自体、不名誉極まりないことである。

 疑いがあるだけで、それは善か悪かでいえば、世間にとっては悪なのだ。

 やったか、やっていないか。真実は二つに一つだが、世間からしてみれば、その中間。

 ソーニャは、悪寄りの人間として認識されつつある。


 幸いなのは、まだソーニャという個人名や顔が、それほど出され、知られていないということだろう。

 不穏な噂が広まっているのは、あくまで身内を内包する学園のみだ。

 彼女が街を出歩くだけで白い目で見られないのは、現状、唯一の救いと言えた。


「で。捜索で、謎の魔道士の遺留物は何か見つかったの?」

「あ、はい……いいえ、全部、レトケンオルムの酸に溶かされてしまったみたいで」

「杖も? 確か、魔道士は腕輪型の杖も用いていたって話よね」

「それもほとんど溶かされてしまって……一部は見つかったみたいなんですけど……残留する魔力は無かったとあります」

「……レトケンオルムの魔酸と抵抗して、術者の魔力も消えちゃったか」


 クリームは毛先を指に巻き、顔をしかめた。


 異なる魔力と魔力は反発し、打ち消し合う。

 レトケンオルムが生み出す強力な酸は、強い魔力を帯びた代物だ。

 杖や遺品は酸によって溶かされる際に、そこに残された僅かな術者の“残り香”すら消されてしまったのだろう。


「魔道士は、そういうことも予期した上で、レトケンオルムを喚び出したんでしょうね」

「……戦力としてではなく、証拠隠滅として、ですか」

「ま、自分が無残な死に方をするんじゃ、この方法が流行るとは思えないけどねぇ」

「……」


 御す事のできない強大な魔族や魔獣を強制召喚し、自分共々敵を殲滅する。

 自滅召喚自体は、戦争が勃発していた古代においてはそう珍しいことでもない。

 しかしそれでも、召喚対象にレトケンオルムを選ぶという事は、当時ですらあまり無かっただろう。


 単純に破壊や敵の殲滅を行うだけであれば、同じAランクの翼竜(ベヒーモス)や、百角獣(ドンガ)を喚べば、事は簡単に運ぶ。

 場所によっては、砂漠竜(ムラチ)亜竜(リノベイ)を喚べば更なる効果も得られるだろう。

 あえて、盲目のレトケンオルムを選択する必要はないのである。


 そう、念頭に証拠隠滅を置かないのであれば。


「やっぱり、魔道士はどこかの名家の生まれなのかしら」

「きっとそうなのだと思います。でなければ、ここまで執拗に自分を消そうなんて、思わないでしょうし」

「家名に泥を塗るくらいなら、ね。クラインも少しは見習って欲しいわ」

「……クラインさんって、本当にそういうの考えなさそうですね」


 短い付き合いだが、スズメもクラインの気難しさはよく理解できる。

 姉のクリームもほとほと困っている様子なので、あえて言葉を包む必要もない。


「けど、名家の生まれの魔道士さんなら、どうしてこんな事件を? 工房も無いんじゃ、地下に篭っていた意味もないですよね」

「そこが今回の謎よね。一体だけのサードニクス、一人だけの謎の魔道士。そして、周到な証拠隠滅……どうも、噛み合わないっていうのかしら」


 話が袋小路に入りかけると、開門を告げる古い鐘の音が部屋に響いた。


「……とにかく私達は、リゲルさんを守っていれば良いのよ、スズメ」

「まぁ、はい。そうなんですけど……腑に落ちないと、モヤモヤします」

「そんな時は、サラダを食べましょう? これから食堂に食べに行かない?」

「……良いですね、行きましょうか」



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